第36話 魔王なのにナンパができないはずがない

 翌日。

 俺は珍しく早起きして、朝の九時頃に魔王城を出た。

 ああまで馬鹿にされたからには、見返してやらないわけにはいくまい。


 と勇ましいことを言ってみたはいいが、ナンパなどこれまで一度もやったことがない。

 そもそも女性と話した記憶が、ほとんどない。

 

 いったいナンパってどうやるんだ?

 お茶しようぜ、とでも誘えばいいのか?

 

 そんな状態ではあるが、俺には勝算がある。

 魔王の立場を活かせばよいのだ。

 まあ俺を嫌ってる人も相当数いそうだが、魔王にナンパされてついてこない女性が、そう多いわけじゃないだろう。


 ちょうどいい具合に、スーツに見を包んだ、真面目そうな女性が目の前を通りかかった。

 ――忙しそうかつ真面目そうとか最初から最悪のチョイスですね――


 ジュディの声が聞こえた気がしたが、今日は魔王城に置いてきた。

 気のせいだろう。


「お茶してくれたら嬉しいんですけど、まあまさかそんなわけには行きませんよね」

 …………自分にがっかりだ。

 

 眼鏡の女性は、一瞬ジュディが俺を見るような目でこちらを見つめたあと、

「私忙しいので」

 と早足で行ってしまった。

 

 声をかける前より歩調が早まっていたのは気のせいだと信じたい。


 ……さて、次だ。

 さすがにいくら俺でも、言い終わった瞬間には諦めていた。

 まあこれも不慣れゆえのこと。

 練習あるのみ、トライアンドエラーだ。

 成長できないって言われたところも、一緒に見返してやるからな。


 今度は暇そうな人を選んでみよう。

 俺は、通りの端のほうで、暇そうに通りゆく魔人たちを眺めている女性を、次のターゲットにする。

 ――まさかのその人ですか――


「どこかでお茶でも飲みませんか?」

「ソーン、お前何やってんの?」

 ……自分にびっくりだ。

 

 顔を上げたその女性は、四将軍の一人、ミシェルだった。

 まさか同じ城に住んでいるこいつに気づかないとは。


 自分のテンパりぶりがよくわかる。 

 まあ、ミシェルは暇人の代名詞であり、暇そうで彼女を選んだ目だけは間違っていなかった。


「いや、特に何も」


 俺は適当に誤魔化して、彼女から逃げるように通りを進む。


 ……魔王城にはいなさそうなやつにしないとな。

 それを念頭に置いて魔人たちを見回した俺は、ピッタリその条件に合致するやつを見つけた。

 ――本当にロリコンの噂を払拭したいんですか疑問ですね――


「お嬢ちゃん、お茶をおごってあげようか」

「お兄ちゃん変態の人〜?」

「いやいや、そんなことはない」

「でもセンセーが知らない人にはついていくなって言ってたよ〜?」

「お嬢ちゃんは俺を知らない?」

「知らない!」

「…………邪魔して悪いね、学校に行くといい」


 …………魔王の知名度っていったい何?

 悪評判以前にそもそも知られてないのか?


 ま、まあまあ、あの子はまだ小っちゃかったからな。 

 魔王の顔を知らなくても不思議じゃない。


 さあ、次だ次。

 

 気を取り直して顔を上げた俺は、目の前をタイプど真ん中の女性が通り過ぎて行くのを見た。

 巨乳のおねいさんタイプ。 

 というかあれは地下書庫の司書さんじゃないか。

 毎日通い詰めているので顔は一瞬見ただけでも一致する。

 名前も、その中で手に入れた。

 オリヴィアさんというらしい。

 

 仕事もせずに地下書庫に入り浸っている俺に、嫌な顔一つしない彼女なら――。


 俺は慌てて彼女の背中を追いかける。

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