#1 エスケープ、フロム... Act.4

―――夜。アパート『星海荘』。


「……よっぽど疲れてたんだな…」

 すやすやと寝息を立てて眠る燈を見て、準は一人呟いた。

 ずっと追い回され続け、こうしてまともに寝ることが出来たのは一体何日ぶりなのだろうか。準自身も放浪生活を送っていた経験があるとはいえ、他人に…ましてこんな少女に経験させたいものではない。

 燈が何故追われているのか。燈は一体何をしたのか。燈を追っているものは、何故そうまでして彼女を追うのか。準は振り返り、彼女について知るべきことをまだ知らないのだと自覚する。

 急ぐべきなのだろうか。今日は少しでも休ませてあげようと、可能な限り普通の話をした。他愛も無い、普通の話を。

 だが恐らく戦いになると思われる以上、燈の追われる理由については必ず知らなくてはいけない。彼女と向き合わなくてはいけない。

「………ったく、いざ仕事が入ったと思ったらこれかよ」

 ベッドは一つしか無い。それも燈に貸してしまっているので、準はソファに横たわる。

(―――穏便に…とは…行かねえだろうなぁ……)

 ゆっくりと、瞼が閉じる。

 まどろみに沈みかけた、その時である。

「ッ!」

 脳に干渉される感覚。これは―――

「『音響脳波ノイジー・ウェーブ』…?  瞬か?」

 『音響脳波』とは、指定した人に魔力回線を繋ぎ思念通話を可能にする魔法である。

『私です、準さん』聞こえたのは幽の声だった。

『幽ちゃん!? 態々回線繋いだって事は…』

『…敵です。恐らく今日来たっていう人も無関係じゃないと思い、連絡しました』

 思念通話の筈だが、幽は何処か声を潜めている。傍受されている可能性もゼロではないのだ。

『数は?』

『複数としか。向こうも探知妨害を仕掛けて来てます』

『よく幽ちゃんは分かったな』

『流石に隠し切れてないレベルの人が一人居る様で。あと人数的にも』

『成程ね…。悪いけど、力貸してくれるか』

『悠は寝てるので私だけですが、恐らく十分でしょう』

『ありがとう。さて、どうやって出る?』

『私が屋根から雑魚を殲滅します。準さんは一直線に大物を』

『了解』

 通話が終了すると、準は急いで身支度をし、臨戦態勢に入る。


――――


「…此処か」

 目隠しをした男が呟く。ノースリーブに袴、左腕には小手と言った出で立ちで、目隠しの布や帯には小さな鈴があしらわれている。

 彼こそ雪道の誇るエリート、"三戦花"と呼ばれる魔法使い達の一人、鈴蘭である。

(―――魔力反応、多数。事前情報の通り、それなりの魔法使いが揃っている様だ)

 一般の魔法使いなら魔力探知の時点で燈を発見出来なかっただろうが、鈴蘭は視力を持たない代わりに他の感覚、そして探知能力に長けている。

 燈が事務所に入った時に瞬が仕掛けた探知妨害そのものを探知し、燈の居場所を探る。

(―――左端の部屋か)

 そして潜伏させてある魔法使い達に合図を出し、作戦を開始する。

 辺りから人影が次々に飛び出し、星海荘へと走る!


 だが―――次の瞬間!


「クルセイド・ホロウ!!」

 十字架めいた黒い剣が降り注ぎ、飛び出した魔法使い達に次々と突き刺さる!そして剣の雨の中、紅いコートの男が稲妻めいて走る!

「はぁぁぁ―――飛空殺ッ!!」

 亜音速のナイフを放つ。月明かりを反射し、刃が銀色の残光を残す。

「子供騙しだな」

 鈴蘭は冷静に身体を捌き、躱す。

「ああ、騙されてくれたよ!」

「ッ!」

 身を低く保ちながら、鈴蘭の動く方向を予測して動いていた準。

「らァッ!!」

 脇腹に蹴りが綺麗にヒットする!

