第23話 未来視
「……は?」
その言葉を洩らしたのは僕ではなくリリアの方だった。
冗談……ではなさそうだ。
何も冗談なんて言っていないと、ただ当たり前の事実を口にしたと言うような無表情だった。
ゼンさんを見ると、気まずそうに目を伏せられた。
リリアが黙っていられなくなったのか、前に出てくる。
「ま、待ってください! いくらなんでもそれは――!」
「黙っていろ。時は有限だ。それともそこの勇者の未来はお前にとってどうでもいい事なのか?」
「……ッ!」
唇を噛み悔しそうにするリリア。何か言いたそうだったけど、口を噤んだ。
不穏なことを言ったグリフィスさんを凄い睨んでる。今にも噛み付きそうだった。
けど、悪いけど今はこっちの方が気になった。
「えっと? グリフィスさんのそのスキルは……」
「セラでいい。私のスキル【未来視】は、未来の私が目にする光景の一部が視える力だ」
「そこで僕が死ぬ光景が視えたってことですか? けど、当たるとも限らないんじゃ? それに死んでるように見えただけという可能性もあるんじゃ……?」
グリフィスさん――改めセラさんは、冷静に続ける。
そこに焦りは見えない。
あくまで淡々と、お前が死ぬことに興味はないと言うように。
「私が視たのは、胸を貫かれている光景だ。お前が心臓を貫かれても生きていることが出来るのなら絶対ではないんだろう」
リリアが息を飲む。
僕は慌ててセラさんを止めた。
「すいません……ちょっと付いていけないんですけど……」
「詳細は不明だ。視えたと言ってもほんの一瞬の映像だけだからな」
すると、セラさんは壁に掛けられていたロングソードを一本手に取った。
帯剣して、そのまま続ける。
「断片的にしか見えない上に発動タイミングも自分では選べないというひどく曖昧なスキルだが……まず間違いなく的中する力だ」
「それは……回避出来ないんですか?」
「回避は出来る。が、それに類似した未来は避けられない」
歴史の強制力みたいな話だろうか。
過去を変えても、歴史がそれを修正して結局現在は何も変わらないというタイムトラベル理論に付随する概念のことだ。
「賊の侵入と私の視た未来……偶然でないならお前は今夜死ぬことになる。私の傍から離れるなよ」
……守ってくれるってこと?
不安はあったけど、意外と優しい人なんだろうか。
「お前が殺されるなら、お前の近くに賊が現れるということになるからな」
あ、それでさっきの話に繋がるわけか。
話を理解したリリアが額に青筋を立てていた。
僕の方も話を頭の中で噛み砕いて理解した。
なるほどなるほど……だから、僕は囮なわけだ。
え――酷くない?
◇◇◇
「あの、他の皆と話は出来ないんですか?」
「黙っていろ。殺すぞ」
……この人怖すぎない?
【未来視】についてはまだ実感がないけどさ。
ひょっとしたら僕を殺すのはこの人なんじゃないだろうかとさえ思う。
腕を組んだまま壁に背を預けているセラさん。
リリアは傍で控えてくれている。その顔には隠し切れない不安が滲んでいた。
理由は、もしかしなくても……僕のことだよね。
「リリアも座らない? 椅子持ってこようか?」
「いえ……私は結構です。お気になさらず」
やっぱり元気がなかった。酷く焦燥しているリリアは、まさに絶望とでも言うような目をしている。
僕とゼンさんは部下の人たちに頼んで持って来てもらった椅子に腰かけていた。
というかこの部屋装備の類しかないんだけど……寝る時とかどうしてるんだろう?
