#1 エスケープ、フロム... Act.3

「馬鹿野郎何で態々こっち呼び寄せてんだ!」

 物凄い勢いで迫り来る、腕だけ異常発達した熊型バグ『ナックルベア』を見て紅いバンダナの男―――準は叫ぶ。準だけではない。瞬と弥生、燈も居る。

 四人でこれからアパート『星海荘』に向かおうとしていた処で、悠達が戦っているのを目撃したのだ。

瞬は手を出さない心算だったのだが、流石に対処不能と見たか牽制の心算で一発撃ち込み、此方に引きつけてしまったのである。

「撃つなって言う方が無理だろ、あの状況じゃ」

「だ、大丈夫なんですか…?」

 自分の身長の三倍はありそうな巨体を見て不安になる燈。

「大丈夫でしょ。ねぇ瞬?」

「まあな。ちゃちゃっと行ってくるわ」

 余裕綽々と言った様子の瞬。

「コンボドライヴ―――電光石火フラッシュ・ステップ、アクセル・ショック!」

 『ドライヴ』系の魔法は適性を選ばない特殊な魔法で、使用する魔法を変化させたり別の効果を付与したり出来る。『コンボドライヴ』の場合は複数の魔法を合成し、別の強力な魔法へ変化させる。

「―――アクセル・ストライク!」

 キック時の衝撃を増大させることで跳躍や高速移動を可能とする『電光石火』。

 発砲時の反動を極端に上げる事で推力を得る『アクセル・ショック』。

 この二つを組み合わせることで、自身を"超高速で敵に襲い掛かる人間砲弾"へと変えるのだ!

 『世界』による身体への補正のお陰で大幅に自分への負荷を軽減できるが、元々の負荷が大きすぎる為それでも体感出来るほどの負荷が残る諸刃の剣だ。だが『電光石火』で増大したキック力も相まって、耐えられる生物がほぼ居ないと云えるほどの破壊力を秘めた魔法だ。

 勿論、普段の戦闘でこんな事はしない。

「かっ飛びなぁッ!!」最早視認不可能な速度で瞬が飛ぶ!

 次の瞬間、悲鳴を上げる間もなくナックルベアが四肢の末端だけを残して根こそぎ消滅した!

「ぁ……ぁ…!?」

 燈は今、何が起こったのかさっぱり理解できない…いや、理解したくないというのが正しいだろう。

「いやー、最初はアタシもそんなリアクションだったわ。出鱈目過ぎるわよねえ本当」

 これを思いついたのは高等部の頃であった。基本的に実用的な弾しか開発していなかった瞬がある時"大変なものを思いついた"と実戦で披露した時はその場に居た全員が絶句した程だ。