「ぐッ…!」

「おまけに一本!」

 投げられたナイフが肩口を切り裂き、鈴蘭は顔を歪める。

「貴様…」

「こんな時間に攻めて来るってこたぁ手前、雪道の人間だな?」

「そうと知りながらこの所業…大人しくしていればいいものを、貴様らまで喧嘩を売る心算か」

「事の発端は手前等なんじゃねえの?」

 ひゅんひゅんとナイフでジャグリングしながら、準は問う。

「何も知らずに戦っているのか、貴様」

「俺達は良心に雇われて戦ってるだけさ。助けを求める女の子あれば、そりゃ助けてやるのが普通だろ?」

「人殺しでもか」

「それならそれで、俺らの手で更生させる。そうすりゃ文句はねえ筈だ」

 確かに何も知らない。だが、それでも此処は一歩として退かない。

「…くく、甘い」

「あ?」

ヒカリ様は…我らの主は、雪道燈に己の望む全てを悉く奪われて来たのだ」

「燈ちゃんが態々そんなことするかねえ…」

「貴様には分かるまい。何の努力も無く、持って生まれた物の差だけで負ける者の感情など!」

「じゃあ手前は分かるんかよ、そんなもんが。大抵何もしてねえ奴の言い訳だぞ、才能なんてよ」

「貴様は…持って生まれた側の人間か」

「あん? 持って生まれた人間がナイフ一本でこんなとこうろついてる訳ねえだろ、馬鹿か」

 心底馬鹿にした様子で準は答えた。

「結局そのかわいそーな陽ちゃんだっけ?を見てお前はどうしたいんだよ。甘やかしてえのか? だったら止めとけよ、余計碌でもねえ人間になるぞ、そいつ」

「陽様に必要なのは傍に居られる人間だ。私はその為なら何でもすると誓ったのだ!」

「ほー、何でもするのか。じゃあ今此処で死ね、その方が多分その子の為になるぞ」

「貴様とは話すだけ無駄な様だ。個人的な感情にはなるが貴様を殺した上で対象を確保するとしよう」

「やってみろ、被害者面した甘ったれさんよ」

 両手にナイフを握り、準は駆ける。

「舐めてくれたものだな…出でよ〈棘剣きょくけんいばら〉!」

 小手の無い右手に小振りの刺突剣が生成される。

「この剣で斬られた者は死ぬぞ」

「そりゃ刃物なら何だって凶器になるわ、つくづく馬鹿だなお前」

「ふん、今に分かる」

 準は逆手、順手と不定のタイミングで持ち替え、先を読ませない独自のスタイルで攻撃を繰り出す。

「この…ッ!」

「確かに奇抜な動きだ…だが私には、感覚で貴様の動きが見えている」

 鈴蘭は準の動きをギリギリのところでかわし続け、遂に一撃、茨の刃が準の左腕を掠める。

「つッ…!」

「ふん」

 コートの袖の二の腕に当たる位置が裂けている。出血は微量、大した傷では無い。

「こんなもん!」

 怯まずに攻撃を続ける準。

「閃空―――…っ!?」

 突きを繰り出そうとした瞬間、僅かに眩暈を覚えた。

「おや、どうした?」一瞬の隙を突かれ、もう一撃受けてしまう。

「く…っ!」被害を押さえたとは言え、今度は余り浅いとは言えない。

 徐々に"毒"が回ってきたのだろう、視界が少しずつぶれ、意識が覚束無おぼつかなくなって行く。

「成程な…これは…俺が馬鹿だったわ」遂に崩れ、膝をつく準。

「終わりか。ならば介錯と行こう」

 左腕を一振り。すると小手から刃渡りの長い両刃の刀身が伸びた。

「………」

「言葉も出ないか。良いだろう、精々潔く―――」

 鈴蘭が剣先を高々と掲げ―――


「…けどやっぱお前…馬鹿だわ」


 ―――準は不敵に言い放つ!

