#1 エスケープ、フロム... Act.2
「皆、準備は良い? 敵は雑魚六体。作戦はいつも通りだよ!」
明るい青髪の少女は仲間に呼びかけ、エネルギー体と実体の両方の刀身を持つ双剣を精製する。
「ふん、どうせ作戦なんてあって無い様なものだろうに」
鉄色の髪の少年は一振りの刀を精製し、立ち上がる。
「良いじゃん良いじゃん、要は殺せば良いんだからさっ♪」
フードを目深に被った少女は漆黒の銃を精製する。
「さっさと終わらせて帰りますよ。今日はこの後大事な用事があるんですから」
眼鏡をかけた暗い青髪の少女は、等間隔に欠けた鉈の様な禍々しいデザインの双剣を逆手に精製する。
「んじゃ―――デバッグ・スタート!」
△▼△▼
星海町に唯一存在する学校、絵草学園。初等部から高等部まであり、大抵の生徒は十二年間其処で学ぶ事になる。
生徒数はそれぞれ変動するものの各部大抵五百名弱。半ば隔絶された土地である星海町にありながら、魔法に関する教育や研究は国内でも指折りのレベルにある。凄腕の魔法使いも多く輩出しており、管理局の上位に就いた者や、フリーランスで名を馳せる者など様々だ。瞬やフランシス、弥生、零時もこの学校の出身である。
高等部校舎二階。三年A組教室。
明るい青髪に、星の飾りのついた黄色いリボンをした女子生徒―――天宮
校舎の上から一年、二年、三年と教室がある為、三階では学校の敷地しか見えない。
(―――お兄ちゃんも、最初は同じ事思ったんだろうなぁ)
「ええ、そうでしょうね」
ふと、傍に立っていた暗い青髪に同じリボンをした女子―――天宮
「…プライベートな時まで頭ん中読まないでよ、悪趣味だなぁ」
べしゃっ、と潰れる様に机に突っ伏す悠。
「仕方ないでしょう、私だって暇なんですよ…」
「幽ちゃんは生徒会の仕事あるでしょー?」
ぐぐぐ、とゆっくり顔を幽の方に向ける。丁度幽が組んだ腕に、自分のそれとはとても比べ物にならない胸が乗っているのが目に入る。
「もう終わりました…。あとあるとすれば、行事の企画とかですかねえ」ふう、と溜息を一つ。
「次、授業なんだっけー」
「昼休み挟んで実習です」
実習とは、主に実際に魔法を使った模擬戦を行う科目である。模擬戦中は特殊な結界が張られる事で、生徒達が直接怪我をする事は無い。痛みはあるものの死ぬ事はまず無いので安全と言える。
「どーせ相手は先生か幽ちゃんだろうしねー…あたし達はどうしたら良いんだか」
「たまには何か縛りを入れてやってみるのはどうです? 武器攻撃のみとか、攻撃魔法はどれか一つだけとか」
「幽ちゃん、それやりたい?」
「それはまあ本気でぶつかるのが一番楽しいですけど、私が思うに悠はもっと剣術を磨くべきです」
「ま、まあ…否定は出来ないかな…」
「決まりです。今日の実習は武器のみで戦ってくださいね。相手が私であればちゃんと私も剣縛りしますから」
「へいへい…」
戦闘の事になると幽はいつもよりテンションが上がる。悠もそれを長い事見て来たのでいい加減慣れてはいるが、流石に自分まで巻き込まれると若干うんざりしない事も無い。
「まあそれはそうとして、お昼ごはんにしましょうか。今日はちょっと気合入れて作ったんですよ」
そう言って幽は丁寧に包まれた弁当を二人分取り出した。
「あーごめん! 今日本当はあたしの当番だったよね…」
「あんまり気持ち良さそうに寝てるものですから、無理矢理起こすのも悪いと思いまして」
ふふ、と微笑む幽。基本的に感情をあまり表に出さない様にしている彼女だが、悠と兄の前では解けた態度になるのである。
「ありがとー。ああ、幽ちゃんのお弁当続けて食べられるとか幸せ者だねあたしも」