「あれ使うときやけに楽しそうだよな、あいつ」

「そりゃあ楽しいでしょ、見てるこっちも清々しいもの」

 慣れとは恐ろしい。

 燈は静かにそう感じた。


△▼△▼


 多少の寄り道はあったものの、難なく星海荘に辿り着いた瞬達。

 弥生は早々に自室に帰り、妹達が帰ってくるまで瞬は準、燈と三人で準の部屋で時間を潰す事にした。

「お、お邪魔します…」

 恐る恐ると云った様子で上がる燈。

「おいおい、いつまでか分からないとはいえお前の部屋でもあるんだぜ、燈ちゃん。んな他人行儀じゃなくて良いんだよ」

 仕方なく引き受けた様な準であったが、燈の様子を見てか彼女を準なりに優しく迎え入れていた。

「うお、お前もそういう事言えるんだな…」

 敵を殺すか事務所の菓子を無駄食いするかしかしないと思っていただけに、意外な一面を見て心底感心する瞬。

「どういう意味だそりゃ。…ああ燈ちゃん、その辺適当に座っててくれ」

 言われてすぐ目に付いたのは、準がよく寝床としても使っているソファ。燈は端の方にちょこんと腰かけた。

「俺は?」

「廊下に立ってろ」冷蔵庫を漁りながら返す。

「断る」

 言いながら、ソファのど真ん中に尊大に座り込む。最初からそうする心算だったのだ。

「てめーはもうちょっと遠慮を覚えろ」

「意外と座り心地良いんだわ、事務所のあれには劣るが」

「床にでも座ってろ…ほれ燈ちゃん、こんなんしか無いけど許してくれよ」

「あ…ありがとうございます」

 ココアの注がれたコップを受け取り、少し啜る。準こだわりの味は燈の口にも合っていた様で、彼女の顔が自然と綻んでいた。

「なあ、準」

「あん? ああ、お前はこれでも飲んでろ」安い缶コーヒーを投げ渡す。

 この時代も缶のドリンクは未だ衰えない処か、変わらず人々に愛されている。

「おう。…いやそうじゃなくてさ。お前って結構サービス良いんだなって」

「そりゃあだって…」

 少しずつココアを飲んで行く燈を見遣る。

「お前みたいな野郎ならともかく、引き取ったのがこんな子ならぞんざいには扱えねえだろうよ」

「……それだけか?」準の顔に、瞬は複雑な感情を見た。

「んな勘繰るような事は何もねえよ、それにお前が俺だったとして同じことするだろ?」

「まあ、な」

 小気味よい音と共に缶コーヒーを開け、ごくごくと飲む。


△△△


 一人の事務所内で、タイプ音がひたすら響く。

「雪道……ね」

 フランシスは燈が追われる切っ掛けとなった事件を調査していた。インターネットで情報が収集できればそれが一番手っ取り早い。

 検索の仕方を何度も変え、結果に目を通す。

「……やっぱり駄目ね。そもそも"五景"の話がネットに流れてると思う方が間違いだったわ」伸びをしながら一人ぼやく。

 "五景"について知っている魔法使いは少ない。一般の魔法使いでは"その様な魔法使いの家系があると云う伝承"程度にしか伝わっておらず、所在、人数、能力、その他諸々の情報が世間からほぼ完全に隔絶されている。

 情報があるとすれば、同じ五景か或いは管理局上層部のデータベース。フランシスは其処に目を付けた。

「さーて、またあそこにお邪魔しようかしらね…」

 席を立ち、デスクから少し離れる。

「ちょっと留守にするけど察してね、瞬。―――コマンド、"ダイブ"!」

 瞬間、足元から世界が蒼く塗り替わる。ほんの数秒でフランシスの立っている『世界』が書き変わる。


 ―――『世界』の役割は二つ。

 一つは、人間が魔法を使う際のあらゆるサポート。魔力を使う処から、身体に及ぼす影響の補正など多岐に亘るサポートである。

 そしてもう一つは、魔法使い達の持つ魔法をはじめとする"情報"を記録しておく新たなストレージとしての役割。

 『世界』に記録された情報は意図的に消さない限り消えることは無く、また覗き見る事も並の魔法使いには不可能。この時代における極秘情報は、概ね物理媒体では無く此方に保存されることが増えた。

「この格好だと目立つかしらね」

 胸の前で指をかざすと、それを予測していたかの様な反応速度で半透明のウィンドウが現れる。

 とん、とん、と数回触れると、フランシスの服が一瞬で再構築され、首までを覆うスーツに変わる。所々に入る青いラインがサイバーチックな雰囲気を醸し出す。

 潜入するのにスカートはちょっとね、と一人頷く。

 これから向かうのは管理局のデータベース。要するにハッキングしようと云うのだ。実際何度も痕跡を残さずハッキングに成功しており、今となっては余裕の作業となってしまっている。

