#2 アウェイクニング・エンジェル Act.7

 それはまさしく連絡の付かなかった天宮迅その人であったが、何処か様子がおかしい。

 彼は瞬の呼び掛けにも反応せず、目を閉じたまま人形めいてただ立っているのみ。

 誰が見ても迅が敵方にしか見えない今、状況は非常に悪い。

「おや、あの毒蛾は何処に行ってしまったのかな?」

 司祭めいた男―――ネビュリスは驚く瞬達を他所に、辺りを見回す。

「……あのババアなら、とっくにどっか行ったわよ」

 様子を窺いながら、弥生が声を絞り出す。

「そうかそうか、それは安心だ。それじゃあ君達には動作テストに付き合って貰おうかな」

 指を鳴らすと、迅が目を開いた。

「迅、お前―――」

『……ふむ、これが外の空気というものか』

 迅ともう一人、何者かの声が重なっているのを瞬達は聞いた。

『初めて吸う空気はもう少し綺麗であって欲しかったが』

「申し訳ありません、我等が主。本来であれば奥ゆかしい木の香りがした筈なのですが」

 恭しくネビュリスは頭を下げて詫びる。

「悪かったわね……」

 ネビュリスの嫌味が弥生に刺さる。まだ無事な部分が残っているだけ良心的と取って欲しい処である。

「ノリノリだったものね貴女」

 被害を最小限に抑えた功労者、フランまでもが追い討ちを掛ける。

「ああでもしなきゃ気が済まなかったのよ。最新のパソコンぶっ壊されかけたんだから当然でしょ」

 それに、と肩を竦めて続ける

「どうせ残ってても埃臭かったわよ」

『つまり、お前が我が同胞を傷付けた上に住処まで焼いたと云うことか』

「あん? それを言ったらアタシら全員共犯だけど……」

『そうか。ならば十分斬るに値する』

 迅の姿をした〝それ〟は、長大な魔力の剣を精製し一瞬で弥生の目前まで迫る―――!

退けッ!!」

 すかさず瞬は《黒天》の黒い翼による爆発的な推力で割り込み、敵の剣を〈幻想ファンタズム〉の刃で受ける!

『面白い力を持っているな、人間』

 迅の顔で見下され、瞬はいつも以上に不快感を募らせる。

「手前こそ何なんだ……クソ兄貴の身体使ってムカつく顔しやがって……ッ!」

 お互いに剣を両手持ちしての鍔迫り合い。しかし幻想を使って尚、瞬の方が押されている。

『この身体はお前の兄の物であったか』

「何なんだって……訊いてんだよ!!」

 魔力を注ぎ込み、幻想の出力を倍増させる! だが―――

『我が名はアインジーレ……お前達がバグと呼ぶ、その総てを統べる者』

 アインジーレは余裕の表情のまま剣を振り抜き、瞬を弾き飛ばす!

「がぁッ!!」

 二つに別たれ、瞬の手を離れた幻想が黒い靄となって消える。

 消えたのはそれだけではない。連戦による魔力の消耗から《黒天》の維持も出来なくなってしまう。

「使い過ぎた、ってか……!」

『その様だな』

「ッ!?」

 仰向けに倒れた瞬の視界に、迅の顔と光る剣の切っ先が映る。

(―――死んだ……ッ!!)

「瞬!!」

 フランシスが叫び、瞬自身も恐ろしい程客観的に死を認識したその時。


「……逃げるんだ……瞬……!」


 切っ先が僅かにずれ、剣は瞬の左頬を掠めて床を刺した。

「……迅、お前……?」

 脂汗を流し、苦痛に歪む顔はアインジーレのものではなく、まさしく迅の―――兄のそれであった。

「器が……"天使"を抑え込んだだと……?」

 司祭めいた男が驚愕する一方、迅は力を振り絞って弟に語り掛ける。

「情けない兄で……ごめんな……。僕が奴を……ッ、抑えてる、内に…………早く……!」

 普段は嫌いな兄だとしても、別に苦しんでいる処が見たいとまでは思わない。瞬の中に渦巻いていたのは、その兄が苦しみながらも自分を助けたことに対する悔しさと、今こうして地べたに転がっている事への怒りだった。

「…………今度は、絶対俺が助けてやるからな」

「はは……待ってるよ、瞬……。さあ、行ってくれ……!」

「逃がすものか!」

 覚束無い足取りで抜け出す瞬。だが、無慈悲にもネビュリスの放つ光弾が襲い掛かる!

