#2 アウェイクニング・エンジェル Act.6

 下駄箱で土足に履き替えながら、悠は黙考する。

 赤虎隊の連中が瑠璃を呼び出して、一体どうしようと言うのか。そして何故瑠璃もそれに応じたのか。

 報復するだけなら適当な処で待ち伏せでもすれば楽なものを、態々"瑠璃も納得する理由で呼び出す"とは一体。

「また難しい顔してるね? 悠ちゃん」

 瑞葉が横目で見透かす様な視線を送ってくる。

「考えてどうする心算なのかな? 私らはただ戦えば良いんだよ?」

「……なんか、ただぶっ壊せば良いってもんでも無さそうな気がしたんだ」

「ふうん?」

「確かに、大勢に対して一人の瑠璃ちゃんを助けるってことで良いと思う。でも……何て言うのかな。態々瑠璃ちゃんを呼び出して、向こうもそれに応じるだけの理由があった訳でしょ?」

「悠ちゃんの癖に随分頭が回るね。いや褒めてるからね? そうだなぁ……あそこのトップの性格的に言えば、多分瑠璃ちゃんの剣を試そうとかそんなとこじゃない?」

 悠は其処まで当人達の思考をトレース出来る程の馴染みがないが、瑞葉は別だ。

「腕前ってこと?」

「んにゃ、心構えとかその辺もじゃないかな。刀遣いってのはどうも心の在り方に拘りたがるからね」

「詳しいね」

「いっぱい見てきたからね。で、そんなこと言ってるから死んでいった。殺しに於いてサムライはとっくに時代遅れなんだ」

「……なんというか、冷たいね」

 悠も別段戦いに美学を感じる方ではないが、余りにも否定される剣士達が何処か可哀想に思える。

「仕方無いよ。そんな素敵な心で生き残れるのは一部の達人だけ。大体刀ってカテゴリ自体がファンタジー過ぎるんだよ。基本的に細身の刀身、心なんて不確定なものが伴ってやっとスタートラインとか。所詮あれは芸術品なんだ」

 淡々と否定していく瑞葉にもやもやしたものを覚えた悠は堪らず言った。

「ねえ、それ璃玖の前でも言えるの?」

「言えるって言うか、璃玖と悠ちゃんにしか話してないから」

 瑞葉は尚も表情ひとつ変えずに答える。

「言ったの!?」

「うん。でもあいつ、馬鹿だから"それでも俺はこれ一本で行く"って言ったんだよ。遠回しに"一握りの達人になってやる"ってことだからね。それであいつの事鍛えてやろうと思ったもん」

「ただ虐めてるだけじゃなかったんだ……」

「最近戦ってて楽しくなってきたんだよ、璃玖。普通に見切ってくる様になったし」

「えっ、マジで」

「うん。……さて、無駄話は此処までにしよう。あんまり遅いと祭りに間に合わなくなっちゃう」

 ぽんと悠の肩を叩き、一足お先にと駆け出す瑞葉。呆れながら、悠も続く。

「ま……あたしもあたしの仕事を、か。そうだよね……お兄ちゃん」


 △△△


 使われなくなったゴミ置き場とその周辺を勝手に改装して作った、彼等赤虎隊の

"道場"。と言っても屋根は一部にしか無く、ドラム缶や木刀、竹刀が雑に置かれておりどちらかと言えば演習場の様な光景だ。

 その最奥に佇む彼女こそ、絵草学園最強の"不良"吾妻アガツマ冥子メイコである。

 ばさばさとした赤茶の髪。前髪は左目を隠す程多いが、隙間からでも並々ならぬ眼光が窺える。着崩した男物のシャツの胸元からはサラシが覗き、足元まであるロングスカートも相まって何処からどう見ても旧世代の不良である。

 隊のメンバー達は冥子から広がり、ゲストまでを囲んで並び立っている。

「態々悪いねぇ、本当はアタイが行く方がスジだったんだろうけど」

 やや長めの木刀を携えながら挨拶する。

「いえ、私も貴女と一度会っておこうと思っていたから」

 ゲスト―――瑠璃もまた、純白の刀〈白夜〉を鞘に入れたままで携える。

「……それで、話って?」

「せっかちだねぇ…まあいい。……アタイは常々、あんたが剣を持つ理由について訊いてみたいと思ってたのさ」

「今更それを訊いてどうしようと」

「あんたがしてきたことの正当性を量ろうって話さ。うちのやんちゃな下っ端共やその他有象無象を斬り捨てて来た、あんたの正当性をな」

 瑠璃の器量を推し量ろうと、冥子の眼光が突き刺さる。

「私は弱い者の為に戦う、その為に剣を取ってきた。私はそれに則り、暴漢を斬ってきただけよ」

 物怖じせず凛と答える瑠璃。

「弱きを助け、強きを挫く……ってかい。そうやって"自分より弱い敵"を狩っていくのがあんたの正義か?」

「そんな言い方……っ!」

 実際、これまで斬ってきた暴徒に自分より強い人間は居なかった。自分は正義を振りかざし、弱いもの虐めに興じていたと云うのか?

