第4話 地下書庫にたどり着かない 3

 カッコつけるのに忙しかったせいで、魔法に集中できなかった。

 またも狙いを外した俺が転移したのは、薄暗い山中であった。


 ……ここ、人間領か魔王領かどっちだろう。

 きれいなおねいさんがいれば、人間領でもいいかな。

 現実逃避気味に俺が考えていると、

「きゃぁぁぁ!」

 絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。


 これは、駆けつけないわけにはあるまい。

 

 俺は第一形態に戻ってから、声の聞こえる方に急いだ。

 聞こえてくるのは戦闘音だ。

 魔力で強化すれば、俺の身体能力は跳ね上がる。

 現場到着まで一分も経たなかった。

 

 森の少し開けたところで、ごつい男と、可愛らしい顔立ちの女が盗賊たちに囲まれていた。

 全員人間か。

 しかも、全員大人。

 どちらに加勢する気もなくなり、俺は木立からひっそりと観戦する。

 ――けど、ここも人間領か……。


 そんな内心の落胆はさておき、戦いはなかなか白熱していた。

 人数差があり、かつ、一人を庇いながら戦っているのに、は善戦している。

 多分後ろで震えている男のほうが悲鳴の主だろう。


 女の方もぺたんこで、あまり応援したいとは思わない。

 もちろん大きさだけが問題ではないのだが、人間なんてどちらも敵なのだから、加勢に入るほうが間違っているのだ。

 あと何分女は耐えるだろう。

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、戦っていた女の視線が、ふと俺の姿を捉えた気がした。


 その予感は間違っていなかった。

「助けなさいよ!」

 一人を切り捨てながら、女はこちらを見ながら叫んだ。

 

 それにつられて、盗賊たちの目線がこちらを向く。

 こちらにその気はないのに、彼らの視線は敵愾心に溢れていた。

 ――透明化の魔法使っておけばよかった。


 そんな後悔も後の祭り。

 広い場所のほうが戦いやすかろうと、俺は戦場に姿を現す。

 気になるのは、戦いよりむしろ別のこと。

 第一形態だから体の特徴は人間と違うところはないが、服装で魔族だとバレないか……。


 それは杞憂のようで、誰も疑うような目線は向けてこない。

 盗賊たちの視線にある感情は敵愾心、女のそれは怒り、そして男は怯え。


「傍観なんて人間の風上にも置けないわね」

 人間じゃないですから。


「なんで俺が助けなきゃいけないんだ?」

「か弱い乙女と下卑た盗賊、どっちの味方をしたいの?」

「それは乙女だが、どこにか弱い乙女がいるんだ?」

 まさかそこの男のことじゃないだろうな。

 纏う雰囲気は一番それっぽいが。


 自称乙女は目を釣り上げた。

 か弱い乙女よりむしろ怒りを纏った鬼神に見える。


「――こっちを助けたら金をやるわ。持ってるうち半分。そっちの味方してもそんなには貰えないでしょ?」

 

 俺は少し考え、

「いいだろう」

 と頷いた。


 金には困っていないが、正当な代償を払おうとする態度には好感が持てる。

 どうせ、どっちの味方をしても何かが変わるわけじゃないしな。

 負ける気もしない。

 

 魔族だとバレちゃいけないから魔法は使えないが、それでもいくらでもやりようはある。

 ただ――


「俺、武器持ってないんだよね」

 魔法に武器必要ないし。

 複雑な魔法の場合は魔杖が必要だけどな。


「はぁ? 丸腰で魔の森林に入ってくるなんて信じらんない。本当に役に立つのかしら……」


 きじんは今更ながら不安になってきた模様。

 だが、その心配は必要ない。

 俺は世界最強――のはず――の魔王である。


「ほら、これでも使いなさい」

 

 鬼神はそう言って、震えているおとめが抱えている剣を取ってこちらに放り投げた。

 

「ふん、ようやく準備はできたか」


 様子を傍観していたモブたちの、(たぶん)親玉が口を開いた。

 今の会話の間に襲ってくればよかったのに、

「一人が二人になっても何も変わらないと言うのに」

 余裕をぶっこいているようだ。


 それが命取りになるとも知らずに。

 どっちにしろ、きじんが俺を見つけた時点で彼らの命は失われていたのだが。


 見かけ上は、この場で一番強そうなおとめは、自然にカウントから除外されていた。

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