#2 Intermission『魔法使い達の寸暇』

 星海町、商店通りの一角に佇む小さな喫茶店「りばてぃ」。店員は僅か三名で、不思議な雰囲気のナイスミドル、爽やかな好青年、先日加わったアルバイトの女子大生といった構成だ。

 今日、此処にはまだ日も高いと言うのに男二人がくつろぎに来ていた。

「マスター、レモンスカッシュ一つ」

 特徴的な跳ね方をした黒髪の男―――天宮瞬がそれらしく注文しようとするが如何せん物が物で締まらない。

「俺コーラで!」

 少年じみた無邪気な笑顔で頼む銀髪は雨森準。最早気取ろうともしない。

「全く、君達はいつもコンビニに行った方が早そうなものばかり注文するね……。いや、置いておく私も大概か」

 永い時を経て褪せた様な金髪のマスター、鬼童キドウ龍幻リュウゲン。彼は幼少からの瞬の師匠であり、瞬の好きなものは大抵店に置いてある。

「お前らさぁ、折角こんなお洒落な店来てんならもうちょっと大人らしい物頼まない?」

 そう言ってワインの瓶を取り出すのは好青年枠、鳴神ナルカミ奏也ソウヤ。彼は瞬が星海町に来た頃からの知り合いで、アパート星海荘の先輩である。

「酒は嫌いなんすよ、コスパ悪いんで」

 露骨に嫌そうな顔で断る瞬。

「分かってねえなぁ、こいつは風味やその一時を楽しむ娯楽なのさ。ただの飲み物として考えちゃいけねえのよ」

 準の方にも目配せするものの、丁重に断られ瓶を仕舞う。

「俺はちょっと、酔っ払ったまま帰れないので……」

「あぁ、あのちっこい彼女か」

「良い心がけだね」

 とくとくとグラスに注がれる白と黒。閑かな店内に、炭酸特有の発泡音が心地よく響く。

「どうぞ」

「いただきます」

 からん、とグラスに浮かぶ氷が鳴る。やっぱりこれだよな、としみじみ炭酸の刺激を味わう瞬。

「この時間じゃあのお姉さんも居ないか」

「今日は午前中授業だと言っていたね。尤も、あの娘がちゃんと行っているかどうかは怪しいものがあるがね」

「そういうタイプの人なのか……」

 アンニュイな雰囲気の人だとは思っていたが、案の定その辺りもルーズだったか。

「授業……か」

 授業と聞くと準も色々と考えてしまう。

「うん?」

「いやまあ、懐かしいな、ってさ。ちゃんと最後まで学生出来なかったからな」

「そういやそうだったな。つか、それ言い出したら燈とかもっと酷くねえか?」

「そうなんだよ……燈ちゃんこそ学校に行かせるべきだと思うんだがなぁ」

「本人が行きたがらねえんだっけか」

「わたしも戦います!って聞かねえんだわ。嬉しいには嬉しいんだが友達の一人も居た方が良いだろうと思ってさ」

 友達がどういうものかも知らず、妹に命を狙われ、挙げ句家族を全員失ってしまった燈にせめて友達だけでもと思ったのだが。

「準ってそういう処は結構しっかりしてるよなー。感心感心」

 カウンター越しに奏也が頷く。

「同じアパートの住民としてもあの娘には幸せになって欲しいね」

「そっすね……」

「いや、お前がするんだろ?」

「えっ!? いやその、何かもうちょい言い方無いんすかね!」

「あれ、てっきりその心算なんだと」

 あまりに男気を感じない回答に拍子抜けの表情である。

「俺も気になってたんだが、実際お前燈のことどんな風に思ってんだ?」

 瞬も食い付いてきていよいよ引けなくなる。

「どんな風……とは」

「例えば彼女気分で一緒に住んでるのか、或いは妹とか養子みたいに思ってんのかって話だな」

「うーん……妹、いや養子が一番近いんかな…。妹にしてやれなかった分まで面倒見てやりたい、って思うのもあるけどさ」

 以前準の部屋で見た写真を思い出す。

 仮に悠が死んだとして、その後燈の様な出会いがあったら同じ風に振る舞っただろうか。

(―――俺はこいつほど、親身にはなれないかもな……)

