#2 アウェイクニング・エンジェル Act.4


 朝の高等部三年A組教室。

「出席取るぞお前らァ。居ない奴は手を挙げろー」

 二日酔いなのかやたらと機嫌の悪そうな漆間先生が粗雑にホームルームを進める。

「先生ー、進藤くんが居ませーん」

 女子生徒が真面目に欠席者を報告する。

「進藤ォー? アー……鏡坂、今日何か発売か?」

「いや多分アイドルかなんかのイベントだった気がしますよ。俺の範囲外なんでちょっと詳しくないっすけど」

「ッたくふざけた輩だ……担任は誰だろうな?」

 処々で小さく笑いが漏れる。今の先生を見たところ、余り大きくは笑えない。

「他に居ない奴は……ん、居ないか」

 手帳を確認し、幸いにも連絡事項を見付ける。

「今日は現文のテストか……まあこの私のクラスでそんな輩は出ないだろうが、赤点は補習だそうだぞ。ああそうだ。それから今日の演習だが、D組とやることになったぞ」

 教室同士の距離が開きすぎていることもあり、あまり交流がない事を懸念したD組担任が漆間先生と話をつけたらしい。これを気にお前らも友達増やせよ、とだけ言ってホームルームは終わった。

「D組かぁ……あたしあんまり人知らないんだよね」

 頬杖を突きながら悠が呟く。

「クラス一緒だった人も居ないし、あたし教室からあんまり出ないし……」

「まあ先生も言っていた様に、これを機に友達を作るのも良いかも知れませんね。私は割となんでもいいですが」

 現代文の準備をする幽。生徒会長に魔法部副部長という役職を負っては居るが、人との付き合い方としては狭く深くと云った形の方が好みだ。一応広く浅く振る舞う事も可能ではあるが。

「此処で瑞葉ちゃんが耳寄りニュースを持ってきたよぉ!」

 悠の視界へ、唐突に下からぬるりと瑞葉が現れる。

「……あの、もうちょっと普通に登場しよ?」

「まあまあ聞いていって頂戴よっ」

「分かったよ。何?」

「D組にね、かなり腕の立つ剣士が居るんだって! しかも女の子で!」

 戦闘狂が目を煌々と輝かせながら熱く語る。耳寄りなのは主に瑞葉に対してだけだ。

 ―――少なくとも幽はそう思っていたが。

「……それ、どんな子?」

 悠が食い付いた。

「あれっ、私てっきり流されると思ってた」

「だってさ、もうあたし達三年だよ? なのに今更強いのに知らない剣士とかおかしくない? 転校生?」

 悠もこの学校ではかなりのレベルに位置する魔法使いだ。同格前後の魔法使いはそれなりに知っているし知られている。

「んー、私は知ってたんだけどね。最近"活動"の頻度が多くてちょっとその筋で有名になってた感じかなっ?」

「その筋というのは貴女の不穏な方の筋ですか」

「そんな怒んないでって生徒会長殿ぉー。其処まで血生臭い筋じゃないよ。……幽ちゃん、校内の非公式"クラン"ってどのくらい把握してる?」

 "クラン"とは、書類上は存在しないが志を同じくする者達が集まって出来る集団である。校内に限らず、フリーの魔法使い達がクランを構成することも少なくない。正式なチーム、部活などの団体と異なる部分と言えば、人数や構成員の正確な情報が掴まれ難いこと、比較的身軽なこと、補助がほぼ得られないこと……と実際大きなメリットこそ無いが、アウトロー達はチームよりクランを好む傾向がある。