「クレセント・ホロウ!!」

 背後からの幽の全力の一振りが、鈴蘭を切り裂く!

「少し遅くなりました。すみません」眼鏡を直しながら、準に詫びる幽。

「へへ…大丈夫、最高のタイミングだよ」何とかガッツポーズで返す準。

「ち…力、が…!?」

 鈴蘭は起き上がるも、脚に上手く力が入っていない。

「私の"虚無"は実体では無く、敵の魔力そのものを喰らいます。少しばかり、貴方の魔力を抉らせて貰いました」

「止むを得ん…撤退する」

 残った力を振り絞り、鈴蘭は姿を消した。だがあの様子では恐らく途中で魔力が切れるだろう。

「ふう…何とかなった…か」

 気合でどうにか意識を保っていた準も、戦闘終了と同時に力尽きた。

「無茶しすぎです……まあ、可能な限り解毒はしておきましょう」

 準の傷口に触れ、掌から傷へと魔力を込める。

「アンチ・ポイズン」

 魔法による毒であれば魔法によって解毒することが可能。ただし、薬物等による影響には殆ど効果が無い。

「―――………これで、後は貴方の回復力次第です」

 そして準を背負い、部屋まで運ぶ。体格としては悠と同じ様に標準的な幽だが、魔力次第で人間を遥かに超える力を発揮することが出来るのだ。それでも、多少は疲れるが。


▽▽▽


 翌朝。

「ふぁ……おはようございます…」

 欠伸混じりで挨拶した処で、燈はソファでぐったりと眠る準を見た。

「準さん…?」

 よく見ると服が二か所裂けている。昨日見た時はそんなものは無かった筈。寝起きの頭が、水を被った様に急激に冴える。

「……桔梗か鈴蘭…多分、鈴蘭だ」

「う……」

 呻きながら準が目覚める。

「おお、燈ちゃんか…よく眠れたかい」彼の口から発せられたのは、そんな暢気な台詞。

「私は大丈夫ですけど、準さん…!」

「ん、どうした?」

「昨夜誰かと戦ったんじゃないんですか…!?」

「ああ平気平気、雑魚だったぜ。幽ちゃんも助けに来てくれたしな」

 とても最後に気絶した人間の台詞では無いが、燈を安心させる為だ。

「朝飯にしようぜ。ご飯が良い? それともパンか? コーンフレークは無いんで勘弁な」

 思う事はあったが、それを押し殺して燈は答えた。

「…パンでお願いします」


 朝食を終えて身支度を整え、外に出ると丁度悠と幽と鉢合わせた。

「おー! 雨兄ぃ!…と……?」

「雪道燈です。えっと、宜しくお願いします」おじぎをする燈。

「あたしは天宮悠。こっちが幽ちゃんね。でー…雨兄ぃ、その子…何処で捕まえて来たの?」

「人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ。まあなんだ、仕事のアレでな」

 流石に説明しようとするとややこしい。と云うよりも、準自身把握し切れていないのだ。

「具合は大丈夫ですか、準さん」

 解毒はしたものの、何か残っているかもしれないと幽は危惧していた。

「心配無いぜ。幽ちゃんこそありがとな」

「無事で何よりです」

 口元で小さく笑みを作る幽。家から一歩出れば他所行きの顔を徹底している。

「うん? なんかあったの?」

「夜中に騒がしいネズミと交戦しまして。牙に毒があった物ですから」

「うっそ、起こしてくれればあたしも手伝ったのに!」

「どうせ起きないでしょう」

「ぐっ…」

