World End Protocol

風海鳥 花月

#0 エンカウンター、スカーレット・エッジ

―――これは、私が観測した、世界に数多有る物語のひとつ。

『世界』を観測する私が、無限の本棚より気紛れに取り出した一冊。

勇者が魔王を倒す様な、或いはお姫様が王子様と結ばれる様な御伽噺ではない。

これは『世界』に生きる彼らの、戦いと、哲学と、恋の物語。

大仰な言い方をすれば―――そう。

"生き様の記録"である。


△▼△▼


 息を荒げ、その男は夜闇に沈んだ路地裏を走る。

 可能な限り早く、速く、"それ"から逃げなくてはならない。

 彼には妻子も無く、身銭も無い。まして貯蓄など以ての外。

 どの道未来は無い物の、せめて逃げ切れれば少なくとも此処では死なずに済むとう事も―――

「見ィ付けた」

 ―――無かった様だ。

「ひィッ!?」

 男は躓き、表情を一面絶望で塗り潰し腰を抜かす。

 その視線の先には真紅のコートを着た男が。ボサボサの銀髪に巻いたそのバンダナも紅、そしてその両手も―――赤。

 オレンジの眼で標的を捉え、彼は告げる。

「目撃者は残さない、これが俺のモットーでな。つーかそうしねえと俺の情報が洩れちまうんだよ。まあ、残念だったと思って―――」

 緑色の光と共に、その真っ赤に塗れた手に一本の無骨なナイフが握られる。

 真紅の彼はそれを振りかぶると、ただ一言だけ軽く告げ、投げた。

「―――諦めてくれ」

 一瞬だけ男が見る事が出来たのは、迫るナイフの刃。


 ……男は次の朝日すら拝めなかったと云う。


△▼△▼


World End Protocol #0

『エンカウンター、スカーレット・エッジ』


△▼△▼


 『世界』と称される原初の大規模魔法に包まれた地球。

 其処では魔法が当たり前の物となり、人々はその恩恵を思いのままに受け、生活を潤していった。

 火を起こしたり、明かりを灯したりと言ったことは勿論、道具の精製、瞬間移動……あらゆる物理法則を利用し変動させ捻じ曲げることさえ可能になった。

 魔法が現れた当初は大多数の人間が喜びと困惑を半々に覚えたものの、次第に社会も魔法無しでは成り立たないものへと変わった。


 この時代における魔法とは、予めプログラムの様に"設定"されたものを、『世界』が使用者の持つ魔力をコストに具現化させるものである。

 『世界』が発現するまでは、数名を除いて人間が本当に魔力などと云うものを持っていることを知らなかった。

 魔力の"減った"分は身体に疲労感として現れるが、そもそも"減る事が無かった"ので存在に気付けなかったのだ。

 完全に魔力が尽きた場合は極度の疲労から暫く気を失うものの、時間経過で再び最大まで回復するので魔法とは現状、半永久機関と言える。


 しかし魔法が現れて暫く。二つの害悪が生まれることになる。


 一つはバグと呼ばれる怪物の出現。

 魔法の残滓が集まって様々な生物の形を取り、生きている物を見境なく襲うそれは、たちまち人類の脅威となった。

 魔法を使えば使うだけ現れる為、大都市から真っ先に被害を受けることになったのである。

 各国政府も従来の軍隊、兵器を総出で立ち向かった物の一週間と持たずに撤退。各国軍隊は少しでも国民への被害を減らす様防御に回るしか無かった。『歴史の虚構』と呼ばれることになる大災害の始まりである。

 だが人類とていつまでも黙ってはいなかった。

 軍隊が防戦一方の最中。少数ではあったが、戦闘用の魔法を開発し、バグと戦おうとする者達が現れたのだ。

 最初に開発されたのは炎を飛ばしたり、電撃を放ったりするまさにファンタジーの基本魔法の様な物。次第にそれも強化され、治癒魔法も使い手こそ少ないながら開発が進み―――人類はいつしか、バグと対等に戦えるようになっていた。

 都市部は悉く壊滅し死傷者も大量に出てしまったが、有志達による魔法技術の飛躍的な向上もあり、壊滅から見事一年で一旦の終結を迎える。

 だが魔法がある限りバグが絶滅することは無い。其処で国はバグにその強さに応じた賞金を懸けた。

 "倒せば自動的に振り込まれる"というシステムで登場した懸賞金システムはたちまち人気を博す。これにより、バグは"無限に発生する財源"となったのである。

 政府の謳う"全国民、全人類が手を取り合ってバグを殲滅しよう"と云うのがあくまでも名目であるのは魔法使い達には明らかに見えたものの、生き残れさえすれば十分食べていける額であったため有難く使わせて貰い今に至る。実際経済も潤い、復興も異例の速度で進んで行った。


