閑話 王都での一幕

 ――勇者が殺されてから一週間が経過した。

 新しい勇者は赤子として生まれてくるので戦力として期待できるのは十年以上経過してからになってしまう。

 そういった場合にはどうするのか――英雄を祭り上げて魔族の侵攻を遅らせるのだ。

 勇者と共に戦ってきた英雄は三人。

 各地で魔族の侵攻を食い止めていた英雄は数えきれない。

 そんな中で一人の英雄が勇者の成長を待つ間の頂点に立つべく名乗りをあげる。


「私はエレーナ・フォンブラウス。賢者の職業を与えられた英雄です!」


 職業ランクURの賢者、エレーナは勇者と共に戦ってきた英雄の一人である。

 勇者が殺されたことに責任を感じて真っ先に手を上げた――わけではない。

 エレーナは勇者と本気で愛し合っていたと思っている。

 だからこそ、そんな勇者を殺した犯人を血祭りにあげる為に名乗りをあげたのだ。


「私の魔法がある限り、魔族の侵攻は決して許しません!」


 エレーナは見目麗しい銀髪銀眼でスタイルも良い。特に男性受けする為なのか胸元が大きく開いた洋服をこのんで身に付けている。

 こうして演説をしている服装ですらそうなのだから、男性からの支持は絶大だ。


「そして――私たちの下から逃げ出した英雄も見つけてください! 彼女には責任があります! 英雄としての務めを果たさなければならないのです!」


 この短い言葉から、エレーナが一人の人物を血眼になって探していることを理解できたものはいただろうか。

 その者こそが、勇者を殺した犯人であるとエレーナは確信を持っていた。

 何故なら、勇者は女癖が呆れるほどに悪かったからだ。


「絶対に見つけてください! その英雄の名前は――ルリエ・ヴィスコ!」


 職業ランクURの剣聖、ルリエ。

 彼女は勇者が殺されたその日から姿を暗ましている。

 エレーナともう一人の英雄はルリエが勇者を殺したのだと決めつけて追い掛けたのだが足取りを掴むことができず、すぐに魔族の侵攻が開始されたこともあり追跡を中断するしかなった。

 しかし、エレーナが表立って表明することで至る所から情報が集まり、そこへ自らが殴り込みを掛ければ血祭りにあげることができると考えていた。

 魔族の侵攻を止める、人族を守ると声高に言っているものの、その実は自らの欲にまみれた復讐を果たす為の芝居であった。


「皆様に賢者の祝福を授けます、共に魔族を追い払いましょう!」


 王都にある唯一無二の魔法具マジックアイテム人界放送じんかいほうそうを用いて全国民へと自らの存在をアピールしたエレーナは、放送が終わるとその本性を表情へと露にする。


「……あの小娘、私の手で絶対に殺してやるんだから!」


 憤怒に染めたその表情からは、先ほどまで微笑を浮かべていた者と同一人物だとは誰も思わないだろう。

 それほどに醜悪で、下劣で、嫉妬に歪んだ表情をしていたのだ。


 ――コンコン。


「……はい」


 人界放送の魔法具が収められている部屋の扉がノックされたことで表情を繕い返事をする。

 扉の先から現れたのは、ラクスライン国の王様だった。


「エレーナ・フォンブラウス、大儀であった」

「はっ! その言葉、ありがたき幸せでございます!」


 かしづき首を垂れるエレーナに対して、ラクスライン王は直答を許し面を上げさせる。


「勇者が殺されてしまった今、頼れるのは英雄であるそなたらだけだ。人界を、民を、ぜひとも救ってくれ」

「この命に代えても、新たな勇者様が成長するまで保たせてみせます!」

「よろしく頼むぞ」


 ラクスライン王から直接言葉を賜るということは最大の名誉にあたるのだが、エレーナにとってそれは特段どうでもいいことだった。


(あぁ、早く姿を見せてちょうだいな、ルリエ。私のこの手で、絶望を味わわせてあげるわ!)


 誰もいなくなった廊下で、エレーナは再び醜悪で、下劣で、嫉妬に歪んだ表情を浮かべていた。

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