第22話 侵入者







 大きなベッドに倒れ込む。

 皆が心配していたけど……正直なんて返事をしたか覚えてない。

 どうやって帰ってきたかさえも理解していなかった。

 さすがに衝撃が大きく、動く気力さえ沸かなかった。柔らかな音を立てて体が沈み込む。


「父さん……この世界に来てたんだ」


 僕のラノベ好きは父の影響だった。

 息子にも二次元の女の子を見せて感想を求めてくるような人。

 異世界転移したい! が口癖だった。

 今思い出しても馬鹿らしい……だけど、そんな父が大好きだった。

 授業参観で見に来られるのが恥ずかしかった。

 一緒にいるところを見られるのが嫌だった。

 だけど……男手一つで僕を育ててくれた恩人。


 小学校に通っていた頃の事。ある日、僕は父と喧嘩をしてしまった。

 幼馴染だった友達が遠くへ引っ越した時のことだった。

 きっかけになったやり取りは、ほとんど覚えていない。

 気遣ってくれた言葉に苛立ったとか、一人にしてほしかったとか、そんな感じだった気がする。

 だけど、その時僕は言ってしまったんだ。


『うるさい! ほっといてくれよ! 父さんなんて異世界にでも行って死んじゃえばいいんだ!』


 そんな言葉を口にしてしまった。

 なんであんなにイラついていたのか。

 どうしてそんなことを言ってしまったのか。

 今となっては不思議でしょうがない。

 だけど、その日を境に父が蒸発したのは……きっとそんな僕を嫌いになったんだと思っていた。

 僕はそのことを忘れた日はない。

 父の……あの悲しそうな目が忘れられなかったんだ。


 父さんはこの世界で死んでいた。

 その事にどうにもできない遣り切れなさを感じた。今更ではあるけど……せめて何か一言残してくれればよかったのに。

 なんて、僕の時みたいにいきなり召喚されたなら無理だろうけど……


 聞けばあの冒険譚は200年ほど昔の物語らしい。

 時代が違い過ぎるために同名の別人という可能性もあったけど、勇者シドウのファミリーネームを調べたところサヤマで間違いなかった。

 おそらくは召喚される際の時間の軸が異なるんだろう。

 なんて、気を紛らわすために考察してみるけど、気は晴れない。

 でも――


「……ハァ、僕らしくないな」


 皆にも心配を掛けてしまった。切り替えよう。

 勢いを付けて起き上がると両の掌で頬を叩いた。

 そうだよ。逆に考えればいいじゃないか。

 父さんは異世界に行けたんだ。

 ずっと「異世界に行きたい!」と子供のように目をキラキラさせていた父さん。

 そんな馬鹿みたいなことを言っていたあの人は、その願いを叶えることが出来たんだ。

 そりゃまあ結果こそ不本意だったかもしれないけど、それでもその事に関してだけは本望だったんだろう。


 コンコンッ


「?」


 ノックの音。誰かが心配して様子でも見に来てくれたんだろうか?

