#2 to #3 Intermission『夜会』

『兄さん、今少しだけ宜しいですか』

 夜。幽が珍しく瞬を呼び出していた。手短に一行で送られていたメッセージに、瞬は返信する。

『良いよ。そっちに行こうか?』

 返答は即座に届いた。

『いえ、私が向かいます』


 △▼△▼


 六月。瞬達からすればアルシナ、そしてアインジーレとの一戦から、悠達からすれば赤虎隊の一件から一ヶ月が経過した。

 その間瞬達は、準と燈が修行で不在のなか一層増えてきたバグの退治に勤しみ。

 悠達も同じ様に魔法部としてデバッグ活動に励みながらテストに悩まされていた。

 そんな状況が続いたある晩、こうして幽から連絡が来たのである。

 青い光と共に、瞬の部屋―――まさに彼の背後に幽が現れる。『世界』を通ってきたのだろう。

「夜分遅くにすみません、兄さん」

「それはいいんだが、そのー……普通に玄関から入ってきてくれないか……? 忍び込む様な真似はフランが拗ねるから。まあ、気付いてるだろうけどさ」

 苦笑混じりに瞬は言う。

「こういう方が雰囲気出るかと思いまして」

「どんな雰囲気だよ」

「忍者的な感じで……」

 悪戯っぽく笑んで見せる幽。外面はクールに徹する彼女も、兄の前でだけは少し表情豊かになる。

「ああ、其処に於いては百点だ。……で?忍者ごっこがしたくて来た訳じゃないんだろ?」

「ええ。―――一度、報告しておきたい事がありまして」

 一転して、見慣れた表情になる。理知的にして冷たく鋭い目付きに。

「穏やかじゃないな。どうした?」

「"五景"についてです」

 "五景"―――晴風、雲隠、雨森、雪道、星凪からなる特殊な魔法使いの家系である。それぞれが約五十年前の強大な"魔物"を封じた魔力石を一つずつ守護・管理していたが、雪道の一件以来次々にその役目が破綻してきている。

「まさかお前からそんな話題を振られるとはな。つっても、もう雪道の時に無関係じゃなくなってたんだったか」

「準さんに協力する形で首を突っ込んでしまいましたからね。その上先日、星凪の者とも交戦しました」

「星凪だと? 確か……"武器職人"だったか」

「私が戦ったのは星凪真という、私達と同年代の男でした。それと……」

 迷った様子で、言葉に詰まる幽。

「うん?」

「……恐らく"魔物"の一体にも遭遇しました。名は……ネビュリス」

 二人は同じ、司祭めいた姿の男を思い浮かべる。

「あいつか……。俺達も見たよ、そいつは。凄い力だった。俺らが退いた後そっちに行ったんかな」

「どうなんでしょう……兄さん達がピンチかも知れない、と挑発して来たので逆かも知れません」

「……まあ、順番はいいや。本題はなんだったか、星凪の話だけじゃないんだろ?」

「勿論です」

 一拍置いて、幽は"本題"について語り出す。

「星凪真と戦った翌日から、ふと思い立って現在の五景について"図書館"で深く調べてみたんです」

「今の五景?」

「はい。雨森、雪道、そして雲隠については兄さんも御存知の通り本家はほぼ当主一人を残して壊滅。星凪はどうやら健在。―――そして最後に、晴風の所在が昨日漸く掴めました」

「晴風? "医者"……って言うとざっくりし過ぎか」

「強ち間違ってもいませんね。晴風は謂わば薬剤師で、それぞれ得意な薬に差異はあるものの、血筋の人間は皆薬を生成する力を持っている様です」

「ってことは、屋敷構えるより薬局でもやってそうなタイプだな?」

 ふ、と幽が口元で笑う。

「その通りです。現在の当主、晴風ハルカゼカオルは個人医院を開いている様で……その……」

 珍しくばつの悪そうな表情で目を逸らす幽。

「……どうした?」

「場所が、ですね……この星海町だったんです……」

「「…………」」

 何故最初に気付かなかったんだろう、と二人で目を伏せる。

「……ま、まあ、分かっただけ良いじゃないか。これまで気付かなかったってことは、かなり入り組んだとこに建ってたんじゃないのか?」

「ええ。海側の住宅区でした」

 星海町の南西、港を中核として古くから栄えていた地域だ。『世界』起動後、最初の災害である"歴史の虚構"を経て絵草学園が設立されるまでは港町とされていただけあり、現在でも逞しく賑わっている。