 魔法の誕生から五十余年。『歴史の虚構』による傷跡は殆ど影も形も無くなった世界で、

 バグ狩り―――通称〈デバッグ〉は、いつしか魔法使い達の稼ぎ処へと変わっていた。


 そして残るもう一つだが――――此方は"人間"である。

 『歴史の虚構』の終結から暫くして、魔法を凶器とする犯罪者が現れたのだ。

 勿論従来の警察では歯が立たず、代わりに魔法使いを"管理"すべく、『魔法管理局』と称される機関が設置される。

 前述のデバッグ報酬の管理と警察権限を並行して執り行う巨大な機関である。

 ただ、従来の警察からそのまま異動してきた人間と新規に魔法使いとして所属している人間が混ざって出来た成り立ちから、今でも一部魔法使いからは完全に舐められている。

 実際、民間の方が強い魔法使いが居る事が多い為、柔軟に協力を要請するスタンスを執っている。一応管理局の方で訓練もしてはいるのだが。

 そんな状況故に犯罪者からも舐められてしまい、バグと魔法犯罪の比率が半々と云った社会情勢である。

 魔法があっても人間は結局人間のままだったのだ。


△▼△▼


 ―――五十年経っても、環境はそれほど変わってはいなかった。

 周囲を山と海に囲まれた街、星海町ほしみちょう

 中央には商店街が栄えており、しっかりと物が揃う様になっている。

 星海町唯一にして小中高と一貫になっている学校、くさ学園が建っているお陰で子供の人口も多い。

 そして商店街から少し離れた処に、やや年季の入り掛けたアパートが建っている。

 築三十年、信頼と伝統のアパート『星海荘』。それが此処の名前だ。

 一階あたり四部屋の二階建てで、一部屋が妙に広い。それにも拘らず家賃は月三万。管理人が元々金と土地に余裕があったので〝取り敢えずちょっと建ててみた〟と云う代物なのである。

 その二階の右から二部屋目には、割と有名な魔法使いの兄妹が住んでいた。

 兄の名は、天宮アマミヤシュン。ボサボサと跳ねた肩までの黒髪で、服も大体黒を好んで着る。その中で、ルビーめいた紅い瞳が目を引く。

 彼は先日高校を卒業し、就職先も先輩と何でも屋を立ち上げようという話になっており。

 早い話が、現在途轍もなく暇なのである。


 妹二人は学校に行ってしまい、取り敢えずインスタントコーヒーを片手にテレビでニュースを眺めている。

『……次のニュースです。昨夜未明、星海町で殺人事件が…』

 自分の住む町の何処かの路地裏でナイフの刺さった死体が発見されたと云う。

(…へぇ、物騒なもんだなぁ。今回で三…違う、四件目だっけ? 今頃学校も大騒ぎだろ)