「虐げられている人を助けることの、何がいけないって言うの!?」

「やられる側の人間が必ずしも弱いと踏んで掛かってんのが気に入らない。それはそいつをナメてるのと同義だし、そいつが戦って強くなるチャンスを摘んでるんだよ、あんたは」

 赤虎隊の本来の思想は"強くなりたい者達の集い"。誰よりも強さに拘る冥子だからこそ、敢えて弱者の代わりに戦う様なことはしない。

「例えば"そいつの分まで自分が傷付けばいい"とか言うんであればまあ分かってやらんこともないさ。馬鹿だとは思うがね。だがあんたのは、ただ正義の味方をする自分に酔ってるだけに過ぎないんじゃないのかい?」

「私は……そんな……!」

「違うか? 正義の味方をしてる心算じゃあない、と云うことかい? それならその方が話は早いんだけどねぇ」

「…………私はある人に憧れて、虐げられている人の為に剣を取った。貴女の言葉を借りるなら、"その人の分まで傷付く"事も構わない。私にとってこれは当然のこと……馬鹿と言われようと、これが今の私の戦い方、生き方なのよ!」

"彼"に憧れた自分がなりたかった姿は、正義の味方ではなく、守りたいものの味方だった。今の自分の傍に大切な人と呼べる者は居ない。だから、弱いものを守ることを選んだ。そう決めた筈だ。

「憧れ、ねぇ」

 馬鹿だ、と溜め息をつく冥子。

「因みにそいつ、何て名前だい?」

「天宮瞬よ。この学校に居て知らない事は無いでしょう」

 瞬の名を聞いた途端、冥子だけでなく周囲の取り巻きの様子までもが変わった。

「あ、姉御……天宮って……」

「あァそうさ、あいつだよ。……天宮瞬! そうさお前ら覚えてるだろ、あいつだ! アタイらはよォーく知ってンだよ、あいつの事ァ!! そーかいそーかい、野郎は何処までもアタイに面倒掛けてくれんなァ!!」

 笑うとも怒鳴るとも付かない大声を放つと、冥子は持っていた木刀を構えた。

「なァ白城。お前あいつの追っかけだって言うならよ、手合わせしてくれや。それでこの話は大体カタが付くんだよ、アタイの中でな」

「良いわ。馬鹿と言われて黙って流す心算も無かったし」

 白夜の白くすらりとした刃を抜く。

「口で喋るこたァ大体喋ったからな。あとは剣の時間だ! そうだろ!!」

「ええ!!」

 澱んでいた空気の中で、二人の闘気が瞬時に爆発する!


 △▼△▼


「この先だよ」

「うーん、ビリビリする様な魔力を感じちゃうよね」

 獣が牙を剥く様な笑みを浮かべる瑞葉。当然目はギラギラと光っていた。

「杏ちゃんはどうする?」

 悠に訊かれるも、杏は首を横に振る。

「私はいいかな……。流石に悠ちゃん達ほどの力は無いよ」

「そんなことはないと思うけど……まあ無理に誘ってもね。案内、ありがとね」

「うん。……頑張ってね」


 悠達と別れ、歩いて戻っていた杏であったが、途中不審な影を発見する。

「……何あれ」

 来る時には気付かなかったが、林の中で一人の男子生徒がぶつぶつと呟きながら召喚魔法と思しき術式を展開していた。召喚されているのはノイズの入った獣……即ちバグだ。

 本来バグは魔法の残滓が集まり形になって誕生するが、意図的に魔力をいたずらに集中させることで召喚する事が出来てしまう。当然、禁じられた行為である。

「これ、ほっといちゃいけないやつだよね……」

 雪道、とりわけ陽から解放されて以来、可能な限り戦いたくないと思っていた杏であったが、際限無くバグを量産し続けようとする彼に対しては止めなくてはいけない様な気がした。