「あっちの方全然行かねえからな……浜の友達も居なかったし」

「丁度子供の多い世代を外れていますからね、兄さんも私達も……。ともかく、兄さん達は一度晴風と会ってみるのが宜しいかと。星凪の……ネビュリスの好きにさせていてはいけないと思うんです」

「同感だ。それじゃあ明日にでも行ってみるかな……」

「"魔物"と交戦する可能性もありますので、お気をつけて」

「ああ、ありがとな」

 兄の言葉を受けて幽は満足そうに微笑む。


 それでは、と帰ろうとした処で瞬は幽を呼び止めた。

「なあ幽。悠もなんだが、そのー……悩んでる事とか、無いか?」

 一瞬呆気に取られる幽。

「それは……どういう」

「前は幾らでも話聞いてやれたけどさ。最近は其処まで話し込んでた事も無かったから、少し心配だったんだ。悠はほら、分かりやすく悩み込む割に結局暴れさせとけば勝手にすっきりするから良いけど、お前はそうじゃないだろ?」

 決して悠を心配していない訳ではない。ただ、彼女の場合は話すより自分で悩みを噛み砕く方が早く、納得も行くために放任しているのである。

「……最近は割と楽しく生活出来ていると思うんです。三年になっても尚新しい繋がりが出来たり、周りの変化を見たりするだけでも楽しくて。強いて言うなら、兄さんと会えていなかったことですかね。やはり定期的に会っていないと、寂しいです」

「お前も意外と思ってること言ってくれるからやっぱり悠の―――いや、俺の妹だと思うよ」

 そう言って優しく幽の頭を撫でる。

「ちゃんとあっちにも顔出す様にするさ。それに、お前の方から事務所に遊びに来てくれても良いんだぜ? どうせ卒業したらストレイキャッツ入るんだろ?」

「その心算です。……そうですね、皆さんとも仲良くなっておいた方が、良いかもしれません」

「だからもう暫くの我慢だ。それに、今の環境も大事にしてやれよ。お前は心からそう思ってはいないかも知れないけど、お前の世界は俺だけじゃないんだ。今にそいつらだって会いたくても会えなくなるかも知れない。だから、ちゃんと大事にしとけ。魔法部も、生徒会も、勿論クラスもな」

「……兄さんがそれを言いますか、ふふ」

「俺だから言うのさ。反面教師って奴だよ。守れるもんが出来ちまった以上は、しっかり守ってやるんだ。一番大事な人は居るかも知れないけどな、"手の届く分は守る"。俺達の天宮家家訓だ」

「……はい!」

 幽は、力強い眼差しで頷いた。


 ――――


「良い言葉ね。矛盾している気がするけれど」

 幽が帰った後、二人分の紅茶を持ってフランシスが部屋にやって来る。

「フランも近いこと言ってなかったか?」

「そうだったかしら。私なら貴方一人を何としても守るわね」

 紅茶を一啜りして続ける。

「―――ま、そうも言っていられないのよね、立場的に」

「守られるより守る側だもんなあ、お互い」苦笑する瞬。

「でもそう言ってうっかり貴方に死なれるのは嫌よ」

「俺だって同じさ。フランの為になら幾らでも戦う。それは変わらないけど……特にフランに危険が無くて、今にも殺されそうな人が居たとしたら、俺は黙ってられないだろうなってさ」

 右手で銃の形を作りながら、瞬は語る。

「それで無茶しなければ、別に良いわ。……欲を言えば、私だけを守って居て欲しい処だけれど、ね」

「全く我儘だなあ、俺の周りの女子達は……」

(―――それでも頼ってくれるなら、助けを求めるのなら、全力で力になるだろう。俺にはそれが出来るから)

 結局動かずにはいられない、それが天宮瞬という男なのだ。


 Intermission『夜会』 End.

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World End Protocol 風海鳥 花月 @kaduki_kazamidori

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