第56話:本題へ入ります

「シルクさんに、折り入ってお願いがあるんです」

「お願いにゃ? また装備を作りたいのかにゃ?」

「それもあるんですが……それよりも重要な話です」

「……ちょっと待つのにゃ」


 シルクさんが一度だけ言葉を遮ると、カウンターを出て入口に向かう。

 表の看板を閉店に変えたようで、とてもありがたいことだ。


「それで、どういった話なのかにゃ?」

「実は、俺が村長をしている集落があるんですが、そこへの移住でもどうかと思いまして」

「……村長に、集落? 勇者がかにゃ?」

「……えぇ、ひょんなことから」


 シルクさんが困惑するのも理解できる。

 勇者は本来、人族の象徴であり、前線に出て魔族を殺し、返り血を浴びながら領土を拡大しているものだ。

 それが、誰も近寄らないような場所で隠遁生活をしていると言っているのだから。


「そこにルリエも一枚噛んでいるってことかにゃ?」

「一枚どころか、私も暮らしているわ」

「にゃんだって!? ……はぁ。まあ、ルリエが隠れるには最適な場所かもしれないにゃ」

「……ちなみに、魔族もいるわよ?」

「にゃんだってえっ!?」

「あー、魔王の娘もいます」

「…………にゃ?」


 おぉ、驚き過ぎて声にすらなってないぞ。

 シルクさんが固まってしまったところで、俺はブレイレッジで暮らしている者たちについて説明した。

 人族のNや魔族のRを集めていること、そして自給自足で生活していること、さらにお金を稼ぐために商売を考えていることなどだ。


「人族のNや魔族のRを保護しているということかにゃ?」

「最初はそんなつもりなかったんですけどね。ルリエとリリルが声を掛けたら集まって来まして、成り行きでそうなった感じです」


 そこで、俺が集落を築いたいきさつについても説明した。


「勇者がスローライフって、面白いことを考えるのにゃ、スレイは」

「元Nですからね。勇者が考えたというより、世間から弾かれたNが考えたと思ってくれたら納得じゃないですか?」

「まあ、納得するしかないのにゃ」

「シルクさんには、ブレイレッジで鍛冶師として働いてもらえないかと思ったんです」

「僕がNを蔑むとは思わないのかにゃ? ……いや、ルリエがいる時点で、そうは思っていないということかにゃ」


 俺が笑うと、シルクさんは肩を竦めて見せた。


「だけど、それなら僕がここを離れることで起きる問題についても理解しているはずだにゃ?」

「えぇ。ですから、シルクさんには、移住だけではなく、ここを頼りにしているNの方々にも声を掛けてみて欲しいんです」

「いいのかにゃ?」

「えぇ。この際、俺は新しいスローライフを考えていますから」

「えっ! 何よそれ、聞いてないんだけど?」


 どうしてルリエが食いつくかな。

 だが、人が増えれば働き手が多くなるという利点があるわけで、ならば俺が働かなくてもよくなる可能性も出てくるじゃないか。


「俺は村を治めるだけで、危ない時だけ働く。そんなスローライフもありかと思ったんだよ」

「……これは、とんだ勇者ね」

「でも、移住してくる人だって、何もせずに生活ができたら、それこそ腐っていってしまいます。……こう言っては何ですが、Nだと知って何もしない者と、何ら変わらないかなって」

「……確かに、スレイの言っていることも理解できるのにゃ」

「それに、俺が何もしないとも言ってないぞ? 人族や魔族から侵攻があれば、俺はいつでも戦いに出るつもりだからさ」


 俺が笑みを浮かべると、ルリエもシルクさんもニコリと笑ってくれた。


「分かったのにゃ」

「本当ですか!」

「利用しているNにも話をしてみるのにゃ。でも、そこから情報が漏れる可能性はいいのかにゃ?」

「うーん、そこはシルクさんを移住させるために目をつぶります。それに、シルクさんが情報を伝える相手を選んでくれるでしょう?」

「……僕の責任、重くないかにゃ?」

「まあ、私もシルクさんのことは信頼しているし、大丈夫でしょう」

「はいはい、分かったのにゃ。それで、二人はいつまでここに留まるのかにゃ?」


 これから、もう一人の当てに声を掛けると口にし、一週間ほどは滞在するだろうと伝えた。


「また、出発の日が決まり次第に顔を出します」

「了解だにゃ」

「それとね、素材の買取りもお願いしたいんだけどいいわよね?」

「そっちは仕事だからにゃ」

「あー、それと……魔人の素材で武器も――」

「魔人! いいのにゃ! 見せてくれなのにゃ? 早くするのにゃー!!」


 そして、興奮したシルクさんがNへの話よりも鍛冶を優先させないか心配になりながら、素材を渡してその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る