 彼は彼で暢気すぎた。精々妹達が早く帰って来るかな、という程度にしか考えていない。

「っ…と。天気も良いし、洗濯物干したら先輩んとこ行くかなっ」

 立ち上がり、妹達の代わりに家事を済ませに行く。


――――


「これでよし、っと」

 ベランダに洗濯物を干し終え、黒いジャケットを羽織り瞬は外に出る。

「あら、お出かけ?」

 出た処で、声を掛けられる。茶髪のサイドテールが揺れる、猫の様な緑眼をした同年代の女子。隣人の木皿キサラ弥生ヤヨイだ。

「おお弥生、お前こそ珍しいな。こんな時間に外出てて平気なのか?」

「アタシを引き籠りみたいに言わないで頂戴。年がら年中ゲームしてる訳じゃないのよ」

「俺が誘ったゲームだったのに一週間で追い抜いた奴が何を言うか!」

「…暇だったのよ。そう、そんな事より、アンタうちの猫知らない?」

「どっち?」

「白い方」

 普段弥生は式神として白と黒の猫を一匹ずつ連れているのだが、今日は黒猫しか居ない。

「…ほー。何だ、遂にグレたか?」

「あの子はそんな子じゃないわよ、馬鹿。アタシの忠実なるしも…式神よ」

「あいつ居たら泣いてるな」

「大丈夫、自分の扱われ方くらいあの子も心得てるわ」

 彼女の名誉の為に付け加えておくとすれば、基本的に式神達は自分を物理的にも、精神的にも支えてくれる存在の為相応に大事にしている。

「まあ、分かった。ついでに探しといてやるよ。見つけたら連絡する」

「頼むわ。アタシも探すけどさ…今日ちょっと忙しいのよね」

「何かあるのか?」

「…今日何の日だか知ってる?」

「………ああ…」

 余りに重い口ぶりだったので、瞬は家族の命日か何かかと思ったのだが。

「…二か月待った作品の発売日なのよ」

「ああ悪い、先輩ん家直行するわ」

 どうやら杞憂だったらしい。


△△△


 ふと、目の前を白い猫が横切った。

(黒猫が凶兆だって云うんなら、白猫は吉兆かねえ?)

 そもそも何が吉か分からんがな、と彼は笑う。

 しかしこうして堂々と商店街のど真ん中を歩いても何も言われない辺り、自分がどういう人間か世間には認識されていないらしい。

 上手くやれてるな、と思う反面一般人の危機感なんてそんなもんかと少しがっかりする面もある。尤も、誰彼構わず殺して回っている訳では無い。彼にも彼なりに事情があるのだ。

 昨夜殺した男も列記とした悪人だった。しかしニュースはそんな事は深く掘り下げず、ただ死体が路地裏で見つかったとしか報道しない。

 とあるヤクザの末端組織、それが今の標的なのである。小規模故に、一人で殺し切れると思ったのだ。

「しっかし、意外とこの町にもぼちぼち居るもんなんだなぁ…。バグはまあ多いが、せめて人々ぐらい平々凡々としてて欲しかったぜ」

 はっきりと人類対バグと云う構図が出来ている訳では無い。結局、人間同士の争いも無くならないのだ。

 それにしても。

 今彼がこの状況に居るきっかけは、余りにも酷いものだったと回想する。

(…取り敢えず稼いだ分殆ど分けてあげたものの…元気なのかな、あの子達は)

 数日前に助けた姉妹を思い出して―――ふと。

「…うん?」

 先ほど横切って行った筈の白猫が、じっと此方を見ている様な気がした。否。気がした、ではなく、明らかに凝視されている。

「………臭うかね、俺」

 ちゃんとコインランドリー使って来たんだがな、と袖口の臭いを嗅ぐ。洗剤の匂いがした。

 ヤクザすら恐れない自分が猫に凝視されているだけで戸惑うとはな、と内心苦笑する。

「んー……おいでー?」

 数秒考えた後の行動がこれである。ちょいちょい、と指を動かして猫を誘ってみる。

「~♪」

 来た。

「おーよしよし、人懐っこい奴だなぁお前も。ちょっとは警戒ってもんをだな…」

 とは言え流石に猫をも殺す様な真似はしない。

「毛並み良いなぁ、お前。野良じゃねえな?」

 ごろごろと喉を鳴らして、猫は大人しく撫でられている。

「どうすっかなあ……こいつ、可愛い」

 それは、巷を騒がせている殺人鬼とは思えない光景であった。


▼▼▼


 直行してやるとは思ったものの、やはり友人の頼みは蔑ろに出来ないと思い瞬は商店街を歩く。

(野郎何処ほっつき歩いてんだか…まあ其処まで阿呆じゃねえとは思うが)

 周囲を隈なく探す瞬。探知魔法でも使えば手っ取り早いのだが、如何せん余り得意では無い。

 それこそ弥生自身が探知した方が早い…が、これもついでだと思い態々引き受けてしまう辺り、変な処で他人に甘いと自分でも思っている。

「バグに出くわして無きゃ良いが…」

(……ってあいつ自身も戦えるじゃねえか。俺別に探さなくても良くね?)