「来て―――〈朱羅シュラ〉!」

 旋風を巻き起こし、朱色の槍が精製される。

 朱羅の持つ属性は風であるものの、杏が得意とする魔法はまた別の系統である。

「―――忍ぶ私に静寂しじまの加護を」

 自らの放つ音を完全に消し、僅かだが脚力も高め速度を上げる魔法。

 男子生徒の死角から瞬時に接近し、背中に穂先を突き当てる。

「ひっ!!」

「君、さっきからなにやってるのかな?」

「な、なな、何って……」

 挙動不審な男子を警戒しつつ、周囲の召喚されたバグに睨みを利かせる。―――向こうも此方の出方を窺っている様に見えた。恐らく制御はしっかりされているのだろう。

「このバグは何?」

「えっ……れ、練習だよ、練習…」

「何の練習なのかな? バグを態々召喚させる様な課題は出ない筈なんだけどな」

「そ……そうだね、は、ハハハ……」

 完全に素人の反応を見せる男子生徒。慣れない故に肝の据わっていない彼の様な人間が取る行動は大抵決まって、そう―――。

「何ボサッと見てんだよお前ら!! 僕を助けろよ!!」

 こうやって、自棄になって突っ込ませてくるのだ。

 杏が少し踏み込めば全て片付いたのだが、彼は禁忌を犯したとは言え学生。殺してしまっては自分の立ち位置が危うい。尤も、彼が其処まで読んでいたかは怪しいが。

「行け! 行けぇ!!」

 暴走気味にバグの量産を加速させて来る。一体一体は一撃で仕留められるものの、数の暴力と言うものを実感させられる。

 杏はモデルすら分からない、歪なフォルムの四足型を踏みつけ跳び上がり―――

「葬る私に―――おろしの加護を!!」

 槍を真下に向け、風を受け垂直に急降下する! 朱い穂先が地面を突いた瞬間、半径二十メートル圏内に爆風が起き、並み居るバグを一掃した!!

「うわあっ!!」

 爆風圏内に居た男子生徒もただでは済まず、凶悪な風圧に吹っ飛ばされる。

「さてと、それじゃあ教えて貰おうかな。何をしようとしてたのか、ね」

 槍を持ったまま威圧的に寄っていく杏。

「ぼ……ッ、僕は……あいつらを……」

 憔悴しきった男子生徒を見下ろしながら、距離を詰めていく。

 だが間合いに彼を捉えようとしたその時、杏は何かが風を切る音を聞いた!

「ッ!!」

 朱羅で"それ"を防ぎ、鈍い金属音を響かせる。


「―――行け、やるべきことがあるだろう」


 別の男の声を聞き、一目散に走り出す男子生徒。本来であれば杏も追い掛けたかったが、新手に並々ならぬ物を感じて視線を移してしまう。

「……何なの、あんた」

「うーむ、何と答えたものやら」

 金髪碧眼の男。絵草学園の男子制服を着ては居るが、ちぐはぐな印象を受ける。

 杏は得体の知れないものを見る目で彼を見た。

「此処の生徒じゃないね」

「籍はあるんだけどね。ほら学生証」

 律儀に内ポケットからカードを取り出す。

「そんなの幾らでも偽造できるんじゃないの?」

「僕が作れるのはあくまで武器だけなんだ……こういう精密な物は苦手でね」

 絵草学園の学生証は本人の魔力を認証する機能の付いた代物なのだ。

「武器……ね」

「いい加減気付いたんじゃないのかい? 雪道の小飼いちゃん」

「"職人"さんがこんなとこで何してんのよ……星凪ホシナギマコト

「ふふ、うちの魔導師サマが"いい悪意を感じる"って聞かなくてね。面白そうだから乗ってあげることにしたんだ。まあ途中で僕に丸投げして、今はもう別のことしに行っちゃってるけど」

「さっきの奴みたいなのを扇動した、って訳ね」

「そういうこと。人間なんて醜い生き物、精々勝手に殺し合ってくれればいいのさ」

 淡々と語る真に、一体彼に何があったんだと杏は思った。

「まあこれだけ教えてあげたんだ、対価はちゃんと貰わないと……ね?」

 再び風を切る音! ―――咄嗟に防御する杏だが、朱羅の柄が鈍い音と共に断ち斬られてしまう!