 なお規模は様々で、所謂ギルドと称される大規模チームにも匹敵する場合があるとも言う。

「大きなクランはそれこそ裏剣道部……もとい"赤虎隊しゃっこたい"くらいしか」

「有名どころだねー。今のトップになってからは純粋に力を磨く"道場"になったってのは聞いてる?」

「ええ。ただ末端のやんちゃはまだまだ減らない様ですね」

「そのやんちゃな末端の雑魚を斬って回ってる娘が居る……ってのは?」

 瑞葉の眼は完全に戦闘モード、口元は両端を吊り上げ歪む。羽織ったパーカーのポケットに突っ込んだ手は確実に何かを持っている。

「……悪い顔になってますよ、瑞葉」

「えへ、ごめんごめん。そんな物好きがD組に居ることが最近分かった、ってことだけ覚えといてくれればいいからさっ。おっとテストテストっ!」

 そそくさと足早に瑞葉が席に戻る。嵐が去ったのち、悠がぽつりと呟く。

「あたし、その娘と戦ってみようかな」

「貴女もその辺大概でしたね。まあ止めませんが」

 あくまでも幽は淡々と返す。どうせ止めた処で聞く姉ではない。

「不良狩りの女剣士とかどんな娘か気になるじゃん?」

「書店の隅に並ぶ様な末路を辿らなければいいですが」

「幽ちゃん……何処でそんな知識得たの? まさか」

「別に私は読んでいませんよ」

「いや、そういう趣味なのかな……って」

「人を何だと思ってるんですか貴女は」


 △△△


(D組、か)

 瑞葉が悠達の席に出張している頃、璃玖は声として認識出来ない程度の声量で言っていた。

 あのクラスについては他の仲間同様、然程詳しくはない。……"ある一人について"以外は。

 学校のアンダーグラウンドで話題の彼女を、璃玖はよく知っている。

 "人斬り"瑠璃。気付けば裏でそう呼ばれる様になっていた彼女のフルネームは、白城シラキ瑠璃ルリ

 同じ血処か男女の差異こそあれどほぼ同じ身体、ほんの少しだけ後に産まれた"正真正銘"双子の妹。

 そんな関係の筈だが、高等部に進級した時点では既に学生マンションで別々の部屋を取り、別居という状態である。順序で云えば、家絡みのトラブルで自分が先に家出したのを瑠璃が追いかけて来た形になる。その為顔を合わせにくいのは却って璃玖の方だ。尤も、今の自分に瑠璃がまともに取り合ってくれるかと言われると怪しいが。

(思えば中等部頃までは一緒に道場居たんだよな…)

 家出の理由。それは自分の受け継いだ『夜光』の剣によるものだったのだが、当時の瑠璃に言っても納得はされないだろうと思って伝えずに出てしまったのだ。果たして、今会ったら一体何を言われるのやら。

(―――しかし"人斬り"とは随分物騒な話だな。ほれ見ろ、戦闘狂が目キラキラさせてるぞ)

 世紀の大発見をした幼児の如く嬉々として語り聞かせる瑞葉を見て更に憂鬱。

(俺にまで飛び火しなけりゃいいがな……って言ったら前振りになりかねないな……)

 小さく溜め息をつく。今日の演習は適当な理由を付けて休もうか。

「白城くん……どうかしたの? 嫌なこと?」

 通り掛かった女子、御崎ミサキの言葉で不意に我に帰る。御崎りのん。璃玖の記憶が正しければ、確かずっと後ろの席だった筈だ。

 無難な茶髪を後ろで結い、平均的な背丈で体型は少なくとも何処かの戦闘狂よりはいい意味で豊か。子供らしさの残る顔立ちが一部男子に人気だが、幽の"人間離れした"美しさが良い自分としては別に其処まで好みではない。まあ可愛いんじゃないか、程度である。

「いや……大したことじゃない」

 彼女がやたら好意的なお陰で一部男子に顰蹙を買っているのが割と迷惑な話であり、正直なところ他所に行ってくれた方が嬉しい。

「あんまり思い詰めちゃダメだよ? 私で良かったらいつでも言ってね。何でも力になるから」

「あ、ああ……ありがとう」

 因みにこの時、瑞葉がバタフライナイフ〈クロアゲハ〉を精製していたことを二人は知らない。尤も人の多い教室でナイフ投擲などという真似は彼女もしないだろうが、下手に聞こえてしまっただけ非常に機嫌が悪くなっていた。

(何か違うことで火傷しそうだぞ、これは……)

 戦闘モードの無表情で瑞葉が戻ってきたのを見れば、そう思わざるを得なかった。

「…柊さん?」

「随分嬉しそうに喋ってたね」

 口だけが薄く笑う。

「そう見えたか?」

「ううん。璃玖じゃなくて、向こうが」

「ああ……。別に俺は嬉しくも何ともないんだが」

「知ってるよ。そうでなくちゃ困るもん」

「…お前、結構独占欲強い?」

「んー? どうだろう、考えたこと無い」

「そうかい」

 四月のシャワー室での一件以来、瑞葉とは何やら妙な関係が続いている。別に彼氏彼女として交際している訳ではないが、不思議と前より一緒にいることが増えた。璃玖としても満更嫌と言うわけではないが、本命は別で居る為にやや複雑である。