 猫まで殺すことはまあ無いとは思うがそれでも殺人鬼の存在が気になる。

 そして―――見つけた。紅いコートを着込んだ銀髪の男と、それにくっついて歩く見慣れた白猫の姿が。

「…あの馬鹿猫…」

 半ば呆れながらも、紅い男に声をかけることにした。

「すまない。其処のあんた、ちょっと良いかい?」

「あん? 俺?」

 男は振り向き、答えた。声からはあまり歳の差を感じなかった。

「ああ。…その猫、友達の飼い猫なんだけど、返して貰えるか?」

 出来るだけ無難に瞬は交渉する。

「おーそうだったか! 良かった良かった、俺も飼い主を捜してた処でな。流石に猫連れまわすわけにもいかねえと思ってよー…いやはや、助かったぜ」

 妙にテンションの高い男だった。

「迷惑かけたな。ったくシロ、弥生が心配してたぞ?」

「にゃうん」

 ばつが悪そうにシロは鳴いた。

「…妙に感情豊かだよな、その猫」

「うん?ああ、こいつは式神でな」

「へぇ…実在するもんなんだなぁ、式神使いってのも。見たことねえや」

「そんなに多い訳じゃ無いからな。俺もその友達しか知らない」

「やっぱ希少なんだなぁ」

「そりゃあな」


――――


 少しだけ紅い男と世間話をしたのち、

「んじゃあ俺、のんびりもしてられないからそろそろ行くわ。友達に宜しく言っといてくれよ」

 彼が立ち去ろうとするなかで、瞬は言う。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

「まだ何か用か?」

 少しだけ間を開けて、続けた。

「……あんた、さっき会った時から思ってたんだがな。―――よくない臭いがする」

「何だそりゃ。洗濯ならちゃんとしてるぜ?」

「そうそう水洗いじゃ消えねえよ。その手に掛けた連中の、魔力の残滓は」

「………」

 瞬間、男の目つきが変わった。

 先程までの好青年めいた明るい顔から、鋭く冷え切った目つきに変わる。

「ほら、その顔だ。見た目綺麗に整えてるのは分かる。けど、どんなに隠してても……"血の臭い"がするよ、あんたからは」

 彼が殺してきたのは恐らく強い魔法使いでは無いのだろう。だが、塵も積もればと言わんばかりに重ねられた多くの血による―――魔力の痕跡を瞬は感じ取った。

「……あんまり詮索しない方が良いこともあるぜ。長生きしたけりゃ、尚更な」

 そう返す男もまた、瞬からただの一般人には無い感覚を覚えていた。殺すのは少々骨が折れそうだ、と。

 コートのポケットに手を入れ、予め精製してあるナイフのストックの一つを掴む。

 まさかとは思うがあの連中の用心棒か? それとも目撃者か?

「まあそう殺気立つなよ。こんな街のど真ん中で殺し合いなんてしてみろ、即税金泥棒の御用だろ?」

 確かに瞬の言う通りであった。実際、そう遠くない処に管理局の詰所がある。騒ぎが起きればすぐさま実動部隊が駆けつけるだろう。

「…ついて来いよ」

「いいぜ」

 余裕を崩さない瞬に男は嫌悪感と戸惑いを覚えながら、彼のホームグラウンドともいえる裏道に連れ込む。


「お前、何なんだ?」男は訊いた。

「通りすがりの黒い魔法使い……じゃあ、駄目だよな」

「当たり前だろ」

「しょうがねえなあ…。俺は天宮瞬。俺も名乗ったんだ、あんたの名前も聞かせろよ」

 裏道で、殺気全開の謎の男と二人の状態で尚アンニュイに返す。その図太い神経に敬してか、男もまた名乗った。

雨森アマモリジュンだ」

「随分似た名前だな。面白いじゃん」瞬はへへ、と軽く笑う。

「…お前、怖くない訳? 何しでかすか分かんねえ奴に裏通りに連れ込まれてるってのに」

「殺されるかも知れないのに、とでも言いたそうだな」

「分かってんじゃねえか」

「ところが生憎、エラー級の特大バグに襲われても死ななかったからさ、俺」

 エラー級とは、一千万単位の額が余裕でついてしまう凶悪極まりない上級バグの呼称である。

「本当に怖いのは―――」

「人間だろ? 知ってるぜ」

 準は深くため息をついた。なんてめんどくさい奴と出会ってしまったんだ、と深く深く後悔した。

(―――その後悔もすぐに掻き消してやる)

 そう思いながら、或いは願いながらナイフを握り直し、

「…やれやれ、お前と話してると調子狂うぜ」

「へへ、そうかい。俺は楽しいけどな?」

「その軽口が―――むかつくってんだよッ!」

 昨夜の男を殺したそれを遥かに越える速度のナイフを放つ!


