#2 アウェイクニング・エンジェル Act.1
ことの初めは一件の調査依頼。
しかしその時の彼らには、それが後にこの世界に潜む怪物達との戦いに繋がって行くなどとは知る由も無かった。
―――尤も知っていたとして、果たして彼らはその足を止めただろうか。
△▼△▼
World End Protocol #2
『アウェイクニング・エンジェル』
△▼△▼
桜もあの可愛らしい花びらは何だったのかと言わんばかりの葉桜と化して来た五月初頭のストレイキャッツ事務所。
世間では俗にゴールデンウィークと呼ばれる休日の並んだ期間。今年はめでたく休日が一つも土日と重ならず、学生達は大喜びだ。
…が、我らがストレイキャッツはと言うと。
「そっち行ったぞ、準」
「あー大丈夫。今の内に罠頼むわ」
「あいよ」
「ほーれこっちだ。弥生、任せた」
「りょーかい…はい、これでよしと。アタシは討伐のが好きなんだけどねえ」
「俺も同感だがな、文句は準に言ってくれ」
星海町で、いや日本でもかなりのランクに入るであろう魔法使い三人が事務所内でだらだらとゲームに興じている。
この時代、却って現実の方がゲームらしいとすら言われる様なものなのだが、相変わらずゲームは衰えを知らない。好んで戦えるほどの魔法を持たない人々にとっては未だ変わらぬ娯楽であるし、魔法使いであってもバグが発生しなければ暇は暇なのだ。
そう。暇なのだ。仕事が、無いのだ!
「こんだけ人が出掛けてりゃあ、魔力に釣られて多少なりともバグが出ても良いだろうに…」
そう言って炭酸を一口飲む瞬。好きで何でも屋と称して〈
「まあなあ…こっちも稼がねえと、燈ちゃんのヒモとか洒落になんねえよ」
雨森準。彼はそろそろその洒落にならない状況に足を踏み入れつつある。瞬とは違いかなり切実な理由で仕事を望んでいる。
「アタシも猫達の食費で痛いわー。しかも今月三本新作出るんだけど。洒落なんないわ」
弥生は実際言うほど金には困っていない。困るとしてもおおよそ自業自得だ。
「貴方達、そんなこと言ってるならもう少し外に出たらどうかしら。もう何日目だと思ってるの?」
一番金にも欲にも困っていない女、フランシス。元々名家の生まれだけあり裕福、欲と言う欲も瞬一人居れば大体片付く。そんな彼女は今優雅に読書中だ。
「あっ…あの、わたしちょっと外出回ってみますね!」
家主より金持ちの居候、燈。彼女に稼がれたら最早準の立場が無くなってしまう。
「待ってくれ燈ちゃん! それ以上稼いだら俺がつらい!」
「アンタ割と正直ね」
だが準の話を聞いていたのか否か、燈は既に事務所を飛び出してしまっていた。
「あーあ………なあ瞬、もう一回同じの頼むわ」
「目当てのもんは出なかったか」
「ああ」
瞬が新たなクエストを貼る。ああ、こんな風にリアルで依頼が舞い込めば良いのに。そう思わずにはいられない。
「全く…この稼ぎ時にのんびりゲームとは、随分と呑気な事だね」
唐突に、ストレイキャッツの誰のものでもない声が響いた。
声の主は、整えられた蒼黒い髪で長身の男。紅い眼の色は誰かによく似ていた。いやそれだけではない。顔も声もそうだ。全く似通っていないとすれば髪と表情だ。かなり柔和な顔つきだが、意図の読めない底知れぬものを感じさせる。
「…何の用だよ、
彼の名は
「銃はオモチャじゃないんだから、そうやってすぐ撃とうとするのはよくないぞ?」
天宮瞬の兄である。
「んな事は聞き飽きたんだよ…とっとと用件を話せ」
〈ブラックストーム〉の代わりに指で銃のジェスチャーを取り、人差し指を迅に向ける。
「相変わらず僕にだけは冷たいねえ…。尤も俺も無駄話がしたい訳じゃないけどね」
思い切り客人用のソファで寝転がっていた準が急いで身体を起こすも、小さく笑いかけ立ったまま話を続けた。
「君達は先月の雪道家での戦いを覚えているかな?」
「ああ…どっかの間抜けが捕まった所為で軽く無双ゲーしに行ったあれか。それがどうかしたか?」