 夕食の時間は既に終わっているので、侍女の誰かが呼びに来たという線もないだろう。

 となるとやはり勇者の誰かか、リリアくらいしか僕には思いつかなかった。


「ユウト殿。夜分遅くに申し訳ない」


「ゼンさん?」


 ドアノブを回すと扉の隙間から見えたのは王都騎士団の副団長であるゼンさんだった。

 その後ろにはリリアも居る。

 どうしたんだろうか? 僕が疑問を感じてすぐの事。ゼンさんはすぐに来てくれと僕を急かした。


「緊急事態なんです。とにかく付いてきてください」




◇◇◇




「未来予知、ですか?」


 ゼンさんの言葉は荒唐無稽。だけど確かな確信を持って放たれたものだった。

 王城の廊下を歩きながら、ゼンさんは僕とリリアの前方を歩きながら誘導する。

 夜だから廊下は薄暗く幽霊でも出そうな雰囲気だった。慌ててついていく。

 彼の背を見ながら僕が聞き返すと、ゼンさんが言葉を選ぶように口を開いた。


「セラ・グリフィス騎士団長を知っていますか?」


「名前だけなら」


「団長の持っているスキルに未来の一部を予見するスキルがあるんです」


 そんな力もあるのか。さすがファンタジーだけど、僕が呼び出されるような理由とは結びつかなかった。


「はぁ……それが僕と何か関係が?」


 ゼンさんが足を止める。

 そこは王城の城門近くにある騎士団の寄宿舎だった。

 大勢の騎士団員たちが寝泊まりする場所なだけあって、冒険者ギルドの建物以上に巨大な建造物だった。

 その中に僕たちは入っていく。人はいなかった。皆寝静まっているのか、何か他の理由でもあるのか。

 とにかく妙な寂しさを感じる場所だった。


「リリアは何でここに?」


「わ、分かりません。何故か来てくれと……何かよくない未来でも予見されたんでしょうか?」


 分からないことだらけだったけど、だからこそ迂闊なことは言えなかった。

 無駄にリリアを不安がらせることもないだろう。

 ゼンさんが宿舎の廊下の最奥にある一室の前まで僕たちを連れてきた。


「私から言えるのはここまでです。とにかく詳しくは団長から聞いてください」


 そう言ってノックをすると、中からは「入れ」と、扉越しにくぐもった声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、一瞬の明るい光が目に入った。

 目を細める。豪華な壁紙に反して武器類しか置いていない、なんともアンバランスな部屋が視界一杯に広がった。

 目の前にいるのは一人の女性。純白のプレートアーマーを装備している。

 装甲の隙間から僅かに見える肌には無数の傷が重なり合い変色していた。

 何でこんなところで完全武装を? なんて疑問も浮かんだけど、すぐに言葉を呑み込んだ。

 どれほど戦いに身を投じればこんな体になるのか……部分的にしか分からないけど、装甲の下にある筋繊維は高密度で発達した物ということが素人目にも分かった。


「お前が今代の勇者か」


「えっと、はい。佐山悠斗です。貴女は」


「セラ・グリフィスだ」


 金糸のようなブロンドヘアが僅かに揺れた。

 その端正な顔には頬に一筋の傷跡がある。

 笑みさえも浮かべない無表情。妙な圧を感じていると、彼女は扉の傍に控えたゼンさんを一瞥する。


「ゼン、私のスキルについては?」


「既に伝えています」


「そうか……ではさっそく本題だが」


 グリフィスさんはそれを確認すると、僕に向かう。 


「巡回中の部下が転移門の痕跡を発見したらしい」


「転移門?」


 サーシャさんとの授業で聞いた覚えがある。

 莫大な魔力を消費する代わりに特定の地点同士を繋げるゲート。それが転移門だ。

 行き来できるものもあれば、一方通行のものもある。用途によって使い分けられるが、魔力の消費は一方通行の方が半分以下で燃費もいいらしい。


「隠蔽されていたらしい。この事は陛下にも報告済みだ」


 ……? 

 よく分からない。

 その転移門とやらが態々王様に報告するほどの一大事なのだろうか。


「本来ならここまで問題にはならない。無断での設置は犯人が罰せられる程度だろう――だが、今回は事情が違う」


「……というと?」


「転移門の痕跡が見つかったのは、大浴場。つまりこの城の内部だ」


 そこまで伝えられたところでようやく理解が及び始めた。

 隣のリリアからも、動揺が伝わってくる。

 事の重大さに麻痺していた頭が現状を把握すると、ほぼ同時にセラさんの部下の人たちが大慌てでやってきた。


「騎士団長!」


 軽鎧を身に纏った騎士団の青年が息を整える。

 僕に視線を送ってきたけど、グリフィスさんが「続けろ」と、促したことで報告がされた。

 巧妙に消された転移門にはこちら側への転移の形跡が見つかったそうだ。

 詳しいことはまだ解析中とのことらしいが、賊の侵入はほぼ確実らしい。


「あの……それで僕たちは何でここに呼ばれたんですか?」


 侵入者と僕達をここに連れてきたことには何の関係もないように思える。

 護衛が必要なら僕を部屋から一歩も出さずにそのまま入り口を固めればいいだろうし。

 それとも彼女の未来予知とやらと何か関係があるのだろうか?


「ああ、それに関しては……前置きは不要だろう。単刀直入に言う――囮になってもらう」


「囮?」


 あまりにも淡々と語られるその言葉は――


「お前は死ぬ。恐らくはそう遠くないうちにな」



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