「妹なあ」

「流石に五つも下の女の子じゃまた見方も変わるか」

「俺だって幾らなんでも十五の娘を彼女にしようとは思えませんよ」

「はは、それもそうか! ……でも二、三年経ったらどうだ?」

「十八とか其処らって事すか」

「そう。その頃になったらもしかしたら凄い美人に育ってるかも知れないぜ?」

 十八歳の燈を想像する。順当に成長して、大体あの性格でそこそこ立派な女子になったとしたら……?

「……その頃まで一緒に居るとは限らないっすよ。もしかしたらきっといい男見付けてくっついてるかも」

「おや、お前はそれを黙って見過ごしちゃうのか? 勿体ねえなー」

 気弱になる準を煽る奏也。

「何つーか、準がどうして今燈と一緒に居るのかって話にもなって来そうだな。まあ別に俺はお前や燈が誰とくっつこうが関係無いが、折角なんで一番良さそうな方に行って欲しい、かな」

 グラスの氷をくるくると回しながら、瞬も口を開いた。

「俺もフランと付き合う前に考えたっけなあ。あの人が俺より良い奴に出会ったら……って。結果的に力ずくでも譲らんってなって今に至る訳だが。幸い俺以上の奴も居なかったとさ」

 言い終えると今度はジンジャーエールを注文する。

「準自身が燈ちゃんと本当に一緒に居たいと思うんならもうちょっとしっかりしてやれよってこったな。一人に戻ったらどうせ寂しいんだろ?」

「そりゃまあ……そうっすね」

 それなりに長いこと一人でやってきた筈だが、今燈を失うと思うとこの上無く寂しいと感じる様になっていた。それが情けなくもあり、良い環境になってしまったとも思う。

「もう……失いたくないな」


 と、此処で三人目の来客を告げる鈴が鳴る。


「マスター、やってるかい」

 管理局の制式ジャケットの下に一般的なTシャツを着た、天然パーマの男であった。

「零時!?」

 瞬が目を丸くして振り向く。

「よう瞬、と……雨森さん、だったかな」

 緩い声色で挨拶する零時。

「ようじゃねえよお前……こんな時間に何やってんだ」

「休憩だよ休憩。書類に捜査に大変なのさ」

 特に断りも入れず瞬の隣に座り、流れる様にミルクの注がれたグラスが出される。

「師匠も何で妙に慣れてるんすか」

「彼も常連だからね。昼に来たときはミルクで我慢して貰ってるのさ」

「勤務中に酒は流石にまずいからな」

 景気よく、ごくごくとミルクを飲んで行く零時。

「そもそも勤務中に喫茶店とか寄ってんじゃねえ。管理官なんか居たら客寄り付かなくなるだろ」

「気にすることは無いよ、この時間じゃあどのみち人も少ないからね」

 それもそうか、と納得出来てしまうのが悲しい。

「なんだかな……」

 瞬もカウンターに頬杖を突きながら炭酸を味わう。

「で、昼から揃いも揃って何の話してたんだ? 俺も混ぜてくれよ」

「年下の彼女といつまで付き合ってるかって議題だよ」

「おいおいまだ昼間だぜ?」

「昼間に出来る話しかしてねーよクソ管理官」


 △△△

 同時刻、ストレイキャッツ事務所。

 基本的に定休日など無いこの魔法使いチームは仕事があろうと無かろうととにかく此処に集まるのだ。

「―――つまりどうして私が瞬と付き合ったのか、と」

 偶然にも、男女で別々の場所に居ながら似た様な話題を繰り広げようとしていた。

「その…瞬さんとフランさんを見てるとわたし…時々どうしても気になっちゃって」

 燈はかねてからの疑問を投げ掛けた。

「ふうん…? どうして?」

「だって二人とも、その…えっと…スキンシップ的な…そういうの、少なくないですか?」

 恥ずかしいのか言い辛そうな燈を見てくくくと笑いを漏らす弥生。

「まぁアタシもたまーに思うわねぇ、本当にコイツこの人ン事好きなんかなって。大体さぁ、こんな胸のでかいおねーさんと一緒に居て表情一つ変えやしないんだよ? どうかしてるとしか」