「この、野郎……ッ!!」

「させないわよ!」

 瞬の前に躍り出たフランシスが片手剣〈フェアリーライト〉の一振りで直撃コースの光弾を一掃!

「弥生ッ!!」

 フランシスは普段からは想像も付かないような鋭い声で呼び掛け、

「あいよ―――発煙札!」

 弥生もまた迅速に応え、煙幕を放つ札を両手から三枚ずつばら撒く。

「古典的な真似を……!」

「効果があるから今日まで使われてんのよッ!」

定点連結リターン・ゲート!」

 予め設定した座標、つまり事務所に通じるゲートを開くと同時に三人は飛び込み、また追撃が来る前に閉じる。


 煙幕が晴れる頃には瞬達は影も形も無く、迅とネビュリスだけが残されていた。

「……やれやれ……色々と課題が出てしまったなぁ。何にせよまずは、君の調整が最優先だろうがね」

「ふ……君が何をしようと……弟を想う兄の心は、消せやしないさ……覚えておくことだね―――」

 遂に迅は力尽き、その場に倒れる。

「"兄の心"、ねぇ……。全く人形に過ぎないと言うのに、どうして其処まで想えるんだろうね……不思議なものだよねぇ」

 迅の身体を抱えると、今度は明後日の方角を見て呟いた。

「ああもう、真も迎えに行かなきゃいけないじゃないか……はぁ」

 ぶつぶつと文句を良いながら一先ずその場からは姿を消した。


 最後に残ったのは、中途半端に焼けた屋敷のみだった。


 △△△


 赤虎隊が根城としている元ゴミ捨て場、通称"道場"。

 襲撃を企て、指揮を執っていた真が敗れたことにより元々大して統率の取れていなかった襲撃犯達は尚更バラバラになり、そう経たない内に赤虎隊とその他数名によって全員捕縛された。

「済まないねぇ、アンタ達にまで手伝わせちまって」

 赤虎隊の隊長である冥子は悠、瑞葉、瑠璃、そして幽に対して詫びと感謝を述べた。

「私は暴れられれば何でも良いからねっ」

 ご満悦と言った笑顔で返す瑞葉。結局負傷した杏を送り届けた悠の分の敵を取って置く、等と言う真似はせず、それどころか全力で無双の働きを見せ早期解決の大きな要因と貸していた。

「まあ困ってる人を助けるのは魔法部の仕事だからね、うん」

「そちらは負傷者など出ていませんか?」

 若干の不満足をちらつかせる悠を他所に、幽は赤虎隊の面々を見渡す。

「アタイらが怪我したって保健室は見ちゃくれねェだろうさ……」

「そんなことはありませんよ。……もし仮に保健室に行きたくないと言うのなら私達で診ますから、負傷者は正直に教えてください」

 毅然とした態度で呼び掛ける幽。

「アンタ、どうして其処まで……生徒会長だからか?」

「例え生徒会長でなかったとしても、怪我人を放置する様な真似はしたくないだけです。……兄さんだって、きっとそうしたでしょうから」

「成程、そういうことね……」


「はーいちゃんと並んでねー」

「一瞬だけ我慢してくださいね」

「こんなもんで平気じゃん?」

「頑張ったのね」

 バグとの戦いで負傷した赤虎隊員は怪我の程度こそあれ少なくない人数に及び、主に幽と瑞葉の知識を元に悠と瑠璃が手伝うことで捌いていった。

 アウトローとなった理由は様々であるが、基本的には義理と人情に厚い人種の集まり。処置を受けた者達は揃って感謝の言葉を口にし、特に幽が診た列では泣き出す者さえ居た。

「……アタイらはさ、皆何かしらの為に力を付けたいって人間の集まりなのさ」

 粗方終わり、魔法部と瑠璃、冥子の五人になった処で冥子は語り出した。

「だとすれば、それが一般の生徒達に迷惑を掛けていると言うのは妙ですね」

「うちの名前を出してやらかす手合いが意外と居るのさ。……力を求めるって処は一緒でも、代によって大分やり方が違ったからなァ。先代なんてあちこちに喧嘩売りまくってたしな」

