第13話 出発しましたよ

 一時間後、俺たちは家を出て森中を進んでいる。

 向かう先は比較的大きな都市であるボートピアズだ。

 故郷の村からもそこまで離れていないので注意が必要だが、ボートピアズ以外の都市となるとだいぶ離れてしまうので時間が掛かってしまう。

 安全を考慮するならそちらの方がいいのだが、今は時間が惜しい。


「全く、畑を目にした途端に苗を買わなければ! 種も必要だ! って興奮しちゃうんだから」

「し、仕方ないじゃないか。あれだけの成長を目の当りにしたら、もっと色んな野菜を育てたくなったんだから」


 キャロット、ポロ芋、オーニオン、その全てが今まで食べたことのないくらいに美味しくなっていたんだぞ? スローライフには欠かせない食料なんだから充実させておくに越したことはないだろう!


「ガウッ! ガウーンッ!」

「ほら、ツヴァイルも喜んでいるじゃないか!」

「ツヴァイルは単純に外が楽しいだけだよねー」

「ガウッ!」


 ……くっ! マジで俺よりも懐いてるんじゃないか!


「ツ、ツヴァイルを誘惑するんじゃない!」

「そんなことしてないわよーだ」

「ガウガウー!」


 ツヴァイルよ、お前まさかオスじゃあるまいな。


「そんなことよりも、スウェイン」

「……なんだ?」

「何よ、拗ねてるの?」

「拗ねてないよ! だからなんだっての!」

「もう、拗ねてるじゃないのよ! ……まあいいわ。目的のボートピアズには何か名産品とかあるのかしら?」


 おいおい、何やら観光気分で行くんじゃないだろうなぁ。


「言っておくが、俺たちは情報収集の為にボートピアズに向かうんだ。別に観光しに行くわけじゃ――」

「それくらい分かってるわよ。でもさ、考えてみると往復するとしたら帰りは夜になるわよね? そうすると、動物はともかく魔獣は活発化するから危ないんじゃないかしら?」

「……そうかもしれないが、留まることの方が危険じゃないか?」

「そうとも限らないわよ。私は別に顔を知られているわけじゃないし、自由に情報収集ができるわ。スウェインには悪いけど、宿屋に引きこもってもらうことになるかもしれないけど」

「お前、自分が楽しみたいだけだろう!」


 だが、リリルの言っていることにも一理ある。

 周囲を警戒しながらの情報収集なんてたかが知れている。できることと言えば情報屋が発行している情報誌を購入することくらいだろう。

 ならばいっそのことリリルにボートピアズの中を自由に動いてもらい、情報を足で稼いでもらうのもありっちゃありか。


「どうかしら、少しは考えてくれたかしら?」

「……まあ、情報誌でどれだけの情報を得られるかによるかな」

「文字で見るのと実際に聞くのとでは、情報の質も変わってくると思うんだけどなー」

「ガウガウッ!」

「ツヴァイル?」

「ほら、ツヴァイルも色々と見て回りたいみたいよ?」

「ガウー?」


 ……くっ! そ、そんなつぶらな瞳で俺を見るな、見るんじゃない!


「……ガウ?」

「……い、一日だけだからな!」

「やった!」

「ガウガウーン!」


 俺はツヴァイルの上目遣いに負けて、一日だけボートピアズに滞在することを決めた。


「それにね、スウェイン。情報収集も大事だけど、それよりももっと大事なことがあると思わない?」

「もっと大事なこと? ……苗と種の確保とか?」

「違うわよ!」


 いや、俺にとってはそっちも大事な目的なんだけど――!


「話はあいつらを片付けてからにするか」

「ガルルルル!」

「それもそうね。……それに、おあつらえ向きだわ」

「んっ? どういうことだ?」

「倒してから教えてあげるわよ」


 何やら含みを残したままのリリルに首を傾げつつも、俺たちは目の前に姿を現した魔獣――フレイムホースへ視線を向ける。

 鬣が漆黒の炎で揺らめいていることが名前の由来となった馬型の魔獣だ。

 森の木々を燃やすことなく現れたのには理由があり、自身が目標と定めた相手か敵意をもって目の前に現れた相手にのみ燃焼効果が発動する。

 俺たちに気づかれることなく近づいて一気に燃やしてやろうと思っていたのかもしれないが、攻撃される前に気づいてしまったのだから仕方がない。

 ここは森を燃やされる前に一撃で決める方法を――


「ウォーターブレード!」

『ヒヒンッ!?』

「……はい?」

「ガウガウッ!」


 俺が木刀に手を掛けようとした直後、水の刃がフレイムホースの首を一撃で落としてしまった。

 ウォーターブレードを放っただろう相手に俺は視線を向けると、腰に手を当ててこれでもかと言わんばかりのどや顔を決めてきた。


「これでも魔王の娘なのよ? Rくらいの実力とは言え、魔力は膨大に持っているから戦力になるんだからね?」

「それはありがたいんだが……まあ、俺が楽できるからいいのか」

「それに、こいつの素材が欲しかったのよ」

「素材がか? なんで?」


 疑問を投げかけると、何故か冷めた視線を向けられてしまった。

 ……なんだよ、俺が何かしたってのか?


「自分の装備を見て、貧相だとは思わないの?」

「俺の装備?」


 言われてみると、確かに貧相かもしれない。

 武器は木刀、洋服は村を飛び出したままの状態、それ以外もボロボロでボートピアズに入れるかも怪しい格好をしている。


「……俺、実はヤバい奴だったのか?」

「パッと見はヤバいわね。人族の奴隷がどういう扱いなのかは分からないけど、今のスウェインはそう見られてもおかしくないんじゃないかしら」

「い、一応、洗濯は毎日してるんだけど?」

「臭いの問題じゃなくて、見た目の問題を言ってるのよ!」


 どちらにしても身だしなみは整えなければならないかもしれない。

 しかし、それをするにしても金がないんだよなぁ。


「うーん、途中で売れそうな野草とか薬草が採取できればなぁ」

「ちょっとー。目の前に大金になるだろう魔獣の死骸が転がっているんですけどー?」

「えっ? ……あ……あぁー! そういうことか!」

「気づくの遅すぎでしょう! なんなの、スウェインって天然なの!」


 そこまで言わなくてもいいだろうに!

 しかし、魔獣を売るというのは完全に盲点だった。いや、普通はそこから考えるのかもしれない。

 俺にとっての魔獣は食料であり、貴重なたんぱく源だったからな。


「ってことは、今まで狩ってきた魔獣の素材も売れるのか?」

「そういうこと。それに、鍛冶屋に素材を持ち込めば割安で装備を揃えられることもあるし、いらない素材は売って、使える素材は装備に加工してもらいましょうよ」

「……そうだな。リリルの言う通りだ」


 この先何があるかなんて分からない。

 それに俺は魔獣を狩って生活しているわけだし、装備は充実させていた方がいいに決まっているのだ。


「ちなみに、素材加工には結構な日数が掛かるから、一日以上の滞在は確定ねー」

「んなあっ!? ……お前、嵌めたな!」

「よかったわね、ツヴァイル! 大きな都市でゆっくりできそうよ!」

「ガウッ! ガウガウーン!」


 ……こ、こうなったら、出てくる魔獣を片っ端から狩って金に換えてやるんだからな!

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