 二人の会話を聴いて、燈は昨夜襲ってきたのが鈴蘭であると確信した。毒使いは雪道傘下の魔法使いでもそう居ない。

「漫才はいいけどよ、時間大丈夫なのか?」

「あたしはひとっ跳びで行けるから大丈夫だし!」

「その時は座標書き換えるのでその心算で」

「ひどっ!」


 それから四人は歩き出し、事務所に向かう準達と学校へ向かう悠達で別れた。

「ねえ幽ちゃん。昨夜、夜更かしでもしてたの?」

 夜中戦っていたという話が気になり、悠は問う。昨夜は日付が変わったのを見た辺りで寝た筈だ。少なくとも、それより後の話と言う事になる。

「ちょっと調べ物を。歴史…でしょうかね」

「どしたの急に。別に幽ちゃんなら調べなくても頭ん中入ってるんじゃないの?」

「流石に教科書でも無ければ電子辞書でも無いんですよ私。知らないことだってありますよ。例えば…意図して隠されてる物とか、ね」

「…ねえ、確かに幽ちゃんはあたしより全然丈夫だよ? でもあんまりお兄ちゃん達の領分に突っ込み過ぎるのは危険だと思うんだ」

 悠としては、ややこしい仕事には出来るだけまだ関わらない様にしようと考えている。

「ふふ、気付いたら兄さんよりも首突っ込みたがる様になってしまっていた様ですね、私」

 やや自嘲気味に笑う幽。しかし、目は挑戦的に光っていた。

「気になるってのもありますし、何より兄さんの助けになりたくて」

「あたしだってそれは同じだよ。でも、あたしは余計に手間増やすだけだからさ」

 力は確かに自信がある。だが兄の仕事は力だけでどうこう出来るものでは無いと悠は思っている。

「そんな事ありませんよ、貴女の力が役立ったことは実際何度もあったじゃないですか」

「そう、かなあ」

「そうですよ。力で言えば貴女は私より持ってる筈。その代わり私には人間には無い頭がある。お互い出来る事が違うんですから、それぞれの仕事をすればいいんです」

「…そうだね。うん、幽ちゃんも居るしね!」

「元々貴女の一部だった筈なんですけどね…まあ良いでしょう」

 学校まではもう少しある。二人はその後も喋りながら歩いた。


――――


 午前中、幽は何度か探られる様な感覚を覚えていた。誰かが明確に探知を掛けているのだろう、と幽は考えた。

 だが相手が誰なのか分からない。此処まで露骨にアピールして来ている辺り、そろそろ何かコンタクトを取って来そうな気はするが―――

「!」

 ふと、幽が教室の扉の方を振り向いた。

「ん、どうしたの?」脈絡のない彼女の行動に悠が首を傾げる。

 幽の視線の先には、見知らぬ女子生徒が居た。恐らく他のクラスなのだろう。

「…あの子?」

 女子生徒がぱちんとウインクをした。

「……すみません、悠。ちょっと行って来ます」

「う、うん…?」


「あれだけで来てくれるなんて、嬉しいな」えへへ、と無垢に笑う。

「貴女ですね、散々自己主張していたのは」対する幽はあくまでも無表情に、抑揚のない口調で返す。

「うん、私。取り敢えずこんな処で話すのも何だから、もっといいところ行こっか」

 誘われるままついて行き、廊下を歩き階段を上り、見えて来たのは…屋上の出入り口。

「屋上…? 何の心算ですか」

「中だとまだ聞こえちゃうからさ」

 扉を開け、屋上に出る。ふわっと風が流れ、幽の髪を梳く。

