第29話 嘘







 思えば色々と適当な人生だった。

 基本的に緩いことが好きで。

 オタク趣味だったこともあり、友達は少数だった。小学校の頃には一人親友とも呼べる子がいたけど、その子も転校していなくなっちゃったし。

 高校でなんとか何人か話ができるような人もできたけど……

 その後は何故か異世界で勇者をやる羽目に。

 我ながら人に流されてきた人生だったように思う。

 だけど、適当に生きてきた僕だけど。


 今更ながらもっと生きたかったなーと、遅すぎることを思った。


 スローになった視界の中で、人形が指令を出す瞬間がやってきたんだろう。

 それと同時に人形がボロボロと形を失って崩れ落ちた。

 そういえば生命使うって言ってたっけ……あれ人形だけどそれありなのか。

 だけど、そうだな……色々適当な人間ではあったけど、せめて最後にリリアには何か言ってあげたかった。

 彼女は僕のことが好きだったらしい。どうしよう、気付かなかった。

 鈍感なところだけは主人公みたいだな……

 今にして思えばこの世界では、僕にあれほど好意的に接してくれた女の子は彼女が初めてだった。

 それが偽物だったとしても。

 僕が死んだあと彼女はどうするんだろうか。

 魔族に植え付けられただけの感情だと知った彼女はどう思うんだろう。

 何とも思わない……とかだったらちょっと寂しい。

 だけど――


 少しでも泣いてくれたら嬉しいな、ってのは僕のエゴなんだろうね。


 そして、その瞬間は――終わりはやってきた。


「ユウト様ッ!」


 リリアが僕を呼ぶ声が聞こえる。

 横から押し飛ばされる……けど、無理だろう。

 それで当たらないならセラさんが躱せてる。

 百発百中の魔槍は間違いなく僕を貫くはずだ。

 だけど……なぜだろう。

 こんな時くらいは彼女の声が聴きたかった。

 なぜかその声は――僕の声と同じものだった。




 ッッ!!!!!!!!!





 閃光。

 僕は倒れ込みながら目を瞑った。

 痛くないといいな……なんて思ったけど、いつまで経っても痛みはやってこない。

 もしかして即死だったとか?

 だけど、体の感覚がある。

 戦闘の怪我と、倒れ込みぶつけた箇所だけが痛む。

 あれ? と思いながら目を開ける。

 そこには胸に穴を開けた自分が血の海に伏していた。

 ああ、もう僕幽霊になってるとか?

 でも……やっぱり体の感覚はある。


「?」


 僕は倒れている自分に近付いた。

 幽霊……? いや、僕には今、手も足もある。

 よく状況が理解できない。

 死んだん……だよね?


「ゆ゛ゆう、と……っ、さま……」


「え――?」


 僕の声で僕を呼び、血の塊を吐いたもう一人の僕。

 胸に穴を開けたもう一人の僕は……ゆっくりと顔の形を変えていく――リリアだった。


「は?」


 状況が分からない。

 いや、本当に分からない。

 なんで? 今何が起こったのかも僕には理解ができない。


「ふ、ふふ……っ、私のスキルも、最後に、役立って……く、くれましたね……」


 スキル?

 なんのこと……?


「……あ」


 僕はリリアのステータスを思い出した。




――――――――――――



 リリア(淫魔族) 


 Lv8


 15歳


 生命 700

 

 攻撃 45


 防御 20


 魔力 50


 俊敏 10


 幸運 90


 スキル【変装】【偽装】【変換】


 加護【魔王の加護】



――――――――――――




「……変装、スキル?」


 もし、もしも……あのグングニルの槍が使用者の狙い定めた人物を攻撃するとして。

 槍の所有者が使用時に死亡した後の標的の判断基準は何なんだろう?

 姿? 声?

 もしも全く同じ人間がいるとしたら……どちらを攻撃するんだろう?

 槍自体が間違えたりするとか?

 あるいは他の判断基準でもあるんだろうか?

 いや、そこを考えることに意味はない。

 だって、今現実としてこの魔槍はリリアを貫いた。

 その結果が全て。

 そして、その結果として――彼女は死ぬ。


「ッ!」


 僕はリリアに駆け寄った。

 この時ばかりは何も考えることなく。


「治癒! 治癒!」


 急いでスキルを使用する。

 だけど、悟ってしまった。

 無理だ、傷が大きすぎる。


「へ、変換、スキルで……ほかの、ステータス、を……生命、力に、変換しています……長くは、ないでしょうが……」


 リリアがごぽっと血の塊を吐いた。


「この、気持ちは……紛い物……だったのかもしれません……」


「後で聞く! 今は喋るなリリア!」


 何度も治癒をかける。

 血が洪水のように溢れ出していた。

 僕はリリアの胸の穴を抑えて必死に血を止める。

 だけど、それをリリアの手が止めた。


「い゛え……き、聞いて、ほしいん、です……」


 僕は何も言えなかった。

 頭が真っ白になってごちゃごちゃする。


「ま、ぞく、だった、私を……ユウト゛、様は、殺さなかった……その時の……気持ち……確、かに……私の、好意は……紛い物だったのかも……しれません……今抱いている……こ、この感情も、偽物……なのかもしれな……わ、私にはそれを……否定、することは、で、できません」


 ですが――と、リリアが続ける。

 血が溢れるのにも構わず、何とか間に合わせるために、言葉を紡いだ。

 僕はそれを黙って聞いた。


「ゆ、ユ゛ウト、様は……私の、ために……怒って、血を……流して、くれた……戦ってくれた……んです……この、この気持ちが嘘……だったのだとしても……そのことだけは、本当なんです」


 リリアは言う。

 それが事実で、それだけは真実なんだと。

 自分が偽物でも。

 それだけは本物なんだと。


「私、の……感情が嘘だったのなら……私は……嘘つきに……なって、しまいますね……」


 だから、と。

 リリアは言った。


「嘘つきらしく……一つ、だけ……嘘をつきます……」


 ごめんなさい、と。

 彼女は一言謝る。

 最期に、振り絞るように……リリアがその言葉を僕に聞かせた。

 最高に幸せそうな笑顔を浮かべながら。


「あ……愛して……おります……ユウト、様……」


 リリアの瞳が光を失う。

 体が力を失くし完全に脱力する。

 血が止まることはない。


「リリア……?」


 王都では一緒に周った。そこで彼女は、確かに笑っていたのに。

 僕が見ているのは、嘘のような現実。

 冷たくなっていく彼女の体に残った僅かな熱がタチの悪い冗談のようなリアルを理解させる。

 リリアは……もう動かない。笑いかけてくれることはない。

 もう、二度と。



 僕を好きだと言ってくれた少女――リリアは死んだ。




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