 魔法使いが情報空間内に存在できる時間は人によってやや差はあるものの、フランシスの場合精々二時間が限度だ。その間に帰って来なければならない。

 小さな白い立方体が点在する蒼一色の世界に、フランシスは飛び出した。


▽▽▽


 話し声と階段を上る足音が聞こえる。悠と幽が帰ってきたのだろう。

「ん、あいつら帰って来たか。それじゃあ俺はお暇するかな」瞬はソファを立つ。

「妹ちゃん達か」

「ああ。思わずくつろいじまったけど、あいつらの顔見にこっちまで来た訳だし」

 そう言った瞬の居た処には空き缶といくつかの菓子の袋。

「せめてゴミぐらい捨ててけよ」

「へいへい」

 菓子のゴミをまとめ、至って一般的なフォルムのゴミ箱に放り込む。その間際、瞬は小さな額に入れられた写真を見つけた。

「……ん?」

 赤い服を着た黒髪の少年が、大人の男女と少年より小さな少女と共に笑っている。恐らく、両親と妹か。写真は重要な処だけ概ね残っていたものの、所々破れ、汚れていた。

「これ、準か?」

「ああ、それか。ガキの頃の写真だよ。見りゃ分かると思うが、銀髪も地毛じゃねえよ」

「其処は割とどうでもいいけどさ、じゃあこれは妹か」

詩織シオリって言うんだ。…いっつも人の後ろくっついてくる、大人しい奴だったよ」

 何処か遠い目で語る。

「……成程な」

「多分、死んだよ。その瞬間は見てないってだけで」

「…多分?」

「多分だ。ま、運が良かったら生きてるかもな。今更会えるとは期待してねえが」

 ハッ、と軽く笑い飛ばす。

「お前も色々あるのな」

「生きてりゃ人並みに何かしらあるもんさ。俺も、お前も。…燈ちゃんもな」

「さっぱりしてんなぁ、全く」

 瞬は苦笑し、写真の話を切り上げる。

「んじゃ、あとは若い二人でなんとやらだ。じゃあな」

 それだけ言い残して瞬は部屋を出る。…ふと準が隣を見遣ると、燈が顔を真っ赤にして硬直していた。

「…何してんだよ、燈ちゃん」

「い、いや…瞬さんが言ってたのって、その…」

「冗談に決まってんだろ」

「………ですかね?」早とちりして恥らっていた自分が恥ずかしくなる。

「寧ろ何するんだよ。んな事より夕飯何にするか決めようぜ。何か食いたいもんでもあるかい?」

「うーん……お任せします。極端に嫌いなものも無いので」

 極端に嫌いなものも無いが、大好物と云うものも未だに無かった。屋敷に居た頃はただあるものを食べる、それだけだった。

「有り合わせで何か作るか。案外燈ちゃんの好みにヒットしたりしてな」

「そうだと面白いですね。…ふふ」


△△△


 準の部屋を出て元自室―――現・妹達の部屋に向かう。思えば事務所の隣に家を建てて以来、此処に来る機会も減ってきてしまっている。それでも楽しい記憶が沢山詰まったあの部屋は、離れてしまった今でも大事な場所の一つである。

「…多分、まだ俺の部屋はそのままなんだろうな」

 ノックしてみると、すぐに悠が反応した。

「はーい! どちら様…」

 ドアの隙間から覗いた悠は下着に長いTシャツを着ただけの簡素、と云うより際どい服装だった。特徴的な蒼髪も湿気を帯びており、風呂上りと思われる。

「ちょっ、お兄ちゃん!?」風呂上りで仄かに火照った顔が真っ赤になる。

「すげえ格好…」

「来るとか聞いて無かったもん!」

「言ってなかったからな。…二か月ぶりか」

「二か月と三週間! 幽ちゃんとずっと待ってたんだから!」

「はは、悪い悪い」

 部屋に上がると、自分のいた頃と何も変わらないレイアウトが目に入った。

「あれ、幽は?」

「今お風呂ー。反応が楽しみだなぁ…! 絶対裸で出てきて真っ赤になって引っ込むよ!」

 その様子を思い浮かべ、ひひひと悪い笑いを漏らす。

「いやあいつの事だしそんな事は無いだろ…」

「幽ちゃん外だときっちりしてるけど家だとかなり抜けてるよ?お兄ちゃん居ない時とかめっちゃ緩んでるし」

 言いながら、自分は部屋着に着替える。

「あいつがねえ…想像できねえな」

 瞬の中での幽のイメージと云えば理知的で従順、知識量や頭脳の回転も凄まじく戦闘能力も十分にあって尚家事もこなす万能な妹であった。尤もゴーストゆえの演算能力なのだが、それもまた彼女の売りの一つであると見ている。