 なお、当の本命からも"最近あの二人仲良いですね"と認識されて居るのであった。京也が再三再四止めているのを聞いていればこんなことにはならなかったものを。

「にしても、お前は随分上機嫌そうだったじゃないか」

「んー? ああ、演習の話ね。そりゃあ楽しみでしょー! だって最近噂の人斬りさんだよっ!? あぁーいいなぁー斬りたいなぁー!」

「お前が斬るのか……」

「あ、ナイフだからどっちかと言うと斬るより刺すだねっ! んんー楽しみっ!!」

 テンションを百八十度変え、きゃっきゃと騒ぎ出す瑞葉。と、そんな彼女を見てふと璃玖は思う。

(―――瑠璃は、柊より強いのか……?)

 思えば長いこと瑠璃の剣を見ていない。かといって瑞葉が倒れる処も想像が付かない。その面では確かに今日の演習は少し気になるかもしれない。


 ▽▽▽

  

 現文のテストを各々それとなく終えて、いよいよ演習を目前に控えた昼休み。大体二人ずつで弁当食べることが多かった魔法部四人が今日は集まって食べている。

「ほぉー、例の子璃玖の妹だったんだ!」

 興味深いと云った様子で悠が目を丸くする。

「普通なら双子は別々のクラスになるものだと思ってたから、俺としてはお前らの扱いにびっくりしたけどな」

 これまで悠と幽は一度も別のクラスになったことがない。それこそ、誰かが操作しているのではと思われるくらいに。

「私も先生方の間では未だ要観察対象でしょうからね。……瑠璃さん、でしたか。彼女の活動に関して璃玖はどの程度把握しているんですか?」

「いや、俺もよく知らないんだ。何かある時急に"弱きを助け強きを挫く"的な思想になったみたいでさ。その結果がカツアゲ狩りとはなんとも、って」

「考えは悪くないとは思いますが……」

「若干過激だよね」

 天宮姉妹が複雑そうな表情をしている一方。

「そーぉ? 私は中々見処あると思うなっ!」

 戦闘狂が絶賛していた。

「お前はそう言うと思ってたよ……」

「おっ、りっくん私が分かってきたねっ? 嬉しいなー!」

「で質問なんだけど、瑞葉ちゃんはその瑠璃ちゃんと戦いたいの?」

 熱い二人はさておき、ひとつ悠が問い掛ける。

「その心算だったけど……もしかして悠ちゃんも興味湧いちゃった感じかなっ?」

「ちょっとね」

「ふうん……? まあ、ちょっと口惜しいけど…悠ちゃんなら面白いの見せてくれそうかなっ」

 思っていたより簡単に引き下がった瑞葉に悠は驚いていた。正直な処、この戦闘狂は譲ってはくれないと踏んでいた。

「瑞葉ちゃんが気になるくらいだから、普通に挑んで良いよね?」

「じゃないと死んじゃうかもねっ」

「オーケイ、やる気湧いてきた」

 演習じゃ死なねえよ、と璃玖は思ったものの彼女らに限らず敗北は実戦での死に当たる。幾ら授業と言えど、此処で真面目にやっている生徒とそうでない生徒との違いは明確に出る。

「……どうして此処まで好き好んで戦いたがるんでしょうね、この人達は」

 幽が嘆息混じりに呟く。

「幽は悠の妹って割にはそういう部分無いのか?」

「そうですね…必要な時に全力を出せれば私はそれで良いので」

「まあ、頭脳も魔法も学校でトップクラスだもんなあ……」

 生まれ持ったものが違う、と璃玖は痛感する。幽の全力を見たことは無いが、普段の演習で勝ったことがないので恐らく無縁だろう軽く諦めている。しかしそれだからこそ、璃玖の中での幽はとても強く大きい存在になっている。自分が幽に勝つ必要は無いのだ。勝ってはいけないとさえ思える。