「貴女だって同じもの作れる筈ですけど」
「そういうのじゃないんだって。幽ちゃんの、作ったのが、食べたいの! 分かる?」
「…他人の作ったのが食べたいってのはまあ…人によってはありますけど」
「お兄ちゃんとか?」
「分かってるでしょうに」
「まあね」
同時に食べ始め、同時に食べ終わる。悠と幽は体裁上双子と言う事になっているが、実際はそれよりももっと相似、同一とすら言える存在である。
嘗て一人の魔法使いが、バグの研究を続けている内に発見した理論を基に、『ゴースト』と称される特殊なバグを開発した。
ゴーストは人に憑依して人格を侵食して行き、最終的にその人間を乗っ取ると云うものになる筈だったのだが、悠に憑依したゴーストは彼女の第二人格として存在を確立させてしまった上、ある時悠から分離して実体を得てしまったのである。
もう一人の"ユウ"であり、
△△△
「まーた幽ちゃん眺めてたの?」
ブラウスに灰色のパーカーを着た女子生徒、
「だ…ッ、誰が!」
鉄色の髪の男子はお茶でむせながら反論する。名は
この二人は悠、幽と同じ部活で活動している仲間である。今、彼らは天宮姉妹と少し離れた教室中央辺りの席で、半ば瑞葉が璃玖の机を侵略する形で一緒に弁当を食べている。
「いい加減素直になりなってばー。今更誰に隠そうったってバレバレだよ?」紙パックのジュースをストローで飲んでいる。
「五月蝿い…!」赤くなる顔を何とかして抑えながら弁当の中身を口に放り込む。
「でもま、よくぞあのブラコン二号を長い事想い続けられるよねえ…。凄い凄い。でも残念ながら今年で卒業なんだよねー私達」
「分かってる…違う、余計なお世話だ!」
「やっぱアホだよね、りっくん」コンビニで買って来ておいたチョコスナックを口にひょいひょいと放り込んで行く。これが今日の昼食だ。
「お前に言われると腹が立つ…! それにお前、もうちょっとマシなもの食べたらどうだ?」
「私糖分だけあれば良いしー? 寧ろ糖分無いと死んじゃう♪」
「一遍あの世を見て来い馬鹿…」深くため息をつき、デザートにと入れておいたオレンジに箸を伸ばす。
「あ、いっこちょーだい♪」
璃玖が今まさに食べようとした物を敢えて横から攫っていき、箸は虚空を掴んだ。
「………」
「これ一個あげるから許してっ♪」
凄く良い笑顔でチョコスナックの袋を向けて来る。一応、中身は残っている。
「チョコの後にオレンジを食えと云うのか貴様は」箸を持つ手が怒りに震えている。
「オレンジの後にチョコでも良いんじゃない?」言いながら、もう一つオレンジを掻っ攫って行く。
「そういう問題か!!」
「やっぱりっくんってアホだよね。あ、ラス1は勘弁したげる」
四つあった筈のオレンジは残り一つになっていた。
「柊ィィィィ!!!」
「あはははっ♪ 実習終わったらジュースの一つでも奢ってあげるからさ、食べ物くらいで一々怒らないのっ」
「………お前相手には何言ってもしょうがない」
一つになってしまったオレンジを口に運ぶ。舌を突く甘酸っぱさが何となく切なく物寂しい。
「分かってるじゃんっ」
昼食二号のキャラメルスナックを開ける。何十年も変わらないパッケージと甘さが瑞葉のお気に入りである。
「んー、おいし♪」
「お前は悩みも無さそうで羨ましいよ…」水筒のお茶を飲み、再びため息をつく。
「むっ。失礼な、私にだって悩みくらいあるもんっ」
「言ってみろ」
「どうやったら天宮先輩をぶち撒けられるかなーって…!」
「おう、お前は先輩に脳天ぶち抜かれて来い」
恍惚とした表情で物騒な事を言う瑞葉に、冷酷ながら的確な助言を放つ。
「ざんねーん。もう何度も経験してますーっ」