 風呂場の方で扉の開く音がした。幽が出たのだろう。

「悠? さっきから誰と話して…」

 髪を拭きながら惜しげも無く歳不相応のスタイルの肢体を曝すその姿に、瞬は。

「……まあ、体型とか"弄った"の俺なんだけどさ…やっぱやりすぎたかな、これ」

「あの時はお兄ちゃんが巨乳派だったんだなーってはっきり分かった瞬間だったよ。ベースがあたしだから尚更ショックだったなー」

 真顔の悠。そして、

「………」

 ぱさっ、とバスタオルが幽の手から滑り落ちる。

「にい、さん…?」

「おう」

「え、あ、あの……」

「服着ねえと風邪引くぞ?」

「そうじゃなくて…いやそうなんですけど…?」完全に錯乱していた。

「はい幽ちゃん、下着と部屋着」

 服を受け取った幽はそそくさと部屋に引っ込み、着替えた。

「なあ悠。あれだけ裸だったら今更引っ込んでもしょうがないと思うんだけど」

「うん、あたしも思った。言った通りでしょ? 幽ちゃん、家じゃ抜けてるって」

「俺の居ない処、の間違いじゃないのか?」

「う、家から一歩出ればまともだから…」


――――


「来るなら来るって言っておいてくれれば私…!!」

 今度はちゃんとした格好で兄に向かえた幽。

「悪い悪い、悠にも言われたよ。折角こっちまで来たから、寄って行こうと思ってさ」

「…ついででも、来てくれて嬉しいです」

 照れ隠しに俯きながら笑う。

「幽ちゃんってば本当お兄ちゃんの前では乙女全開だよねー」

「それは勿論。私の大事な兄さんですから…」

 根底での瞬への好意は悠も幽も変わらないが、幽の方が普段大人しい割に表面に出る。

「相変わらず幽にそう言われるとくすぐったいよ」

「あたしもお兄ちゃん大好きだよ! 大好き! ほら! どう!?」

「お前はわざとらし過ぎるんだって」

「お兄ちゃん別に明るい子タイプじゃないもんねー、知ってるしー」

「拗ねんなっつーの…お前ら二人とも大事だよ」

 優しく二人の肩を抱く瞬。今でこそ瞬にもフランシスが居るものの、それまで家族と呼べるのはずっとこの妹達だけであった。悠達からしても義姉が出来たのは嬉しく、少し家は離れてしまったがこうして会う事もある為一つの楽しみとなっている。