 直後、破裂音と金属音の混じった音が耳をつんざく。


「あんたのその感じならー……刺した方が早かったと思うぜ?」

 右手に握った専用の銃〈ブラックストーム〉を向けつつ、瞬は平然と言った。拳銃にしてはやや大きな、黒いパーツで構成された力強いフォルムの銃だ。

「なッ…!」

 準には、瞬がいつブラックストームを精製したのか見えなかった。彼の脳内には、ナイフが瞬の眉間を貫くイメージしか無かったのだ。

「殺すんだろ? ほら、殺してみろよ」

 瞬は獣が牙を剥く様な笑みを浮かべ、言い放つ。大変な奴に喧嘩を売ってしまった、と準はただ後悔を重ねるだけだった。

「俺は別にお前を殺そうという気は無いから、お前から来なければこれでお終いなんだがな」

 寧ろ出来る事があれば力になってやりたいんだがなあ、とは思ったもののこのタイミングで口に出していいものか迷った。

「…はっ。久々に面白そうな"相手"に会えたんだ…此処で引き下がるのは勿体ねえよなぁ!」

 こいつなら殺しに掛かっても恐らく簡単には死なない、或いは殺しきれない。…そんな確信が今の準にはあった。

 両手にナイフを精製し―――駆ける!

「やっぱそう来るよな!」

 瞬の得意とする魔法は"衝撃"。その中でも弾丸状に圧縮し、様々な効果を持たせた"衝撃弾"を扱っている。

 今装填しているのは高速弾『ソニック・ショック』。威力は衝撃弾の中でも並、弾速が取り柄のこの弾はブラックストームの基本弾に設定されている。先程ナイフを弾いたのもこの弾だ。

 そして走ってくる準に対して瞬は迷わず引き金を引く。フルオートモードに設定したブラックストームが、衝撃弾の弾幕を張る。

「どうした、弾幕薄いぜぇ!?」両手のナイフで直撃ルートの弾を全て弾いていく。

 衝撃弾はその性質上、着弾点から衝撃を伝播させる事が出来る。その為、武器や防具などに直撃した場合はそれを装備している手や体にもダメージが通る―――筈なのだが、準はそれを上手く往なしていた。

 彼は一切速度を落とさず、距離を縮めて来る。

「銃使いってのは近付かれちゃ何も出来ねぇんだろ!」

「どうだろうな」そう返す瞬は左手でもブラックストームを精製していた。

 そして突き出されるナイフを躱し、両の銃口をがら空きの胴体に当てる!