「っ……再起動!」

(槍の柄を繋ぐ程度なら十秒足らずで終わる筈。それくらいは逃げ―――)

「時間をあげると、思っているのかな」

 銃声。

 右脚を撃ち抜かれその場で倒れる杏。彼女は乱れそうになる思考を繋ぎ止めながら、彼を睨む。真からは目を離していない筈なのに、銃撃を回避出来なかった。いや、その前の謎の斬撃からだ。

「混乱しているね」

 右腕を胸の前で横一文字に―――まるで止まり木の様に構えると、金属の光沢を放つ鷹めいたサイズの鳥が降りて来た。見れば、翼は重なる刃で出来ており、頭部は銃になっている。成程、あれに襲われていたのか。

「飼い主が死んでペットが生きてるのは可哀想だと思うんだよね。やっぱり一緒がいいよね」

 銃口が此方を向いている。……嘘だ、こんなに呆気なく終わるなんて。私は。

「逃げ切れなかったん、かなぁ……」

 涙が零れ出す。やっと、やっとうんざりする世界から抜け出せたと思ったのに。

 こんな簡単に、追い付かれるなど。


「さあ、飼い主の処にお帰り」


 ああ、お弁当ぐらい、誘うんだったなぁ……―――。


 ▽▽▽


「うわぁ……やってるやってる」

 悠達が着いたのは、瑠璃と冥子の戦いが始まってそう経たない頃であった。

「一体どういう経緯でやり出したのか分からないんだけどあたし」

「その辺の奴捕まえて訊いたら良いんじゃん?」

「まあそれしかないか」

 手近な生徒に話を聞き、状況をある程度理解する。

「……手出さない方がいいんじゃないかな、これ」

 悠としては、どちらか一方に味方するのは少し違う気がした。どちらも広義の善悪で戦っている訳でも無く、お互いの思想でぶつかり合っている。そんなものに飛び込めば、どちらからも敵と見なされる可能性すら出てくる。

「これだから基本的に刀使いは好きじゃないんだよ」

「基本的に?」

「基本的に。ま、暫く眺めてたらいいんじゃないのかなー」

 思想云々は全く興味がない瑞葉。戦いの背景を聞く分には途中から話半分だったものの、何だかんだで戦いそのものは目を輝かせて見ていた。

(―――あの"木刀"、随分と重そうだ。そう、それこそまるで真剣の様な重量感)

「瑞葉ちゃん、何処に注目してる?」

 思考に耽っていると悠が話し掛けてくる。本当に人が考えるのを邪魔するのが得意だ、とは言ってやらない瑞葉。

「……瑠璃ちゃんのパンチラゲットできないかなー……と」

「ごめん、邪魔したね」

「うむ」

(―――瑠璃ちゃんの方も演習の時より死に物狂いガチだなーあれは。私も混ぜて欲しいくらいだ)


 △△△


 魂を込めた剣戟同士が激しくぶつかり合い、手が痺れる程の反動を何度も味わう。

「づ……ッ」

「オラオラどうしたァ! そんなもんじゃ! ねえだろォ!!」

「当然……です!!」

 激しく打ち込んでくる冥子にやや圧され気味になるも、気を持ち直して反撃する。

 じっくり考えて打つ暇は無い。だが考えなしの攻撃も彼女の"型"には通用しない。瑠璃は反射の合間に一瞬の思考を挟む、脳の焼き切れそうな戦いを強いられていた。

 一方の冥子は一見パターン化された連撃を叩き込むが、敢えてそれを防がせ、パターンであると理解させた頃に別の攻撃を繰り出すことで攻勢を維持している。

 彼女の"型"とは、人外の跋扈するこの世で尚対人を意識した、技と技の連繋に重きを置いたものなのである。

(―――此処で反撃を……挟めば!)

「ふッ!!」

 左右からの連続袈裟斬りを弾き返し、瑠璃が反撃に移る!

「この……ッ!」

「白光―――不知火シラヌイ!!」

 一瞬刀身から白い炎を放射して怯ませ、すかさず白く爆発する一太刀を決める!

「ぐ……ッ」

 防ぐか、打つか。

 このタイミングの迷いは間違いなく死だと理解していた冥子は、咄嗟に可能な限り被害を抑えるべく防御体勢を取った。

 剣と剣を合わせたまま、瑠璃は冥子を讃える。

「よく防御が間に合いましたね。貴女、迷ったでしょう」

「ああ……ちょっとしくじったな。あんな目潰しは予想してなかったからね」

「私は魔法剣士ですから」

「……ふん、やるじゃないのさ」

 其処でふと、冥子はいつの間にか増えていたギャラリーに気付く。

「どうも招待してない連中が居たみたいじゃないのさ」

「あは、どうもー」軽いノリで挨拶する悠。

「私らの事は気にしないでいいよ。思う存分続けてどうぞ」

「アタイが良くてもこっちがもう持たねえよ」

「なっ……!」

 最後に繰り出した『不知火』が不発に終わった時点で勝負は決したと冥子は判断する。実際、瑠璃にとっても渾身の一撃であっただけにこの後で同じかそれ以上の一撃を繰り出す事は難しかっただろう。

