第21話 何やら誘われています

 目立つ深紅の髪の女性なのだが、俺は最大級の警戒をすることになった。

 というのも、俺はボートピアズに来てからも常に周囲の気配を探っていた。

 俺のことを知っている人物がいないとも限らないので最低限の気配察知ではあったが、この女性の気配は声を掛けられるまで全く気づくことができなかったからだ。

 それはリリルも同じだったようで、表情は微笑んでいるもののすでに臨戦態勢に入っている。


「あぁ、ごめんなさいね。いつもの癖で気配を消すようにしているのよ」

「……でしたら、他の席に行っていただけませんか? 驚かされたので相席なんてしたくないので」


 癖だからと警戒を緩めるわけにもいかないので、俺は相席を断ることにした。

 そもそも、席なら他にも空いてる……空いてる……空いて、ない?


「ここの喫茶店、とっても人気があるのよ。それで、相席でも良ければって店員さんが案内してくれたんだけど……やっぱりダメだったかしら?」

「まあ、できれば身内だけで食事を楽しみたいかな」

「そっかぁ。もし相席を許してもらえたら、とっておきのデザートをご馳走してあげられたんだけど」

「私は問題ないわよ」

「……リリル、お前なぁ」


 魔族であっても甘いものには目がないということか。


「ありがとう、リリルさん! すみませーん、特大パフェをお願いしまーす!」

「あ、ちょっと!」

「スウェ……スレイ、私は甘いものが食べたいわ」

「……はぁ。まあ、別に良いか」

「うふふ、スレイさんもありがとね」


 テーブルに頬杖をついてこちらを見てくる女性を見ると、視界の中には大きな果実が二つで谷間を作っており目のやり場に困ってしまう。


「そうそう、まだ名乗っていなかったわね。私の名前はヴィリエル、冒険者をやっているわ」

「俺は……って、リリルが言ってしまったか。それと、こいつは俺の獣魔でツヴァイルだ」

「ガウッ!」

「へぇー、変わって毛並みをしてるのね」


 ドキッとしてしまったが、その後はヴィリエルがツヴァイルを撫で始めたのであえて口にすることはしない。


「ねえ、二人は冒険者なの?」

「いいや。スローライフを目指す自由人だ」

「私はそんな彼の同居人よ」

「……何よそれ?」


 いやまあ、そう言われても仕方ないんだが、間違いではないんだよな。


「ねえ、スレイさん。冒険者になって、私の依頼を手伝ってくれないかな?」

「何を藪から棒に」

「私、昨日の騒動の時、あの酒場にいたのよね」


 昨日の騒動って……あぁ、宿屋での騒動のことか。


「スレイさんが倒したスキッドっていうBランクの冒険者。あんな奴だけど、実力は本物なのよ。そんな奴を素手で倒しちゃうんだもの、Aランク以上の実力を持っていると見たわ」

「推測するのは勝手だが、俺はしがない自由人だ。森の中で畑を耕し、動物や魔獣を狩りながらのんびりすることが夢なんだよ」

「ちなみに、私の依頼は人界と魔界の境の調査なのよね」

「だから、俺は冒険者じゃないしヴィリエルの依頼を手伝えない……って、境の調査だって?」


 断ろうとした矢先、ヴィリエルの口から飛び出した言葉に俺は口を噤んでしまう。

 境の調査ってことは、俺の家のすぐ近くじゃないか。そんな所に家を建てて暮らしているなんて知られたら、俺の職業を変に疑われかねないぞ。


「そう、境の調査。勇者が死んだせいで魔族の侵攻が活発化しててね。そのせいで空虚地帯の出現も頻発していることから、定期的に調査の依頼がギルド経由で出されるのよ」


 人族も魔族も、境を跨いで相手側に行こうとすると見えない壁に遮られてしまう。

 しかし、そんな壁がない場所というのが存在しており、その場所のことを空虚地帯と呼んでいる。

 多くの人族、魔族が侵攻しようとすると大規模な空虚地帯からの進軍が必要となるのだが、最近では大規模な空虚地帯というのが多くなっているのだとか。


「小さな空虚地帯までは仕方ないとしても、大軍が通れるような規模となれば防衛線を張らないといけなくなるからね。その調査ってわけ」


 俺が魔界に入ってツヴァイルを助けた時は小さな空虚地帯を利用していた。おそらく、リリルも同じだろう。

 仮にヴィリエルが一人で境へと向かい、俺の家を見つけたとしたらどういう行動に出るだろうか。もしかしたら、敵対することもあるかもしれない。

 そもそも、人界と魔界の境で生活するような人族なんて普通はいないのだから、魔族と勘違いされる可能性もある。……まあ、本物の魔族がいるので勘違いとも言えないのだが。


「それに、自由人ってことは身分を証明する物なんて持ってないんじゃないの? 冒険者になってギルドカードを手に入れたら、それが身分証明にもなるから何かと役立つわよ?」

「……冒険者になったとしても、ヴィリエルのことを手伝う理由がどこにもないんだがな」

「――お待たせしましたー。特大パフェになりまーす」


 そこに運ばれてきた特大パフェ。

 テーブルの上には30センチくらいの高さに盛られたケーキ、果物、お菓子の山がある。

 それに目を輝かせているのは、当然ながらリリルだ。


「スレイ! この依頼、受けましょう!」

「お前なあ! 甘いものに負け過ぎだろうが!」

「もし受けてくれたら、ボートピアズに来た時には必ず特大パフェをご馳走してあげるわよ?」

「決定だわ!」

「おい! 勝手に決めるなよ!」

「ガウガウッ!」

「って、なんでツヴァイルにも特大パフェが出されてるんだよ!」

「食べたそうにしてたからよ?」


 ……はああぁぁぁぁ。これはもう、断り切れないじゃないか。


「……分かったよ」

「ありがとう、スレイさん」

「……スレイでいい」

「そう? 分かったわ、スレイ」


 順応早すぎないか? まあ、いいけどさ。

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