「バースト・ショック!!」

「ぐお…ッ!?」

 爆音と共に準の身体は建物の壁に激突し、アスファルトに落ちる。よろめきながらも眩暈を振り払い、痛みを堪えながら呼吸を整える。

「一応近距離特化の弾ってのもあってだな。それに元々どっちかっつーと前衛なんだ、俺」

 炸裂弾『バースト・ショック』。射程はかなり短くなるものの、現在装填している分の弾を凝縮して放射状に一度に放つ。

「俺相手に通常攻撃だけで戦おうってのはちょっと舐め過ぎだと思うぜ? 縛りプレイでもしてるなら話は別だが」

「…おいおい…俺が魔法使ったらお前…マジで死ぬぜ?」目をぎらつかせながら準は"警告"する。

「だーいじょうぶだって、だってお前どうせ大した魔法持ってないんだろ?」

「其処まで言うからには覚悟は出来てんだろうな……」

「良いから来いっての。なんだ、結局ハッタリ――――」

 準の姿が消え、両手のブラックストームが弾かれる。

「これが『疾風殺シップウサツ』だ。本気でやってたら今頃身体中から血噴いてるぜ、お前。…どうだよ、見えたか?」

 背後からの声。首筋に冷たい感覚。

「…成程。身体強化のまた極端なパターンだな。如何に人を殺すか、って感じだ」

「お陰でバグ相手には一苦労だがな。まあ基本的なターゲットはバグじゃねえから、俺」

「金品目当ての殺人とは感心しないな」

「安心しろ、俺が狙うのは悪党だけだ」そう云うと、準はナイフを仕舞った。

「……お?」

「気が変わったよ…っつか、満足した。多分このまま続けてても同じこと繰り返すだけなんだろ?」

「まあ、今お前が刺して無い時点でそうなるだろうな」

 実際瞬は気を抜き過ぎたと少々後悔していた。何故か殺されない自信はあったものの、相手が準で無ければ死んでいた。

「って事でお開きだ。まあ…何だ、面白かったぜ」

「そりゃどうも」落ちた銃の内一挺を拾い上げながら瞬は返す。

 そして二挺目を拾おうと思ったその時、この場の誰の物でも無い声が響いた。

「仲良く喋っている処悪いが…其処までにして貰おうか、餓鬼共」

 二人はいつの間にか周囲を見知らぬ男達に囲まれていた。戦闘に夢中になり過ぎて気付けなかったのだ。瞬は拾い損ねたもう一挺を見る。―――自分より準の方が近い。

「なあ、準」

 全員が武装している。動き出せば間違いなくこの連中は攻撃を始めるだろう。

「何だよ」

 手元に再精製するのも悪くは無いが、そうするよりも――――

「それ、拾ってくれるか」

 ちょっとくらいこいつを信じてみるのも面白そうだと思った。

「おう、別に構わな…」

「やれッ!!」

 リーダー格の男が叫ぶ。銃弾やら火球やらが一斉に飛び交う。

「てめえ馬鹿野郎分かっててやらせただろ!!」準も一応回収しながら叫ぶ。

「いいからそれ投げろッ!」

「っざけんな畜生!」

 怒鳴りながらも抜群のコントロールで投げ、瞬もそれをキャッチする。

「良いピッチャーになれるぜお前!」二挺拳銃が戻って来た瞬は嬉々として乱射する。

「昔はよくダブルプレーかましたもんだ! …んじゃまあ、どっちが多く殺れるか競争しようぜ!」

 上がり切ったテンションで提案する準であったが、

「面白そうではあるが、お前はあのリーダーっぽい奴をやってくれ! 雑魚は俺がやる!」

 全員管理局に突き出した方が儲かると考えた瞬は、リーダーの相手をさせておこうと考えた。準に雑魚の相手をさせていては、どう考えても儲けが激減してしまう。とはいえ悠長に一人一人撃っている暇は無い。

(―――此処は一発、派手に暴れてやるか)

「オートガンナー、召喚ッ!」

 瞬を中心として円陣を組むように、黒いアンモナイトめいた小型の自律兵器が十機出現する。一機一機が一挺ずつブラックストームを装備しており、AI制御によって射撃とある程度の移動が可能な代物だ。

「上手く避けろよ、準! ―――サークル・シュート!」

「やっぱ手前最後にぶっ殺すわ!!」

 オートガンナーが円陣を崩さず回転し衝撃弾を掃射。残念なくらい正直に取り囲む様に陣取っていた下っ端達を軒並み撃ち倒す。流石に時々コートの裾を掠めはするものの、確実に直撃を避けて準も戦闘を続けていた。

「おいおいおっさん、早速あんた一人だぜ? 諦めた方が良いんじゃねえの?」

「元々連中なんざ数に数えて無ェんだよ、餓鬼ィ!」

リーダー格が殴り掛かるモーションに入った途端、彼の腕が鉤爪の三本生えた刺々しい装甲に覆われた。

「これを喰らって生きてられた奴はいねェーッ!!」

 だが彼の拳は準に届くことは無く、飛来した衝撃弾に弾かれる。

「ぐおッ!?」

 更に装甲越しに伝わった衝撃で腕の感覚が麻痺していた。

「止まんな、準!! 殺さねえ程度にな!!」

「オーケイ、今度は決めるぜ――――」


 発動、『疾風殺』。


 魔法により加速された超速の世界で、視界の風景が歪む。感覚が示すままに、速く、可能な限り速く、拳と蹴りを叩き込む―――!