「ねぇお兄ちゃん、今日ご飯食べてくでしょ?」

「あー…悪い、飯はまた今度な。黙ってほったらかしにすると今度先輩が拗ねるから」

「御姉様も相変わらずだね」フランシスの顔を思い浮かべながら、悠は苦笑する。

「本当にな…だからまあ、もう暫くしたら帰るよ。そもそもこっち来たの別の用事だったからな」

「別の用事?」

「今日から新しい住人が増えたんだよ、準のとこに」

「えっ、彼女!? マジ!? やったね雨兄ぃ!」

 "雨兄ぃ"とは、悠が準に付けたあだ名である。彼女は大抵準の事をそう呼ぶ。当の準本人もまんざらでも無いらしく、快く応じている。

「準さん…一体何処で拾って来たんでしょう…」

「いや街で引っ掛けるとかそこまで落ちぶれてねえよあいつも。ストレイキャッツで女の子の面倒を見る事にしてさ」

「…それはまた…仕事で?」幽の目つきがやや鋭くなる。

「詳しい事は言えない…と云うよりも俺自身、まだ全部把握し切れてないと思う。もしかしたらお前らにも何か来るかもしれないが…」

「あたし達なら心配要らないよ! お兄ちゃんの妹だもん! 何が来たってボッコボコにしてやるんだから!」

「熊相手に腰抜かしといてよく言うぜ」

「やはりあそこで助けてくれたのは兄さんだったんですね」

「通り掛かったからな。まあ、小遣い稼ぎの一環だ」

「あれは…そうだね、使える魔法もあったのに手が動かなかった」

 悠の魔法は剣を媒体にしたものよりも、素手で放てるものの方が多い。しかし至近距離の巨大な熊を見てそれを咄嗟に放てるかと云うと、あの時の悠には出来なかった。

「ま、次焦らなければ大丈夫さ。間に合っただけ十分」

「頑張る…!」


 その時である。

 瞬の携帯からけたたましくアラート音が鳴り響いた。


「あぁ? 事務所の常駐オートガンナー君から…?」

 事務所には常に瞬の持つ自律型魔法機械〈オートガンナー〉を二基設置してある。これらは監視カメラとリンクして、瞬達の不在時に登録していない人間が来た場合報せる様に設定してあるのだ。事務所内に侵入された場合、発砲機能を働かせることも出来る。とは言え余程の素人ならいざ知らず、ある程度の力を持っていた場合突破はそう難しくない。

「どしたの?」

「分からねえ。どうもお客さんらしいが先輩が居ないらしいんだよな」

「置いて来たんじゃ無かったの?」

「の、筈なんだが…さてはまた〝お出かけ中〟か…?」

 あまり良くない予感に駆られる。もしフランシスが読み通り不在なのだとしたら、事務所は今―――

「悪いな、悠、幽。また来る」

「送るよ、お兄ちゃん!」

「…頼む!」

「幽ちゃん、留守お願い!」

「二人とも気を付けてくださいね」

 瞬と悠は部屋を飛び出し、

「行くよ―――ディスタンス・クラッシュ!」

 ストレイキャッツ事務所まで、一瞬で翔ぶ!


△△△


 ―――フランシスは蒼い世界を飛翔していた。

 水中の魚さながら、すいすいと優雅に無人の世界を飛ぶ。

「星海支部は……其処ね」

 管理局、星海支部。現実世界ではそうそう来ないが、此方では度々情報収集に来ている。

 入口の自動ドアは反応しない。此処が既に、第一のセキュリティなのだ。とは言えそう堅いものでは無く、『世界』にダイブ出来る程の魔法使いならまず突破できる。

「よっ、と」

 指先一つ触れるだけで、ドアの外と内を繋ぐ穴を開く。第一関門クリア。

 内部に侵入し、今度はひたすら上を目指す。目的であるデータベースは最上階、七階に存在するのだ。

 二、三、四とトラップ一つない階層が続き、五階に到着する。

「此処からね…」

 一人呟き、一歩踏み出したその瞬間。

「ッ!」

 発射音の無いレーザーが、フランシスの足があった場所を焼く。焼けた部分は無数の白い細かな立方体となって砕ける。

(―――何かあるのは確かね)

 確信するフランシス。先日来た時には無いトラップだったからだ。

 少し見渡しただけであちこちにレーザー照射機が設置されている。…避けるか、壊すか。

(―――そこそこデキる"管理者"が設置した、って事よね…。壊したら……いや、下手したらさっきの跡でもうバレるわね)

「敢えて喧嘩を売ってあげましょうか―――〈フェアリーライト〉!」

 鍔の部分にクリスタルと三対の羽の様な装飾が施された剣を精製する。クリスタルの部分からは常に青い光の粒子が漏れ出しており、きらきらと光り続けている。

 魔法の発動に反応したのかアラートがけたたましく鳴り出し、固定型に思われたレーザー照射機が自律兵器となって飛来した!

「最近此処もつまらなかったのよ……精々楽しませて頂戴なッ!」

 床を蹴り、飛び立つ。人魚めいた先程の飛行とは打って変わり、戦闘機を思わせる力強い超高速飛行!

 自律兵器の群れとすれ違い様に一閃、数秒遅れて背後から爆発音! 後方からの光を受けながら、フランシスはただ不敵に笑う。

 彼女が爆発を態々確認する必要は無い。追って来ればまた斬るだけであり、そもそも追ってくるものなど残ってはいない!


