#2.5 インコンペテント・ウルブズ Act.1

 雲隠との戦いに向かった瞬達と、星凪が発端の戦いに飛び込んだ悠達。

 その裏で起こっていた、もう一つの戦い。


 ―――「過去」から迫る魔の手が、「今」に悩む彼らに襲い掛かる。

  

△▼△▼


World End Protocol #2.5

『インコンペテント・ウルブズ』


△▼△▼


 月見第二工業区域。主に製鉄所や鉄工所など、金属系の工場が建ち並ぶ地区である。今回準と燈は、此処を根城にしてしまったと云う三体のバグを討伐すべく訪れた。

「……また派手にやられてんな」

 まず準の目に映ったのは、剥き出しにされ食い荒らされた鉄筋。建物が不自然に抉られた光景は、不気味以外の何物でもない。

「これって"中に鉄筋がある"って分かった上で壊したんですかね……?」

「じゃねえかな…。或いは偶然コンクリに鉄筋があるってのを見て学習した、とかな。どちらにせよこの量だ、多分奴等も馬鹿じゃねえ」

 建物自体は乱雑に破壊されているが、よく見ると鉄筋の断面は妙に滑らかになっている。

「奴等は鉄筋を……斬った?」

「それにしてはでたらめ過ぎませんか?」

「だよなあ……。でも喰い千切ったにしては……」

「ええ、綺麗過ぎます」

「一体どんなバグなんだろうな……気を付けて行かねえと」

 警戒しつつ、歩を進める。

「……あの、準さん」

 燈は足を止め、恐る恐る問う。

「本当に……準さん一人でやるんですか?」

 彼女の言葉に勇み足だった準も止まる。

「そうでなきゃ……意味がないんだ。俺だけでもやれるって、それだけの力を証明出来なきゃ……俺は瞬やフランさんと並んで戦えない」

「準さんはこれまでもずっと一緒に戦って来てたんでしょう? 瞬さん達だって、準さんが力不足だとは思ってないですよ!」

「そんなことねえよ……瞬と一緒に戦っても、あいつが半分以上余裕で戦果持って行くんだぜ? フランさんに至ってはそもそも俺なんて必要ない、それこそ一人で十分なんだ。俺は……俺はあいつらと遊ぶ為だけにストレイキャッツに入った訳じゃないんだよ!」

 瞬やフランシスの力に関しては、燈も同じ様に認識してはいた。しかし、二人が持っていない力を自分は持っているとも認識している。

 瞬はその名に違わない爆発的なスピードに暴力的な弾幕からなる火力を誇るものの、小回りがやや利きにくいことと隠密性が皆無という欠点を抱えている。

 フランシスも空間ごと叩き斬るというまさに次元の違う破壊力とあらゆる攻撃を遮断する防御力を持つが、基本的に一点からあまり動かず、移動もワープに頼る事が多い為生身の機敏さで一歩劣る。

 燈は二人の弱い部分を自分と準で担っていると考えており、主に市街地や屋内での対人戦で光る分バグと単独でやり合う必要はないと割り切っていたのだが―――準はそうでなかったらしい。

「……わたし達はわたし達で、出来ることがある筈です。瞬さんやフランさんと比較すること自体間違ってると、わたしは思います」

「確かに燈ちゃんの言うことは間違ってないと思う。でもな、俺に出来ないことを燈ちゃんは出来て、燈ちゃんに出来ないことは、恐らく俺も出来ないんだよ」

 僅かに震えながら、怒り散らさない様に言葉を選びながら吐露する準に、燈は胸が苦しくなった。―――そして。


「……言いたくはなかったけどさ……俺が劣等感感じてるのは、寧ろあいつらより、燈ちゃんなんだ。あいつらも大概だけど、それでも……燈ちゃんに感じてる分の方が、でかい」


 ……引き取って貰ってから、ずっと恩返しをしようと彼の為に頑張ってきた心算だった。しかし頑張れば頑張るほど、彼を苦しめることになるとは思っても見なかった。

「わたし……そんな……っ」

 手が震え、身体が芯から急速に冷える。

「……ごめんな。燈ちゃんは悪くないんだ。俺の為を思ってくれることは凄く嬉しい。ただ……ただ俺が、弱いのがいけないんだ……」

 遂に燈に当たってしまった罪悪感と情けなさで、準もまたやり場の無い感情に苛まれる。

 バグの討伐に来た筈が、こんな状態になってしまっては仕事にならない―――そう思われた矢先。

「出たか……」

 けたけたと笑う声。コウモリめいた羽を持つちぐはぐな体型の小さな人型……三匹の妖精型ピクシーだ。

「三匹……こいつらなのか?」

「こ……この子達が鉄筋を食べたんでしょうか……?」

「違うよな……まあでも、見付けたからには殺らねえとな―――飛空殺!」

 正確無比なナイフ投擲で三匹のピクシーを手早く始末……とは行かなかった。

 二匹は頭部に命中し即死させられたものの、一匹に逃げられた。

「畜生ッ、逃がすか!」

「準さん!」

 けたたましく叫びながら飛び去るピクシーを追って走り出す二人。だが、その時―――!