 顔面に始まり胸、鳩尾、肩、上半身の至る所に殴打の嵐。

「はぁぁぁぁ……ッ!!!」

 止めに全速力を掛けた一撃を腹に決めた処で加速時間終了。

 追撃に追撃を重ねた結果元居た位置から何メートルも進んでおり、リーダー格は最後の一撃の所為でさらに吹き飛ぶ。

「…確かに止まんなとは言ったけど、流石にやりすぎだろ…そいつ生きてんのか?」呆れ半分に瞬は言う。

「大丈夫、俺の腕力なんてたかが知れてるさ。木一本折れやしねえ」

「折れたら異常だっての」

「そうかい? へへっ」

「それはそうと、すぐ其処からだしさっさと来てくれるかな?」

「あん?」

 何がだよ、と云う前に新たな人影が数名、瞬の後ろから現れた。

「へい毎度、管理局だ。……こりゃまた派手にやったなぁ…二人だけでこれだけやったのか?」

 天然パーマの強い茶髪の管理官が軽妙に喋る。この男、服装もやたら崩れておりとても公務員とは思えない格好になっていた。

 彼の名はマダラ 零時レイジ。瞬の中学時代からの親友である。

「そんなに苦労はしなかったさ。まあ、起きる前にさっさと持ってってくれよ。ついでに報酬も弾んでくれると嬉しいな」

「生憎と国の金なんでな、あんまりそういうサービスは良くないんだがー…まあ、その内制圧しようと思ってた連中だからちょっとだけおまけしといてやるよ」

「はは、どーも」

「その代わり次の休み焼肉奢れよ。最近給料下がってて辛いんだわ」

「えー、焼肉かよ。回る寿司じゃ駄目か?」

 其処かよ、と準は思ったが敢えて黙っていた。

「断られると思ってたわ。何か良い事でもあったのか?」

「いやまあ、可哀想になってな。だって稼ぎ俺の方が遥かに上だろ?」

「……やっぱいいわ」

「冗談だって、ちゃんと奢ってやるよ。久々にお前と飯食うのも悪くねえかもと思っただけさ」

「…なあ、瞬。お前…管理局の奴と友達だったのか?」

 遂に気になって準は訊いてしまった。

「そりゃまあ、中学からずっと付き合い続いてるしなぁ。今じゃ良い〝お得意様〟さ」

「たまに、いや度々法に触れかねないこともやらかしてるがな。…ああ、まだ名乗って無かったな。俺は斑零時、よろしく」

「雨森準だ、こちらこそよろしく頼むぜ」

 表面上ニコニコしているものの、ずっと管理局を敵に回してきた準としては気が気でなかった。零時がもし瞬と同じ、またそれ以上に勘の鋭い奴だったら―――

「それじゃあまあ、ご協力ありがとさん。こいつらはちゃんと連れ帰って洗いざらい調べておくよ」

「おう、宜しくなー」


――――


 管理局員たちが撤収する間際、零時が準を見て、

「そういや先日、ある親子が今日のグループの一員に襲われたとかって事件があったの、知ってるか?」

「ん? ああ、あれか」

「通報を受けて行ってみたら、死体が転がってる中で女の子たちだけ生き残っててな、後々こう言ったんだ。"紅いお兄ちゃんが助けてくれた"って」

「へえ」準はあまり多く喋ろうとしない。

「んでまあ、他に頼れる親戚も居ないようだから管理局の方で保護してさ。絵草学園の生徒でもあったらしいから、落ち着くまで無償で学生用のマンションに部屋を用意してあげたよ」

 この町にある唯一の学校である絵草学園は、一番最初に魔法教育を始めた学校として国から多大な補助金が出ている。その一部を利用して、学生であれば誰でも入ることが出来るマンションが用意されている。家賃はそれなりの数のバグを倒していれば余裕で払える程度である。遠くから通う生徒や、バグの出現から身寄りのない生徒が増加した事もあり、利用する学生は多い。

「部屋はー…あー、流石に拙いかなぁ」

「…そんなにべらべら喋っちまっていいのか?」

「なに、気紛れさ。それじゃあそろそろ俺達はお暇するよ。またな瞬、それと…紅いお兄さん」

 ひらひらと手を振って、零時と部下達は去って行った。

「……何の話だ?」

「気にすんな」

 昼過ぎの路地裏。男が二人、ただ立っていた。

「…処でさ。あんた…どっかいい宿知らないか? 流石にそろそろテント暮らしも辛くなって来ててさ」

「確か格安アパートが空いてる部屋あったと思うけど、紹介しようか?」

「マジか、頼むわ」

 めでたく住処のアテが出来た準。これでホームレス生活ともお別れだ。生活能力には自信があったのできっと暖かいご飯と布団のある生活が期待出来ると思えば、自然と心が躍った。一人暮らしであると云う点に関しては特に気にならなかった。