「間抜けで悪かったな」ささやかに抗議する準。
「あの時、君達は雪道
準以外の人間が「あれそんな名前だったのか…」と云う感想を抱いたが迅の親切により話はスムーズに進む。
「端的に言えば、あの石が未だ見付かっていないんだ」
「持ってかれた、ってこと?」
ゲーム機をスリープモードにした弥生が訊いた。
「その可能性は僕も考えた。あんな屋敷が唐突に倒壊したんだ、コソ泥のひとつも湧くだろうね」
「にしても管理局っつか零時達が割と早く処理してくれてたし…奴等より早くあのゴタゴタから石ころひとつ探し出すってのも」
「まして戦って機能停止させた後の魔力石じゃサーチにも殆ど引っ掛からないでしょうしね」
そう言いながら、回収し忘れた不手際をフランシスは悔やんだ。実際あの状況では取りに行って帰ってくる間に潰れていただろう。
それに彼女や瞬の云う様に、サーチに引っ掛からない様な魔力石など最早石ころ同然。危険を冒してまで回収する価値は記念品程度にしか残っていない。
「そう、
「探すの手伝えってか?」
粗雑にも程があるが、瞬も言いたいことは理解していた。
「ま、そういうことになるね。取り敢えず瞬を借りたいんだけどフランシス、良いかな?」
「おい俺の人権何処行った」
「別に良いけれど、返して頂戴ね?」
「保証するよ」
「おい」
くくくく、と準は笑いを堪えていた。
「それじゃあちょっと付き合って貰うよ、瞬」
「はぁ? …っておい、おま―――」
迅がぽんと瞬の頭に手を置くと、彼等の姿が一瞬の光と共に消えた。
「…あの、毎度思うんだけどよ…何で瞬、あんな兄貴に態度悪いんだ?」
常々不思議に思っていた疑問を口にする準。
「瞬が中学より前の記憶があやふやって話はしたことあったかしら?」
「いや初耳っすけど…何でそんな?」
「詳しい事情は私も知らないわ。どうやら星海町に来た辺りからの記憶しか正確じゃないみたいなのよ」
「悠ちゃんと家出してから…ってことは…」
「家族についてもちゃんと覚えていないのよ、瞬は。だからずっと瞬が"兄"で悠と幽が"妹"。それだけの家族構成の心算だったの」
「で、三年前ふらっと迅が現れた時はかなり荒れた、んだっけ…アタシはその時まだ
こっちに居なかったんだけどさ。でもアイツいつも迅の顔見ると機嫌悪くなるから、もう大分見慣れた光景ね」
フランシスと弥生は準よりも長く瞬を見て来ている。フランシスは特に彼と同じ時間を過ごしてきた。それでもまだ分からないことの方が多いと思っているが。
「ふーん…? まあ、急に俺がお前の兄ちゃんだからって言われてはいそうですかって受け入れられりゃあその方がいいけどよ……確かにあれじゃ瞬の癪に障るってのも分かるかもなあ」
「迅は弟が可愛くて仕方無いんじゃないかしら。私にすら女じゃなければ懐いて来なかったかも知れないわね」
ふふ、とフランシスは嘗ての彼を思い浮かべながら笑う。
「学生時代は同性人気其処までよくなかったわねぇ。やたらライバル視されてた印象しか無いわ」頬杖をつきながら一年半同じクラスだった弥生は語る。
「女子にはモテてたのか?」
「んーまあボチボチ。顔は割といい部類だし、女子にも何か縁があったら優しくするくらいはしてたし。ただこの人と付き合ってんの知れ渡ってたから誰も近寄らなかったってだけじゃん?」
「相手がフランさんじゃなあ…」
「ねえ二人とも? まるで私が悪い様な言い方してくれてるけどそれはどういう意味かしら?」
笑顔だがこの笑みは獲物を前にした猛獣の顔である。準は詳しいのだ。
「あっそうだ、俺燈ちゃんを追い掛けないと!」
そして準は脱兎の如く事務所を飛び出して行った。
「…別にアタシそういう意味で言ったんじゃないから」
「分かってるわ」
△△△
視界が事務所から瓦礫の山へ書き変わる。
「…此処は…雪道の屋敷か?」辺りの風景に若干だが見覚えがある。
