第20話 声を掛けられました

 翌日、俺たちはボートピアズを散策する為に朝から行動することにした。

 一階に下りると女主人がおり、修理代はどうなったかと確認したのだが、気にすることじゃないと突っぱねられてしまいこれまた背中を叩かれることになってしまった。

 これ以上、背中を赤くさせるわけにはいかないので、俺は苦笑を浮かべながら宿屋を出ることになった。


「さーて、どこに行こうかしら!」

「とりあえず大通りに出てみるか?」

「それもいいんだけど……やっぱり最初は種とか苗を見に行こうかな」

「えっ、いいよ。俺の用事は後からで」


 突然、気を使われてしまったので断りを入れたのだが、頑として聞いてくれない。


「いいから! スウェインも言ってたでしょ? 種と苗も大事なんだって。その大事な用事が全部終わってからで大丈夫だからさ」

「……そうか? それなら、助かる」


 前を歩いていたリリルが振り返り微笑んでくれる。

 ……おっと、いかん、いかん。このままではリリルが俺の彼女だと勘違いしてしまいそうだ。

 気を取り直した俺はリリルの横に並んで歩き出し、当面の食材を購入しながら店主に種や苗を売っている場所を聞いていく。

 そうして辿り着いた場所で、俺は年甲斐もなく興奮してしまった。


「これはピルマルとトマルトの種だ! こっちはモルコーンとキベッツの苗じゃないか!」

「おや、お兄さん。詳しいじゃないか!」


 いつの間にか女店主とも盛り上がってしまい、リリルとツヴァイルはお店の外に並んでいる綺麗な花を眺めていた。


「もしかして、農耕スキル持ちかい?」

「えぇ。それで、自給自足をする為にこうして種や苗を探しているんです」

「そうかい! それなら……ちょっと値は張るけど、こんなものはどうかね?」


 そう言って女店主がお店の奥から取り出していきたのは、俺も見たことがない種だった。

 故郷の村は農作物を育てて近くの都市に卸していたので、結構な作物を見てきた自負があったのだがな。


「これはこの地方でも珍しい、スタースティックっていう果物だよ」

「……スタースティック?」


 名前すら聞いたことのない果物とは、恐れ入ったな。


「暑さにも寒さにも弱い果物で、育てるのがとても難しいのさ」

「他に注意することはありますか?」

「土が大事さね。質でいえば最上級の土が必要になるから、堆肥作りから大事になってくるよ」

「堆肥かぁ……そういえば、後回しにしていたな」


 俺は考え込んではいるものの、頭の中ではすでに種を購入するか否かを決めている。

 ただ、問題なのはその値段だ。


「……ちなみに、おいくらですか?」

「そうさね……これくらいでどうだい?」


 女店主は人差し指を立てる。


「……100デリですか?」

「いいや――1000Dだね」

「せ、1000D!?」


 俺の声に驚いたのか、外にいたリリルとツヴァイルが顔を覗かせた。


「……む、無理だ」

「おや、そうなのかい?」


 最初から買うつもりだった種や苗に加えて1000Dの支払いがプラスされると、手持ちのお金がほとんどなくなってしまう。

 それこそ、今日一日をパン一つで乗り切るくらいの覚悟が必要になってしまう。


「……すみません、スタースティックは諦めて、こっちの種と苗だけを頂きます」

「それは残念だね」


 女店主は苦笑を浮かべながらピルマルとトマルトの種、モルコーンとキベッツの苗の支払いを終わらせた。


「どうしたの?」

「いや、珍しい果物の種があったんだが、値段が高くてな」

「諦めたの?」

「あぁ。今日一日をパン一つで乗り切らないといけなくなる」

「……諦めてくれてありがとう」


 ここまで俺のやることを優先させてくれたリリルだが、さすがにパン一つで乗り切る自信はないようでお礼を言われてしまった。

 いやいや、お礼を言うべきは俺だからな?


「さて、それじゃあ種と苗も買えたことだし、遅くなったけど朝ご飯を食べようか」

「やったー! ねえねえ、スウェイン。向かいのお店がとってもオシャレなんだけど行ってみない?」

「ガウガウッ!」


 視線を向けると確かにオシャレな喫茶店があり、お店の中だけではなくテラス席まで設けられている。

 お客さんの姿も数組あるので不味いということはないだろう。


「そうだな。それじゃあ、あのお店で朝ご飯だ」

「やったね!」

「ガウガウッ!」


 俺は店員に声を掛けると、獣魔と一緒であればテラス席になると言われたが問題はない。むしろ、その方が街並みを見ながら食べられるので嬉しい限りだ。

 値段もリーズナブルで懐にも優しく、今の俺にとっては嬉しさ倍増だった。


「お待たせしました」


 料理も注文してから10分と掛からず運ばれてきたし、味も繊細で宿屋の豪快な味付けとはまた違い楽しみながら食べることができた。

 最後に食後の紅茶を優雅に啜っていると――


「――相席、いいかしら?」


 突然、見知らぬ女性から声を掛けられてしまった。

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