「死ね! いい加減お前は死ね!!」
「あははははっ!」
昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響く。
▽▽▽
今日の実習は生徒同士の模擬戦であった。自由に相手を選び、ルールを当人達で定めて魔法による戦闘を行う。余った人は先生と、という定番のサービスも付いている。
昼食時に話していた通り、悠は幽と武器のみで戦う事になった。
「それでは悠、私は一切容赦しませんのでその心算で。―――〈デュアルクライム〉!」
幽は鉈の様な刀身にソードブレイカーめいた複数の溝を持つ剣を一対精製し、逆手に持つ。敵を引き裂き、苦痛を与える事を意識したデザインだ。武器や防具で防いだとしても、その防御に使った物にダメージを与えて行くと言う使い方も出来る。
「全く…あたしのより変態チックな剣使っときながら剣術はあたしより全然上なんだもん、困っちゃうよね。―――〈レイウィング〉!」
手元のガードの部分まで刃がついた片刃剣を一対精製する。通常の状態では至って普通のダガーとまるで変わらないが、グリップにあるトリガーを引くことで圧縮された魔力によるエネルギー体の刀身が現れる。幽とは対照的に、如何に対象を"斬る"かという点に悠なりの重点を置いた作りだ。
「一撃当てた方が勝ち、で良いよね?」
「ちまちまと小技決めて勝ったー、とか喜ばれると癪なんですが」
「別にそんなことしないよ。決める時はガツンと決める、でしょ?」
「成程、痛い目見ても文句言わないでくださいね?」
「そっちこそ!」
そして、何処かの試合で武器と武器がぶつかり合い、一際強く快音が鳴り響く。それを合図に、両者は相手目がけて走り出した!
「はぁぁぁぁ―――ッ!!!」
レイウィングの黄色く光る刀身が閃く。狂戦士の如く連続して繰り出される悠の斬撃は無数の黄の残光と共に幽を襲うが、容易く往なされてしまう。
「くぅぅ…ッ!!」
速攻で決まるとは思っていなかったが、余りにも攻撃が通らず焦る。力が互角である事は分かっていたのだが。それでも尚、悠はラッシュを続ける。
「私相手に力押しでは勝てませんよ!」
大振りになった悠の一撃を、幽も力を込めた一振りで弾き返す。
「ぐ…っ!」
右手のレイウィングが撥ね飛ばされ仰け反った悠に、デュアルクライムの刃が迫る!
「はぁっ!」
悠の身体が制服諸共斬り裂かれようとするその間際!
「まだ…まだぁッ!」
悠はバックステップしながら残った左手の剣でガードしつつ、敢えて飛ばされる事で距離を取る!だが幽も即座に追撃に移る。体勢を立て直す前に仕留めるのだ。当たれば痛いでは済まされない禍々しいフォルムの刃が次々に悠を狙う!
(手が…出せない…!)
何とか残った一振りの剣だけで幽の猛攻を往なす。だが余りの勢いに捌き切れず、悠は嫌な汗を滲ませる。
「どうしました、このままじゃ貴女の負けですよ!」
「分かってる!」
弾かれた方の剣は何処だ。拾いに行くか、再精製した方が早いか。武器は破壊されてさえいなければ数秒で再精製が完了する。
考えている間にも幽の攻撃は続いている。置いておいて使い道がある物でも無い、此処は―――
「おいで、レイウィングッ!」
上手く片方の剣だけを再精製し、両方の剣で鍔迫り合いに持ち込む。
「さあ、此処からどうします? デュアルクライムなら、貴女の剣を割る事も出来るんですが」
「出来るなら―――やってみなよ!」
レイウィングのトリガーを更に引き、エネルギー刃の出力を上げる!
「っ!?」大きく光った刀身に一瞬怯む幽。
「これで…どうだッ!!」
両手の剣を思い切り引き、デュアルクライムの刀身を断ち斬る!