「自己紹介が遅れたね。私、三年C組の岸間(キシマ)杏(キョウ)。でも今こうしてあなたの前に居るのは雪道の誇る戦闘部隊"三戦花"の一人、桔梗だね」

「雪道…」

 いきなり出た雪道の名に幽は構える。

「昨日は鈴蘭がお世話になったみたいだね。あいつ、どうせまた余裕ぶっこいて介錯とか言ってて負けたんでしょ? ばっかみたい!」

 けらけらと笑う桔梗。

「報復でもする心算ですか」

「気が早すぎるよ、幽ちゃん! 私は戦うなんてまだ一言も言ってないじゃない」

 ぶんぶんと大袈裟に手を振って、戦闘の意思がない事を示す。

「今日幽ちゃんを呼んだのはさ、ひとつお話しようと思って」

「話?」

「そう。幽ちゃんは、今何が起きているのか知る必要があるから」


▽▽▽


 事務所では瞬とフランシスが雪道の魔法使い二人を交えて話していた。

「昨夜はよく眠れたかい、お二人さん」

 緑茶の注がれた湯呑を出しながら、瞬が口火を切る。

 昨夜挨拶程度に話した内容としては、男の名は東藤トウドウ、女の名は七瀬ナナセと云い燈を支持していた魔法使いの"生き残り"だという。

「ああ…。大した充実ぶりだな、この事務所は」

 東藤は事務所内を見渡しながら言った。何気に冷蔵庫や電子レンジなども置いてあり、余裕で寝泊まり出来る環境である。

「アットホーム過ぎてどっかの馬鹿が無駄に使ってばっかりだけどな…まあ役立って良かった」

「で、落ち着いて貰った処で色々と話を聞かせて貰いたいのだけど」フランシスが本題を切り出す。

「そうだな…何から話そうか」

 少し考えてから、瞬が答えた。

「じゃあ何で燈が此処まで追われてるのか教えてくれ。幾らなんでもこの現状はどうかしてる。…燈は一体、何をした?」

 確かに瞬は燈自身の口から人を刺したと聞いた。しかしそれにしては追われ方が尋常では無い様に思えたのだ。

「燈様からは…どの様に聞いている?」東藤が答え始める。

「妹を守ろうとして咄嗟に刺した…掻い摘んで言えばそんな処か」

「我々もその様に把握している。だが、我々にも理解出来ない処が幾つかあってな」

「ほほう。あれか、その客が唐突に奇行に走った処とかか?」

「ああ。あの日来ていた方は当主の友人であった筈。にも拘らず、陽様…燈様の妹の名前だ。あの方に手を出すと云うのが理解出来ないのだ…」


△△△


「"殺させた"…? それは、どういう…」

 目の前の女子―――桔梗は、確かにそう言った。

「うん。陽ちゃんはね、その日来ていたその人…当主の友人を殺させて、燈ちゃんに失望させようとでも思ったんじゃない? 結構仲良かったらしいからねー、その人と当主」

「そもそもそんな人がその、陽さんに手を出すってのが理解出来ないんですが…」

「…ねえ幽ちゃん。雪道の血筋が持つ能力って、知ってる?」

 桔梗は薄ら笑いを浮かべながら訊いた。

「確か…"撹乱"?」

「そう。幻覚、精神操作、瞬間移動…そんな処だね。簡単な話だよ…陽ちゃんはその人を呼び出して都合よく自分に襲い掛かるようちょこっと細工して、燈ちゃんに見える処で襲わせて…おしまい」

 幽には陽が何を為そうとしているのか、全く見えて来なかった。自分の父親の友人を姉に殺させて、自身に果たして得があるのか。例え目論見通りに行ったとしてそれはハイリスク過ぎる上にとても真っ当な物では無い。

