第3話 お肉を食べたいです
索敵スキルを使って魔獣や動物の姿を探しているのだが、なかなか見つからない。
100メートル……500メートル……1キロ……だいぶ先まで索敵範囲を広げて見たものの影も形も見当たらないのだ。
これ、本当に生きた生物がいるのかすら怪しくなってきたのだが。
「ああぁぁぁぁっ! もう、マジで肉が食いたいんだけど!」
……うん、叫んでみても出てこないよな。
「さて、どうしてものか……」
肉を諦めたらいいんだけど、どうしても食べたい。ここしばらく食べていなかったから、食べられるかもしれないと思った時点から無性に食べたくなっているのだ。
「仕方ない、こっち側に行ってみるか」
目を向けた先は俺が進んできた道とは逆側へと続く道。
正直、あちら側に行くのは避けたいところなのだが、背に腹は代えられない。
「魔界、かぁ」
俺が暮らしていた村は魔界の近くに作られていた。
大きな都市は比較的安全な場所に作られているのだが、住民の多くはSR以上の職業ランクを与えられている。
要は、Rですら大都市では暮らせないということだ。
そして、つまはじきにされたRは辺境に村を作り、そこで愉悦に浸る為にNを罵る。
Nにとっては悪循環でしかないが、これがラクスライン国の現状なのだ。
だが、職業ランク差別が適用されているのはラクスライン国だけではない。人族全体にその傾向が見られるので、結局はどこに行っても変わらない。
魔族はそこらへん、どうなってるんだろうな。
「……まあ、魔人が出てくるなんてことはないだろうし、問題はないかな?」
人界と魔界の境というのは、どちらから見ても辺境である。
このような辺境に魔族の中で言う貴族にあたる魔人が足を運ぶはずもないと考え、俺は意を決して魔界へと足を進めた。
「うわぁ。どんどん森が枯れていくなぁ」
ちょっと戻れば緑豊かな森の中に戻ることだろう。だが、目の前に広がる光景は森から続いている場所とは思えない程に森が枯れた見渡す限りの荒野へと移り変わっていく。
人界には人界にしか育たない植物があるように、魔界にも魔界でしか育たない植物もあるだろう。
しかし、ここにはそういった植物すら生えていないのだから驚きだ。
「おいおい、こんなところに魔獣がいるのか?」
期待薄だな、そう思いながら俺は索敵スキルを発動させてみた。
「……おぉ……これは……魔獣じゃないか!」
ついに見つけたぞ、肉!
俺は気配を消して駆け出すと、心の中で人型じゃないようにと強く願いながら魔獣の近くに移動する。
風下から回り込みその姿を視界に捉えて、俺は小さくガッツポーズをとった。
「よし! シャドウウルフだ!」
シャドウウルフは魔族の一兵卒と言われるほどに個体数が多く、人界にまで生息域を広げており漆黒の体毛をなびかせる狼に似た魔獣。
だからこそ馴染みの魔獣であり、その肉はやや硬いながらもその歯ごたえが良いと言う人族も多い。
俺としては硬くても柔らかくても肉は肉なのでどちらでも構わない。人型でなければ構わないのだ!
「数は五匹。群れのリーダーは……あいつか」
一番奥に陣取っている大型のシャドウウルフを見つけると、俺はどうやって倒そうかと考え始めた。
リーダーを倒せば統率も乱れて倒しやすくなるだろうが、貴重な食料に逃げられる恐れもある。
ならば広範囲を攻撃できる魔法を使うのも一つの手だが、それだと肉を痛めるどころか食べられなくなるかもしれないので却下。
五匹全てを手に入れるには素早く、そして一撃で仕留める必要があるか。
そんなことを考えていると、リーダーのシャドウウルフが顔を上げて首を魔界の奥へと向ける。残る四匹も同じ行動をとると、そのまま魔界の奥へと移動を始めてしまう。
「げっ、マジかよ!」
ぐぬぬっ、こうなっては数匹逃がすのも視野に入れてまずはリーダーを倒すことだけを考えるべきかもしれない。
木材で作っていた木刀を腰から抜いて慎重に近づいていく。
タイミングを見計らって飛び出そうとしていたのだが、ここで予想外の事態に遭遇してしまった。
「……おいおい……あれ、マジかよ」
シャドウウルフが向かっていた先にいたのは、人型の魔獣であるオークだった。
3メートル近くある巨体は一歩踏み出すたびに地面を揺さぶり、鼻息荒く手にした棍棒を振り回している。
……オークなら見た目豚だし、食べられるかな?
「しかし、なんで棍棒を振り回してるんだ? 魔獣同士で争ってるのか?」
動物も縄張り争いをすることもあるので、魔獣も同じだろうかと考えながらオークが戦っているだろう相手を確認する為に
「マジックアイ」
右目は目の前の光景を、そして左目は俯瞰でオークの頭上から見た光景を映し出す。
……ふむふむ、オークは獣タイプの魔獣、それこそシャドウウルフと似た魔獣と戦っている。
ただし、シャドウウルフと異なる点は体毛が漆黒ではなく、漆黒と純白が混ざった体毛をしているのだ。
「魔獣で白色が入っているなんて、珍しいな」
魔獣のほとんどはその姿を漆黒で包み込んでいる。
黒という色が悪をイメージさせるからだと言われているが、確たる証拠はどこにもない。
黒色がかわいそうだと思ってしまうが、事実魔獣のほとんどが漆黒なのだから致し方ない。
そして、俺はここまで考えると一つの推測を打ち立てた。
「もしかして、魔獣じゃないんじゃないか?」
人界から迷い込んだ動物か、もしくはまた別の何かなのか。
勇者の知識を得たからといって全てのことを知っているわけでもない。
全勇者も一人の人間なのだから知らないことの方が多いに決まっている。
「……助けるか」
そう口にした途端、俺は不思議な感覚になっていた。
先ほどまでずっと肉のことしか考えられなかったのに、漆黒と純白が混ざっている生物を目にしてからは肉のことなどすっかり忘れてそいつのことを考えている。
あれは、俺にとって必要な存在だとでも言っているかのように。
「……でもまあ、シャドウウルフの肉だけは確保できそうだし、いいかな」
ただ、肉のことを再び考えるとやはり肉は食べたいので、リーダーだけは絶対に仕留めようと心に決めて岩陰から飛び出した。
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