第26話 代替わり祭 3

「と、あなたに構っている暇はないんですよ。私も準備しなきゃ。化粧道具と綺麗なドレスはどこですか?」

「お前でもドレスアップくらいはしたいのか」

「やっぱり少女の夢だと思いますね」


 俺は舞台裏にいた事務員を呼び止めて、ジュディのメイクアップを任せる。

 登場まであと三十分くらいだが、それで充分間に合うらしい。


 暇になった俺は――たいていのやつは忙しそうに動き回っている――、仕方ないのでポケットに突っ込んでおいた原稿を読み始める。


 十万集まっているとなれば、やる気を出さないわけにはいくまい。



「魔王さん、魔王さん」

 

 気づけばジュディに呼びかけられていた。

 彼女を見て、俺は率直な感想を漏らす。


「魔王城のメイクアップ師は有能だな」

「地がいいからやりやすいと褒められましたよ?」

「そんなの、世辞に決まってるだろう? それがわからないなんてまだまだ子供だな」

「なんでそんな見下された目で見られなきゃいけないんですか」


 ドレスを着たジュディは、頬を膨らませた。

 普通こんな少女にドレスを着せても仮装パーティーのようにしかならないと思うのだが、さすが本職である。

 魔王城在住の女性王族はいないから、メイクアップ用の部門も、儀式部と同じように潰してしまおうかと思ったが、残しておいて良かった。


「ドレスを着るのは別に自由だが、ドラゴンの人形態という設定を忘れるなよ?」

「どんなことをすればいいんですか?」

「さあ?」

「さあ? って……」

「だって俺ドラゴンなんて見たことないもん」

「魔王なのに、ですか!?」

「なんでそこで驚くの?」


 笑いのツボも驚きのツボもわからん。


 のんきにそんな会話をしていると、事務員に呼ばれた。


「魔王様、そろそろお願いします」


 すでに、他の魔王城主要メンバーはバルコニー――そんな広さではないが呼び名としてはバルコニー――に上がっている。

 主役はあとから登場、ということだ。


「単に人目に晒したくないだけじゃないですか?」

「俺が魔王城の秘部とでも言いたいのか」

「勘の悪いあなたにしては珍しく鋭いですが、どっちかというと恥部ですね」

「一つの台詞で二回も貶すなよ……」


 ツッコむ気が失せる。

 

「さあ、それより、行かなくていいんですか?」

「お前緊張しないの?」

「私に注目が集まっているわけじゃないですし。何より誰一人知らない異世界で緊張しても……」


 なるほど。

 ジュディの答えには納得するが、俺には適用できない条件だ。

 俺は少し身構えつつ、配下たちが並ぶバルコニーに、一歩踏み出した。


 ワアアアアアアア!!


 途端に、場が沸いた。

 地平までを埋め尽くす群衆――宙に浮いているやつもいる――たちが、圧倒的な声量を放つ。


 本当に、俺の人気が上がっている?


 俺が試しに手を振ってみると、場は再び盛り上がった。


「結婚してー!」


 そんな叫びも、各所から聞こえてくる。

 俺は嬉しさの前に、驚きを感じる。

 魔法も上手くなく、カリスマもない俺は相当馬鹿にされてきたはずなんだが――。

 いったい、何があった?

 

 その答えは、歓声の一つ一つに耳を澄ませてみればわかった。

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