「幽ちゃんももっと楽しんだら良いと思うよー?」

 悠の間延びした声が届く。

「結構です。無益な戦いは好みませんから」

「うーんそうかなぁ、まあいいけど」

 生徒が一人また一人と教室を出始めたのを見て、悠達もそれに続くように席を立った。


 △△△


 グラウンドには演習用の結界が八ヵ所に張られ、各所に生徒達が集合していた。

 場所の割り振りは自由。観戦も立派な演習と云うスタンスのもと、交代で模擬戦が進められる。

「……ん、あれがそうかな……?」

 悠が一通り同じグループのメンバーを見渡すと、その中に噂の剣士と思しき白銀の髪の女子が居た。

「声掛けてきなよ、悠ちゃん。私は見物させて貰うからさっ」

「勿論。……それに、どうも向こうもその気みたいだよ?」

 瑠璃色の瞳が此方を捉えている。

 何の打ち合わせもなく通じ合ってしまったことが可笑しく、悠はクスッと笑った。

「ちょっと行ってくるよ」

「うん」

 悠の方から近付く。

「……天宮悠、さん…?」

(おおっ、思ったより可愛い声)

 凛とした、透き通る様な声。清楚な印象を受ける声質に悠は不覚にもときめく。

「うん、あたし。そっちは白城瑠璃ちゃん…で合ってる?」

「ええ。……貴女とは、手合わせ願いたいと思っていたわ。"先輩"の妹としても、魔法部の部長としても。」

「あれ、お兄ちゃん知ってるんだ?」

「天宮先輩と木皿儀先輩には、個人的にお世話になっているの」

「お兄ちゃん達も顔が広いねぇ。ま、あたしも期待の超新星的な感じで瑠璃ちゃんとやろうと思ってたから。今日はよろしくね」


 両者が離れて向かい合った瞬間、結界が機能し外部から隔絶する。

「悠ちゃーん! しっかり魅せてねーっ!」

 瑞葉が喧しく野次を飛ばす。

「余裕があったらね!」

 悠はエネルギー刃を発生させる一対の剣〈レイウィング〉を精製。

「貴女も面白い交遊関係をしているのね」

 ふ、と皮肉げに笑う瑠璃。その手には璃玖のそれと似た純白の刀〈白夜〉が握られている。

「まあ縁ってやつ? ああ安心して良いよ。もう瑠璃ちゃんもその縁の一人だからね!」

「そういう心理作戦かしら?」

「まさか!」

 今回のルールは三分以内に一撃、一定以上の威力を持つ魔法を直撃させた方の勝利。小技で戦闘不能まで削り切ることも可能であれば勝利とされるが、作法として好まれない手段である。

 そして―――戦闘開始のブザーが鳴る!

「はぁぁぁッ!!」

 冷たく研ぎ澄まされた雰囲気から一転、雄叫びを上げて瑠璃が駆ける!

 対する悠は剣を握ったまま右人差し指で瑠璃の足が付く地点からややずれた位置を冷静に狙い、魔法を放つ!

「フリー・クラッシュ!」

 瑠璃の足元が次々と爆ぜる!

 ダメージを抑える代わりに、地表から空中まで自由に指定した位置を爆破する魔法なのである!

 それに対して瑠璃は次第に加速し、跳ぶ様に悠との距離を詰める! その距離十、五、三メートル―――!!

 空中から横薙ぎに繰り出される抜刀の一撃。確実に捉えた―――そう確信した瞬間、悠の姿が消えた。指定位置までの距離を破壊し瞬時に移動する魔法、『ディスタンス・クラッシュ』によって前方へテレポートし、悠は瑠璃の背後を取る!

「クラッシュ・ブレードッ!!」

 レイウィングの刀身から発振するエネルギー刃の出力を上げ、畳み掛ける!

「ッ……! 瞬間移動でもしたと言うの…?」

 瑠璃はすぐさま振り返り、迫る剣を防ぐ! しかし襲ってきた剣は二本の内、右の一本のみ……!

「ま、そんなとこ? 正確には"距離"を破壊したんだけど、ねっ!!」

 左の剣が瑠璃本体を狙う!

(―――高出力の剣が二本。まあそうするわよね。……でも!)

白光ビャッコウ羽刃焚ハバタキッ!!」

 白い炎が刀身から爆発し、悠はものの見事に巻き込まれ吹き飛んだ!