「お前、格下狩りに興じすぎてちょっと強い奴に当たると息が上がるんだろうよ。急に普段使わない頭を使わされるからな」

「まるで知っている様な物言いですね」

「うちにもそういう奴が居たからな。ま、そういう連中を徹底的にしごいてやるのは好きなんだが」

 冥子が与太話に花を咲かせそうになったが、それは新たな客の到来により中断される。

「姉御ーッ!!」

 赤虎隊の一人が叫びながら走ってくる。彼は見張りや偵察を得意とする魔法使いだ。

「何だい良いとこだったのに」

「こっちにバグの大群が近付いてきてるんスよ! どの道もバグで一杯ッス!」

「……ふむ」

(―――白城一人の喚び寄せた分にしちゃあ少ねえな。となると"悪意のある誰か"…か)

「おやおや、これはあたし達の仕事かな?」

 嬉々として悠が小さく跳ねる。

「あんな面白そうな戦い見せられちゃさあ……バグ程度じゃ満足出来ないんだよねえ」

 そう言いながらも瑞葉はバタフライナイフ〈クロアゲハ〉とリボルバー式拳銃〈ブラックパール〉を精製する。

「良いのかあんたら。此処はあんたらには何の関係もない、アタイらのシマだぞ?」

「それこそ"関係ない"よ、冥子ちゃん。だってあたしらは、ね?」

「戦えればそれで良い、そういう人間なんだよ。要するに、馬鹿ってことだねっ」

 困惑する冥子の前で、アイコンタクトのみで会話を繋げる悠と瑞葉。

「……ふっ、だとしたらアタイらも黙ってる訳には行かねえよなあ。―――そうだろ、

 お前らァ!!」

「「応!!!」」

 冥子の怒号に合わせ、荒くれ者達の声が揃って轟く!

「さあ野郎共迎撃に当たれ! 何処の馬鹿だか知らねえが、シマを荒らす奴ァ誰であろうと赦すな!!」

 雄叫びを上げながら駆ける赤虎隊の生徒達。緊急時でありながら迅速に分担して迎撃に当たる様は悠と瑞葉を驚かせた。

「おおぅこりゃ凄いね。私ら下手したら邪魔になるよこれは」

「あたし達はあたし達でやることやろう」

「当然ですとも」

 双剣〈レイウィング〉を精製し走る悠と、それに続く瑞葉。そしてもう一人。

「私も出るわ!」

「瑠璃ちゃん、平気なの!?」

 散々戦い疲れて尚ついて来た瑠璃に悠は驚く。

「休んでる訳には行かないから!」

「良いねぇそのやる気、でも無理は禁物だよ」

 瑠璃の気概を褒めながらも冷静さを失わない様に窘める。

「そうね。……それで、貴女達はどうするの? 出来ること、とは言ってたけど」

「当初は私らも暴れる心算だったん、だけ、どぉ」

「よく考えなくても"狙った様にあちこちからバグが来る"って相当異常なんだよね。人型でもない限り、連中見た目通りの頭しか持ってない訳だし」

 此処まで聞いて瑠璃は察する。

「誰かが手を引いている、って事?」

「いえーす。バグの召喚、と言うよりはまあ雑多に発生させるだけだけど、使い手次第じゃそれなりに制御出来るからね。ましてこの状況なら適当に呼んでもこっちを目指すだろうし」

「と言うわけで私らは、例によっていつもの如く人斬りでーす」

「いつもなのは瑞葉ちゃんだけだけどね!」

 まるでゲーム感覚だ、と瑠璃は感じた。この二人が持っているのは正義などではなく、ただ戦いたいと云うだけのシンプルな欲求だ。ましてこれが尊敬する先輩と共に戦って来た人間だと云うのだから余計に信じられない。