「正確には"だった処"だ。その様子だと君は本当にあれから一度も此処に来ていない様だね」
歩いていく迅に、瞬もついて行く。
「こんなとこ、また来たってそんな宝箱がある訳でもあるまいし」
「ま、確かにそうだ」迅は苦笑する。
「…なあ迅、あの…雪の蒼玉? あれって何だったんだ? ただの魔力石とは違うんだろうが…詳しいこと一つも知らねえんだ」
陽に魔力を供給し続け、終いにはその魔力が暴走して持ち主を取り込み巨大な氷の怪物へと変貌した、あの魔力石。
そもそもあれが何だったのか、そして何故魔力を失って尚行方を気にする必要があるのか。瞬はそれを疑問に思っていた。
「基本的には属性つきの魔力石と思ってくれて良い。だがあれには…言ってしまえばそう、魔物が封じ込められていたんだ」
「魔物って言い方がまた引っ掛かるな。化物でもバグでも無い、きな臭い言い方だ。今時そんな言葉を使う奴はそう居ない」
「『歴史の虚構』…便宜的に"虚構"としよう。その名前は知っているね?」
「魔法が使われ出してすぐの大災害だっけか。それがどうしたよ」
「"虚構"当時、どれだけの人が当たっても討伐まで至らないバグが五体…いや五人居たんだ。
「こりゃまた大仰なネーミングだな…伝承ってのはいつもそんなもんなのか?」
「自分で名乗ったのかそういうのが好きな人間が考えたのか、其処までは僕も知らない。ただ、五人とその肩書きで察するものが無いかい?」
「陽炎に雲霞…で雨に雹で最後のわざとらしい星だろ? 全く…まるで"五景"に当て付けたみたいじゃねえか」
「みたい、じゃない。五景は彼等の封印を守る為に立ち上げられたんだよ。属性の相性も良く、尚且つ強い魔力持っていた五つの家系に魔物を封じた石を守らせた。それを力に目の眩んだ陽が悪用し…この有様だ」
嘗ては立派な屋敷だったが、今となっては廃材と瓦礫の山だ。
「…ん? じゃああの氷の塊みたいな奴は何だったんだ? とても剣士なんて見た目じゃ無かったぞ」
「それは恐らく、陽の怨念に余分な魔力を貸してやったとかだと思うよ」
「………」瞬は口元に手を当て、考える。
「どうかしたかい? ああ、君達が倒したのが本命のそれじゃ無かったからって…」
「違う」
「? じゃあ…何だい?」
「その化物が出てきた辺りで復活してんじゃねえのか、その…多分、氷の剣士だかが」
「…その可能性は十分にあるよ」
「だとすればどっかに留まってるか、でなければその辺歩いてるか……。なあ迅、俺達はもしかして…相当見当違いな事してるんじゃねえのか?」
△△△
「うーん……出遅れちゃったんですかねぇ」
事務所を出た燈は自分の魔力反応を一定レベルまで抑え、バグとの交戦を減らす魔法『セーフティ・ウォーク』を敢えて外すことでバグを呼び寄せている心算なのだが…一向に現れない。
一度戦闘が終わった処や、強力なバグが居る場所では雑魚の出現率が下がる傾向がある。商店街のど真ん中で後者の可能性はまず無いと思っていい。と云う事は恐らく誰かが先にバグを狩ってしまっていたのだろう。
それにしても流石ゴールデンウィーク。商店街通りもセール中の為かいつもより賑わっている。
「……お買いもの、かぁ」
こんなことなら準を誘って来ればよかった、これではただの散歩ではないか。尤もじっとしているのは好きではないのでこれはこれで暇つぶしにはなるのだが。
「はあー…」
とぼとぼと歩く燈。
「どうしたね、お嬢さん。迷子かな?」
そんな中、不意にお姉さんから声を掛けられた。
「へ? ああいえ、迷子じゃないです…」
「ほう、それは失礼した。だがこうして出会ったのも何かの縁、相談くらいには乗るぞ?」
変わった人だ。率直にそう思った。
何せこのご時世にそんな親切を持ち出してくる人間はそう居ない。それに…雰囲気も何処か"普通じゃない"。少なくとも、この町の人間では無いのは確実だ。
青みがかった銀髪にコートめいた蒼白い衣。
(こんな時期にまだコート…?)
