第18話 何か仲良くなってませんか!?
「チッ、余所者が」
肥満体の男に、すれ違いざまに舌打ちされた。
リリアがキッと睨み付けたけど、相手はすぐに廊下を曲がっていった。
「あの人は?」
「……おそらく、反勇者派の貴族ですね」
「あー、やっぱりそういう人達もいるんだ」
そりゃ全員が好意的だなんてありえないけど、実際悪意を向けられると複雑だ。
まだ不愉快そうに顔をしかめているリリアに笑いかける。
怒ってくれる友達がいるんだと思ったら不思議と舌打ち程度気にならなかった。
「気にし過ぎても仕方ないよ。皆も待ってるし運動して発散しよう」
僕とリリアが向かったのは訓練に使われる中庭だ。
皆はすでに待っていたようで、声をかけてくれる。
「ユウト様」
「ん?」
「発散するなら私の体を使って下さってもいいですからね?」
……そうだった。リリアって淫魔なんだった。
種族的に分かり易く言うならサキュバスだろうか。思わず背筋がゾクッとするほどの色香があった。
そういう種族なのだという事で受け流せるけど、青少年にその発言は宜しくないよ。
「うん……あの、リリア? そういう冗談は良くないと思うよ? というかなんか栗田さんが般若みたいな顔してるんだけど」
そうこうしてるうちに騎士団の人達の立ち合いの下で、戦闘訓練が始まった。
戦闘訓練と言っても、ほとんど基礎的な練習が主だった。技術的な要素は後回しだ。
聞けば今の僕たちはサナギのような状態。異世界人が元の世界とは違うこの世界に順応できるにはそれなりの日数が必要らしい。
羽化するにはまだまだ時間が掛かるとのこと。言い換えれば伸び代があるとも言えるけど。
ちなみにメニューは以下の通り。
ストレッチ、準備運動。
ランニング。
筋力トレーニング。
いくつかの武器の扱いを学んだり。
簡単な組手、模擬戦。
これにさらにストレッチを挟んで数セット繰り返す。
秋山さんだけは【魔導】というスキルの性質上、魔力操作という別メニューが入る。
数日前に魔力を感じることが出来たと喜んでいたけど、魔法が使えない僕には分からない感覚だった。
何気に秋山さんと一緒にリリアが自分のことのように喜んでいたのが印象的だった。
◇◇◇
訓練後に僕は皆へと提案した。
「お……王都を散策したい、ですか?」
肩で息をしながら秋山さんは僕の言葉を繰り返した。
「ふぅ、ふー、な、なんでまた急に王都を……?」
同じく荒い呼吸を整えながら栗田さん。
体力訓練を終えた午後のひと時。訓練は毎回騎士団の人たちが様子を見てくれる。
運動後のクールダウンのストレッチで体を捻る。
前の世界では帰宅部だったけど、運動が嫌いなわけじゃない。体を動かすと気持ち良いしね。
体力とステータスの低い二人がこの程度の疲労で済んでいるのはある程度の慣れが出てきたからなのだろうか。
元々この世界に来た恩恵で体力は上がっているはずなんだ。僕たちの更なる体力向上も見えてきたし、二人も今ではこの世界に順応出来てきたってことなんだろう。
最初は倒れ込んで、ぜーぜー言ってたのに成長したなーとしみじみ。
ちなみに今から1週間後には、ちょっとした遠出を行う。実戦訓練らしい。
いよいよ、魔物と戦うんだそうだ。
人型の魔物は避けるらしいけど、それでもいずれは戦うことになるだろう。
騎士の人たちに見守られながらではあるけど、命の危険だって少なからずある。
今までのように休息なんて取れないかもしれない。
だからそうなる前に、まとまった休みがある今を楽しみたかった。
「皆様、お疲れ様です」
「ありがと」
リリアからタオルを受け取った。彼女は嫌な顔一つせずにいつも僕たちの世話をしてくれる。
献身的なリリアに内心で感謝する。汗を拭いながら「どうかな?」と、皆を見た。
「構いませんよ。佐山さん、私で良ければご一緒します」