「で、でも数も分からないままどうやって……」

「そんなの、ねえ?」

「うん」

「「地道に探すんだよ」」

 だよねー、と互いに指差す悠と瑞葉。

「えぇ…………」

 彼女達について行くのが不安になる瑠璃であった。

 そんな矢先、悠が閃く。

「あ、幽ちゃんに外側から洗って貰うって手もアリかも」

「部室で暇してる筈だしねー」

「ちょっと聞いてみようか」

 幽とのリンクを図る悠。―――だが。

「ん……あれ?」

「どしたの」

「繋がらない……って言うか何だろ、通話に出てくれない感じって言えば良いのかな」

「無視?」

「いや……忙しいときの反応だ、これ」

 念話系の魔法などにも共通するが、口に出すことなく、思念での会話の為回線を開くには電話以上に神経を使う。

 忙しい時に掛かってくる電話が鬱陶しい様に、同じ状況でましてや頭の中に直接割り込んで来る様なものが来れば拒絶したくもなる。

「幽ちゃんキレる前にやめとこ……」

「変だねぇ。生徒会の仕事……でも無さそう」

「で、呼び掛けて分かったんだけど」

「うん?」

「―――幽ちゃん、結構近い」

 悠達は手近なバグを斬り裂きながら、合流すべく走り出した。


 △△△


 耳をつんざく金属音。そして視界一杯に広がる、暗い青紫のロングスカート。

「……嘘……」


「―――生徒会長として、校内で死者を出す訳には行きません。……大丈夫ですか、杏」


 放たれた銃弾を断ち斬りながら、スカートと髪を翻し幽が杏の前に現れた。


「おやおや……これは生徒会長殿、いや天宮瞬の妹君と云うべきか」

 真が僅かながら、確かに動揺の色を見せた。

「どちらでも結構ですよ、殺人未遂さん」

 主を煽られたことに憤ったか、鋼の鳥がけたたましく鳴いた。

「職務に忠実なのは結構だけれど、こんなところに居て良いのかな?」

「命乞いでも始める心算ですか」

「いや、親切で教えてあげるのさ。お兄さんがピンチだとね」

「ほう?」

「君のお兄さん達は今、うちの"魔術師"と戦っている。いや……もう終わったかな? まあ、恐らく彼等に勝ち目はないだろうね」

 飄々とした様子で告げる真。一方で幽は全く動じず、寧ろ杏の方が幽の様子を窺ってびくびくしている。

「成程。それは大変ですね」

「……意外だ。どうやら本当に動じてない様だ」

「兄さんは死にやしませんよ。退き処は分かっているひとですから」

「あの魔術師が逃がしてくれれば良いけどね?」

「その点に関しては一々許可など得ませんよ。無理矢理抉じ開けるでしょう」

「ふうん、噂に違わない崇拝ぶりだ。大したものだよ」

「与太話は終わりということで宜しいですね?」

 黒く澱んだ幽の足下から触手めいた黒い手が生え、高速で真目掛け伸びる!

「やはり狂犬で間違いない様だね、君も―――!」

 真は鋼の鳥を飛ばしつつこれを回避!

 山なりの軌道を描いて飛来する鳥を睨み、幽は逆刃の双剣〈デュアルクライム〉の片方を投擲する!

「そんなものに態々当たる彼ではないよ」

 標的目掛け、一直線に放たれた剣は黒い軌跡を残して鳥へと襲い掛かる―――が、計算され尽くした一撃は余りにも愚直なほど精確に、真っ直ぐ過ぎた。真の操作か鳥自体の知能か、どちらにせよ予測し易い軌道で飛来する剣はいとも簡単に回避されてしまう。

 だが気を抜くにはまだ早い。黒い軌跡は今も尚残り、それは幽の右手まで繋がっている!

「ふっ」

 口元を僅かににやりと吊り上げる幽。

 直後、ブーメランめいて戻ってきた剣に鋼の鳥が二分割された!

「まずは私の仲間を傷付けてくれた鉄屑から処分させて頂きました。次は貴方です」

 魔力の光になって消える鳥を見て、真は思わず手を伸ばす。

「あら、そんなにその鳥が大事でしたか」

「僕の……"作品"だからね」

「人は簡単に弄ぶ癖に、鉄の塊には愛着を持つと?」

「人間と違って裏切らないからね。裏切ることがあるとすれば、それは使う人間の不手際さ」

「分からなくはないですが」

「僕の作品を壊した罪、その命で償って貰う―――〈コルネフォロス〉!!」

 金色に光る両刃の大剣を精製する真。

「兄さんが言ってましたよ。派手な武器は見栄っ張りの馬鹿が使うものだと」

見栄みえっ張りと言うなら彼も一緒だろうに」

「兄さんの場合見得みえは切るものです」

「全く……付き合いきれないな!」

 大剣を低く構えて走り出す真。流石の幽も小振りの剣二本では分が悪いと踏み、足元から黒い手を伸ばして迎撃する。

「そんなもの!」

 一振りで迫り来る黒い手を掻き消す―――が、大剣を振り切った処に双刃を構えた幽が襲い掛かる!

「はッ!!」

 胴体で両断せんと挟み斬りを繰り出すが、それも金属音と共に防がれる!

