第24話:予定について

 外に出ると、日はすっかり傾いており、結局はほとんど観光もできなかった。

 リリルは落ち込んでいるだろう、と思ったのだが案外平気なようで仕方がないと笑っている。

 だが、それが無理をしているようにも見えてしまい、時間ができればまた来ようと心に決めた。


 さて、今の俺たちは宿屋の酒場に移動している。

 もちろん酒を飲む! ……為ではなく、明日以降の予定を確認する為だ。


「私はいつでも出発できるけど、スレイたちは?」

「俺たちは明日の朝で依頼している装備を受け取る必要があるから、早くても午後になら出発できるかな」

「そう。だったら、明日のお昼にボートピアズの門の前で集合ってことでいいかしら?」


 ヴィリエルの言葉に俺とリリルが頷くと、そのまま500デリを置いて立ち上がった。


「なんだ、もう行くのか?」

「私の宿は別だし、道具の買い出しが必要だからね」

「買い出しって、今から行くのかしら?」

「夜にしか開いてないお店もあるのよ」


 少しばかり訝しく見つめながら問い掛けたリリルに対して、ヴィリエルはさも当然のように返して宿屋を出ていった。


「……どうするの、スウェイン」


 おいおい、ヴィリエルがいなくなったからっていきなり普通の呼び名に戻すのはどうなんだよ。

 まあ、女主人がいるからその方がいいのかもしれないけど。


「どうするもこうするも、行くしかないだろう」

「でも、家が見つかったらどうするの? あんなところで生活してるってなったら、絶対に怪しまれるわよ?」

「分かってるが、放っておくこともできんだろう。監視のつもりで同行するのが一番だ」


 それに、人界と魔界の境の調査といっても、その境が一人では到底調査できないくらいに広いことは理解している。

 おそらく、境に到着したらそれぞれで空虚地帯がないか探すことになるだろうから、俺たちが家のある方面を調査することができれば誤魔化しも利くはずだ。


「そう上手くいくかしら」

「やるしかないんだよ。それに、リリルも見ただろう――ヴィリエルの気配の隠し方を」


 喫茶店での出会いは本当に驚いた。俺だけではなくリリルですら気配を全く感じてなかったのだから。

 あの状態で襲われでもしたら、あっという間に殺されていたかもしれない。

 ヴィリエルを敵に回すのは、得策ではないと判断したまでのことだ。


「Sランク冒険者って言っていたけど、それってURの職業持ちってことよね。いったい何者なのかしら」

「もしかして、英雄の一人だったりしてな」

「ちょっと。縁起でもないこと言わないでよね」

「なんで縁起でもないんだ?」

「……まだ敵か味方かも分からないのよ? 英雄となんて、戦いたくないんだからね」


 言われてみればその通りだ。

 ヴィリエルの実力は計り知れない。

 そんなヴィリエルが仮に英雄だとしたならば、多くの戦場を経験しているだろう。

 今の俺たちでは場数が違い過ぎる。

 XRの勇者やURの宵闇の魔法師であっても、戦略で手玉に取られてもおかしくはないのだ。


「なるべくことは穏便に済ませるようにしましょう。もし戦うことにでもなったら、逃げるが一番ですからね?」

「それもそうだな。俺だって、せっかく第二の人生を得たんだから、こんなところで死にたくはないよ」


 そう、今の俺は第二の人生を送っているようなものだ。

 Nの俺が行き倒れて死ぬ間際に授かった第二の人生。


「運命から解放されたんだから、自由気ままに生きていきたいもんな」

「運命?」

「そう、運命。前にも言ったけど、人界のNは人として生きていけないからな。奴隷になるか、野垂れ死ぬかしかないからな」


 昨日は食べ損ねた女主人の料理を頬張り、俺は笑みを浮かべる。


「こうして美味い飯を食べる機会を与えられ、都市の中を堂々と歩く権利を得られた。それに……」

「それに?」

「……こうして、リリルやツヴァイルと一緒にいられるってのも、第二の人生だからなんだよ」


 今の俺はどういった表情をしているだろうか。自分で口にしてなんだか恥ずかしくなってしまう。

 ただ、リリルの表情は頬を赤く染めているように思える。

 ……なんだ、恥ずかしくなったのか?


「そ、そうなの。まあ、私もスウェインには助けられているし、第二の人生がなかったらここにはいなかったもんね」

「……そういうことになるのか?」

「なるのよ。案外、人族が信じる神様ってのは良い神様なのかもしれないわね」

「どうだろうな。本当に良い神様なら、こんな世界にはしていないだろうからな」

「ガウ?」


 神、という言葉に反応したのかは分からないがツヴァイルが食事から顔を上げてこちらを見ている。


「神獣のお前のことじゃないぞ。お前は最高のパートナーだからな!」

「ガウッ!」

「ちょっと、私はどうなのよ!」

「いやいや、リリルはリリルだろう」

「パートナーじゃないの! 一つ屋根の下で暮らしているって言うのに!」

「おい! こ、声がでかいって! ……お前、まさか酔ってるのか!?」

「酔ってないわよ! お酒なんて……にょんで……にゃいわよ~」

「酔ってるじゃねえかよ!」


 頬を赤くしていたのは、単純に酔ってたからかよ。

 というか、明日が出発なのに大丈夫なのか?


「……わたしは……いちゅだって……シュウェインの……みかたぁ~……グー」

「……誰だよ、シュウェインって」


 嘆息しつつも、このままにしておくわけにもいかないのでリリルを背負って席を立つ。

 女主人も俺たちの様子に気づいたようですぐに鍵を持ってきてくれた。


「可愛い彼女の寝込みを襲うなんてするんじゃないよ?」

「彼女じゃありませんから! 襲いませんから!」

「にゃにおう! ……グー」


 ……そこ、怒るところじゃねえだろうが!

 なんだか最後にドッと疲れてしまった。俺も明日に備えて眠るとしよう。


「……ヴィリエル、お前はいったい何者だ?」


 俺のスローライフを妨げるようであれば、全力で排除する必要もあるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は目を閉じて深い眠りに落ちていった。

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