「貴方は私をそういう目で見ていたのね? よおく分かったわ」

「弥生さん…おじさん臭いです…」

「……アタシは事実を言ったまでよ」

 この中で最も女子性に欠ける女子は伊達ではなかった。

「尤も、実際中等部の頃から私を見る目が大体顔じゃ無くてちょっと下だったのは事実ね…」

「えっそんな前からだったの」

「本当に目を見て話してくれたのはこっちに来てからだと瞬が初めてだったかしら。…当時は凄くびっくりしたわ。それこそ"この子は女に興味が無いのかしら"なんて思ったくらいよ」

 昔の瞬を思い出して、ふふっと笑った。

「でもあの子ね、私のこと綺麗だって、素敵な人だって言ってくれたのよ」

「しゅ、瞬さんが……」

 その場面を想像して赤くなる燈。薔薇やら何やらフィルターが大量に掛かって事実よりも大幅に美化されている。

「ちょっと言われてみたいです…」

「多分アンタの思ってるほど良いもんじゃ無いわよ。んでも、前からアイツはちゃんと女の事凄い丁寧に扱ってたわよね」

 弥生も自分なりに良く接して貰った記憶がある。

「私のクラスでもあの子結構人気だったみたいなのよね。かっこよくて可愛い後輩が居るって」

「でもアイツ、ちゃんとした彼女は姉御一人なんだっけ? まあ何か昔世話になったおねーさんが居たとは聞いたけど」

「その人は本当に姉御肌だったわね。まあその人公認で唯一の彼女ですけれど」

 これまた意地の悪そうに笑うフランシス。実際に戦って認められたからこその余裕である。

「瞬さんも色々あったんですねえ……」

「色々なんてレベルじゃ無いわよねぇ」

「そうね。それはもう、色々と。妹が分裂したり、管理局に追い回されたり、急に兄の存在を知らされたり、果てには"世界"を救ったり、ね」

「!? 最後の何ですかそれ!」

 唐突に巨大化したスケールの話に驚きを隠せない。

「瞬さんって世界を救った英雄なんですか!?」

「ふふっ、本当に瞬のことに食い付くのね。まあ……あれは瞬一人じゃなかったし、あの子は個人的な理由で喧嘩しに行った程度にしか考えてないわね」

「個人的に喧嘩して世界を救っちゃうんですか……?」

「話すと長いから、これはまたその内、ね」

 口元で人差し指を立てるフランシス。

「さて、今度は燈にも色々聞かせて貰おうかしら?」

「わ、わたしですか……?」

「そう。準とは上手く行っているのか、結構気にしてるのよ?」

 ナチュラルに放たれる女王のオーラが燈から断ると云う選択肢を奪う。

 普段はただの紅茶中毒にしか見えないのにこういう時ばかり狡い人だ、と弥生は思う。

「上手く行ってるかどうかって言われると……よく分かりません。でも、わたしとしては、準さんと暮らしてるのは楽しいです。屋敷にいた頃は見れなかった物をたくさん見せてくれて、美味しいごはんも作ってくれて、街の色々なところに連れてってくれて……準さんには色々貰い過ぎてて、感謝しきれません」

