第26話 着信

 

 今日、加奈を自宅のマンションまで送ったのは、何のためか。それは―――、


「店に来た不審者から、加奈を守るため……」


 それは果たせてはいる、いるのだが……。


 俺は自分の部屋のベッドで仰向けになりながら、もう何度見たかわからないスマホ画面に目を向けていた。

 画面には、俺と加奈の2ショットが映し出されている。互いに近く寄り添っていて、見返すたびに、なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。


「ううっ、てっ……、いやいや! そ、そこじゃないだろ、気にすんのはっ……!」


 自分を叱咤し、写メの一部分を拡大する。もうこれも何度目になるやら。でも、気になってしょうがないんだよ。

 

 俺と加奈が写っている後ろの方にある街路樹から、そっと顔を覗かせている、


  不審者。


 何度見てもいる! 拡大したらよりわかる! 夏なのにマスクをして、野球帽を目深にかぶり、黒いサングラス越しに、こっちを見てやがる!! 一体いつから付けてきてたのか。


「あッ〜、くそッ!! ほんとやってしまった……! なんで気づかなかったんだ……、俺は!!」


 スマホを無造作にベッドへ放り投げ、俺は頭を抱えながら左右に体を転がす。自分の注意力の無さに腹が立つ。家に帰って、晩飯を食べ、風呂に入り、自室に入ってからはずっとこんな調子だ。かれこれ2時間近く。全然気が休まらない!!

 

 ひとしきり悶えた後、ベットの上で力なく仰向けになった。


「ふぅ……、………もしもだ……、明日の朝……、加奈がバイトに行くため家から出てきて……、もし不審者が待ち伏せでもしてたら……」


 加奈が危ない……!


 可能性として十分にありえる。だって、家バレしてるわけだからな……! 


 そう思うと落ち着いてなんかいられないッ!


「で、でも、ど、どうすればいい……!? う〜んッ……! う~ん……、つ、つまりだな、明日、加奈が家から出なきゃいいわけだ! そうしてもらうには…………、あっ」


 そうだよ、明日のバイトを休んでもらえばいい!! なんで早く気付かなかったのか。


 ベッドに無造作に置かれたスマホを手に取った。


 理由はなんなりと誤魔化せばいい! まずは加奈に電話―――、


「って、俺のバカッ!? か、か、加奈の連絡先を知らないじゃん!?」


 こ、これじゃあ思いついた案が水の泡だ。何か手はないか!? 加奈の連絡先を知る方法……。


「あっ、そうだ!! まさやんなら!!」


 加奈の連絡先を知ってる! で、電話するか……!? いやでも。


「絶対に理由を聞かれる……」


 んで面白そうにからかってきそうだ。ぐっ、それに素直にササッと教えなさそうだし……。で、電話したくねぇ……。でも、加奈の連絡先を知るにはもうこれしかないよな。


「で、でもなあ……、う〜ん、う〜ん……」


 時間だけが過ぎていく。ハッとして部屋の時計をみると、夜の9時30分を過ぎていた。


「なっ!? もうそんな時間……!?」


 もう夜も遅い。なんか、急に気持ちが諦めムードになってきた。今から加奈の連絡先を上手く聞けたとしても、電話するには、遅すぎる気がして。

 

「散々頭を悩ませといて……、このざまか……」

 


 結局、何もしないのか俺は。


 不甲斐ない。


 スマホを持ち上げてた手が、力なくベットに横たわる。


「はぁ…………」


 ため息。そして、ふと思う。


「加奈から、電話きたりしないかなぁ……」


 ははっ、んなこと起こるわけない。


 自嘲気味に呟いたときだった。


 ルルルルルッ! 


「うおっ!? まじか!?」


 手に持っていたスマホがけたたましく鳴り始めた。俺の願いを受け止めたかのように。


「か、加奈っ!?」


 スマホの着信を慌ててとった。耳元に力強くあてる。聞こえてきた声は―――、


「よっ! 太一! お待たせ!!」


 裕介からだった。同じクラス、隣の席の、一応、友達。


 ピッ。


 すぐ切った。もう、無意識に近いレベルで。


 数秒後。


 ルルルルルッ!


 ピッ。……、ルルルルルッ!

 ピッ。……、ルルルルルッ!

 ピッ。


 ……、ルルルルルッ!


 しつけぇ……。


 通話ボタンを押した。


「なんだよ、急にかけてきて」

「なんだよじゃねぇだろ!? 今日電話するって言っただろ!? てかなんで何回も切る!? 嫌がらせか!?」

「そうだ、じゃあな」

「待て待て待て!? 切るなって!? 切ったら、あ、明日また店に行く!! んで直接話にいくぞっ!?」

「うっ……」


 それはかなりめんどい。


「はぁ~……、わかったよ……、電話は切らない。そんかわり明日は来るなよ」


 2日連続で来られたら邪魔だしな。


「うぅ、なにその冷たい言い方……、なんかつらい……。水瀬さんは毎日来て良いって言ってくれたのに」


 電話越しで、愁いを帯びた声音で話してくる裕介が、うっとしい。たく……、はぁ~、俺は何してんだか……。


 時計の針は夜の10時をさそうとしていた。加奈に連絡をしてない現状に、落ち込む。


「なあなあ、それよりもさ、今日会った水瀬さんだけどさ」

「んん……、あぁ……」


 気持ちを切り替えたのか、裕介のはずむ声。俺はぼんやり部屋の天井を見ながら、適当に答える。もう、今は裕介と話そう。なんか、そうしてないと、ずっと変に落ち込んだままだろうし。


 俺は、加奈への心配を半ば意識的に頭の隅に追いやり、裕介と話し始めた。


  

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