「ッ……!?」

 突然起こる地響き。二人は立ち止まり、それを全身で体感していた。

「もしかして……これが本命の!」

「そうらしいな……」

 工場地帯を震わせながら、一体の巨大な影が立ち上がる―――!

「おいおい……マジかよ……!?」

 二人を覆った影の主―――それは、四階建ての建物程の巨人だった。灰色の身体で各部に銀色の装甲を纏い、拳はそれだけで一つの大岩の様であった。

「……やるぞ。やってやる!!」

 両手にナイフを精製し、巨人目掛けて走り出す!

(―――こういう相手は……関節を狙えば!)

 巨人もまた準に気付き、左拳を叩き付ける!

「疾風殺!!」

 拳が動いた瞬間に超加速の魔法を発動し、落石めいた一撃を回避!

追加起動アペンド―――斬空殺ッ!!」

 魔力で切れ味を高め、加速を加えた連撃を肘間接目掛けて繰り出す!

 巨人は分厚い鉄の扉が軋んだ様な声をあげ、右拳で準に反撃する!

「よっ……と!」

 地面にめり込んでいる左拳を蹴って飛び退き、手首目掛けて『飛空殺』を放つ!

 ……だがナイフは手首には命中せず、腕の装甲に刺さっていた……かに見えた。

「ん……?」

「準さん……あのナイフ……」

「"くっついてる"……?」

 どう見てもナイフの刃と装甲が、継ぎ目なく一体化しているのだ。

 ゆっくりと刀身だった部分が減っていき、完全に"取り込まれた"時点で柄だけが落ちた。

「これさ……俺、詰んでね?」

「金属部分に当てない様に、上手く肉に刺していくしか……あっ」

 燈は見てしまった。

 先程準が斬り付けた箇所が、銀色の組織で修復されていく瞬間を。

「自己再生まで……」

 ふと燈は、足元の石を拾って装甲に投げ付けてみた。……何ということもなく、軽い音を立てて石はただ落ちる。そして巨人は燈に目をつけ、動き出した!

「準さん、こっちに!」

 燈に手を引かれ、入り組んだ工場地帯を走り抜けて巨人を撒く。

「燈ちゃん……何やってんだよ……!」

 準は急に挑発とも、自棄とも取れる行動をとった燈を不思議に思った。

「ほぼ分かってましたが確かめてたんです。金属"だけ"吸収して修復に当てると見ていいでしょう」

「だったらどうするんだ?」

「考えてるところです。薄い鉄板だったら楽だったんですけど……ううん瞬さんの衝撃弾が使えたら……!」

 燈の目付きは既に少女のそれではなく、獲物を狩る狼の鋭さを放っていた。

「鉄……ってことは熱とかも効きそうか」

「冷やす分には得意なんですけどね……」

「……そうだ、俺のナイフを凍らせれば吸収対策にならないか?」

「恐らく装甲に触れたところから吸収するでしょうから、間違ってはいないかと。ただ一回装甲に当ててしまうと氷も剥がれるでしょうね……」

「まあ氷には変わらないしな……。けど、それでもやってみるに越したことはねえな!」

「そうですね。駄目なら別の手を考えましょう」

 準がナイフを差し出し、燈がそれに魔法をかける。

「よォし、やったろうじゃねえか!」

 気合いを入れ直し、再び鋼鉄の巨人に挑む!


 △△△


 同時刻、月見第二工業区域―――東側。準達の反対側に、もう一組の魔法使い達が居た。

「どうだ、映見エイミ……見つかりそうか」

 フードを目深に被った、紫のパーカーの男は隣の小さな相棒に呼び掛けた。

「バッチリよ泰河タイガ。休眠中みたいだったけど、もう動くわね」

 身長一八〇センチはありそうな大男―――泰河とは対照的に、青いマフラーの少女―――映見は一五〇センチ足らずの矮躯な挙げ句、右目は機械的な眼帯で隠されており左腕は義手とかなり不安な見た目をしていた。

