閑話 神様の話
――勇者が死んだ。
その事実を知ったラクスラインを見守る女神は新たな勇者を生み出す為の選定作業に入っていた。
今代の勇者の貴族の思考に凝り固まり、そして民を虐げる傾向にあったので女神としては勇者が殺されたことに安堵している。
そして、次に選ぶ勇者にはそのような思考を持たないようにと生み出す場所にも気をつけて選定しようと慎重になっていた。
「うーん、ここでもないし、あっちでもない。……もう! ラクスラインは思考が極端なのよ!」
貴族至上主義の思考と、虐げられることに慣れてしまった思考。
貴族至上主義の思考を持った勇者となれば今代の勇者と変わることはなく、虐げられることに慣れた思考を持った勇者となれば貴族を滅ぼそうと行動するかもしれない。
長い時間悩み抜いた女神は――結局、今まで通りに貴族至上主義の思考を持った勇者を生み出そうと王都に勇者の職業を与えられる赤子を生み出そうと作業を進めていく。
しかし、そこへ横やりが入ってきた。
「やあやあ、女神ちゃん」
「……何の用ですか、駄神」
「駄神とは失礼だねー。僕は僕で、見守っている世界を正しく導こうと頑張っているんだよー?」
「その頑張りが、世界を混乱に陥れているのだから、その世界というのはかわいそうな世界ね」
一つの世界に一柱の神。
神は人族と魔族の均衡を保ちつつ、どちらにも大きな影響を与えないよう勇者や魔王の存在を作り出している。
ラクスラインは比較的神の操作が上手くいっている世界であり、今回の勇者が殺されるまではお互いに良いバランスを保っていた。
だが、勇者が味方の英雄に殺されたことで魔族側にそのバランスが傾きつつある。
慎重になる気持ちも分かるが、これ以上は時間を掛けることができないのも事実だった。
「へぇー、結局は同じ選定作業になっちゃうんだねー」
「こうすることでラクスラインが上手く回るんだから仕方がないわ」
「でも、そうすると底辺でもがき苦しんでいる者たちがかわいそうじゃないの?」
「……それも仕方がないことよ。世界とは、犠牲の上で成り立つものなのだから」
駄神はへぇー、とか、ふーん、などと言いながら女神の横から離れようとしない。
目障りではあったが、追い払う時間ももったいないと作業を続けていたのだが――女神は後に後悔することになる。あの時に追い払っておけばよかったと。
「それじゃあさあ、僕がこうしてあげようか?」
「ちょっと! 口を挟むのはいいけど、邪魔だけはしないでちょうだいよね!」
「えぇー。でも、もっと楽しんだ方がいいんじゃないの? せっかくの女神様なんだしねー」
そう口にした駄神は指を軽く振ると、女神が操作していた画面を自分の支配下に置いて勝手に操作してしまう。
「な、何をするのよ!」
「順調なラクスラインにちょっとした悪戯だよー」
「止めなさい! あぁ、そんな、どうしたらいいのよ!」
画面の支配権を再び取り戻した女神が画面に視線を落とすと、すでに手遅れになっていることが分かってしまった。
勇者の職業がすでに生まれている少年に与えられてしまう。
「しかもこの子――元は職業ランクNじゃないのよ!」
「あれ、そうだっけ? あははー、そこまでは見てなかったなー」
「あなた……本当に駄神ね! もう出て行ってちょうだい!」
「はいはーい」
頭を抱える女神を横目に、駄神は頭の後ろで手を組みながらその姿を消してしまった。
「と、とりあえず、できるだけの能力を与えないと。いや、こうなったらさっさと殺されるように仕向けて新しい勇者を選定する? いや、ダメよ。神が選定作業以外で手を下すことはやってはいけないことだもの!」
結局、女神は本来なら勇者に与えられないような様々なスキルを与えることで成長を促し、人族の為に戦ってくれるよう願うことしかできなかった。
◆◆◆◆
「――ふん、ふふん、ふーん!」
駄神は誰もいない空間で上機嫌になっていた。
せっかく神としての生を授かったのだから、真面目に働いているだけではつまらないと本気で思っている駄神は女神を助けたと、これも本気で思っている。
「僕もこれからはラクスラインを注視しておくかー。こっちの世界は……あー、そろそろ人族が滅んじゃうなー。まあ、いっか。勇者の選定は適当に……うん、これで良しっと」
駄神の世界は、今まさに魔族に滅ぼされようとしていたのだった。
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