第38話:この女神、駄女神?
目の前の魔人に、今まさに、殺されそうになっているんですけど!
「勇者とは人族の象徴、そして希望となります。ですから王都へ向かい、そしてラクスラインの王と謁見を――」
「ちょっと待てよこらあっ! この状況を見て、そう言ってるんですかね、女神様!」
「……この状況とは?」
そこでツヴァイルが首を動かして周囲の様子を見ている。
魔人を見て、こちらを見て、リリルたちを見て、再び俺を見る。
「……魔王の娘を助けにきた魔人に襲われているのですか?」
「違うわっ! リリルたちは俺の仲間! 賢者がデビルブラッドを飲んで、魔人になっちまったんだよ!」
「……どうして人族の英雄である賢者がデビルブラッドなんてものを飲んだのですか?」
「知るか! とりあえず、俺たちは殺されそうになっているから、何か役に立つものをくれるんじゃないのかよ!」
俺の言葉を聞いて現れたのかと思ったら、そっちの都合でやって来たのかよ!
「そう言われましても、スキルの大半は与えておりますから……あぁっ!」
「な、何かあるのか!」
「聖剣スキルと魔剣スキルを与えておりますから、それを使って――」
「それが使えないから言ってるんじゃねえかよ!」
こいつ、マジで使えないな! 女神は女神でも、駄女神だろ!
「そうなのですか? であれば……えぇ、これを与えましょう」
「こ、今度こそ、使えるものなんだろうなぁ」
言葉使いが荒くなっているが仕方がない。だって、駄女神なんだもの。
「前勇者が使用していた、
「……神の遺物?」
何を言っているのか理解できなかったのだが、何もなかったはずの目の前の地面に一本の剣が突き刺さっていた。
「……これが、神の遺物なのか?」
「神の遺物というのは、過去、ラクスラインを見守っていた神が造り出したものの総称です。銘はデーモンスレイヤー、魔人殺しと言われている剣です」
「……魔人殺し、デーモンスレイヤー」
「確か、魔人に対して威力が増大するとか、しないとか?」
「いや、なんでそこが疑問形なんだ? 大事なところだろ?」
「過去の神が造り出したものですから、私には分かりません」
……もういいや。
武器が手に入れば、何とかなるかもしれない。
それに、駄女神が言ったみたいに魔人に対して威力が増すのであればなおさらだ。
「よし、それじゃあさっさと元に戻してくれるか?」
「えっ? それでは、人族の為に王都へ向かってくれるのですか?」
「……さぁ」
「さ、さあっ!? ス、スウェイン様、何を言っているのですか! あなたは勇者、人族の象徴となるべき者なのですよ!」
「いや、知らんし。というか、本当なら赤子に与えられるべき勇者の職業が、なんで十五歳のNだった俺に与えられたんだよ。その時点で意味が分からん」
おそらく、今まで神が赤子に勇者の職業を与えていたのは、俺のような問題が起きないようにする為だったのだろう。
……いや、普通は勇者になったら喜んでしまうかもしれない。俺が、歪んでいるのかも。
この世界でNの荷物持ちという職業を与えられた時点で絶望し、家族にも見放されて村を追い出されて絶望し、森の真ん中で餓死しそうになったんだもんな。歪んでしまっても仕方ない気がするけど。
「とりあえず、この剣は貰うし、そっちの魔人は倒す。だけど、王都に行く気はないし、人族の象徴になる気もない」
「な、何故ですか! 勇者とは、ラクスラインにおいて、唯一の存在なのですよ?」
……だから何だと言うんだ。
勇者は確かに唯一の存在だろう。
だが、俺という人物もまた、唯一の存在だ。
リリルだって、ルリエだって、ツヴァイルだってそうだ。
職業云々ではない。個人としての存在が大事だろうが。
「俺は、俺の手の届く範囲になら手を伸ばす。それが人族だろうと魔族だろうと関係ない。俺にとって大事なもの、それは――スローライフなんだからな!」
「……はい?」
「いや、なんでそんな素っ頓狂な声をあげているんだ? その為にわざわざ森の中を彷徨い歩いたんだし、スキルで家を建てて家具を作り、畑を耕したんだぞ! 本当ならこんな魔人となんて戦いたくないんだからな!」
家を壊されでもしたら、マジで狂いそうになる。考えただけでも嫌になるんだからな。
「……ス、スローライフの為に、王都に行かないのですか?」
「その通り」
「……贅沢三昧ができると思いますけど?」
「そんなもん、俺には必要ない」
「……本当に?」
「さっきから言っているだろう! ここにはツヴァイルもいるし、リリルもいる。これ以上、俺に必要なものはない!」
これだけ言えば文句はないだろう。
まだ何か言うようであれば、デーモンスレイヤーを返却してお帰りいただき、別で魔人を倒す方法を考えるだけだ。
「……勇者の職業を取り上げる、と言ったらどうしますか?」
ツヴァイルの姿でそう口にした駄女神が、ニヤリと笑った気がする。
だが、それくらいで主導権を握ったと思ったら大間違いだ。
「それこそ、元の俺の生活に戻るだけだから問題にならないな」
「……へっ?」
「ツヴァイルもリリルも離れていくかもしれないけど、元々は一人でスローライフを送るつもりだったしな」
寂しいが、それも致し方ない。
だが、俺の答えは駄女神にとっては予想外だったようで、口を開けたまま固まってしまった。
「ほ、ほほほほ、本当にいいのかしらー? だって、勇者じゃなくなるのよー?」
「だから別に構わないって……あーれー? もしかして、口だけで本当はできないんじゃないのかー?」
「ギクッ!?」
……いやいや、口に出したらおしまいでしょうに。
「……で、できないから人族の為に戦ってよー! お願い、そうじゃないと、今まで築き上げてきた私の実績がー!」
「知るか! 駄女神の実績の為に、俺たちがいると思うなよ!」
こいつ、最終的には泣き落としかよ!
しかし、勇者を取り上げられることがないと知れたのはありがたい。
無くなってもいいと言ったのは本当だが、あって助かるのも確かだからな。
「さっきも言ったが、俺の手の届く範囲でしか助けない。それは人族、魔族、関係なしだ」
「もうそれでも構いません。ですから、お願いしますね? 絶対ですよ!」
そう言い残すと、ツヴァイルに漂っていた異様な雰囲気は鳴りを潜め、そのまま他の者と同じように動かなくなってしまった。
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