 侵入者の存在は全階層に知れ渡っており、前方からは次々と自律兵器が飛来する。

「雑魚がぞろぞろと……コストばっかり嵩むんじゃないのかしら!?」

 どれだけ飛んで来ようと、この戦力では到底彼女を止めることは出来ない。

 煌びやかな剣閃の前にただ魔法物質の屑へと変わる自律兵器の群れ。しかしプログラムに従うしかないそれは、哀れなほど愚直にフランシスへと向かう。

「もうちょっと芸が欲しいわよねえ、例えば……そう」

 角を曲がった処に、番人とでも言う様な機械の巨体が佇んでいた。

「…こういうのとかね」

『エマージェンシ―、エマージェンシー。ガードナー、起動します』

 仏像めいて佇んでいた巨体、ガードナーの両目が発光し、起動する。3メートルほどの二足直立ロボットへと変わる! 世が世なら世界を救っていたかもしれない、そんなフォルムである!

 バシュン、と言う音と共に両腕から光の剣が展開され、クロスに構える。

「貴方、絶対出る処間違えてるわ」

 フランシスもフェアリーライトを構える。流石に少しは真面目にやらないといけなさそうだ。

『対象認識、迎撃行動に移ります』

 機械的な音声を発し、ガードナーが攻撃を開始する!

 かなりの速度で繰り出される斬撃をフランシスは跳躍回避! 一気に背後に回り込む!しかしガードナーはそれに反応し、流れるような動作で真後ろのフランシスに斬り掛かる!

「あら、やるじゃない。設計者はただのアニメの見過ぎじゃ無かった様ね」

 発動、『空間連結コネクト・ゲート』!

 光剣がフランシスに届く寸前、彼女の前の空間が歪む。光の刃は空間の歪みに飲まれ―――主の背部を焼き斬った!

『ビガーッ! ビガーッ!』

 悲鳴の如く鳴り響くエラー音。ガードナーのAIは事態を理解出来ず混乱している。

 『空間連結』は入口と出口、二つの空間の穴を作り出す魔法である。その位置はどちらもフランシスが認識出来る範囲で任意。彼女は今、自分の目の前に"入口"を、ガードナーの背後に"出口"を作る事で自滅へ誘ったのだ!

「まあ、さっきの小蝿に比べたらずっと良いんじゃないかしら。ただ相手が悪かったわね」

 真っ直ぐ上に、フェアリーライトを掲げる。そして!

「セイクリッド・ウェイヴ!」

 垂直一直線に振り下ろし、光の斬撃を飛ばす! ガードナーの巨体は真っ二つに断ち切られ、爆散!

「一応データは取らせて貰ったわ。帰ったら復元して置物ぐらいにはしてあげようかしら」

 フランシスは再び飛び立った。データベースまで、もう距離は無い。


▽▽▽


 ストレイキャッツ事務所前。

 上着の色を暗い水色で統一した二人の男女が、電気だけは付いているがもぬけの殻になっている事務所を見て小声で会話している。

「…本当に燈様は此処に逃げ込んだのか?」男は問う。

「燈様の魔力反応が此処に辿り着いたのを確かに確認したわ」女は淡々と答える。

「今何処に居るのかは確かめなかったのか?」

「確かめたわ。けれど、此処に入ってからの痕跡がまるで無いの」

「何だと…?」


「―――そりゃあ、あんたらみたいのが絶対居ると思ったからな。魔力探知は諦めるこった」


 水色の二人が背後を振り向くと、黒コートの男と簡素な服の少女がいつの間にか立っていた。

「やっぱりフランは"向こう側"か…仕事熱心だこと。さて単刀直入に訊くぜ…あんたら、何者だ?」

「……雪道の魔法使い、と言っておこう」

 黒コート―――瞬の問いに、男の方が答える。

「燈を迎えに来たって処か?」

 瞬の両手にはブラックストームが精製されていた。

「私達は―――」

「そうだ」女の方が言い掛けていた事を、男が遮った。

「ちょっと、どういう心算!?」冷静だった女が、男の予想外の行動に取り乱す。

「彼等の力を見る」

「……そういう事は早く言って」

「相談は済んだかよ? やるのかやらないのか、はっきりしてくれよ」

 やる気満々の瞬。恐らく第三者がこの場だけを見たら、どちらが悪いのか判別に困るだろう。

「悠」

「だいじょうぶ」

 兄妹間の会話は一瞬。悠は素手の状態だが、これで良い。

「―――ホワイト・カーテン!」

 女が両手を高く掲げる。辺り一帯に雪が舞い、次第に強さを増すそれはたちまち吹雪へと変わった。

「ちょっ、あたし今薄着なんだけど―――!」

(―――さーてこの状況、どうすっかな…)