「あの子も中々頑張ってるみたいねえ」

 普段知らない準の一面を知り、感心するフランシス。

「だから、わたしも何かで返したいとずっと思ってるんですけど……」

「ああ、それでアイツより多くバグ狩って取り敢えず金稼いでる、と」

 燈も戦いに関しては多少なりとも自信がある。それを活かして恩返しとする心算ではあったが……。

「そうなんです……でも準さんとしてはそれはあまり嬉しくないみたいで」

「まあ最近アイツ、自分の魔法で悩んでるみたいだしねぇ。俺もナイフ技以外の魔法覚えて強くなりたい、ってよく言ってるわ」

「一応定期的に皆の戦績はチェックしてるけれど、準も言うほど低くは無いのよ。寧ろよく働いてる部類だわ」

「コンプレックス感じるのも分からなくはないけどねー。周りが酷すぎんのよ」

 ちらりとフランシスの方を見る。

「あら、誰の事を言っているのかしら」

 当の彼女は目を閉じてさらりと流す。

「さあねぇ。とは言えこの人外ばっかの中でナイフ一本で頑張ってるの、アタシとしては結構好きだわ。自分じゃやりたくないけどね」

「わたしも其処まで焦る必要はないと思ってるんですけど……ううん」

「ま、アンタが悩む必要は無いわよ。アイツ本人が踏ん切り付けないとどうにもならないし」

「そうね。私は生暖かく見守っている事にするわ」

「其処は普通に見守ってやんなさいよ」

 弥生さんは意外と面倒見のいい人なんだ、と密かに燈は思っていた。

 普段ドライな分、たまにそういった面を見せると印象に残る。

「ああ、折角だからアドバイスしておくとね。貴女なりの、準にどうなって欲しいかを考えておくと良いかも知れないわね」

「わたしなりの……」

 燈は少し考えたあと、続けた。

「……上手くまとまらないんですけど……わたし、瞬さんとフランさんみたいになりたいのかなって、思うんです」

「私達みたいな関係……ってことかしら」

「はい」

「瞬さんもフランさんも、確かに普段前に出てるのは瞬さんですけど、いざって時にはちゃんと背中を預けている様に見えて……そんな風に、わたしのこともちゃんと頼って欲しいんです」

 燈の思いを聞き、弥生は率直に思ったことを口にする。

「それ、はっきり言ってやった方がいいんじゃないの」

「私もそう思うわ。思ってることはお互いちゃんと伝え合うべきよ。言わないで分かることなんて余程似たような頭でもない限り無いわ」

 優しい口調で語るフランシス。

「その点アンタ達頭おかしいとしか思えないんだけど」

「あら、そんなの戦いの中だけよ。普段は瞬が私に合わせようとしてくれるから、私もいけないところはちゃんと見直す様にしているだけで言う処は言ってるわ。踏み込んじゃいけない部分だけはちゃんと読んで、ね」

「す……すげー……」

「ま、瞬でもなければ此処まで私が人に譲歩することも無いわね、うふふ」

「アタシも殊勝すぎるとは思ったわよ……」

(―――準さんも、わたしに直して欲しいところとかあるのかな……)

 思えば、心からの対話と云うのはしたことが無い。

 必要だと思うのにして来なかったのは、心の何処かで避けている自分が居たからだろうか。

 後回しにすればするほど擦れ違いの溝は深まっていくと云うことを、自分は経験を以てよく知っている筈なのに―――。


 ▽▽▽


「……こんな処か」

 璃玖は刀を一振りし、鞘に仕舞うと魔力の光へと還した。

「ふっふーん、稼げたねぇ」

 悠も二本の剣を宙に軽く放り投げ、魔力に還す。

 魔法部の今日の校外活動は悠と璃玖のみで行っていた。元々憂さ晴らしの心算で狩りに行こうとした璃玖に悠がついて行ったのだ。

「璃玖、何か今日は随分荒っぽい戦い方じゃなかった?」

 途中途中戦いを見ていた悠は指摘する。

「元々こんなものだろ」

「そうかなぁ。もしかして、何か悩んでるんじゃないの? 瑞葉ちゃんも言ってたよ、璃玖は太刀筋に出るって」

(―――あいつは本当に余計なことばかり言う)

