『世界の果ての覚書』

 『世界』が始まって五十年余り。つまり、私が此方側に来てそれだけ経つと云うことらしい。

 人々が生きる世界の裏側にある青い『世界』、その更に内側の、この緑の『世界』。私は此処から『世界』を、そして人々を見守っている。


 此処はこの世の全ての情報が集う"図書館"。無限の蔵書に囲まれて私は恐らく永遠に人々を見守り続けることになるだろう。それが私の役目なのだから、果たさなければいけない。それに毎日―――日時の概念も私には無いが―――様々なことが記された本を読んでいくのは中々退屈しない。

 この空間の中では思うだけで情報が頭に入ってくる。それでも態々本の形態を取っているのは、順番に情報を取り込み、先を読み進める楽しみを残しておきたかったからだ。私も元はちょっと魔法が使えて、他人より遥かに長生きなだけの"人間"だったし、今も考え方は然程変わらない。何が言いたいかというと、要するに楽しみというものは私にとっても欠かせないものなのだ。

 喜ばしいことに、最近は楽しみが少し増えてきた。"他人"と会うことが出来たのだ。

 この"図書館"は人々からすれば理想の情報源。だが並大抵の人間ではまず立ち入ることから出来ず、手前の青い『世界』で膨大な魔力に溺れて死ぬだろう。それにも拘わらず、『世界』の深部である此処まで到達した者が最近出たのである。

 案の定、"彼女"は人間では無かった。私とも違う、『世界』が出来てから誕生した存在―――人々が"バグ"と呼ぶものの一種だった。人々が魔法を使い、その残滓が人の放つ何らかの感情によって自ら形をとる。それがバグだ。ところが彼女は人によって作られ、更に別の人間を基に生まれた存在だと云う。そんな歪な存在でありながら、人として生きている。

 なんと素晴らしい客人だろう。私は心から感動した。私は彼女の生い立ちを聞く内に、この五十年は無駄ではなかったのだと感じていた。私がひたすら読書に明け暮れている内に、世界には新たな存在が生まれていたではないか。

 最初こそ警戒されたものの、打ち解けるまで時間はそう掛からなかった。彼女はとても理知的で、此処に来たのも大切な兄の為だと云う。彼女の事も、それに関する本を探せば読み取ることが出来るだろう。だがそれを無粋だと感じる私は、敢えて彼女と会話することを選んだ。その方が彼女にとってヒントになるかも知れないと思ったからだ。


 情報が集う場所、所謂データベースでありながら情報を読み取る方式がアナログ極まりない此処では、一度来ただけでは欲しい情報が全て得られないことの方が多い。尤も、彼女であれば直接情報を抜き取る事も出来そうではあるが、そうしないのは私の考えに共感してくれたからか、はたまた単に疲れるからか。どちらにせよ、彼女は近頃数日おきに足を運んでくる。私は答えを与える様な真似はしないが、一緒にそれらしい本を探す事で退屈をしのぎつつ彼女との交流を楽しんでいるのだ。



「―――前回から四日と三時間十五分二十秒。待っていたわ、幽。今日はどんな本をお探しかしら?」



 私の名はクラリス・エルザイン。『世界』の管理者だ。



 End.

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