「そうか。ならば寝起きの処悪いが、早く始末してしまおう」

「相手は"鉄喰い"だったっけ。鉛弾も駄目かしら」

 しかしながら、泰河は全く心配することなく、映見もまた一切の遠慮もなく話している。

「分からん。だがどの道今回は電気で行く。くれぐれも誤射はするなよ?」

「誰に言ってるのよ。私がそんなヘマする訳無いでしょ」

「念の為、だ。するとは俺も思ってないさ。それでは今日も上手く頼む」

「ええ、そっちもね」

 こつん、と互いの拳を当て、それぞれの配置に付く。

 泰河が格闘、映見が狙撃という分担でこれまでも多くの敵を粉砕して来た。出会って二年の仲にして、経験も実力もベテランの域に達しつつある二人組だ。

『こっちはスタンバイ出来たわ。あなたも敵も捕捉完了』

 左耳の小型インカムに通信が入る。

「此方も一体確認した。こいつからやろう」

 辛うじて残っている壁一枚挟んだ処に"鉄喰い"を発見し、泰河は身を屈めている。

『了解。始めるわよ』

「ああ」

 短く返事を返すと、それから間もなく一発の光弾が鉄仮面めいた頭部に着弾した。

 耳障りな声を上げて立ち上がろうとするが、膝をついた状態のまま動けない。

 映見が放ったのは電撃の魔法弾。人に近い形をしているなら、と頭部に撃ってみたところ、予想通り麻痺させることが出来た。

「〈チャージナックル〉、起動!」

 泰河は両手にメリケンサックめいた装甲の付いたグローブを精製し、駆ける!

「ボルテック・チャージ!」

 グローブの装甲部分に雷の魔力が充填され、一時的に電流を流し込む拳へと変化する。

「ぬんッ!!」

 身動きが取れず、俯いた頭を殴り上げる! 二重の電撃を浴びうつ伏せにダウンする巨人!

「映見、コアは何処だ」

『胸部よ。構造上は本当にただのでかい人間みたいね』

「了解した。―――インパクト・チャージ!」

 "衝撃"の魔力をグローブに充填し、巨人の背中を歩く。

 そして深呼吸し、真下に拳を―――叩き込む!!

 下の地面までひび割れる程の衝撃。だがまだ消滅しない。

「……映見。起きそうになったらまた撃ってくれ」

『分かったわ』

 返事を聞くと、泰河はインカムのマイクをオフにする。

「―――オオオォォォォォォ!!!」

 雄叫びを上げ、殴る! 殴る! 殴る!!

 右拳!左拳! まだ消えない。再び右拳!左拳! まだ消えない! 右!左!右!左!右!左!右!左――――――!!!

 そして!

「破ァッ!!!」

 渾身の右を叩き込む! 哀れ、巨人は地面ごと文字通り爆散!

「フゥー…………ッ」

 クレーターの如く凹んだ地面に降り立ち、残心の構えを取る。

『とんだハメ殺しね』

 結局一発も追撃しなかった映見。一部始終フルコンボを見て溜め息をつく。

「……動かれても厄介だ」

 呼吸を整えつつ、泰河は答える。

『それはそうだけど……ま、私も狙撃銃こんなん担いで言えたことじゃないわね』

「よく気付いた、と言っておこう」

『酷いもんだわ。……取り敢えず一息ついたら次行きましょ』

「ああ」


 ▽▽▽


 ―――準の読みは結果的に正しかった。

 氷に包まれている間はナイフも吸収されず、装甲の無い肉部分にはしっかり刃が通った。

 燈が氷で短時間足止めし、その間に準がダメージを蓄積させる。その繰り返しで"鉄喰い"の動きを鈍らせる程度までは出来た……が。

「しぶといですね……!」

 二人は再び物陰に隠れ、体勢を立て直す。

「火力がこれだからな……。コアに全然届いてないってのもまずい」

 コアを破壊しない限り、バグはいずれ再生してしまう。とは言え"鉄喰い"のコアがある胸部は一層厚い装甲に守られており、今の二人では手出し出来ない。

「『銀閃斬魔』なら通るかも知れないけど……」

 無理矢理限界まで魔力を解放することで身体能力とナイフの切断力を跳ね上げる準の切り札。しかし効果時間の終了と共に文字通り力尽きると云うハイリスク極まりない魔法である。

「あれは……あれだけは、使わないでください」

「分かってる……けどどうしたら……!」

「……わたしに考えがあります。準さん、適当な鉄の棒って作れますか? 一メートルちょっとあれば足ります」

「まあ……それくらいなら」

 言われた程度のサイズで手頃な太さの棒を精製し、手渡す。燈は受け取ると一歩前に踏み出し、今にも巨人に殴り掛からんと構える。

「燈ちゃん!?」

「氷は確かに砕けてしまうだけかも知れませんが……衝撃自体は残るじゃないですか。だったらこういうのも、アリじゃないですかね」

 鉄棒の先端を起点として、ドラム缶めいた氷の塊が形成されていく!