断片は宙を舞い、そして魔力の光となって消えた。そして、レイウィングの剣先で軽く幽を突く。
「両腕落とされたくは無いでしょ?」
両肩に少しだけ刺さるエネルギー体の刀身。
「…これで戦えって言われても無理ですからね」
貧相な姿になってしまったデュアルクライムを魔力に還し、お手上げである事を示す。
「まったく…小突いただけで勝ちとかやめてくださいって、言っておきましたよね?」
お手上げではあったが、地味な決着にやや不服な幽。
「いや…やっぱり幽ちゃんを斬るのはちょっとあたしの精神衛生上宜しくないかなってさ」
自分そっくりどころか自分そのものと云える身体を傷つける気には流石にならなかった。
「正直武器性能で負けた感はありますが…使い方もある種技の内って事で良いでしょう」
「確かにレイウィングじゃ無かったら負けてたねー…」悠は肩を竦める。
授業時間はまだまだ残っている。ならば、と幽は小さく笑った。
「ねえ悠、今度は何でもありでもう一試合どうですか?」
「お、やる? あたしは全然良いよ!」
デュアルクライムの再精製を待ってから、二人は再び刃を交えた。
△△△
「
白銀に煌めく弧を描きながら、璃玖の愛刀〈十六夜〉が閃く。
一般的な日本刀よりも刃渡りが短く、幅広の刀身と云う意匠の刀だ。刃は常に魔力を帯びており、強度と切れ味を高めている。
…そんな刀による斬撃を、瑞葉は左手の黒いバタフライナイフ一本で往なしてゆく。最早それは往なすと云うよりも、彼女の身体能力なら易々避けられるはずの攻撃に合わせて態々ナイフを当てに行く様なものだ。〈クロアゲハ〉と銘打たれたそれは、魔力コーティングされた十六夜を遥かに凌ぐ硬度を誇り、今の処傷一つ付いていない。それどころか十六夜の刃を少しずつ傷付けていた。
「おっそいなぁ、そんなんじゃ蝿も斬れないよ?」
「蝿をッ、態々、斬るかッ!!」
璃玖の攻撃速度が上がる。しかし狙いも振りも荒くなり、勝ち目はますます無くなっていた。
「刀使いが精神乱してどうすんのさぁ、やっぱりりっくんはアホだねっ!」
あらゆる武器も魔法としてプログラムされているこの時代で尚、刀は使い手の精神に依存して業物にもナマクラにもなる玄人向けの武器であった。
通常の戦闘であれば冷静に徹することが出来るが、余りにも相手が悪すぎた。瑞葉の露骨な舐めプレイに苛立ってしまった時点で刀使いとしては致命傷である。
「イーグル・シュートッ!」
クロアゲハが璃玖の心臓を目掛け、高速で一直線に突き出される。
「く……ッ!!」
確実に殺しに来ている神速の一撃が、璃玖の目にスローモーションめいて映る。身体を捌き、瑞葉の側面に回りつつ左手首を掴む。
「お前っ…殺す気か…!」突如極限状態に晒され、息が上がっている。
「え、当たり前じゃん」そんな瑞葉はさも当然の如く答える。
尤も結界のお陰で実際死ぬことは無いのだが、それでも本気で殺しに掛かられるのは普通の神経を持っていれば気持ちのいいものではないだろう。
「…少し気を抜き過ぎた。俺が悪い」
「そうだね!」
「………」
やはりやり切れない璃玖であった。
▽▽▽
放課後。四人は部室に集合する。
彼等の所属している部活は"魔法部"と呼ばれる、校内でもやや特殊な部活だ。此処は魔法戦闘をより学びたい人の為の部活で、校内外でのデバッグや喧嘩の制圧など戦う機会があれば可能な限り顧問が斡旋してくれる。ただ問題があり―――物騒な案件も容赦なく転がり込んでくる為に入部希望者がほぼ居ないというのが現状だ。
「おーし、揃ったか!」
顧問、