「アーッ!! あッ、熱っ!!」

 悶え、転げ回る悠。先入観から、璃玖と似た自己強化型の魔法使いだと思っていたのが失敗だった。

 実際瑠璃のスタイルは魔力を内側に圧縮し硬化させる璃玖とは真逆の、魔力を白い炎として放出する魔法剣士だったのだ。

『試合終了。勝者、白城瑠璃』

 合成音声のアナウンスが鳴り、結界が消える。

 瑠璃は倒れたままの悠へと歩き、手を差し伸べた。

「立てる?」

「うー…ありがと。油断したなぁ…」

「ふふ、ちょっと迂闊だったわね。でも貴女の剣の出力には目を見張るものがあったわ」

「武器は良くてもやっぱり立ち回り雑なのがねー…ねえ瑠璃ちゃん、悔しいからもう一回やろ!」

「ちょっとちょっと悠ちゃーん、私のこと忘れてなーい? 私ずっと我慢してたんだけどっ」

 悠の再戦希望を遮り、瑞葉が試合場に入ってくる。戦闘狂はずっと待っていたのだ。期待の新星とやり合える、この時を。

「うう…」

「悠ちゃんに譲ろうと思ってたけどー、あんまりにも情けなさ過ぎるから? 私が手本を見せてあげようと思って、ねっ。瑠璃ちゃん連戦になっちゃうけど、これくらいなら数に入らないよね?」

 瑞葉の言葉が悠の心を滅多刺しにする。

「まあ体力には自信があるし、別に問題ないわ。よろしく、柊さん」


 演習用結界が展開、ルールは先程と同じ一撃決着方式。お互いに離れて見合い、武器を精製する。

 瑞葉はフードを目深に被り、右手に漆黒のリボルバー式拳銃〈ブラックパール〉、左手にブラックパールと同じ黒のバタフライナイフ〈クロアゲハ〉を装備。

「白光―――陽炎カゲロウ!」

 瑠璃は白夜の刀身に白い炎を纏わせる。

「貴女は随分と軽装なのね。そんなナイフで大丈夫?」

 挑発的になってみたものの、瑠璃は瑞葉の武器の放つ不気味なまでの黒色に内心ざわついていた。

「心配要らないよ、こっちには銃もあるんだから」

 戦闘開始のブザーが鳴ったと同時に瑞葉が発砲! だがそれは瑠璃にとっても予測済み、射線を読んだ袈裟掛けの一振りで魔力の弾丸を焼き斬る!

飛迅ヒジン陽炎カゲロウッ!!」

 そして返しの一振りで瑞葉目掛け、炎の弾を放射状に撒く!

 燕の如き速度で飛来する炎を瑞葉は悠々とステップを踏んで回避しつつ二発、三発と続けて発砲。

 銃声と弾を断ち切る音の応酬の中、瑠璃は瑞葉の眼を見ながら得体の知れない不安を抱いていた。

(―――何なの、この人の眼…! 獣なんてレベルじゃない…これは、何…?)

 フードの陰からぎらつく紅い眼光。弾丸を斬るには敵の視線を元に射線を予測して振るしか無い…が、どうにも彼女の眼を見ていると底知れぬ闇を覗いている様な感覚に陥る。

(気を乱しちゃいけない、けど…この人の眼…そう……怖い…!)

 彼女が気圧されている一方、フードの奥の瑞葉の顔は犬歯をちらつかせて凶悪に笑んでいた。

 怯えているのを隠そうとしているのが分かると、更に口元が吊り上る。

(―――これだけビビってんのにこの太刀筋! やっぱりこの娘、良いッ!!)

 瑠璃の力を確かめるのも良いが、見事な剣の腕に直接触れてみたくなった。ゾクゾクと身体が求めるまま、瑞葉は瑠璃目掛けて物凄い速度でスプリントする。

「瑠璃ちゃんさっきさぁ、私のナイフ気になってたよねぇ!?」

 来る。そう思った時には既にナイフの刃が突き出されて来ていた。

「ッ!!」

 往なす―――否、避けるので精一杯であった。

「ねえ、返して見せてよ。貴女の剣と打ち合いたいの!」

 堪らず欲望を口から放ちながら、次々と突きを繰り出す。

「く…ッ、どうか、してる…!」

「よく言われるよ!」

 兄である璃玖と比べて、明らかに彼とは違った良い反応で回避する瑠璃。それを見るだけで瑞葉の熱は更に加速していく。彼女がこれまで培ってきた経験とセンスで自分の攻撃を避ける様は、この狂人にとって堪らないパフォーマンスだった。

「白光……燦爛サンラン!!」

 瑠璃の周囲で点々と白い小爆発が起きる。

「おっと」

 バックステップで離脱した瑞葉を追い、白く燃える刀で瑠璃は斬り掛かる!

(―――あァ、好きだよ、熱い子は。大好きだ)

「はぁぁぁぁッ!!」

(―――お礼に私の魔法、ちょっとだけ見せたげる)

 ブラックパールを捨て、クロアゲハを逆手に持ち替えながら上半身を左に捻り、左手の刃に魔力を集中させる。

 刀が迫り、接触する寸前―――!