「こんな処ですかね」

「結構器用な真似出来るんだな……」

「これだったら、多少砕けても再利用が利きますから。準さんは何かあったとき補助をお願いします」

「……無理、するなよ」

「勿論です」

 結局自分では何の案も出せず、燈の勢いに押されるままただ彼女を見送ることしか出来なかった。


 燈は建物の陰から飛び出し、全速力で駆ける!彼女に気付いた"鉄喰い"が振り向き、巨大な拳によるパンチを繰り出す。だが燈はそれをギリギリまで引き付けて躱し、拳が地面にめり込んだのを見計らって腕から肩へと駆け登る!

「たぁぁぁぁ―――ッ!!!」

 咆哮と共に最上段から殴り付ける!!

 轟音を響かせ、"鉄喰い"の頭部ががくんと落ちる! その勢いで身体までもぐらつき、ゆっくりと倒れた!

「準さん! 脚お願いします!」

「分かった!」

 準のナイフが銀色の光を帯びる!

「行くぜ―――斬空殺ッ!!」

 単発ではあるが威力を強化した一振り。装甲の無い足首を狙って斬り付ける!

 完全に切断することは出来ないが、動きを止めるには十分だ。

「これで……っ!!」

 更に巨大化させた氷のハンマーで、渾身の一撃を叩き込む!

 周囲に伝播する程の衝撃。

 ハンマーの氷部分が粉々に砕けてしまったが、遂に鋼の巨人が動かなくなった。

「はぁ……はぁ……。やったん、ですかね……?」

 巨体の上から降り、準と共に倒した相手を眺める。

「多分な……。……やっぱすげえな、燈ちゃんは」

 結局燈が倒してしまった事に、準は悔しさを隠しきれない。

「いえ……準さんの力が無ければ出来ませんでした」

「何言ってんだよ……こんなん協力した内に入らないだろ。棒一本作っただけだぞ?」

 準にとっての協力とは、やはり派手で大規模な魔法で無双の働きをする位でないととてもそうは呼べない。しかし燈は続けた。

「それでも、準さんの"鋼"でなければこんな使い方には耐えられませんでした。これも二人の力を合わせた……そう考えられませんか?」

「そう、なのかな」

「わたしはそうだと思います」

 燈は準の目を真っ直ぐ見て、優しく微笑む。

「……それでも、俺は……」

 しかし今の準にとって彼女は眩しすぎて、やりきれない気持ちから目を逸らしてしまう。


 そんな中、倒した筈の"鉄喰い"が再び立ち上がろうとしていた。


「往生際の悪い奴だな……まだ生きて―――?」

 ゆらりと立ち上がった鋼の巨人は、咆哮を上げて周囲の鉄を急速に取り込み始めた!

 燈の持っていたハンマーの柄も、準のナイフも、そして其処ら中で剥き出しに鉄骨も全て自身に吸収する。

「詰めが甘かった……っ!」

 何とか冷静さを保とうとする燈。だが目の前の状況に対し、まるで手段を思い付けない。

「……退こう、燈ちゃん!」

「でも……!」

 退いたところで、何も変わらないじゃないですか―――そう言う前に、準に手を引かれて走る。

 今すぐ逃げるべきという準の直感は正しかった。しかし死に物狂いで走る彼等は、ただの巨人に過ぎなかった筈の"鉄喰い"がより多くの鉄を取り込んだ事で武装を生成しているとまでは認識出来ていなかった。

 右腕に現れた大きな筒状の装備。それは誰がどう見ても大砲としか形容出来ないもので、ともすれば何らかの"弾"を撃って来ることも容易に想像出来る。錯乱寸前の燈と違い比較的冷静な準が振り向き、やっとその砲口が此方を向いているのを知る。

 嫌なくらい思考が冴える。

 バグにも物理的な攻撃主体のものと、魔力によるエネルギー攻撃主体のものと二通り存在する。あれは幾ら進化したとは言え前者だろう。ならば撃って来る弾丸もまた実体であり、それを構成する物質は単純に鉄であると想像がつく。

 遠目に見てあの巨体から放たれる砲弾は相当の大きさで、それを打ち出すだけのエネルギー、放たれた弾の威力、速度、射程その他諸々―――。

「燈ちゃん」

「はい……?」

「後、頼むな」

「準さん―――!?」

 発射の轟音と同時に、準は全身全霊で加速する!