「では、貴女はそれを止めようと今の地位に?」

「そういうことになるな。うちの名前で暴れる連中を許す訳にはいかねえ」

「冥子ちゃん、すっごいねぇ……」

「ちゃんってアンタ……」

 唐突に親しげな呼ばれ方をして戸惑う冥子。

「ごめん、嫌だった?」

 悠としてはまるで気にしていなかったが、向こうは女子扱いされるのがもしかしたら嫌だったかも知れない、と後から思う。しかしそれも杞憂で、

「……いや、初めて言われたから驚いただけさ。別に好きに呼んでくれ」

 そう言った冥子の顔は、僅かに綻んでいた。

「良かったぁ……よーしそれじゃあ冥子ちゃんと瑠璃ちゃんも一緒に皆でご飯でも食べ行こう! 走り回ってお腹空いちゃったよ」

「労いの意も込めて私からも提案します。二人は大丈夫ですか?」

「アタイは構わないよ」

「私も大丈夫です」

「では決まりですね」

 夕暮れ、女子が五人かしましく帰路に就く……が、途中で瑞葉は一人何か引っ掛かった。

「ん……? 何か一人忘れて……」

 ……この空気で今更呼ぶのも無粋だろうと思い、忘れることにした。

「ないね、うん」


(―――また今度、二人で食べに行こっ)


 ▽▽▽


「気が付いたかい、真」

 真は自分の工房兼自室の簡易ベッドで目を覚ます。

「……ネビュリス。僕は……っ」

 半身だけ起こし、まだ癒えきっていない身体の痛みに呻く。

「珍しく君の反応が弱まったと思ったらお姫様とやり合ってるものだから、私もびっくりしてしまったよ。今度は私も呼んで欲しいねぇ」

 ネビュリスは司祭めいた装飾を全て取り払い、ラフな格好でとんとんと料理している。

「……負けたんだったな、僕は」

「魔力の損耗が激しい。暫くはゆっくり休んでおくことだね。一応仲間達は全員目覚めたんだ、当分私だけでもやれないことはないよ」

「済まない……」

「良いんだよ。君は私を楽しませてくれるからね、私はこういう時の世話くらいでないと返す事が出来ないんだよね。……さ、もうじき出来るよ」

「ありがとう、ネビュリス」

 こう見ていると、魔導師などと言われている高位バグとは思えないな―――真はそう考えていた。

 一方で幽に敗れた時の記憶も鮮明に焼き付いており、一刻も早く彼女に対抗し得る武器を作らねばと逸る部分もあった。


 ▲▲▲


 日も暮れ掛け、薄暗くなってきた頃。

 雲隠屋敷から遠く離れた森の中に、彼女達は居た。

 雲隠忍は人形達を操って材木を調達し、記憶を頼りにかなり規模を縮小した屋敷を組み立てさせている。

「……何をしていますの、忍よ」

 大木にもたれ掛かりながら、アルシナは問う。

「新しい屋敷を作っているんですよ。籠れる場所が無くては不便でしょう」

「建築の心得があったとは……意外ですこと……」

「ある訳無いでしょうそんなもの。逐一検索している所為で非効率極まりないんですよ」

『世界』には魔法の補助だけでなく、情報を保存しておく所謂データベースの機能がある。それを閲覧することで情報自体は手に入る……が、それを実行に移せるのは忍の技術の成せる業であろう。

「勝手に完璧に設計図通りに作ってくれるのは流石私の人形、と言った処でしょうね」

「何故今まで……それを掃除にしか使って来なかったのか……」

 アルシナも其処まで付き合いが長い訳では無いものの、これまで見てきた人形の活躍と言えば二人では持ち余してしまう広大な屋敷を掃除することくらいであった。

 確かに何十もの人形に対し、同時に別々の作業を指示出来ていた辺り只者では無いのだろうとは思っていた。しかし命じただけで屋敷を作り始め出すとは予想出来る筈もなく。

「妾は……何か手伝っ」

「黙って寝ていてください。朝までに雨避け程度の物は作って見せます」

「せめて最後まで言わせてくれませんこと……?」

「見て分かりませんかね。私凄く忙しいんですよ」

 忍は半透明の青いホロディスプレイを睨みながら、両手から無数に伸びる魔力の線で各人形に指示を送る。

「貴女がへばっていては、私の食事はその辺のキノコになってしまうんです。だから早く回復してください」

「……全く、急に言う様になりましたことね。まあ良いでしょう……それではお先に休みますわ」

「ええ。おやすみなさい」

 焼失した屋敷に代わる、自分が引き籠る為だけの空間が欲しいと思って建築を始めたのは事実。野宿など死んでも御免であった。水や電気などは後で魔法でどうにかするとして、とにかく引き籠れる部屋が欲しかった。