コートやジャケットなどのあからさまに四季の後半向けの衣類であっても、温度調節をはじめとした何らかの魔法的機能を備えている事がある。瞬の物は対衝撃魔法が掛かっており、身体を覆うバリアの役目を持っている。また準のそれは随所にナイフを収納出来る作りになっている為、瞬とは対照的に服そのものを武器庫とすることが可能だ。勿論多少の防御魔法も掛かっている。燈のパーカーにした処で、わざと大きな袖にしているのは手元のナイフを隠すと云う意図がある。
この時代、季節外れの服を着た人間は却って警戒するべきなのである。
「何、身構えないでくれ。私はただの旅人だ。旅先では親切をしろと祖母が教えてくれたのでな、私はそれを守っているに過ぎない」
柔和な笑みで燈の警戒を緩ませる。
(この人…何故か少し気になる)
「あの、相談って訳じゃないんですけど…少し、お話しませんか? 旅の話とか、色々聞いてみたいことが出来たんです」
「良いだろう、そういうことなら任せておけ」
立ち話も何だから、と商店街近くの公園に向かった。前に準から教えて貰ったスポットだ。
ベンチに並んで腰掛けた処で、燈から声をかけた。
「そう言えば、名前…知りませんでしたよね。わたし、雪道燈って言います」
「私はグレチェール。チェールとでも呼んでくれ。…そうか、君は雪道の人間だったんだね」
懐かしむ様な、感慨に浸る様な様子のグレチェール。
「雪道のこと、知ってるんですか?」
「まあ…そこそこかな。とある雪道の女性と縁があってね。彼女とは…もう会えないんだけど」
ふ、と小さく笑う。
「……すみません」
「どうして君が謝る?」
「私が…陽を止められなかったばかりに、皆が…」
「いや、彼女が死んだのはもっと前の話だよ。もう何年経つのかな…」
「もっと前…」
誰だろう。もっと前に死んだ雪道の女性…?
(違う。其処じゃない!)
「……あの、何で皆が"死んだ"こと、知ってるんですか?」
彼女の反応は部外者の反応ではない。さもそれが共通認識であるかの様に、燈の話について来た。
「ん? あんな大きな事件が知れ渡ってないと本気で思ってたのかい?」
だがグレチェールは動じていない。燈の思い違いか。彼女の言うように燈の見立てが甘かったのか。
「新聞やニュースには出回っていなかった筈です。それでも知ってるのは……」
「…旅人と云うのは様々な噂を頼りに場所を決めるものさ。少なくとも私はそうだ。先月の事件の話もまぁ人づてさ。一家の壊滅、即ち全員死亡と考えるのは順当だろう?」
「そう…ですかね」
「私はそう考えるよ」
(違う、この人は絶対何かを知ってる…!)
そう思うと同時に、燈は一抹の不安を覚える。果たしてこのまま踏み込んでしまって良いのか。取り返しのつかないことになってしまうのではないか。
ふと。
グレチェールの襟元にきらきらと光るものを見た。
よく見るとそれはネックレスのチェーンの様で、それが伸びる先には……
「…おや、これが気になるのかい?」
煌々と輝く、蒼い、宝石。
「これはね」
燈はただ、目を疑った。
「"雪の蒼玉"って云うんだ」
反射的に飛び退いた燈は、両刃ナイフ〈シルバーウルフ〉を両手に三本ずつ精製して構える!
「何であなたがそれを…!?」
「不思議かい? 不思議だろうね。でもこれは元々私のもの。いや…私自身と言った方が正しいかな」
ゆっくりと立ち上がりながらグレチェールは答える。
「どういうことですか…それ…」
「私はこれに封印されていた化物なんだ」
「ふざけないでください!」
「ふざけてなんか居ないよ。君も雪道の嫡子だった身なら知っているだろう? 君達が魔物だなんだと呼称する存在のことを」
嘗て父親―――雪道家先代当主から聞かされたことがあった。
「…お伽噺だと思ってましたが…事実だったって言うんですか?」
"この石には魔物が封じられている。使い方を誤れば魔物の力に呑まれ、奴を復活させてしまう"。事実、先代の言っていた通り力に魅せられた陽は皮肉にも物理的に呑まれてしまった。あの、氷の化物に。
(それはわたしより、陽に聞かせてあげるべきでしたよ、お父様)
「信じるも信じないも別に君次第さ。だが自分の正体を隠したまま君と相対するのは忍びなくてね。何せ私は、君の妹を殺した様なものだからね。いやそれだけじゃないな、恐らく君の親族をもう一人死なせている」
(もう一人?)