「いいね。王都に美味しいようかん売ってるらしいんだけど」
「あ、私ようかん大好きです」
へぇ? そうなんだ。
でも意外でもないな。姫木さん和菓子とか好きそうな感じがするし。
「ふふっ、なんですかそのイメージ」
「あはは、皆はどうかな? 姫木さんは賛成らしいけど」
昨日の模擬戦を境に態度が軟化した姫木さん。柔らかく笑いかけてくれる彼女は、以前のように張り詰めた様子はない。
心に余裕が出来たってことなのかな。何にせよ良い傾向だ。
少しでも彼女が笑えるようになった手助けが出来たのなら僕としてもこれ以上嬉しいことはない。
「あの……何か仲良くなってませんか?」
栗田さんが慄いていた。
信じられないものを見たように目を見開く。
秋山さんがポツリと「ら、ラノベみたい……」なんて言っていた。
「栗田さんも心配してたでしょ?」
「そりゃちょっとは仲良くしてほしいとは言いましたけどね? ”ちょっと”は、ですよ!? これのどこがちょっとなんですか!?」
詰め寄ってきた。その剣幕に気圧される。
「仲良くなる分にはいいんじゃ?」
「なりすぎは良くないと思います!」
栗田さんは、捲し立てる。ふう、と一呼吸。
「良くないと思います!」
二回言った。どうやら大事なことらしい。
「よ、よく分かんないけど気を付けるよ……それでどうかな? 考えてみたら僕たちってまともに城下に行ったことないしさ」
勇者として軽率な行動は慎んでほしいと言われてきたのだ。
だけど、せっかく異世界に来たんだし、ちょっとくらい羽目を外しても良いよね。
栗田さんも、不満そうにしながらだったけど最終的には頷いた。
秋山さんも賛成だそう。リリアが嬉しそうにニコニコしていた。
「楽しんできてくださいね」
「え、リリアは来ないの?」
僕の言葉にリリアはキョトンとしていた。
一瞬動きを止めて「ご一緒してもいいんですか?」と、こちらを窺う。
「むしろこの流れで仲間外れとかどんな鬼畜ですか……」
栗田さんの言葉に姫木さん達も頷く。勿論僕もだ。
以前はリリアのことをどうするか、なんて話もしたけど、それも今や過去の話。
前よりも仲良くなれた。なんて思ってるのは僕だけじゃないならいいけど、不要な心配だろう。
「わ、私たちだけだと迷子でしょうしね。お願いします。リリアさん」
そう言ってリリアの手を取る秋山さん。
余談ではあるけど、秋山さんは魔法習得の際にリリアにアドバイスを求めているらしい。
魔力を感じ取れたのもリリアのアドバイスが大きい割合を占めていると言っていた。二人はそれを通じて仲良くなったんだとか。
この世界にも当然ラブロマンスや冒険の物語があるようで、そのことでも意気投合しているらしい。
以前理想の恋愛観について女子同士で語り合うリリアと秋山さんを見て入り込めなかったのはいい思い出だ……ちょっとだけ疎外感は感じたけども。
意外と相性の良い二人なのだった。
「せっかく友達になれたんだし、一緒に楽しもうよ」
栗田さんが「またそうやって……」と、呆れた様子だった。
「……ユウト様」
グッと泣きそうな顔を堪えたように見えたリリア。
目の端に涙が浮かんでいた。
ぐしぐし目を擦ってリリアが笑った。
「これはもうデートですね」
「違いますから!」
栗田さんが被せるように口を開いた。
騒がしいいつものやり取り。
魔王を倒すとか、まだ実感出来てないけど、この先何があるかも分かってないけど……それでもこんな時間が続けばいいなと、僕にはそう思えたのだった。
「あとで頼んでみるよ」
「私も一緒に行ってもいいですか?」
「あ、私も行きたいです。皆で頼めばオッケーしてくれるかもしれませんし」
栗田さんとリリアが言い合うのを横目に僕たちは王都の情景を想像し、話を弾ませるのだった。
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