「武器なら幾らでもあるんでね……雑に使いたくはないが」

 簡素な片手剣を精製し、デュアルクライムの刃を身体に触れる寸前で止めていたのだ。

 見た目こそ特殊な力もないただの剣に過ぎないが、それ一本で自分の剣を防いだことから彼の魔力を推し測る。

「中々やりますね」

「武器の質に関しては譲れないからね」

「成程。ではこれなら如何でしょう」

 デュアルクライムの刀身が幽の魔力―――"虚無"の黒い物質を纏う。幽の刃は真の剣をがっちりと噛んでいる。これが仇となり、真の剣は半ば程からじわじわと黒く侵蝕されぼろぼろと崩れ出す。

「……!」

 早々に剣を手放し飛び退く真。自分の代わりに二つに断たれて消えたそれを物珍しげに眺め、呟く。

「物質を急速に劣化させる魔法……"毒"、いや"病"か……?い や、だとしてもこの色は……」

「恐らく斬られてみれば答えが分かると思いますが?」

 幽は口元だけで笑みを投げる。自分の魔法を探られるのは割と嫌いではないのだ。

「その口振り、どうも僕の予想とは違う様だね。……お兄さんのことを踏まえると"黒"の可能性も無くはない……が、それにしては何処か力強さに欠ける。―――もしや君のそれは、バグ由来のものか?」


 ―――幽が、真に対して初めて面白そうに笑った。


「ふふ、そうですね。八割方正解としましょう。私の魔法に興味を持つだけの余裕を見せられるのはかなり久々な気がします」

「君の魔法には大方恐怖するだろうからね。……僕の魔法は―――」

「高品質、高性能の武器制作とそれを可能にする程の幅広い"鋼"の適正。あとは攻撃魔法に光をかじっていると言った処、でしょう? ……貴方の方からフェアを押し付けられるのは嫌ですよ」

「流石、と言うよりは簡単過ぎたかな、君には」

「ええ。そして答え合わせをすると、私の魔法は"魔力そのものへの攻撃"、"魔力の吸収・無力化"。まあ、便宜的に"虚無"としています」

「光をも飲み込む黒い虚無、と言った処か。ボロボロに崩れたのはつまり、物質を構成する魔力が駄目にされたって訳だね」

「そういうことです」

「見た限りでは一番の対策は触れないことくらいしか無さそうだね……無限に更新・再生する武器も作れない事もないけど、それでは完全な対策にはなり得ないだろう」

「生徒会長としては抹殺対象ですが、個人的には中々面白い相手ですよ、貴方は。……さて、私の魔法が分かった処で貴方はどう逃げますか? それとも、どう戦います?」

 デュアルクライムを握ったまま、両腕を広げる。幽は口に出さず"来い"と言っているのだ。

「次に君と戦う時は、君の為だけの武器を作っておいてあげよう」

「ふむ」

「だから今は、これで行く! ―――スターアームズ・オンパレード!!」

 真の周囲に金色の武器が大量に精製される。それぞれ種類も形も違う百本近い武器が幽に剣先を向け、真の前方に展開される。

「物量作戦と来ましたか。……強ち誤答では無いですよ」

「だがこれは職人としては下の下だよ。だからせめて……手傷の一つくらいは負わせてみせる!」

 数多の武器と共に、真は駆け出す!

「クルセイド・ホロウ!」

 幽もまた十字架めいた虚無の黒い剣を展開、斉射する!放たれた武器同士がぶつかり合い消滅して行く!

「く……っ」

 真は自分の"作品"達が次々と消えて行く様を苦々しく見るが、その足を止めることは無い。

 相殺出来ずに飛んで来た分を幽は叩き落とし、真は前進しつつ回避する!

 残り十メートルを切った頃、幽の足元が黒く淀む。

「あの"腕"か!」

 御名答とばかりに笑みを浮かべ、

「―――ホールド・ホロウ!」

 一際大きな二本の黒い手が、真を挟んで伸びる!

「それなら……ッ!」

 大剣を金色の棒に変換し、高跳びの要領で脱出しつつ更に距離を詰める!

「行くぞ、コルネフォロス!」

 空中で大剣の名を呼び再変換、真上に振りかぶると共に魔力を集中させる!

(―――悠なら真っ向から行ってたでしょうが……)

 ミリ秒単位まで加速する思考。

 正面からまともにかち合えば幽の力ではまず勝てない。だがこれ程大振りの一撃、回避さえ出来ればその分大きな隙が生じるのは分かりきった話である。

 消費する魔力も恐らく相当のもの、其処に幽の"虚無"を当てれば一撃でも戦闘不能に出来るだろう。

 振り下ろされる剣―――否、絶対的なまでの光の束が迫る。

 たん、と右前にステップしギリギリの処で回避し真の側面に出ると、脇腹目掛けて止めの一撃を繰り出す!

「クレセント・ホロウ!!」

 黒い魔力が三日月状の軌道を描く斬撃!