「…陽を殺したのは私です。あなたじゃありません」
「君が殺さなくてはいけない様にしたのは私だ」
グレチェールは頑なに詫びようとする。
「勝手に陽が力の使い方を間違えただけです。…あなたには、あの時の事を抜きにして向かいたいんです」
だが燈は彼女を見て、もっと別の感覚を抱いた。ずっと前から知っている様な僅かな暖かさ、そして溢れ出している強大さを感じさせる魔力。それに呼応する内なる自分。
「ふむ。其処まで言うならこの辺しておこうか。此処からはもう、言葉は要らない様だ!」
左手に蒼い氷の直剣を精製するグレチェール。刀身は白い冷気を纏い、小さな氷の粒子がきらきらと光っている。
同じ氷系魔法、彼女より数はあるが弱い刃。向こうも既にブランク等というハンデも無いだろう。正直言って分が悪いと云うレベルでは無い。
それでも。
「お父様、陽……それから、準さん。雪道燈―――行きます!!」
それでもわたしは、この人と戦ってみたい。
▽▽▽
それは瞬達が辺りを一通り探索し終え、帰ろうとした矢先の事だった。
カラカラと音を立て、不気味な傀儡人形が突如として出現したのである。その数、十六。その姿は一見するとただ人の形をしただけの木製の人形だが、ボロ布を纏いおよそ人の稼働範囲では不自然な動きでカタカタと揺れている。
「おい迅、何だこいつらは。まさか手前、俺を嵌める心算だったのか?」
瞬は迅の方を見ずに〈ブラックストーム〉を精製する。
「もし仮に僕が瞬を殺すと云うならもうとっくに手を出してるさ。尤も冗談でもそんなことしないよ、僕はね」
金色を基調とした一振りの剣を精製する迅。長方形のプレートの様な片手用両刃剣で、刃にはジグザグの線が入っている。
「お前の腕なら確かに自分で斬った方が全然早えだろうな。…仕方ねえ、ちゃっちゃと終わらせよう。迅、そっち半分任せるぞ」
「任されてあげよう。この〈ラグナキャリバー〉に対して木偶とは、失策中の失策だったね」
ラグナキャリバーの刃が左右に展開し、ジグザグの線が"開く"。そして次の瞬間、刃が超高熱の光を纏う!
「ソニック・ショック!」
「プロミネンス・エッジ!」
瞬は超高速の衝撃弾を、迅は熱線を斬撃に乗せて放つ!
―――関節部を正確に撃ち砕かれ、木人形がバラバラと落ちる。
瞬は近寄ってくる人形達を蹴り飛ばし、胴を銃口で突き引金を引く。
人形も黙ってはおらず、カタカタと身体を鳴らしながら手の指一本一本に備え付けられた爪で襲い掛かる。
周りを囲む残りの六体が全員爪で来ることを確認すると、それら全ての攻撃を丁寧に回避し誘導し始める。迫り来る人形の輪は次第に小さくなって行き、そして六体分の爪六十本その全てが瞬を捉え―――!
「
爪が降り下ろされるより速く、垂直に跳躍! 互いの爪が互いの身体に刺さり、腕が絡まった無様な姿を晒した木偶共を嘲笑いながら二挺のブラックストームは緑の炎を噴く!
宙に浮いた状態で数百発のフルオート射撃。降り注ぐ弾丸の雨に為す術もないまま人形がただの廃材に変わる。
―――直撃した人形だけでなく、近くを掠めたものまで発火、炎上する。
弟が木偶を瓦礫の一部にしている頃、兄は再利用の余地がない程に焼却していた。爽快感を求めて戦う瞬とは対照的に、ただ黙々とその有り余る火力で迫り来る人形を灰にしていく。最早炭を通り越し、ただの白い塵でしか無くなっている。精々この辺りの肥やしにはなるだろうか。
任された八体全てを焼き尽くすと、瞬の方に出来ている残骸の山に歩み寄る。
「こっちも焼いておいた方が良いだろう」
「一欠片持って帰っていいか? 事務所で弥生に解析させたい」
「分かった。だとしたら…この辺りならどうかな」
比較的綺麗に残っていた胴体の一部を拾い上げ、瞬に手渡す。
「人形に魔力経路があるとすれば、恐らくあらゆる部位へ繋がっている胴体に一番痕跡が残ってるんじゃないかな」
「まあただのゴミにならないことを祈るさ。…さて長居は無用だ、それ燃やしたらさっさと帰ろうぜ」
「そうしよう」
ラグナキャリバーを一振りし着火、程無く灰になったのを確認すると二人は事務所へ帰って行った。
△△△
幾度となくぶつかり合う剣戟。戦況は一進一退に見えるが実際は六本ある刃でやっと一振りの剣と打ち合えていると云う、あまり芳しくない状態だ。
「驚いたな、そんなナイフで私の剣を受けるとは!」
「六本、ありますから…ッ」
「数の問題ではない、それは君の腕だ」
燈はグレチェールの剣を、次の太刀を予測し易い方へと受け流す事でこれまでの攻撃を何とか凌いできた。だがグレチェールもまたそれに"付き合い"、分かり易い攻撃を延々続けることで燈の体力が何処まで持つかと消耗戦を仕掛けていたのも事実。
お互いの意図は分かっている、勝つ気があるのならば相手の意図を崩す一手を繰り出さなくては。
「くっ…!」
手元に多数の小さな氷を集中させる。
氷弾を拡散させ牽制する魔法『アイシクル・ショット』。それでもこの距離なら多少なりともダメージを与えられる筈だ。
「そんな手は食わないよ」
「ッ!!」
突如、精製し終えた氷が爆発し燈に襲い掛かる!