「銀閃斬魔ッ!!」

 銀色の残光と共に九十度急転回、間一髪で砲弾を回避する。

「準さん……こんな処で、何で……っ」

「『疾風殺』じゃ一人抱えるだけのパワーが無かったもんでな……」

 魔力が尽きるまで残り一分と無い中で、準は自分の愚かさを悔やむ。

「もっと早く救援を呼ぶべきだったんだ。……いや、そもそも俺一人でやるなんて言い出さなければ、こんなことには―――」

 不意に、二人の居る周辺が陰る。

「ッ―――!!」

 準は燈を突き飛ばし、咄嗟に防御体勢を取るが、それはとても防ぎ切れる質量では無かった。

「準さん!!!」

 入ってきた角の、通りを挟んだ反対側まで弾き飛ばされた準を見て叫ぶ。

 辛うじて『銀閃斬魔』が切れる直前だった為致命傷は免れたと思いたいが、それよりも今重要なのは。

「……何で、こんな処に居るんですか……"もう一体"が―――!」

 準が倒れた以上に今重要なのは、三体居るとされる"鉄喰い"の内、二体目とも遭遇してしまった点である。


 △△△


「聞こえたか、映見」

 ふと、泰河が立ち止まる。

『同じものが聞こえてる訳無いでしょ、少しは距離考えて。で、何が聞こえたの?』

 辛辣な返事をしつつ、相棒として一応取り合う。

「悲鳴だ。……それも女の子の」

『女の子? こんな処に?』

「お前も人の事は言えないだろう」

『それもそうね。ってことは、同業者かしら』

「かも知れん。とにかく急ごう」

『りょーかい』

 走り出す泰河と、それに追い付くべく脚部ブースターを精製して飛行する映見。

 "鉄喰い"の巨体なら上空から探した方が早いと云う利点もある。

『居たわ。……うわ』

「どうした」

『二体の距離があんまり無い……ちょっとよくないわねこれは。しかも片方は強化入っちゃったっぽい』

「確かに厄介だな……。しかしまずは人命救助を優先しよう」

『そうね。私もその心算よ』

 飛行しながら映見は救助対象を探し始める。魔力探知と視力強化を並行して使うことで、上空からの広い視角をフル活用する。

『……ん、居たわ! 通常体βの近くに余力ありそうなのが一人、其処から道挟んだとこに死に掛けが一人よ。強化体αも動きは今の処遅いけど、多分女の子達はもう射程内と考えていいかも』

 携帯端末に救助対象と"鉄喰い"達の座標データを受け取り、泰河は急行する。

「これはβから叩くのが得策か?」

『建物入り組んでるから邪魔はされにくいかもね。まあ作戦固め過ぎるのもよくないわ』

「まあな」

『ただまあ、まずはβを止めて救助、よね』

「そうだ。電撃弾は十分に装填しておけよ」

『分かってるわ』

 泰河にも通常個体―――"鉄喰い"βが見える距離まで来た。

『それじゃ一足早く始めるわね。頑張ってね、レスキュー隊員さん』

「うむ」

 上空から、銃声が響いた。


 ▽▽▽


 予想外の連続で完全に思考が停止してしまった燈に、二体目の"鉄喰い"が拳を振り上げる。

 逃げなきゃ。分かっていても足が動かない。そして無慈悲にも拳が振り下ろされる

 ―――その寸前!

「……っ!?」

 魔法弾らしきものが鉄仮面めいた頭部に直撃し、動きが止まった。その数秒後、紫のパーカーを着た男が駆け付ける。

「大丈夫か」

 不器用そうではあったが、優しさを感じる声に燈は正気を取り戻す。

「は……はい」

「良かった。君は魔法使いか?」

「はい……もう一人と一緒に―――そうだ、準さんッ! 準さんが……!!」

 先程準が飛んで行った方に振り向く燈。

「映見の言っていた瀕死の方か……。分かった、一先ず落ち着こう。君の仲間も俺が助ける」

 燈は泣きそうになるのを抑えながら、紫の男の言葉にただ頷いていた。

「映見! 暫く足止めを頼むぞ!」

 彼はインカムの向こうの相棒に向けて叫ぶ。

『倒しちゃっても良いのよね?』

「それはよせ、俺の取り分が減る」

『現金なひとね。ま、考えといてあげる』

 それだけ返すと、映見は二発、三発と電撃弾を立て続けに叩き込む。

「走れるか?」

「……はい」

 一直線に道へ出る二人。しかし其処は強化個体―――"鉄喰い"αの射線上だ! 迂闊にも出て来た二人を感知し、鉄の砲弾が発射される!

「あっ……!」

 注意を忘れていた燈。だが目の前の男は全く動じない。

「コンボドライヴ―――」

 "衝撃"の魔力をナックルに充填する『インパクト・チャージ』に加え、充填した魔力を一気に解放する『チャージキャノン』を発動!