 と、此処まで云えば何も成長していない様に見えるが。


 瞬達との戦いを経て、忍の中でアルシナに対する意識が少しずつではあるが変わっていた。

 元々死に損なった原因としてアルシナを憎んでいた筈なのに、いざ彼女が死にそうとなれば極めて利己的な理由であれ助けてしまった。忍は今更アルシナの愛情に心打たれたり、死にそうな彼女を見て急に情が移ったりする様な人間ではまずない。ただ"彼女を殺させない"と云う選択に伴う義務は果たそうと決めたのだ。

 責任感の欠片もない彼女が其処まで至ったのは、"貴女に恩を売れる"―――そう言い放ったあの時に、本心から悦びを感じたからだ。初めて自分からアルシナの為に行動した事で、やっとただ囚われ、保護されるだけの立場に対して足掻けた様に思えた。恐らく救われた事でアルシナも忍への認識を大なり小なり変えるだろう。対等に向き合うとするならばもっと行動が必要だろうが、少なくともアルシナが現状自分が生きる為に欠かせない存在であるとだけは認識した。

 自分から行動する機会を与えてくれたと云う点で見れば、忍は瞬達にある種の感謝すら覚えていた。

「―――花に守られた気分は如何ですか、蝶々さん」

 ふと口を衝いた問いに、寝息だけが返ってくる。思えば、寝ているアルシナを見たのは初めてだった。


(―――一通り終わったら、一週間くらい寝て過ごしてやりましょう。あとの事は多分、それからでも遅くないでしょうから)