「君の魔法に割り込ませて貰った。氷に関して言えば、私はほぼどんな魔法でも割り込めるんだ」
同系統の魔法であれば魔力を上書きすることで相手の魔法を自分のコントロール下に置ける。それはグレチェールに限ったものではないが、しかし氷系に於ける彼女の力は最高クラスと言っても過言では無く、今の燈では到底抵抗など出来ない。
「それじゃあ…わたしは…!」
氷の魔法を失った今、最早剣で勝つしか手は残されていないのか?
「小細工は通用しない。さあ打って来い!」
「っ……はぁぁぁぁっ!!」
自棄とも見える突撃。だが、燈には氷でも無く、ナイフでも無く。欺く為のもう一つの力がある!
(―――目を…合わせれば!)
「…!?」
グレチェールの視界の燈が一瞬だけぶれ、反撃が遅れる。燈はその隙に一発蹴り、両手のナイフを交互に投擲!
雪道の家系に伝わる、魔法とは別の特殊能力"撹乱"。燈の場合は相手と目を合わせた瞬間に幻覚を見せると言うもの。
奇しくも、家族たちを葬った妹と同じギミックでありながら彼女の遥か上を行く力である。この能力も魔力によって発動されるが、普段の魔法より消費は少ない。
「やってくれる…それでこそと云うべきか」
グレチェールは唸る。二者の距離は付かず離れず、しかし剣で攻めるにはやや遠い。睨み合いが続くかと思われたその矢先。
「燈ちゃん!」
捜索に出ていた準が、漸く燈と合流した!
「準さん!? …駄目です! 来ないで!!」
準の実力でも恐らくまともな勝負にならないと判断した燈。その事実は正しく、またグレチェールから彼を離そうとしたこともまた知らず知らずの内ながら正解ではあった。
だが、遅い。
「…君から感じる魔力…もしや君は雨森の人間か…?」
グレチェールの様子が変わった。ゆっくりと
「な…何だよ…?」
「雨森の子よ、教えてくれ…"雨の
「何だそりゃ、知らねえぞそんなもん」
純粋に心当たりがない。紺玉? 雨森にも蒼玉の様な魔力石があると言うのか。
「何だと…? では今の当主は誰だ!」
目の前の彼女の語気が強まり、鬼気迫るものへと変貌する。
「当主って言われても…俺しか生き残ってねえもん、そもそも本家自体が滅んじまったも同然だろ」
「そんな…では紺玉は…"彼"は……何処に…」
脱力しその場にくずおれるグレチェール。先程まで燈を圧倒していた剣士とはとても別人の様であった。
「…確かに君から"彼"の気配は感じられない。八つ当たりと言うのも剣士の恥。此処は大人しく去るとしよう…」
「なあ、さっきから"彼"って誰のことだ?」
「私と生涯を共にすると誓った者。名はプロフォード、水を操る拳士だ。君もいつか相対する事になるかも知れないな」
その名前の響きを噛み締める様に、グレチェールは語る。
"生涯を共にする"―――恐らく相当の絆で繋がっているのだろうと燈と準は畏怖する。もし、彼らと戦うことになるとしたら……。
「それでは…"また会おう"、燈。そして雨森の子よ」
一陣の冷たい風が吹き、彼女の姿が消える。
「……人じゃなくても、愛情ってあるんですかね」
ぽつりと燈が呟いた。
「感情を持って生きてるんなら多分、あるんだろう。そういう感情、俺は例えバグが持ってても別に良いと思うな」
「…そうですね」
確かに、人外であっても恋愛感情を抱くと云うのならそれは夢のある噺だと言えよう。
だが問題は、それだけの感情を持ち、それだけの関係を以て彼らが敵対することになるとしたら。
(―――今一番足を引っ張るのは、俺なのか?)
認めたくなかった懸念が、脳裏を巡る。
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