 内心舌打ちする璃玖。

「あ、もしや幽ちゃんの事だったりしちゃったりする?」

 璃玖の視界に、悠の顔が横からひょこっと入る。

「お前も柊も……もう少しこう……」

「んん?」

「いや……何でもない……」

 軽い頭痛を覚える璃玖であった。


 販売機で缶ジュースを買い、悠は改めて璃玖に訊いた。

「で、何をお悩みかね、少年。別に言いやしないからお姉さんに言ってみ? んん?」

「お前のそのノリは信用ならん」

「悪かったって。男子の恋の悩みは深刻だもんね」

 うんうん、とわざとらしく頷く悠。

「知った様な口を……って、もしかして先輩も悩んでる時期があったのか?」

「いや、特には無かった気がする」

「おい」

「まあ良いから言ってみなってば。どうせ進展の遅さと脈の無さにやきもきしてるとかそんなこったろーけど」

 無慈悲な言葉が璃玖にざくざくと刺さる。

「脈無いって言うなよ!」

「でも分かってんでしょ?」

「くッ……!」

 あの手この手でコミュニケーションは試みた。しかし趣味や好みの分からない幽に対しては悉くが上手く行かなかったのだ。攻略が困難極まりない事は、薄々察して居た。

「いーじゃん瑞葉ちゃんでー。幽ちゃんお兄ちゃん以外男を認識してるかすら怪しいし」

「……それを考えなかった訳じゃない。けど」

「けど?」

「気軽に乗り換えられたあいつの気持ちはどうなんだ。それに、あいつはきっと今くらいの距離で居たがってる」

 本来好きな筈の幽よりも余程しっかり観察していることに悠は目を丸くする。

「……なんだその顔は」

「いやあ……璃玖の目は節穴じゃなかったんだなあって」

「お前……」

「瑞葉ちゃんが本当にどう思ってるかはあたしも知らないからチクりようが無いんだけど、璃玖ってそういうとこは妙に誠実と言うか、真面目だよねえ」

「……俺とはしゃいでる時が一番見てて楽しそうだとは思う。ただ其処から一歩踏み込むと、多分俺に見られたくないであろう部分を見る事になりそうなんだ」

 普段の教室での様子や、以前のシャワー室での一件を思い出しながら璃玖は語る。

「よくそんなん分かるね……」

「あいつはどうも俺をただの高校生で居させたいらしいからな。そんなことを言われたことがある」

「瑞葉ちゃん……本当に」

「俺はあいつなりに物凄く大切に思われているんだろう、きっと」

 そう言った璃玖の顔はもう、空回りの片想いに悩む少年のそれではなかった。

「其処まで分かってておきながら……でも、だからこそ軽く乗り換える様な真似したくないって感じ?」

「そんな処だな。……別に、幽への想いが嘘って訳でも無いんだが」

「因みに璃玖は幽ちゃんの何処が好きなの? おっぱい?」

「ばッッ……お前なあ! 馬鹿にしてるだろ!」

 突拍子もない発言に顔を真っ赤にしながら璃玖は怒鳴り返す。

「あれ、違ったー? あははっ」

 そんな彼をよそにけらけらと笑う悠。

「あたしが男子だったらその辺しか見ないと思うけどなぁ。身体は何処見ても凄いけど恋愛対象じゃないでしょあれは」

「それは……貶してるのか……?」

「貶してるって言うか単純に評価って感じ?"何も知らずに"見たら美人でパーフェクトな生徒会長だけど別にいちゃラブ出来る感じじゃないでしょ」

「お前中々シビアだな……」

「だって幽ちゃんも同じ感じの事言うだろうし。あれは恋愛対象じゃないでしょう、って。信じられないなら今度訊いてみ?」

「そうしてみよう」


 △△△


