第29話:野営です

 時折現れる魔獣を討伐しながら進んでいき、日が隠れ始めた時間を目安に野営の準備を行う。

 ……野営、面倒臭いなぁ。


「スレイたちは野営の道具って持ってるの?」

「持ってない」

「そうだったわね。どうしましょうか」

「クウゥゥン」


 どうしましょうかって言われても、無いものはどうしようもない。


「天気も良いし、大木にもたれて寝たらどうだ?」

「絶対に嫌よ! 虫とかいたらどうするのよ!」

「ガルッ! ガルルッ!」


 いや、虫って。魔王の娘が虫を気にするのかよ。それと神獣、お前もだぞ。


「野営道具も無しでずっと移動してきたの? 色々とすごいわね、あなたたち」


 だって、野営なんてするつもりなかったんですもの。


「スレイはどうでもいいとして、リリルさんとツヴァイルを外でってのはさすがにねぇ」

「おい、なんで俺はいいんだよ」

「だって、男だし。女の子を外に放り出すって、最悪じゃない?」

「それはそうだが……な、なら、ツヴァイルはどうなんだよ!」

「ツヴァイルは可愛いから関係ないわよねー」

「ガウガウッ!」


 くっ! お前、主は俺なのに、女性が好きなのね! いやまあ、俺も好きだけど!


「分かった、分かったよ! だったらすぐにでも簡易な小屋でも建てたらいいんだろ!」

「リリルさんとツヴァイルは私のテントに……って、はい?」


 ……ヤバい、変なことを言ってしまった。

 野営道具が無いからって、小屋を建てるとか、普通はあり得ないよな。


「……小屋、建てられるの?」

「あー、いやー……無理」

「……だ、だよねー! はは、真剣な顔だったから、冗談だって思えなかったわよ!」


 うーん、本気を出せば一時間くらいで建てられるけど、止めておこう。

 そして俺は外で眠ることにしよう。


「それで、スレイはどうするの?」

「どうするのって、外で寝るしかないだろう」


 リリルだけならまだしも、ヴィリエルまでいるとなれば一緒に寝るわけにはいかない。

 さらにテントという面積の小さい場所でとなれば、密着度が危険信号に陥ってしまう。

 俺の理性が、吹っ飛びかねない。


「……寝袋ならあるけど、借りる?」

「お願いします! ありがとうございます! このご恩は必ず返します!」

「べ、別にいいわよ。それじゃあ、リリルもいいかしら?」

「もちろん。スレイ、虫には気をつけてね」

「ガウガウッ!」

「……ツヴァイル、お前なぁ」


 夕暮れに染まる空を見て、俺は盛大に溜息をついたのだった。


 ◆◆◆◆


 翌日も俺たちは境へ向けて足を進める。

 昨日と同じで魔獣が現れれば討伐し、素材が使えそうなら空間庫に放り投げてさらに進む。

 昨日の今日なのだが、リリルは俺の空間庫の容量がどれくらいなのか気になり始めたようだ。


「ずっと魔獣を放り込んでいるが、容量は大丈夫なのか?」

「問題ないな」

「容量は問題ないのに、野営道具は一切持ってなかったのか?」

「……そこを言われると辛いな」


 そんな感じで、時折世間話を交えながら進んでいくと、二日目はあっという間に夕暮れになってしまった。


「結構進んだと思ったんだが、まだ着かないんだな」

「この森を抜けたところが境になるんだけど、さすがに夜の森に入る気にはなれないわ」

「怖いのか?」

「境の近くには魔獣がうようよいるのよ」

「……すまん、冗談だ」

「でしょうね」


 どうやら滑ってしまったようだ。……なんか、申し訳ない。

 さて、明日は本格的に境の調査が開始となる。であれば、今日の晩ご飯くらいは豪勢にしてもいいだろう。


「ここに来るまでに狩ってきた魔獣を材料に、豪華な料理を作ろうと思います」

「昨日の料理も美味しかったわね」

「ガウガウッ!」

「スレイは料理スキルまで持っているんだもの、驚いたわよ」


 ヴィリエルはこれまでも野営を何度も経験しているようで、そういった時の大半は携帯食料と味気ない食事が続いたのだとか。

 ……さすがに昨日の食事を食べた時に涙を流したのには驚いたが。

 とはいえ、俺だって食事はいつでも美味しいものを食べたいので、今日も気合いを入れて作りたいと思います。

 ボートピアズで調味料も少しだが仕入れることができたので、味は家で食べた時よりも段違いに美味しくなっている。

 極厚に捌いたブラックウルフの肉に下味を付けてしばらく放置し、その間にモルコーンを使ったポタージュスープを作る。

 様々な野草や仕入れた野菜をじっくりと煮込み、旨みがたっぷり溶け込んだスープの中にすり潰してペースト状にしたモルコーンを加えて混ぜていく。

 弱火でじっくり煮込んでいる間に、今度は下味を付けた肉を焼く。

 豪快に直火で焼くのだが、こちらも中まで火を通す為に僅かに火から離しての串焼きだ。

 鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに、俺だけではなく全員のお腹が鳴った。


「……ま、まだなのか、スレイ」

「……早く食べたいよ、スウェ……スレイ」

「……ガウ~ン」


 俺だって早く食べたいんだ、我慢しろ。というか、リリルは気をつけてくれよな!

 ……よし、肉は最後に強火で表面をパリパリにしてから完成だ!


「出来上がりだ! すぐにスープも入れるから――」

「「いただきまーす!」」

「ガウガウガウーン!」


 ……えっと、俺のことは誰も待ってくれないのね。

 仕方なく全員分のスープを器に注いで目の前に置いておき、俺も肉にかぶりつく。


「……美味い!」

「う……うぅぅ……涙が、止まらないわ!」

「さすがはス……ス、スレイ」

「ガウガウッ! ガガウガウッ!」


 リリルには後で強く言っておくとして、スープもモルコーンの味に深みが増しており、疲れた体に染みわたっていく。

 俺たちは大満足の晩ご飯を堪能すると、明日に備えて早い時間から眠ることにした。

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