第11話 淡い戯れと切なさー1
風花姉がこの商店街にやって来たのは、俺が中学1年生になった春のことだった。
第一印象は、凛とした綺麗さが目を引く大人の女性っていう感じで。でも親しみやすい雰囲気のある不思議な人だと思った。
『喫茶店をやるのが夢でね。そしたらまさやんが、商店街に空き店舗があるよ、って教えてくれてさ。気に入ったからここに決めたの』
まさやんに強引に連れられ、不貞腐れながら開店準備を手伝っていた俺に、そう話しかけてくれて。まさやんとは、合コンで知り合ったとも教えてくれた。
『働かせちゃってごめんねっ。えっと、名前は何て言うの?』
人懐っこい丸い瞳が一瞬だけ、加奈と似ていると思った。
この当時の俺は、女性に対し見えない壁を作っていて。自分の名を素っ気なく告げたのを覚えている。でも風花姉は、そんな俺に微笑んでくれて。
『
と明るく笑う風花姉に、俺はすごく困惑した。今までに会ったことがないタイプ。俺に、優しく接してくれる変わった女性だった。それにどこか、お節介な、まさやんと似ている。だからなのか、風花姉とはわりと早くに打ち解けて。その頃には、女性への苦手意識がだいぶ和らいでいた。
今じゃほんとの姉みたいに気兼ねない関係を気付いている。でも、お酒に酔ったときの過度のスキンシップは勘弁してほしい。昔はよく注意していたが直らないので今じゃもうあきらめている。
「とまあ、風花姉とはそんな感じでさ」
俺の横にいる加奈が説明を聞き終えると、興味深げに頷いた。
「ふ~ん、そうなんだ」
俺と加奈、風花姉は、それぞれパイプ椅子に座っていた。一時はてんやわんやした状況だったが、今は場が落ちついている。
ちなみに、風花姉が綺麗だと思ったとか、俺が中学生の頃女性がすごく苦手だったとか、そういう説明は省いている。そんなの恥ずかしくて言えない。特に、人懐っこい丸い瞳が加奈に似ているとか。
ふと加奈の口元が少し笑った。ん? 一体どうしたんだろ。俺が不思議そうにしていると、それに気付いたのか、加奈が遠慮気味に口を開いた。
「あっ、あのね、風花さんのこと、太一くんのほんとのお姉さんなのかなって勘違いしちゃってたから。あははははっ……、でも太一くんとすごく仲良いって、……良いなぁ」
「えっ? ああ、まあ風花姉とは仲悪くないけど、こんな人が姉とか嫌だな。うおっ!?」
すると、風花姉が俺の方に腕を回してきた。不満げに口を尖らしている。
「そんな酷い言い方ないんじゃない? お姉ちゃんとても悲しい~」
「ぐっ!? だからそうすぐ引っ付くなって!!」
「もう~、照れちゃって。そういうとこが弟みたいで可愛いんだよねぇ~」
風花姉がググっと顔を近づけてくる。小さな息遣いも聞こえ、ふわっと混じるアルコールの香りが、俺の脳内を変に痺れさせる。ちょっと待て!? 近い、近いから!!
「だ、ダメですっ! そういうことしちゃ!」
突然、加奈の張りのある声が俺の耳に届く。と同時に、風花姉と俺の間に割って入ってきた。な、ナイス加奈! た、助かった。
加奈の背中越しに、荒ぶる鼓動を必死に押えていると、風花姉がいじけた様に口を開く。
「むぅ~、姉と弟のスキンシップを邪魔しちゃダメ~、加奈ちゃん」
すると加奈が少し早口で反論する。
「ふ、風花さんはちょっと、や、やり過ぎだと思います! ほんとの姉と弟でもこ、ここまでしないと思うし……。そ、それに!! た、太一くんが困っています!!」
「んん~? ふふっ、そうかしら~? そう見える?」
「は、はい!! ん? いや、えっと……、たぶん……」
いや加奈そこは自信をもって否定して!! 俺がなんかその、いたたまれない……。
ピコンッ!
突然、何やら着信音が響いた。俺と加奈、風花姉は同時に気づき、音のした方へ向いた。レジカウンターの机の上にあるタブレット画面に、メールが届いた事を知らせている表示。一体誰が……、いや、考えるまでもない。まさやんからだ。
手の届く距離にいた風花姉がタブレットを掴んだ。画面をタッチし、メールを確認している。すると、風花姉の口角が楽しそうに上がった。
「ふむふむ。なるほどねぇ~。それはいかんね。よっと!」
風花姉が突然パイプ椅子から立ち上がった。俺と加奈から少し距離を取ると、タブレットをこちらに向ける。明らかに写真を撮ろうとしていた。
「ふ、風花姉!! 何やってんだよ!?」
「わっ!? こら太一! こっち来ちゃだめでしょ! 邪魔しないの」
「写真撮ろうとしてるからだろ!?」
「もう~、まさやんの契約であったでしょ? バイトの様子を写メで送るって。『太一、まだ送ってないぞ~』って催促来てるわよ。だから撮ってあげるんじゃない。ほら早く加奈ちゃんの横に並んで」
風花姉にそう言われてハッとする。
『私、木下太一は、バイト期間中毎日、自分か、他の誰かが映っている写真を最低でも1枚、雇用主に送付します』
そんな契約(約束ごと)を承諾したことを思い出した。ぐっ、気軽にOKなんかしなきゃよかった。でも、そうしないと店番できなかったし仕方ない。てかなんで風花姉がそんなことまで知ってんだよ……。まさやんの奴、ほんとおしゃべりだ。
「もう、仕方ないわね~。じゃあ私が加奈ちゃんと写ろっと! はい、太一よろしく! 加奈ちゃ~ん♡」
「へっ!? あのちょっと風花さん!? ふ、ふみゅう……!」
風花姉が加奈にぎゅっと抱き付いた。白くて綺麗な両腕が、加奈の両肩をしっかりとホールドし、逃がさないようにしていた。加奈ももう逃げる抵抗はしないらしい。諦めて苦笑している。
たく、自由人すぎるだろ、風花姉。
俺は嘆息しながらタブレットのレンズを向ける。さっさと撮らないと文句言われるし。パシャッとシャッター音が店内に響く。
風花姉が加奈を連れて近づいてくる。
「お~、よく撮れてるじゃん! 見て見て、加奈ちゃん」
「あっ、そ、そうですね」
風花姉が満面の笑みで、加奈はちょっと困り顔ながらも、楽しそうにはにかんでいた。
「んじゃ、まさやんに送るぞ」
そう言うと、加奈と風花姉が快く頷いてくれた。俺はメールに添付して早速送る。そして1分も絶たないうちに、まさやんから返信がきた。
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