「あら、何か噂された様な」

 部室の机で生徒会の書類を片付けながら、幽は呟いた。

「幽ちゃんのそういうのさぁ、あんまり冗談に聞こえないよね」

 同じく部室に残り、携帯を弄りながら瑞葉が返した。

「まあ大体分かってますからね。今日の夕飯は悠の分だけ粗末にしておきましょうか」

「因みに何だって?」

「私は恋愛対象として見れないとか、自分が男だったら身体しか見ないとか」

 幽はやや不機嫌な振りをして答える。

「あはっ! 文句は精々お兄ちゃんに言うことだねっ」

 携帯から目を離さずに笑う瑞葉。

「……実際、今でも時折考えます。兄さんは、私をあの人の代わりにしようとしていたのか―――と」

「あの人って、フランシス・オルベール?」

「ええ。一応兄さんが言うには"見分け易い様に"体型まで変えたらしいのですが」

「ま、先輩も男の子だったしねぇ。そういう感情が無いと言えば嘘になるんじゃん? つっても、別に代わりだったとしても幽ちゃんの狂信っぷりは今更変わんないんでしょ?」

「確かに、そうですね」

 ふう、と溜息をついて瑞葉は続ける。

「……幽ちゃんさあ、少しは他に好きな男居ないの?"ヒトとして"生きる心算なら、そろそろ真面目に考えるべきなんじゃない?」

「それは……少しは周りからの好意に応えろ、という意味ですか?」

 あくまでも無表情に、淡々と訊き返す幽。それが瑞葉には、堪らなく悔しかった。

「そうね。そうだよ。……ねえ幽ちゃん。その様子だと、璃玖の事も分かってんでしょ?」

「ええ。まだ誠実さも混じって感じられるだけ、其処らの男子とは違う様ですが」

「分かってんだったらさぁ……せめて振りでもいいから応えてやってよ」

 携帯を閉じ、瑞葉は幽の目を真っ直ぐに見て切に乞う。その声は、何処か切なげに涙混じりだった。

「明確に私の方から応えてしまっては、日常や戦闘でのコミュニケーションに支障が生じます」

「本当、機械みたいな物言いしか出来ないんだね」

 涙声に怒りの色が混じる。

「恋や愛を知る人間もどきと云う点では似た者同士でしょう? 機械か獣かの違いはあれど」

「あんたのが愛だって言うの? そりゃただのプログラムだよ。悠ちゃんがそうだったから、ってだけの作り物の感情だよ」

「ただのプログラムでしたら今頃もう少し制御が利いていたでしょうが、生憎とそうでもないのですよ。自分を律せなくなるプログラムのエラー。それが人間の云う恋や愛じゃないんですか?」

「はッ……!"博士"が聞いてたらさぞ喜びそうな言葉ね」

「それを言ったら、今の貴女だって"博士"が見たら喜ぶでしょう。柊瑞葉も恋をする処まで来たんじゃないですか」

「よく出来た"完成品"だよ、本当。しかし悠ちゃんの言う通りだね。私も男だったらあんたなんかやるだけやって捨ててやる」

「そう噛み付かないでください、瑞葉。私としては貴女と争う理由なんて特に無いんですから。大体、私に八つ当たりするのもお門違いだって聡い貴女なら分かっていると思いますが」

「は、はは……。そうやって人の神経逆撫でするの、敵にだけだと思ってた。殺していい?どうせ幾ら刺しても直るんでしょ?」

 瑞葉ば椅子を倒しながら立ち上がり、その手にはバタフライナイフ〈クロアゲハ〉を精製していた。

「それで解決するのなら、幾らでもどうぞ」

 その距離、一メートル強。瑞葉なら余裕の確殺圏内だ。

「そうね、解決はしないよ。でも―――気晴らし程度にはなるッ!!」

 クロアゲハの先端を幽に向け、踏み込む―――!