△▼△▼


 中央の商店街から南西に位置する森の中に一か所、開けた土地があり、其処に白い一軒家が建っていた。

「昼前には来ると思ってたんだけど。思ったより遅かったわね」

 白金色の緩やかに波打った髪の女性が、振り向き言った。スタイル、顔立ちの良さも相まって、まるでこの世のものでは無い様な錯覚を覚える程の美しさであった。

「すいません、先輩。ちょっとお節介焼いちゃってて」

 家を出た時よりも黒髪を乱した男―――瞬は芝居掛かった風に両手を広げて苦笑した。

「もう、名前で呼んでって言ってるじゃないの。それから先輩も後輩ももう無いんだから敬語も無し!」

「す……ごめん、フラン」

 彼女の名はフランシス・オルベール。学校では瞬の一つ上で、瞬が高等部二年の時から今までずっと付き合っている相手だ。

「……やっぱり慣れないな」

「私が良いって言ってるから良いの。それはそうと、良さそうなケーキ買って来たんだけど、食べるわよね?」

 テーブルでリボンをほどき、箱を開けながら言う。一緒に食べる為だけに買ってきたのだ、食べないという選択肢は与えない。

「おお、何がある?」

「チーズケーキ、レアチーズもあるわよ。あと普通に苺ショート、チョコ、モンブラン……」

「買い込んだな…」

 箱のサイズ的に一つ一つは小さい様だが、二人で食べるには若干多い量だった。

「安かったのよ。あ、折角だから妹達に持ち帰ってあげても良いわよ?」

「苺とチョコ持って帰ろうかな、あいつら好きだったし」

「じゃあ残りは一緒に食べましょうか」

 嬉々としてケーキを取り出すフランシス。紅茶も添えて、早速ティータイムと洒落込む。

「ねえ、何があったか聞いても良いかしら?」

「ん、別に隠すほどの事じゃないし良いよ。まず…家出た処で猫探し頼まれてさ、それから―――」


△△△


 数日後。

 部屋を借り生活がまともになってきた準は、例の学生マンションの前に来ていた。

(―――そういやあの管理官、部屋番洩らさなかったんだよな)

 準が瞬と共にあの末端組織を潰すきっかけとなった姉妹に会いに来たのだ。元気にしているかどうか、ただそれだけが気になって。


 ―――星海町に流れ着いて何日か経った頃。その日も準は食費その他諸々を稼ぐ為にデバッグに勤しんでいた。

 翌日分くらいまでの額を稼いだ帰り道、妙に騒がしい家の前を通り掛かった。尋常ではないその騒ぎにただならぬものを感じた準は、窓から中の様子を窺った。

 すると、銃や刀を持った男達が夫妻を殺し、今まさに子供と思われる姉妹にも手を上げようとしていた処だったのだ。

 堪らず窓を叩き割り、持ち前の技でその場に居たヤクザ達を瞬く間に血祭りに上げ、姉妹を守ったのである。妹はショックで呆然としていたものの姉は何とか話せる状態だったので状況を訊くと、どうやらヤクザ達は借金の取り立てに来ていたのだが父親と口論になり、結果こうなってしまったと云う。

 このままこの家に残らせるのは危険だと判断した準は、多少躊躇はしたものの現在の所持金はおろか貯金まで殆どを渡し、暫く宿を借りるなり管理局に助けを求めるなりとにかく何とか持ちこたえてくれと言った。

 姉は礼を言い、また準はこれから何をしようとしているのか訊いた。そして答えた。〝連中を潰し、借金を帳消しにする〟と。

 それからと云うもの、自分の足だけで情報を集め、下っ端であろうと幹部であろうと見つけ次第殺し、殺人鬼が潜んでいるとニュースになるも構わず殺し、そうこうしている間に瞬と出会い、遂にこの町を根城にしていた連中を潰した。

 放浪の果てに流れ着いて早々こんな事件を起こしてしまい早速疲れてしまった準は住処を求め、某格安アパートに行き着いた。


 そして今。その姉妹が引き取られたというマンションに来ているのだが……悲しきかな、あの管理官は変に口が軽く、その割に固かった。

(―――こりゃ諦めて帰った方が良いかもなあ…この恰好じゃ目立ってしょうがないだろ)

 そう思って踵を返すと。

「あっ……」

 あの時の姉が、丁度買い物から帰ってきた処だった。

「……あー……元気だった?」

「はい。お兄さんのお陰で、あれからすぐ此処でお部屋を借りられたんです」

「そっか。それは……良かった。俺もさ、この前一仕事終わった処なんだ。―――もう、安心して良いよ」

 姉の表情がぱあっ、と晴れ、同時に涙が溢れ出た。

「ありがとうございます……! 妹も、これで……!」

「妹さん、やっぱり……」

「あの子……あれから全然、笑わなくなって、話もしてくれなくて……でもこれで、また笑ってくれると思います……!」

「そっか。……頑張ったね」

 ぽん、と姉の頭を撫でる。

 余計に泣き出してしまったので、せめて泣き止むまでは一緒に居てあげる事にした。






World End Protocol #0

 「Encounter, Scarlet edge」 End.



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