「……それで、その後は」

「陽ちゃんが当主を上手いこと唆して燈ちゃん牢屋行き。まあ流石に納得は行って無かったみたいだけどね。当主、自分の娘たちの事大好きだったから」


▽▽▽


「…燈を消すことで、陽は何を得ようとした?」

 机と手で台形を作りながら、瞬は考える。

「陽様は常々…燈様よりも愛されたいと願っていました」

 七瀬が答える。

「でも当主は娘二人とも愛していたんでしょう? 独占欲強い子なのかしら」

「そうですね…確かに独占欲はある方でした。燈様が長女と云う事もあって、周りでは燈様が当主になるだろうとずっと言われて来てましたから…劣等感もあったのでしょう」

「何つーか…ややこしい頭だな。五景なんて継いだところでそんなに嬉しいもんでもねえだろ」

「処がそうでも無い」

 東藤が掌の上に小さな白いキューブを精製し、瞬に手渡す。

「これは…圧縮データか」

「開けてくれ」

「どれどれ…」

 魔力を注ぎ込むと、キューブから映像が投影される。映し出されたのは…水色の宝石を用いたペンダント。

「…何だこりゃ。俺アクセサリーとかまるで知らないんだけど」

「これはただのアクセサリーじゃ済まされないわ、瞬。魔力石の類かしらね。それも…途轍もないレベルの」

 魔力石とは、純粋に魔力を溜めておく予備バッテリーとして用いたり、魔法を封じ込めておくことで発動用の媒体として用いるなど魔力を使って様々な運用の出来る玉石である。

「そうだ。これは雪道の当主に渡されるものでな。莫大な魔力をもたらすらしい…が、一説によると何かを封印しているとも云われている。どの道陽様に渡すのは危険な代物だ」

「だろうな」


△△△


「でも今の雪道には陽さんしか居ないんでしょう?」

「まあ時間の問題だろうね。あの子なら多分…最悪の場合当主殺してでも奪い取ると思うよ」

 雪道にとっても重大な話の筈だが、桔梗は最早他人事のように淡々と述べる。

「そんな時に貴女は一体何をしようとしているんですか」

「ん? ああそうそう、それだよ幽ちゃん。それが私の本題だったよ」

 そして続いたのは、冗談かとも思える言葉だった。


「ねえ幽ちゃん……私と一緒に逃げない?」


「……はあ?」


▽▽▽


 ―――悠達と別れた後、準と燈は事務所へ向かって歩いていた。

 事務所は星海荘を出て商店街の通りを跨いだ先にある。とは言え、時間帯的にはまだ殆どの店が開いていない。

「この時間だと…思ったより静かなんですね」

「まあな。あと一時間もすりゃ賑わい始めると思うぜ」

「……あそこ、何ですか?」

 派手な外装の建物が気になった燈。

「ありゃゲーセンだな」

「げーせん?」

「ゲームセンターだよ。あー…知らないのか?」

「初めて聞きました」

「んじゃ今度連れてってやるよ。一階ならそんな煙草臭くも無いだろうし」

 一階は主にクレーンゲーム、プリクラなどが置いてある。適当にクレーンゲームでぬいぐるみでも取ってやるかと考えていた。

「…煙草…? 一体どんなところなんでしょう…」

「まあ楽しみにしとけよ」


 そんな事を話しながら通り過ぎ、事務所へ至る道に差し掛かった処で。

「よォー燈ちゃん。元気してたかァ? …って、あン? 何だこんな処で男作ってやがったか、呑気なもんだ」

 ヘッドホンを首に掛けた、筋肉質の青年が準達の前に立ち塞がった。この位置では事務所まで逃げると云うのも難しい。

「牡丹…っ!」

「そう、雪道三戦花が一人、牡丹サマだ。其処のお前は…雨森だったっけか」

「雨森準。一応言っておくと別に燈ちゃんの男になった心算は無いぜ。あくまで臨時の保護者だ。生憎俺はロリコンじゃねえ」

「ハハッ、そうかい! まァどっちみち手前は俺の敵なんだろ? さっさとやろうや」

 牡丹は巨大な斧を精製し、肩に担ぐ。

「準さん、油断しないでください。牡丹は準さんが思うよりずっと…速い」

「マジかよ…あれで速いとか嫌になるな。―――でも、やるしかねえ!」

 両手の他に袖口、裏地、腰…ホルスターのある全ての部位にナイフを精製し、身構える。

(―――マジで本気出す必要がありそうだな、こりゃ…)

そして準は、駆け出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る