「聞けお前ら! 商店街で馬鹿が暴れたばかりにバグが出現したそうだ!」
「小遣い稼ぎだねっ♪」どう贅沢しようかと目を輝かせる瑞葉。
「それだけじゃないぞ。人目に付く場所で活躍すればいい宣伝にもなる! この機に部員獲得だ!」
「うっわー先生考えがゲスい…」
「でも悠、実際の処私達四人では辛い状況もあったじゃないですか」
幽の言う事もまた事実だった。
「まあ、ね…」
「仲間が増えるならそれに越したことは無いと思うけどな」璃玖も同意する。
「さ、もたもたしてると先越されるぞ! 急げ!」
魔法の普及により、身体強化や飛行魔法、或いは空間移動などと言った多種多様な移動手段が現れた。
「ひとっ跳びで行くよ!」
悠の足元から半径数メートルに魔法陣が展開され、態々言わずとも三人はその上に立つ。彼女の使う"ちょっとだけ特異な"移動魔法。
「―――ディスタンス・クラッシュ!!」
光と共に、四人の姿が消える。
それは、"距離"を破壊する事でワープを実現させる魔法である。
――――
昔は個人商店が立ち並んでいた事から今も"商店街"と呼ばれるこの大通り。今では有名なチェーン店なども次々と店を出し、旧い商店は余程愛されていた店でない限り次々店仕舞いへと追いやられて行った。
夕方の商店街に集う様な層は余り好んで戦うと云った人々ではなく、現在商店街はパニックになっていた。怪我人も出ており、バグを呼び寄せる原因となったらしい男は既に倒れて動かなくなっていた。
「あーあー、やってくれちゃってんじゃん…」
レイウィングを精製しながら悠は呟いた。
敵は中型のベアタイプ。目を引くのは3mほどの体躯と腕から拳までを覆う刺々しい甲殻。恐らくあの男はひとたまりも無かっただろう。
「ナックルベア…ですか。さっさと仕留めてしまいましょう」
幽、璃玖、瑞葉もそれぞれ武器を精製する。
「パフォーマンスも忘れちゃだめだよっ!」
瑞葉が精製していたのはクロアゲハでは無く、漆黒のリボルバー銃〈ブラックパール〉。彼女は二挺のブラックパールをくるくると回しながら軽口を叩く。
「誤射だけは勘弁してくれよ…」
一度後頭部を撃たれた経験のある璃玖は、その時の痛みを思い出したかやや表情を歪める。因みにそれは瑞葉が狙って撃った訳では無く、璃玖が射線上に飛び込んでしまった所為である。
「ん? それはフリかなっ? 撃って良い? ねえねえ撃って良いのかなっ?」
「良い訳無いだろっ!」
「ほら、駄弁ってないで構える!こっちに気付いたよ!」
「ゴァァァァァァ!!!」
ナックルベアの咆哮が響き渡る。拳を打ち鳴らし、新たな敵へと駆ける―――!
「はぁぁぁ―――クラッシュ・ブレードッ!!」
真っ向からぶつかりに行ったのは悠だ。レイウィングのエネルギー刃の出力が一際強まり、巨大な拳と衝突する!
「オォォォ!!」
衝突した瞬間、エネルギーの爆発が起こる。全力で地面を踏み締め踏ん張る悠に対し、ナックルベアは仰け反った!
悠の持つ"破壊"の力を剣に溜めて強化する魔法、それが『クラッシュ・ブレード』だ。
他の三人はどうか? 勿論止まってなどいない!
「バインド・ホロウ!」
幽がナックルベアの両脚を斬り付ける。すると傷口から黒い靄の様なものが広がり、動きを止める。
実体を持たず、物質をすり抜けて対象に干渉する"虚無"。それが幽の得意とする魔法だ。足の止まったその隙に、瑞葉が両手を破壊しに掛かる。
「いっくよーっ! シューティング・フレア!」
暴れて振り回される両腕を狙って、きらきらと尾を引く光弾を撃つ。二発とも見事に着弾し、爆発する!
