第35話 ハーフエルフ
夜の帳が下りて、皆も寝静まった頃。
僕とニーナさんは、火の見張りをしていた。
交代で2人ずつが起きていることになったわけだけど……何故か僕だけ勇者の誰かとではなく他の冒険者の人と一緒に居ることに。
実を言うとニーナさんと起きている理由は、彼女からの提案なのだ。
「距離感は大切。そこを重視するのも分かるけど、いざという時に連携が取れないのも危ない」
ということでこの組み合わせはニーナさんの意見を取り入れたからだ。
グレンさんの話とは真逆になるけど、問題がないと思えるなら距離を縮めるべきなのだそうだ。
真子が寝付けなかったらしく結構頻繁に様子を見に来てくれてたけど、今ではぐっすり眠っていた。
パチパチと音を立てる火に拾ってきた枝をくべる。
隣を見ると、ニーナさんの整った顔が火の明かりに照らされて幻想的な雰囲気を纏っていた。
「勇者様」
そこで僕を呼ぶニーナさん。
「ユウトでいいですよ」
「……分か、りました。ユウト様」
「敬語も別に要りませんよ」
冒険者は舐められないためにも敬語を使わない人が多いと聞いている。
ニーナさんが慣れてないなら無理に使わなくてもいいと思う。
というよりそっちの方が話しやすいし。というか様付けもなんとなく違和感があった。
頷きニーナさんは続ける。
「ユウトは、勇者の中でも一番強いと聞いている」
「そうなんですか?」
「うん、スキルまでは知らされてないけど、最重要人物だって」
「そんな大層なことになってたんですね……」
はは、と苦笑い。
スキルの数で言うなら確かに僕は多い。
だけど、純粋な戦闘力で言うなら刀香さんだって弱くはない。
真子と詩織は強さという意味では弱いかもしれないけど、後衛という意味では貴重な戦力だ。
そして、それ以上に大事な仲間で友達でもある。
守らないと。今度こそ誰も死なせるわけにはいかない。
パキリと、火にくべた枝が崩れる。
そこからはどちらから口を開くでもなく静かな時間が過ぎていった。
ニーナさんは、ぼぅっとしたままで、僕も僕でこうして誰かと冒険することに感慨深くなるのだった。
不意にニーナさんが口を開く。
「私は冒険譚が大好き」
「へえー、そうなんですか。ちなみにどんなのが?」
「勇者と仲間たちが魔王を倒すような王道の物語。だからハーフエルフの私は里を出て冒険者になった」
チラリとローブをずらして僅かに尖った耳を見せてくれる。
ニーナさんは意外と御転婆なんだな。
話してみたら案外話やすいし、最初のイメージとは違う人のようだった。
「ん? ハーフエルフがどうとかって関係あるんですか?」
「……ハーフエルフだってことには驚かないんだ」
「あー、すみません。実は鑑定させてもらってました」
「ユウトは鑑定スキル持ち?」
素直に頷く。次いで謝罪する。
気を悪くしただろうかと不安になるも、ニーナさんは微笑を顔に浮かべるだけだった。
「私は気にしない。だけど鑑定するなら今後は気を付けた方がいい。気を悪くする人もいる」
「そうですね。気を付けます」
それで話を戻すと、実はハーフエルフはエルフにとって蔑視される傾向があるらしい。
エルフは純潔を尊ぶ種族で、長なども血で選ばれることがほとんどなのだそうだ。
そのためエルフは排他的で他種族を見下す傾向もあるらしい。
ようするに自分の種族が一番偉いんだぞ、みたいな。
そのためハーフとなると里での居場所はないらしい。ニーナさんは里の居心地が悪かったのと、冒険者に憧れていたから、外に出たのだそうだ。
「ユウトは馬鹿にしないんだね」
「? 何がですか?」
「里でも、外でも、女の私が一人で冒険者なんて無謀だって言われることがほとんどだったから」
ハーフだし、とニーナさんが付け加える。
どうやら彼女はハーフであることに劣等感を感じているようだった。
「女の人でも強い人はいますからね。それに実際Bランクになってますし、心配はしますけど」
「……ありがとう」
「いえ……あ、そろそろ時間じゃないですか? グレンさん起こしてきますね」
「分かった」
ああ、そうだ。と――僕は、テントから毛布を一枚取り出した。
「寒くなったら使ってください。余計なお世話かもしれませんけど今日は冷えますし」
「え? う、うん。ありがと」
◇◇◇
この時ニーナは意図的にとある情報を伝えなかった。
後ろを向いて歩く勇者の少年を見て彼女はとある感情に支配される。
悠斗の姿が見えなくなったのを確認すると、ニーナは小さく震えた。
溢れ出る感情を堪えるように――だがそれもやがて決壊した。
「ユウト、格好良い……!」
恍惚の表情で呟いた。
ニーナの愛読する冒険譚はほとんどが勇者の出てくる物語だ。
冒険者になったのは憧れもあったが、勇者として召喚される異国の少年たちに関わりたいと考えたからだった。
「ハーフだってことも気にしないし、意外と可愛い顔してたし……」
ニーナにしてみればそれはとても新鮮な反応だった。どんな人間でも大概は2つの反応しか返ってこない。
それはハーフエルフという侮蔑か、エルフ故の美貌を見た者からの嫉妬、または欲情か――
ハーフだと蔑視され続けてきた彼女にとっては悠斗の反応は満点に近かった。
異世界人だから当然なのだが、悠斗にとってニーナはちょっと耳の尖った銀髪碧眼の綺麗な人でしかなかったのだ。
優しくて、しかも紳士的。その在り方は冒険譚に出てくる英雄の姿そのものだった。
毛布に包まりながら、やばい、やばい、と一人呟くニーナ。
極め付けは盗賊に襲撃された時の事。
まさか身を挺して助けてくれるとは――
(どうにかしてお近づきに……いや、まだ早い。距離感は大事。少しずつ縮めなくては)
ニーナは勇者の大ファンだった。
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