リリアが淹れてくれた紅茶を飲んで乾いた口を潤した。
「申し訳ありません。心中お察し致しますが、勇者の方々はこの国の、ひいてはこの世界の希望なんです」
勝手な行動はするなってことだね。
まだ実戦も行っていない勇者は足手まといというわけだ。
セラさんの部屋で僕たちはジッと経過の報告を待っていた。
賊が捕まることを祈ることしか出来ない。
というかセラさんは、国王様の護衛とかしなくていいんだろうか。
と、聞きたかったけど、殺されそうなのでやめておいた。
きっと何か理由があるんだろう。
案外自由なだけだったして……なんて、冗談が浮かんだ。
いや、意外とありそうで嫌だな。留守にしていたのも無断だとリリアが言ってたし。
「陛下の寝室は厳重に警備がついています。他の勇者様の元にも腕利きの護衛を数名つけているので安全は保証されているはずです」
セラさんに話しかけると殺されるようなので、僕はゼンさんから現状を詳しく聞いていた。
王城内部へと侵入した賊の存在は、やはりかなり大事らしく、今は魔術師や騎士団の人たちによって城の内部が隅々まで調べられていた。
僕の護衛はゼンさんが任されるらしい。セラさんも居るけど護衛と言うよりは……なんだろう。僕を餌に狩りをする狩人ってところだろうか。
「宿舎にいるのは僕等だけなんですか?」
「そうですね。賊に関する調査や、城の人間の護衛に人員を割いているという理由もありますが……騎士団長の戦闘は周囲に気を遣わないので巻き込まれないようにとの配慮です」
「ああ……」
なんか妙に納得した。今日が初対面ではあるけど、あの性格は戦闘スタイルにも反映されているようだ。
念のためにとセラさんから剣を渡されているけど、正直今にも後ろから誰かが斬りかかってくるんじゃないかとさえ思う。
不安は拭えない。皆は大丈夫だろうか? 【未来視】のこともあり、心の内側では言い知れぬ感情が渦巻いていた。
そもそも警備の厳重な王城にどうやって転移門を? 僕もそれについて詳しいわけじゃないけど、知識がないわけじゃない。
現状の不明な点に、何も思わない訳じゃなかった。
「ユウト殿……未来は決められたものではありません」
「…………」
「護ります。自分がこの命に代えても」
少しは信用してください。そう言って僕を勇気づけてくれた。
「わ、私もです! ユウト様は私がお守り致します!」
するとそれまで黙っていたリリアも話に加わった。
グッと胸の前で握られた拳は震えていた。
……そうだよね。優しいリリアの事だから心配してくれているんだろう。
僕が不安がらないように、これまで黙ってくれていたのかもしれない。
ゼンさんが僕の背後のリリアに目を向けた。
「不安なのは分かります。ユウト殿といつも共に行動していたのは目にしています。仲睦まじいのは結構ですが、そう不安がっていてはユウト殿も落ち着けませんよ?」
「ッ、す、すみません……」
背後でリリアの視線を感じた。今にも泣き出しそうなリリアに「大丈夫だよ」と、元気付ける。
「警備だって厳重ですしね」
聞けば宿舎の周りにも警備の騎士を何人か配置しているらしい。
見回りの人間もいるため、ここまで厳重な中では滅多なことは起こるはずもない。
確かにこの中でどうにか出来るとも思えない。僕は少しだけ気持ちを落ち着けることが出来た。
「……ありがとうございます」
ゼンさんは、ニッと頼もしい笑みを浮かべて僕を励ましてくれた。
大丈夫ですよ。賊もすぐに捕まるでしょう――と。
◇◇◇
それからさらに4時間ほどが経過した。
時刻は夜。いつもは寝静まっている頃だけど、この場は妙な緊張感に包まれていた。
さすがにこんな時には眠れないな。
定期的に報告は来るものの侵入者に関しての進展はなかった。
だけど、皆から手紙が来た。勝手に動けないから、護衛の人に伝文を頼んだらしい。
定期報告に来た騎士団の青年から受け取ったそれを読みながら暇を潰した。
これは姫木さん。
『佐山さん、王都は賑わっていましたね。また行きましょうね』
侵入者のことについては触れていなかった。
気が落ちないように敢えて楽しい話題を選んでくれているのだと分かった。
で、次が秋山さん。
『暇です。積んでいた本がなくなりそうです……』
もう全部読んだのか……ちょっと前に5冊くらい借りてたけど。
今頃は覚えたばかりの魔力操作でも練習してるのかな。
その次が栗田さん。
『サヤマ二ウムが足りません』
……サヤマ二ウムってなんだろう。たまに栗田さんってよく分からないよね。
そこが愛嬌だとも言えるけどさ。
「皆様は相変わらずですね」
リリアも皆からのメッセージを読んで少しは緊張がほぐれたみたいだ。
ずっと身構えてるのもしんどいしね。彼女のネガティブな感情が少しでも払拭されたのなら僕としても嬉しかった。
「あの、返事を書きたいんですけど駄目ですかね?」
「駄目だ」
にべもなく断られた。
……まあ、緊急事態だしね。
「むぅ」
リリアは不満そうだった。そういえばリリアはセラさんが苦手だと言ってたな。
相性が悪いんだろうか?