「―――インパルス・キャノン!!」

 両方の拳を真っ直ぐに突き出し、大砲めいた衝撃波が繰り出される! 着弾の寸前に合わせて放たれたそれは巨大な鉄の塊を見事に停止させ、その場に落とさせた。

「凄い……!」

「いい遮蔽物になるだろう。さあ、早く」

 邪魔は入ったが、無事に準の処まで辿り着く。

「準さん! 準さん……っ!」

 準の肩を揺さぶるも、彼は完全に意識を失っていた。

「……彼は、君を守ったのか」

「はい。……さっきの砲弾からわたしを逃がした処で力を使い切っていたのに、もう一体に殴り飛ばされて……」

「……彼は、まだ生きている。出来るなら魔力を分け与えてやるといい」

 他者による魔力の補充は、接触や魔力石の譲渡など幾つかあるが、燈に出来るのはひとつしか残されていなかった。それを察した泰河は彼女らに背を向け、戦いに戻ろうとしたが。

「……お名前、聞いても良いですか」

銀道ギンドウ泰河タイガだ。君は?」

「雪道燈です。こちらは、雨森準」

「雪道と雨森か……全く、凄い人達を助けてしまった様だな。後は俺達が何とかしよう。……よく頑張った」

 泰河が去ったと同時に、燈はぼろぼろと涙を溢して泣き出した。

 泣きながら、躊躇う間も無く最も補給効率の良いとされる接触方法を取る。

 ―――燈は、準の冷たい唇に自分の唇を重ねた。


 △△△


 迫り来る拳を躱しつつ、的確に一撃一撃を当てて行く泰河。……だが。

『ちょっと泰河、動き悪くなって来てるわよ』

「一瞬身体を冷ましてしまったのが効いたな……」

『あなたの悪い癖よね。人助け優先してそういうことになるの』

 ぶつくさ言いながら、射撃の勢いを上げる映見。

「こいつの止めはお前にやろう。どうせさっきは大して消耗してないんだからいいだろう?」

『あなたが気持ちよくマウント取ってたからでしょうが、まったく』


 映見は滞空しながら補給用の小型魔力石をひとつ砕いて回復する。

(―――電撃弾だと止めはさせなさそうだし、アレで行こうか)

「火炎……いや、こっちね―――熱線弾、装填!」

 灼熱のレーザーを放つ弾丸を装填する。

 熱線は砲身が駄目になる為連射は出来ないが、余程バリアなどで遮断されない限り物質をほぼ貫通する強力な代物だ。

「泰河! 心臓に熱線ぶち込むわ!」

『了解した!』

 役割を入れ替え、泰河が『ボルテック・チャージ』の電撃で動きを止めて離脱したのを確認し、映見は最も狙いやすい位置から熱線を発射する。

「終わりよ、木偶の坊」

 コアを焼き払い、"鉄喰い"βを消滅させる。

「さて、私の銃身も冷まさなきゃいけないし、あなたも休憩が必要そうなので小休止ってとこね」

 相棒の処に降り立ち、映見は呼び掛ける。

「そうだな……」

 泰河も小型魔力石をひとつ砕く。

「うわあ、お熱いわねーあの子ら」

 遠巻きに燈達を視認する映見。

「悪趣味だぞ、映見」

「あれ、何処の子?」

「雪道と雨森だそうだ」

「確かなんたらキャットとかってチームなんじゃなかったっけ」

「ストレイキャッツだ。野良猫の複数形だな」

「へえ。毎度思うけどあなた見た目の割には博識よね」

「伊達に大学は出ていない」

「私はこんな体じゃ行きたくても行けなかったからねえ、あんな"一般人"の集まる処には」

 左腕の義手を動かしながら、物憂げに呟く。

「意外だ。行きたかったのか」

「少しはね。……でも、そうね。似た様な子も居るみたいだし、魔法使いやってて良かったかも」

「後で話し掛けに行ってみると良い。健気な良い子だ」

「考えとくわ」


 五分ほど休息した後、映見は狙撃ポイントへ移動し、泰河は鉄の吸収を続けている最後の一体へと向かう。

「さて……どうやって倒そうか」

『熱線もまだ撃てそうにないわね。地道に電気と衝撃で攻める?』

「帯電した鉄の弾とか撃って来たりしないだろうな」

『……保証しかねるわ』

「この際冷凍弾でもその辺に撃って冷却を急げ。時間は稼ぐ」

『大丈夫?』

「無茶はしないさ」

『分かった。待ってて』

(―――とは言ったものの、この巨体……殴る此方が先に音を上げそうだ)