「ふふん、私に掛かればあれくらい―――!?」
爆風の中から、不意にナックルベアの拳が飛来する!
「っ―――!!」
殴られる、そう覚悟した瞬間!
「夜光―――流星ッ!!」
瞬時に璃玖が瑞葉の前に現れ、遅れて無数の剣閃がナックルベアの拳を斬り裂く!
「ゴァァァァッ!!!」
「ったく、てっきりお前が両腕ぶっ壊して、俺が止め刺すものだと思ってたよ」
「てへ、ちょっと弾見誤っちゃった」
「しっかりしてくれよ…ッ!!」
喋っている間に振り下ろされたもう片方の拳を、十六夜で防ぐ。
「早く仕留めろッ!」
「オーケイ、あたしがやる!!」
全力疾走からの跳躍、璃玖が抑えている腕を踏み台にし―――頭上に躍り出る!
「おらぁぁぁぁぁッ!!」
脳天から深々と二本のレイウィングを突き刺す! 力強く輝く刀身が、ナックルベアの頭部を串刺しにした!
「はっ!」
頭部から飛び退きながら悠がレイウィングに魔力を送ると、破壊のエネルギーが膨張し爆発!バグも魔力からなる存在とは言え基本的な構造はベースの生物と同じ。頭を失ったその体は、魔力の光と共に消滅した。
「ふー、瑞葉ちゃんがミスった時はちょっと焦ったよ…」
「ごめんごめん、思ったより硬くてさー…あはは」
完全に四人の気が抜けていた、その時。
「ゴァァァァァァァ!!!」
もう一体、ナックルベアが悠の背後に出現した。
「……マジ…?」
新手の個体は先程のものよりも更に大きく、甲殻もより刺々しさを増していた。爆破したレイウィングはすぐには再起動出来ない為、悠は丸腰。咄嗟の判断が利かず、動けない。そんな彼女を目掛け、ナックルベアが拳を振り上げた―――その時!
「こっちだ、デカブツ!」
銃声が響き、実弾でない何かが甲殻の無い肘関節に命中し…腕があらぬ方向にへし折れた。
「ゴァァァァ! ゴァァァァァァァァ!!」
怒り狂ったナックルベアは声の主の方へと走って行った。
「…助かったの…?」
「そうみたいですね…」
悠の方へ歩み寄っていた幽が答える。
聞こえたのは忘れ様の無い声。高威力の非実体弾。彼女らを救ったのは―――。
「……あたし達もまだまだだね」
気付けば日も大分傾き、そろそろ沈もうかと云う頃だった。助けてくれた"誰か"に感謝しつつ、四人は部室へと戻った。
△△△
「―――まったく、卒業して尚お前の世話になるとはな」
魔法で戦闘の様子を見ていた漆間先生が一人、部室で電話越しに喋っていた。
『別に、妹が危なかったからちょっと手助けしただけですよ』
通話相手は既に一仕事終えたと思しき介入者―――瞬だ。
「どうだ、あいつらもまだまだ未熟だろう?」
『瑞葉がふざけさえしなければ片付くはずなんだけどなあ…』
「同感だ。戦闘はモニタリングしていたが、流石にあれは酷い」
『でもあいつの事だからどうせ言っても聞かないんでしょう?』
「まあな…お前から言ってやってくれよもう」
『其処は先生の腕の見せ所と云う事で一つ』
「ふん、お前もよく言う」
嘗ての教え子と、同じ魔法使いと云う立場で話す漆間先生は何処か楽しげだった。
「どうやら連中が帰って来た様だ。…たまには顔見せに来いよ、瞬」
『あれ、先生寂しいんですか?』
「教え子の育った姿が見たいのさ」
『んじゃまあ、その内行きますよ、その内』
「そう言ってこれまで一度も…まあいい、またな」
『身体に気を付けて』
「お前もな」
携帯を仕舞うと共に、魔法部の四人が部室の扉を開けた。
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