「フェイタル・レイザー!」

 黒い残光を引いて、クロアゲハの刃が瑠璃の腹を斬り裂く。

 結界の中なので血が噴き出したりする心配こそ無いものの、一撃で瑠璃の意識が飛び即座に試合が終わる。

 そして、瑞葉は敬意を込めて彼女の身体を抱き留めた。

「ちょ……瑞葉ちゃん!?」

 居ても立ってもいられない悠が走ってくる。

「大丈夫、すぐ起きるよ」

「いやいやいやあたしの再戦は!?」

「残念だったねっ。って言うか悠ちゃん、流石にあれは情けなさ過ぎるんじゃないかなー。ちょっと期待外れだったよ?」

 人間、自分でも思っていることを他人に言われるのはあまり良いものではない。

「……言い訳する気は……無いけど」

「私で良ければ代わりにやるけど。どうせ此処もう私達しか使ってないし」

「良いよ、やろう」


 ――――


 放課後の部室。

「……それで、そんなになるまで延々二人で戦ってたと」

 幽は呆れ顔で疲労困憊の悠と瑞葉を見る。

「流石の私も疲れたんだよ……」

「これは時間いっぱいまでやるとこでしょうと思ったんだって……」

「加減と言うものを知らないんですか貴女達は」

「完全に二人ともキレちゃったからねー」

 瑞葉は最早菓子の袋を開ける気力も無い様子だった。

「勝率あたしの方が低かったんだよねえ、悔しい」

「お、またやる?」

「今日はもういいっす…」

「実は私も明日にして欲しかったんだ…はは…」

「……この人達ばかりは始末におけません」

 生徒会長もお手上げである。

「あいつと戦うのが目的だったろうに、結局お前らでやってたんだな。で、柊的に瑠璃の奴はどうだったんだ?」

 璃玖は適度に休憩しつつ人並みに戦っていた為か体力に余裕が見える。

「いい剣士だと思うよ? 反応良かったし切り返しにも富んでるね。多分私がガンガン攻めてた所為だろうけど攻撃魔法があんまり見れなくて残念だったかも」

「切り返しに関してはあたしも同感だなぁ……油断してたのもあるけど」

「本っ当あれ酷すぎでしょー」

「もー、いつまでも引き摺らないでってば!」

 きゃっきゃと騒ぐ女子達を他所に、璃玖はバタバタと走ってくる音を聴いていた。

 間もなく部室のドアが勢いよく開けられ、息を切らした杏が入って来る。

「か…ッ、幽ちゃん……!」

 全員の視線が杏に集まる。

「どうしました」

「女の子が一人…赤虎隊の連中に呼び出し喰らってる…っ!」

「…何やら穏やかじゃありませんね。その女子の特徴は覚えていますか?」

「白い髪の女の子で…あっ、其処の男子みたいな感じだったよ!」

 この部屋に今男子は一人しかいない。璃玖に似た白髪の女子ともなれば、悠と瑞葉もまた黙ってはいられなかった。

「ねぇ悠ちゃーん。これ、私達の仕事じゃない?」

「あたしもそう思ってた。瑠璃ちゃんはもう無関係じゃないしね」

 悠と瑞葉は互いに視線だけでおおよそ意思疎通すると、すぐさま腰を上げた。

「と言う訳だから幽ちゃん。私達に任せて貰っていいかなっ?」

「あたしからもお願いしたいな」

「お、おい、俺は―――」

「無駄ですよ、璃玖。この二人が言って聞く筈がありません」

「……」

 璃玖もそれは大いに分かっていた。だが瑠璃がそんな集団に呼び出された場合、取る行動は大体予測がついてしまうが故に心配にもなる。それでも、行くのがこの二人なら……。

「……分かった。あいつが余計なことしそうな時は、その…止めてやってくれ」

「あいよ、お兄ちゃん♪」

「そんじゃ行って来るよー。杏ちゃん、場所教えて!」

「う、うん!」

 悠達三人が部室から走り去って行く。

 めでたく璃玖は幽と二人きりになれた訳だが、皮肉にも全く手放しに喜べる状況では無かった。

「…やはり不服そうですね」

「そりゃあ、色々とな……」

 夕暮れの差す部室に、溜息が一つ零れた。

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