第10話 予想外の反応でしたよ

 勇者は魔王の宿敵、俺がそれだと分かればもう助けて欲しいとは言わない――


「す、素晴らしいわ!」

「……はい?」

「スウェインが勇者なら、お父様とも気が合うはずよ!」


 ……おっと、これは完全に予想外の反応だ。


「いや、よく考えてくれよ? 俺は勇者で、リリルは魔王の娘だ。その、こう言っちゃあなんだが、勇者と魔王は宿敵だろう」

「昔はそうだったかもしれないけど、今の魔王はそうじゃないわ。むしろ、勇者との和平交渉を望んでいたくらいだからね!」


 ……ええぇぇぇぇ。


「どうかお願い、スウェイン! 私を助けてちょうだい!」


 イスから立ち上がったリリルがものすごい勢いで頭を下げてくる。


「……すまない、リリル。やっぱり、俺には無理だ」

「どうしてよ!」

「……さっきも言ったと思うが、俺は元Nの荷物持ちなんだ。普通、勇者ってもんは赤子に与えられる特別な職業なんだが、何故か今回は俺に突然与えられた。正直言って、俺には荷が重いんだよ」


 そして、俺はNだったから故のここ数日の出来事を語り始めた。

 家族、友人からも見放されて故郷の村を追い出されたこと。昨日までは餓死してもおかしくなかったこと。そして、人界に置いてNは奴隷に似た扱いしかされていないという事実。

 その全てが俺という人格を形成しており、Nが突然XRになったからって何ができるというのだろうか。


「それに、怖いんだ」

「怖い?」

「あぁ、怖い。神様が何かの間違いで俺に勇者という職業を与えたとしたら、その職業を突然取り上げられてしまうんじゃないかって、怖いんだ」


 これが俺一人の時なら全然構わない。

 魔獣に囲まれている時であっても、殺されるのは俺一人だけなのだから。

 だけど、そこにリリルがいる時だったらどうだろう。

 俺が戦えなくなったことで俺だけではなくリリルも殺されてしまうかもしれない。


「俺は、誰かの命を背負えるような強い人間じゃないんだ」


 そう語り終わると、リリルは悲しい表情を浮かべながらゆっくりとイスに腰掛ける。


「……それなら、スウェインはどうするの? 突然勇者になったけど、何もせずにこの家でただ暮らしていくの?」

「それもいいと思っているよ。正直、Nを虐げている今の現状を俺は良しとしていない。こんな人族の為に命を削って戦おうとも思わないから、誰も来ないだろう辺境の森の中でひっそりとスローライフを満喫したいんだ」

「……そう」


 軽蔑、されただろうなぁ。

 こんな美人さんに頼みごとをされて断ったんだから、それも仕方ないか。

 できることなら話し相手が欲しいところだけど、それが無理ならツヴァイルと一緒に暮らしていくのも悪くない。


「……それなら、私もここで暮らしても構わないかな?」

「あぁ、構わないよ。どうせ俺のことなんて軽蔑して出て行く……ん?」

「本当! 軽蔑なんてしないわ、暮らしてもいいのね! よかった、本当にありがとう、スウェイン!」

「ちょっと待ってくれ! ……い、今、ここで暮らしてもいいかって言ったのか?」

「言ったわよ! そして、スウェインは構わないと言ってくれたわ!」


 ……待て待て待て待て、あり得ないだろう! どうして今の話の流れでそうなるんだよ!


「な、なあ、リリル。よーく考えろよ? 俺はお前の護衛依頼を断ったよな?」

「そうね」

「それなのにどうして一緒に暮らすって話になるんだ?」

「だって、私一人では何もできないし、それならいっそのことスウェインと一緒に暮らして守ってもらおうかなって」


 ……変わり身早いな! えっ、なんで? 魔王を助けたいんじゃなかったのか?


「……うふふ、何か考え込んでいるみたいね」

「そりゃそうだろう! リリルの決断って、魔王を見捨てることになるじゃないか!」

「そうかもしれないけど、お父様は深手を負わされたけど魔王なのよ? とってもしぶといし、私が言うのも変だけど娘を溺愛する子煩悩な父親でもあるの。私が安全に暮らせるなら、きっと許してくれるわ」

「……そこに俺の意思は含まれないんでしょうか?」

「でも、さっきは認めてくれたじゃない」


 確かに構わないって言っちゃったけど、あれは勢いというか予想に対して真逆の回答だったから返事を間違えたと言いますか。


「男のくせにグダグダ言わないの!」

「は、はい!」


 ……あれ? 俺、なんだか、尻に敷かれてないか?


「……うふふ、ありがとう、スウェイン」

「……どういたしまして?」

「なんで疑問形なのかしら?」

「……なんとなく」


 疑問形と言うか、完全に困惑している状況ですけどね。


「でもね、スウェイン。人族に対して飽き飽きしちゃったら、お父様を助けて和平交渉に協力して欲しいな」

「どうだろうな。俺にそんな大それたことができるとは到底思えないよ」

「そうかしら。あなたは自分のことを常に卑下しているようだけど、私から見たら世界を俯瞰的に見れてる素晴らしい人族だと思うわ」

「それは……俺が、元Nだからだよ」

「そこが強みなんじゃない。今すぐにとは言わないわ。でも、もし何か行動を起こしたいと思える時が来たら、声を掛けてちょうだいね」


 そんな日が本当に来るのだろうか。


「……とりあえず、リリルもここで暮らすっていうなら家がもう一つ必要だな。すぐに木材の調達に――」

「えっ、いらないわよ?」

「なんだ、外で寝るのか? さすがに女性を外に放り出すのはどうかと思うんだが」

「違うわよ! ……同じ家でいいって言ってるのよ」

「……はい?」


 いやいや、ダメだろ!?

 俺は健全な男子なわけで、こんな見目麗しい女性と同じ屋根の下で暮らすだなんて……いや、相手は魔族なわけだから問題ないのか? いやいや、問題大ありだろう、俺の精神衛生上!


「家はもう一件建てる!」

「いらないわよ!」

「ダメだ、建てるからな!」

「どうしてよ! ……も、もしかして、私のことを変な目で見ているんじゃあ」

「ち、違うから! いや、違わないけど違うから! 俺はそういったことはちゃんとした関係になってからじゃないと!」

「違うなら問題ないわね。それに、理性もしっかりしているみたいだから何も起こらないでしょう?」


 ……なあ、ツヴァイル。俺はどうしてリリルの尻に敷かれているんだろうな。


「……ガウ?」


 ……そうだよな、分からないよな。


「はぁ。なんでこうなったんだよ」


 結局、俺が急ぎ作ったのはベッド二台のみ。

 同じ屋根の下でリリルと二人で眠るなんて……俺、寝れるだろうか。

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