 近距離戦に於ける幽の得意魔法は見事に直撃し、真は刃が身体を透過する奇妙な感覚と共に残っていた魔力の殆どを奪われる。

「これが……"虚無"……ッ!」

 維持出来なくなった大剣が金色の光となって霧散し、真自身も膝をつく。

「予想では気絶まで追い込めると思っていたのですが……意外ですね」

「"五景"を……嘗めてはいけないよ……!」

「……貴方は先程、"次に私と戦う時は"と言っていましたが」

 表情の窺えない目で真を見下ろす幽。

「見逃せなんて……みっともないことは、言わないさ……」

 "五景"―――特別な力と役割を持った魔法使いとしての、彼なりの矜持なのだろう。

 幽としてもその潔さは認めるが、生徒達を扇動したうえに杏を殺し掛けた人間だ。黙って見逃す訳にも行かない。

 逆手のデュアルクライムを順手に持ち替え、首を落とさんと振り上げる。

「それでは――――」


「―――それは困るなぁ、"お姫様"!」


 突如として飛来した光弾によって、一撃で刀身が消滅する!

「何者……!!」

 弾を撃って来た方を見るが誰も居ない。

「真を殺されては私が困るんだよねぇ」

 正面からの声。はっと向き直ると、司祭じみた派手な服の男が真を抱えている。

(―――これはバグ……いや、それ以上……!)

「噂は聞いていたけれど、いやはや本当に血も涙もない人だねぇ。でも流石は"お姫様〟と言った処かな……人間にしてはかなりの美人だ」

「貴方は一体……」

 本能的に危険を感じ、ゆっくりと下がる。

「私は星天の魔導師、ネビュリス。君達バグの為に戦い、導く存在とでも言っておこうかな」

「……私は人間として生きている心算なのですが」

「だったらそれは止めた方がいいよ。人間はいずれ君にも容赦なく牙を剥くだろうからね」

「…………」

「まぁ、今日の処は真を迎えに来ただけだから挨拶もこの辺にしておこうか。……また会いに来るよ、"お姫様"」

 それだけ言い残し、ネビュリスは真と共に消えた。

「……大丈夫ですか、杏」

 杏の元に駆け寄る幽。

「銃創の処置とかしたことないって言うか……分かんないよね……」

「悠と瑞葉……と、もう一人近くまで来ています。もう少しだけ辛抱してください」

「幽ちゃんが居れば平気……かな……」

 話している内に悠達三人が到着する。

「杏ちゃん! 何があったの!?」

 座り込む杏の元に悠も走る。

「あはは……何て説明しよっか……」

「敵の親玉に襲われた、と言うことで良いでしょう」

「……既に逃げられたね?」

 瑞葉は辺りを見回すがそれらしき人影もなく、ただ強い魔力の痕跡だけを感じる。

「あと止めを刺すだけでしたよ。邪魔が入りましたが」

「ふうん……?」

(―――幽ちゃんが退く程の邪魔、ねえ)

「じゃあ後はバグを召喚してる子達だけ叩けばよし、ってことだね」

「先に杏を運んであげないといけません」

「分かってるって。あたしの出番でしょ?」

「お願いします、悠」

 悠は杏に肩を貸し、校舎の方を向いて地面に手をつく。

「あ、あの、悠ちゃん……?」

 困惑する杏をよそに、座標を選択する。

「皆は先に行っててね」

「早く来ないと悠ちゃんの分も喰っちゃうからねっ」

 ぺろりと舌をちらつかせる瑞葉に悠は苦笑いを返す。

「んじゃマッハで帰ってきたげる。杏ちゃん、捕まっててね―――ディスタンス・クラッシュ!」

 保健室まで一直線に魔力の光が伸び、閃光と共に二人が消える。ネビュリスの転移魔法とは違い、目標座標までの"距離"を破壊すると云う暴力的な瞬間移動なのだ。

「目標は悠ちゃんが帰ってくるまでに終わらせること。出来るよねっ?」

「本気だったんですね……」

 瑞葉の性悪具合に若干引く瑠璃。

「璃玖も呼んでくれば良かったでしょうかね」

「いやああいつは部室の警備でいいっしょー。新入部員が来るかも知れないし?」

「本気で言ってます?」

「どっち?」

「後半です」

「可能性の話だよ」

「……ですよね」

 他愛ない会話をする傍ら、内心ではネビュリスの言葉が引っ掛かっていた幽。

 ―――"お姫様"。……やはりどうあっても、ヒトとして生かしてはくれないのか。"姫"などと称される理由に関しては心当たりが無い訳でもない。

(―――私は天宮瞬の妹、天宮幽。そう在ると決めている)

 強く言い聞かせて、瑞葉、瑠璃と共に走り出した。

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