でも今はむしろ僕たちの気の方が抜け過ぎているのかもしれない。
ゼンさんが微笑ましそうに手紙を読む僕とリリアを見ていた。
ちょっと気恥ずかしくなったので、伝文から目を離して違うことを考えた。
それにしてもセラさんはいきなり名前で呼んでくれって言ってたけど……たぶんあれは仲良くしたいとかじゃない気がする。
何かグリフィスさんだと長いだろ。みたいな理由なんじゃないかな。
どうしよう。当たってる気がする。
それにしたっていきなり名前呼びは大胆だとは思うけど。
「そういえばユウト殿は堂々としていますね」
「ん? そうですか?」
「死を予告されても動じないのはさすがだなと、見習いたいものです」
そんなんじゃない。ただ単に顔に出てないだけだ。
死ぬと言われてピンと来ていないだけなのかもしれない。
リリアが僕以上に狼狽えていたから逆に落ち着けたというのもあった。
それにしても、ゼンさんとリリアはこの場の良心だよね。
セラさんとは初対面だけど、この人と二人きりだと息が詰まりそうだ。
でも……なんで態々僕に伝えたんだろうか。
「…………」
いや、もしかしたら……案外本当に僕を気遣ってくれただけなのかもしれない。
死が避けられないなら、何も伝えずに僕を見張ることだって出来たはずだ。
考えてみたらそっちの方が都合がいい。その方が対策だって練りやすいし。
避けられない死の未来から僕を守ってくれようとした……ってのは都合よく考えすぎかな。
「ん?」
「? どうかしましたか?」
結局リリアは何で呼ばれたんだ?
僕がここに連れてこられた理由は分かった。でも、リリアの方の理由はまだ聞いていなかった。
「ユウト殿も気心の知れた友人がいるほうが不安も紛れるのではと……余計なお世話だったでしょうか?」
ああ、そういうことか。
勇者の皆は無理だったけど、一人の侍女くらいなら勝手に連れてきても問題なかったってことかな?
リリアが軽く見られたようで釈然としない感じはしたものの、気遣いがありがたかったのは確かだ。
ここは素直にお礼を言っておく。リリアが居ることで助かっているのは僕も十全に理解していた。
「お二人は仲が宜しかったようなので」
「あー……一緒にいることは多いですけど」
からかうように言われる。
思い返せば、ゼンさんとは中庭の訓練でよく一緒に体を動かしていた。
そんな僕の傍にはいつもリリアが控えていた。
まあ……うん、目立つよね。
姫木さんと模擬戦したときだって……
「…………?」
不意に僕の思考が止まった。
拭い難い違和感を感じたからだ。
何だっけ……そういえばなんで――
「あの、ゼンさん」
「はい? なんでしょう?」
僕は何の気なし尋ねた。
この時の油断とも言える言葉を僕は後に後悔することになる。
「ゼンさんって僕のこと”サヤマ”の方で呼んでませんでしたっけ?」
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