 思慮する瞬。このままでは悠どころか自分まで凍死しかねない。

「悠、まともに取り合ってやる必要はねえ。やっちまえ」

「…良いのね?」寒さで小刻みに震えながら、悠はにやりと笑う。

「ああ」兄妹揃って同じ笑み。

「おっけー…コード・クラッシュ!!」

 両掌を前に突き出し、叫ぶ!

「何ッ!?」

 吹雪が一瞬にして消し飛ばされ、この場の全員の姿が露わになる!魔法を"破壊"する魔法、それが『コード・クラッシュ』なのだ。

「驚いたろ」

 瞬が動きの止まった男の眼前に躍り出で、衝撃弾を二連射する!

「ご…ッ!!」

 男が吹っ飛ぶ傍ら、悠は〈レイウィング〉を精製し女の方へ距離を詰める!

「く…ホワイト―――」近距離武装を持っていない女は雪の魔法を構える……しかし!

「させないよっ!」悠が左のレイウィングを投擲!

 発動を中止し、女は飛来する剣を回避する―――が、その先には思いきりレイウィングを振りかぶった悠が!

「クラッシュ・ブレードッ!!」

 爆発的に生じる光の刃を前に悲鳴すら凍るも、触れる寸前で刃が止まる。

「どうしよっか、お兄ちゃん?」

「んー…」

(―――増援呼ぶ様な連中なら"力を見る"なんてふざけた真似はしないだろう。まだ確証はないが……こいつらは多分…)

「お開きで良いんじゃねえか。残念ながらこいつらの状況は更に悪化しちまってる様だからな。―――おかえり。遅くなってごめんな、フラン」


「意外と留守中もお客さん来るのねー…ちょっと私も認識が甘かったわ」


 いつの間にか、事務所からフランシスが出て来ていた。情報収集を無事完遂し、此方の世界へと帰ってきたのだ。

「取り敢えずその人たちは"お客さん"よ。敵じゃないわ、今のところはね」

「りょーかい。お疲れ、悠」

「お兄ちゃんもね!」

 二人の武器が魔力の光と共に消える。

「っつー訳でちゃんと御持て成しするぜ、お客さん。立てるか?」つい今まで銃を突き付けていた相手に手を差し伸べる瞬。

「あ、ああ…すまない」その手を取り、男は立ち上がる。

「あたしはこれ以上首突っ込まない方が良さそうかな」

「付き合わせちまって悪かったな」足になって貰った挙句に八割方悠の手柄だったので詫びる瞬。

「大丈夫だって、お兄ちゃんの妹だよ?」

「はは、ありがとう」

「じゃあ、またね!」

 そう言い残すと、来た時と同じ様に姿を消した。

「それじゃあ仕事の話と行きましょうか―――〝燈派〟のお二人さん」

"収穫"をしっかりと匂わせる一言を、フランシスは投げ掛けた。


△△△


「―――ふうん、逃げ果せたと思ってる訳…ね」

 仄かな明かりだけ差し込む部屋で、眼帯の少女は呟いた。

「鈴蘭」

「はっ」男は素早く返事をした。

「そろそろ連中に分からせてあげなさい。私からは、逃げられないって」

「場所は星海町で御座いますか」

「そうよ、星海荘とかいう流れ者のたまり場。…ああ、其処には天宮崩れが紛れてるから気を付けなさいね」

「直ちに向かいますか」

「ええ、お願い」

「御意に」

 必要最低限の会話だけ済ませると、男は暗がりに姿を消した。

「…ふふ。民間人も居る処なら安全だと思ったのかしら、馬鹿ね。うふ、うふふふ!」

 眼帯の奥に少しの痛みを覚えながら、一人少女は哄笑していた。


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