 両手の拳同士を打ち付け、気合いを入れる。

「さあ、始めようか」


 ▽▽▽


「おーおー、こりゃこっ酷くやられたモンだなぁ」

 燈がフランシスに電話を掛けそれから数分後、現れた助っ人は開口一番にそう言った。

「あなたは……」

「ん? ああそうか、お前と直接会うのは初めてだったな。オレはヴィーネ・エクラス。瞬や姉御のー……まあなんだ、戦友だ。話は聞いてるぜ、雪道燈ちゃん」

 金髪碧眼、黒いバンダナに深緑のシャツと言った盗賊めいた服装の男勝りな女。

 燈も名前だけは聞いていたが、まさかこんな人が実在するとは思っていなかった。

「んで、敵は何処だ? 姉御からは"鉄喰い"だって聞いてるが」

「あっちで他の魔法使いが戦ってます……ですが」

「消耗してるってか? どいつもこいつも情けねぇ」

「わたし達を助けた所為です。……あの人達は、悪く言わないであげてください」

「ハッ、言うじゃねえか。……なぁに、冗談だよ。オレが来たからには全員まとめて助けてやるさ。お前らは精々見学でもしてるこったな」

 黒塗りの直刀を二振り―――忍者刀と呼ばれるそれらを精製したヴィーネは、突風と共に加速し戦場へ向かう。


 ――――


「くっ……思ったより硬いな」

『インパクト・チャージ』で"衝撃"の魔力を充填したパンチを繰り出すが、先の二体よりも厚くなった装甲に阻まれ思う様な威力が出ない。

『ちょっと、大丈夫!?』

 インカムから相棒の声が響く。

「パワー不足……もしくは性質を変えるべきか」

『強酸とかどうかしら』

「あれば使いたいがな」

『あるわよ? 強酸弾』

「……撃ってみよう」

『分かったわ』

 数秒後、濁った黄緑色の魔法弾が"鉄喰い"に直撃する。

『どう?』

「駄目だな、溶けた傍からすぐ修復している」

『やっぱり熱線かしら』

「その様だな……」

 泰河達が話す傍ら、"鉄喰い"は腕の大砲を構え、弾の充填を始める。

「させんッ!」

 中断しようと殴り掛かったその時、予想より遥かに早く"放射状に広がる無数の小型弾"が発射された!

「何……!?」

 完全に予想外の攻撃を、泰河は全身で受けてしまう!

「ぐ……っ」

『泰河! 泰河っ!!』

 インカムから聞こえる映見の悲痛な叫び。

「大丈夫だ……ッ」

『一旦退いて!』

 銃声が二度、三度と響く。映見が電撃弾を撃ち込んでいるのだ。

「映見……!」

『しょうがないでしょ、結局これしか思い付かなかったのよ!』

 泰河の懸念とは裏腹に、"鉄喰い"はどうやら麻痺している様だった。

 しかし、痺れながらも隠れようとする泰河に向けてもう一度砲口を向ける……!

『止まれ……止まりなさいよッ……!』

「くっ……」

 身体に溜まった電気を砲弾に乗せ、無慈悲な一撃が―――!


「―――待たせたな」


 緑に光る一閃が、"鉄喰い"の砲身を断ち斬る!

「ヴィーネ・エクラス、助太刀するぜ」

 血を払う様に刀を真横に一振りしながら、彼女は名乗る。

「偶然……ではないな」

「ああ、あのおチビが呼んだのさ。あんたも大分食らったか」

「そうだな……出来れば少し休みたい」

「まあそんなスタイルで二体も倒せば十分だろ。あとは任せな」

 ヴィーネの持つ一対の忍刀、〈時雨〉と〈夜桜〉が光る。

「スナイパーが控えているんだが、援護は要るか?」

「上に居る嬢ちゃんだろ? いーよいーよ、お前の手当てでもさせてやりな」

 会話を聞いている映見は、狙撃銃を魔力に還すと脚部ブースターで早速飛来した。

「泰河っ!」

「心配性だな、映見は……」

「当たり前でしょ……!」

 フッ、と小さく笑うと、ヴィーネは"鉄喰い"を睨む。

「衝撃も電撃も通らない、か。なあお二人さん、残ってんのは"確実に"こいつだけなんだな?」

「その筈だが……」

「私の探知にもそいつだけ……ああ、ピクシーが一匹居たわ」

「その程度なら問題ねーな。んじゃめんどくせえし、やるかぁ……《プロトブラック》、起動ッ!!」

 ヴィーネを中心に一瞬強い風が巻き起こり、身体と忍刀が黒い風を纏った。

「これは……"風"の魔法なのか……?」

「"風"がベースではあるが、殆ど"黒"の魔法だぜ。"模倣品"だけどな」

 それ以上は深く語らず、ヴィーネは駆け出していった。


「色々やらかしたみてーだが……此処までだぜ」

 黒い残像を残し、一撃また一撃と厚い装甲を断ち斬っていく。

 "黒"の魔法が持つのは単純に破壊力を一点に詰め込んだ絶対的な威力と、形に囚われない変幻自在さの二つ。硬度や密度など物理的な耐久力を捩じ伏せる魔法の暴力で以て、装甲はおろか骨まで断つ。