「ただいまー!」


 派手な音を立て、幽と瑞葉が変な体勢で絡み合う形で床に転げ落ちた。

「……お前ら、何やってるんだ?」

 丁度帰って来た悠と璃玖は数秒前まで繰り広げられていた舌戦を知らず、ただ困惑するのみ。

「その……蜂が入って来まして。慌てた瑞葉が態々此方に来てこんなことに」

 幽がその処理能力を無駄にフル活用し、咄嗟に誤魔化す。

「あ、あはは……天下の瑞葉さまも雀蜂はちょっとね……」

 璃玖が帰ってきたことに加え、一瞬の内にクロアゲハを魔力に戻された挙げ句体勢を崩されたとあって瑞葉は完全に戦意をへし折られる。

「よく合わせましたね、瑞葉」

 瑞葉にしか聞こえない様に幽が耳打ちする。

「……ふん」

 彼女の決心が付くのは、もう少し先の話。


 ▽▽▽


 夕暮れの商店街通り。定時に事務所を出た準と燈は、二人で歩いて帰っていた。

「今日、フランさんに色々なこと聞いたんです」

 仄かに楽しそうに、燈は言った。

「どんなこと聞いたんだ?」

 そんな燈を見て、準は和やかな気持ちになる。まるで、妹の学校の話を聞く様な―――。

「瞬さんとフランさんの馴れ初めとか、二人が上手くやっていく為のコツとか、そんな感じです」

「おお……それは俺もちょっと聞きたかったな」

「準さんも瞬さんと色々話してたんじゃないんですか?」

 わたしはそっちの方が気になります、と目をきらめかせて訴えてくる。

「そうだな……大体燈ちゃんの話だったかな」

「わたしの話?」

「ああ。進路相談とか、そんな感じかな」

「ふふっ、保護者面談じゃないですか。この間テレビで見ましたよ。……あっ、でも瞬さんが先生だったら素敵じゃないですか!?」

 瞬に過剰な幻想を抱く燈は妄想の世界に軽くトリップしていた。

「いやまあ見た目は良いかも知れんが……ってあの髪の長さは駄目だろ!」

「縛るとかすればいいんじゃないですかね?スーツで眼鏡の瞬さんとかテレビに出られそうじゃないですか……!」

 まるでアイドルの話でもしているかの様な燈の話ぶりを受けて、準はひとつ閃いた。

「……これまで黙ってたんだがな、燈ちゃん」

「はい……」

 急に重いトーンになった準に驚き、燈は息を飲む。

「実は瞬……去年までドラマ出たり歌出したりしてたんだぜ……!」

「えっ……!?」

 雪道の屋敷では娯楽に手を出させて貰えていなかった事を逆手に取ったネタである……が、幾らなんでもバレるだろうと思っていた。

「準さん、ちょっとレンタル寄って帰りましょうか」

 ……が、予想とは裏腹に信じ込まれてしまい、店に向かって早足で歩き出した燈を見て準は焦った。

「ごめん燈ちゃん待って! 冗談だから!」

「えっ……。…………いや、分かってました……よ?」

 強がる燈の目に少し涙が浮かんでいるのが見えてしまった。

「当たり前じゃないですか、ねえ? 身の回りに芸能人とか居るわけないじゃないですか……あはは……」

 どうやら引っ掛かってしまったのが相当悔しいらしい。

「いやその……悪かった、ごめん」

「本当ですよ! 人の乙女心を弄んで! すっごく期待しちゃったじゃないですかぁ!」

 記念すべきかどうかは別として、燈が怒鳴ったのを聞いたのはこれが初めてだった。

「そこまでなの!?」

「あの顔ならテレビ出てても不思議じゃないですもん! こうなったら美味しいもの食べないと気が済みません」

「……参考までに、何が食べたいんだ?」

 引っ掛けた心算が燈の話術に引っ掛かり始めてしまったのを察する準。

「"カストル"の特製プリン……」

 星海町にある洋菓子店のひとつであり、やや高級だがその分評判は随一という店だ。

「はいはい……また財布が薄くなっちまうぜ」

「嘘ついた罰です、ふふ」

 特製プリンの値段を憂慮しながら、準は楽しそうに進む燈についていく。

 瞬達の言っていた事を思い出し、これからもあの笑顔を見ていたいと不意に思う準であった。



 Intermission『魔法使い達の寸暇』 End.

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