 すっかり日も落ちた森の一角に、木を叩く音が木霊していた。


 ▼▼▼


 ストレイキャッツ事務所。

 すっかり疲れ果てた瞬と弥生に、比較的余力の残っていたフランシスが紅茶を振る舞っていた。

「姉御は……よくそんな元気残ってるわね……」

 弥生は一口あおると、疲労感丸出しで天を仰いだ。

「まあ今回私は殆ど補助だったもの。それに私が死に掛けてたら帰って来れなくなるじゃない?」

「はは、それは言えてるな……」

 少しずつ啜る瞬の声にも疲れの色が滲み出ている。

「にしても最後のアイツ、結局何だった訳? 迅もよく分かんない事になってたし……」

「さあな……俺が訊きたいくらいだ……。強いて言うなら……そうだな。アルシナと最後の奴からは、似た様な魔力を感じた……気がする」

「それは私も思ったわね。恐らく同じ……」

「―――"魔物"」

 不意に口をついて出たのは、雪道屋敷跡で迅が語っていた中にあった単語だった。

「魔物……?瞬、貴方何か知っていたの?」

「いや知ってたっつか、思い出したんだよ。……迅に拉致られた時だ。あの時に魔力石の魔物の話を聞いてはいたんだ……」

「アンタ何でそれもっと早く言わないのよ」

「すまん、カラクリの大群に襲われて忘れてた」

「ああ……そう続いてた訳ね……」

 話している処に、瞬の携帯が鳴った。画面にはヴィーネの名前が。

「あん? ヴィーネか……はーい俺だ」

『よう瞬、姉御居るか?迎え頼みてえんだが』

「ちょっと待ってな。あ、お前ら一緒に居るんだよな?」

『おう』

 フランシスの方を見ると、大体理解した様子で立ち上がった。

「お帰りだそうだ」

「分かったわ。―――空間連結コネクト・ゲート!」

 ヴィーネ達の座標に繋がるゲートを開き、フランシスは三人を迎えに行った。


 ――――


 帰ってきた準と燈は満身創痍と言って相違ない様相で、特に準は出て行った時の気力がすっかり消え失せており、心身共に折れ掛かっている様に見えた。

「……フランとヴィーネ以外ボロボロ、か。ひでえ一日だったな、こりゃあ」

 自嘲気味に呟く瞬。

「何があったのよ、アンタ達は」

「……相手が"鉄喰い"だった所為で、手も足も出なかったんだよ……俺が」

 不甲斐なさが甦り、歯を食い縛りながら拳を強く握る準。

「それだけじゃねえ……結局何も出来ねえまま……ただ他の奴等が倒すまで地べたで伸びてるだけだった……ッ!」

「準さんは頑張ってたんです、わたしが力不足だったから!」

 悔いる準と擁護しようとする燈。しかし、助けに行ったヴィーネからしてみれば、それは。

「ま、どっちの力も足りなかったって訳だ。結果的にな」

「成程な……。相性が悪かったってのも確かにあるとも思うが……」

 大方予想通りだった結果に唸る瞬。

「でもこれは依頼であり、実戦だった。相性がどーの言ってる様じゃ死ぬ……そうだろ?」

「違いねえ。……あれ、他の奴等ってことはヴィーネ以外にも助けてくれた奴が居たのか?」

「おうよ。格闘家みてーな野郎とちびっ娘狙撃兵だ。中々のやり手だったぜ」

「会ったらお礼言っとかねえとな」

「って其処はそんなに問題じゃねえ。……これはお前らだから出来る提案なんだがな。雨森と雪道をちょっとうちで稽古付けてやりたいんだが、どうだ?」

 うち、と云うのは彼女の所属するチーム、"メイガス"の事だ。元々三人だった処に協力者二人と云う形で構成されている。三人の頃から高額の依頼を次々にこなしてきた実績ある少数精鋭なのである。

「雨森からはずっと風の魔力を感じてた。其処で、オレとアオイが何とかしてまともな魔法使いとして目覚めさせてやろうって話なんだが。雪道はまあ、戦い方の指南ってとこかな」

「……だそうだが、どうする? フラン。俺としては賛成なんだけども」

「貴女達がそう言ってくれるなら、私からもお願いするわ。問題は二人がやれるかどうか、ね」

 すっかり当人達を置き去りにして話が進んでいたが、当の準と燈はと云うと。

「……やる。やらせてくれ」

「わたしもやります……!」

 ヴィーネは二人が思うよりずっと早く食い付いてきた事に驚いていた。

「考える時間はやろうかと思ってたが……意外と根性はあるんだな。言っとくが、オレ達はそう甘くないぜ?」

「構わねえ。役立たずで無くなるなら、何だってやってやる」

「わたしももっと強くなって、準さんを助けたいんです」

 二人の目には、確かにまだ炎が燃えていると感じた。

「……そんじゃ、明日から早速始めるか」

「明日"から"?」

 瞬が率直に疑問を口にする。

「一日で終わる訳ねえだろ。週単位は覚悟しとけ。仕上がるまではうちに泊まり込みだ」

「随分本格的な合宿なのね」

 若干面白がっている節が見受けられるフランシス。二人が強くなって帰って来ると思えば、確かに楽しみではある。

「じゃあ部屋の換気ぐらいはアタシがやっとくわね」

 割と淡々としている瞬達三人に対し、準と燈もそうだが一番困惑しているのはヴィーネであった。

「……お前ら何かこう、もうちょっとさあ……寂しくなるなーとかそういうの、ねえの?」

「無くはねえけど、べつに今生の別れじゃあるまいし」

「そんなモンよ、アタシらは。それにネット環境くらいあるんでしょ?」

「私は事務所がちょっと静かになりそうで寂しいわよ? でも二人が強くなろうとしてるんだから、私は応援するだけよ」

 共に遊ぶがべったりとはしない。甘やかさないが決して見捨てない。彼等の定義する仲間とは"付かず離れず、されど切れない関係"なのだ。

「……ま、引き止められても困るもんな」

「そういうこった。敢えて言うなら、そうだな……楽しみにしてるぜ、準?」

 にやりと笑って瞬なりのエールを送る。

「何処まで……いや、違うな。……帰ったら模擬戦、付き合って貰うぜ」

 一瞬よぎった弱気を振り払い、準もまた力強く返す。

「そんじゃ、明日また迎えに来るからそれまでゆっくり休んどくこったな。オレはそろそろお暇するぜ。……おっと姉御、紅茶御馳走様」

「うふふ、またお茶しましょうね」

 ちりりん、と扉の鈴の音に送られてヴィーネは帰って行った。

「さて、と。これからのことは後々考えるとして、今日は取り敢えずこれにて解散しましょうか。皆、お疲れさま」

 フランシスの労いの言葉が、四人の心に染み渡る。

 問題は残っているが、せめて今この時だけは休もうと誰もが思うのであった―――。





World End Protocol #2

「Awakening Angel」End.

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