 腕を断ち脚を断ち、敵を斬り付ける度に刀身に纏う黒い風が勢いを増していく。

「終いだ―――デッドリィ・ネイル!」

 荒れ狂っていた黒い風が右手の刀、時雨に集中し、爆発的な加速で"鉄喰い"の胸部に迫り―――突き刺す。


「……あれは……届いたのか?」

 突き刺した体勢のまま動かないヴィーネと手足を斬られ動けない"鉄喰い"。それらを見た泰河と映見もまた、様子が分からず止まっていた。

「あの刃渡りじゃ足りないと思うけど……っ!?」

 だが映見が言った直後、"鉄喰い"の身体が乱雑に渦巻いて爆散した!

「デカブツ相手には時間掛かるんだよ、この魔法」

 爆心地から悠然と歩いてくるヴィーネ。

「その刀……金属ではないのか?」

 刺しても吸収されなかったことを疑問に思っていた泰河。

「黒曜石を練り込んだ特殊な玉鋼……黒曜鋼、らしいぜ。オレが作った訳じゃねーから詳しくは知らんけど」

「……自分の武器の事、そんなにべらべら喋っちゃって良いの?」

「あ?こんなもん大した情報じゃねえよ。それに、あんたらは初対面とは言え同じ敵と戦った仲だと思ってるからな」

 平然と言い返すヴィーネに、映見は気分的に負けた。

「ま、生きてりゃどっかでまた会うだろうし。友達は増やすに越したこたァねえのさ」

「……覚えとく」

 ふっ、と口元で笑うと、ヴィーネはもうひとつの仕事を果たすべく歩き出した。

「何処行くの?」

「雑魚二人回収すんのがオレの仕事なんだよ」

「え、じゃあピクシーは……!?」

「嬢ちゃんの小遣いにしちまいな。じゃあな」

「……」

 映見の方を見ずに手をひらひらと振り、両手をポケットに入れて去ってしまった。

「……勝手な人ね。まるで嵐みたいだわ」

「俺もそう思っていた処だ」


 ――――


「……い、ってえ……ッ!」

 準が意識を取り戻したのは、最後の"鉄喰い"との決着がついた後だった。

「準さん!!」

 ずっと傍に居た燈は、目を赤く腫らしながら堪らず準に抱き付く。

「…ごめんな、燈ちゃん……俺…結局こんな……」

「良いんです……生きてるだけで、全然良いんですよ……!」


「おう、起きたみてーだな」


 丁度戦いを終えたヴィーネが歩いてきた。

「ヴィーネさん……ありがとうございます」

「まさか、あんたが助けに来てくれるなんて……」

「精々感謝するこったな、未熟モン共よ。事の初めからぜーんぶ瞬に聞いてるぜ? ちょっと功を焦りすぎちまった様だなァ、ええ?」

 ヴィーネは救援を請け負った点に関しては特に怒ってはいない。寧ろ臨時収入とすら考えている。こうも嫌味たらしくなるのは、準の未熟さに拠る処が大きかった。

「それは……分かってる」

「これで分かってねえ様なら介錯してた処さ。戦死したことにすりゃ奴等も納得だろうからな。……まあそれは冗談だが」

「わたしの所為でもあるんです……わたしが準さんの事を何も分かってなかったから……!」

「あ? おチビは何も悪くねえよ。全部こいつが"弱い"のが悪い。つっても此処で説教する気も起きねえから、さっさと帰るぞ」

 おもむろに携帯を取り出すと、ヴィーネはフランシスに連絡を取り帰還用のゲートを開いて貰った。

「はーい、フランシス・オルベールの次元タクシーよ。……あらまあ、貴方達も随分とボロボロの様ね。お疲れ様」

 ゲートの向こう、事務所から迎えに来たフランシスは準と燈を見るなりそう言った。

「手間掛けさせてしまったわね、ヴィーネ」

「オレ達の仲だろ、姉御?」

「ふふ、そうね。さあ、帰って皆でお茶にしましょうか」

 こうして、準と燈の仕事は散々な結果で終わりを迎えた。

 この後彼等はヴィーネの元で特訓に励むことになるのだが、一先ず今だけは休むことにした……。

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