第9話 命の価値








「いつから気付いてたんですか?」


 中庭の隅。

 丁度木陰になっているところで僕と魔族の少女は向かい合っていた。

 この時間はみんな食事時なんだろう。

 人はほとんどいない。

 通りかかった侍女も誰もこちらを見ずに気付くことすらせずに通り過ぎていった。


「偽装スキルがあるんだ」


 ピクリと少女の眉が動いた。


「つまり……上位の鑑定スキルを偽装していたということですか? おかしいですね……確かあなたはスキルを3つ持っていたはず、それだと5つになってしまうのですが」


 警戒を強めた気がする少女。

 油断なくこちらに鋭い視線を送ってくる。


「……レベル1でもさすがに面倒ですね」


 少女の言葉を無視して僕も問いを返す。


「今度はこっちの質問にも答えてほしいな。どうやってここに入りこんだの?」


 スパイの真似事をした彼女はいつから、どうやってここへ来たのか。

 メイドだろうと敵対種族である彼女が勇者に近付けるほど信用を勝ち取る方法が僕には思いつかなかった。


「ああ、簡単なことです。生まれた瞬間に人族の国に捨てられたんです」


「ん?」


 なんだそれ、どういうことだ?

 まさかそれで偶然拾われたとでも言うつもりなのか?


「あなたの疑問はもっともです、確かにそれは難しいでしょうね……私だけなら」


「え……? もしかして他にもいるの?」


「そうですね、最近はそれなりに魔族も増えてきたらしく……人数までは知らされていませんが魔族の孤児や、もう戦えなくなった魔族を人族の生息域のあちこちに捨てているらしいです」


 勿論魔族だと分かるような特徴は焼きつぶしたり、斬り捨てたりしてね……と彼女は言った。


「……鑑定とかはされなかったの?」


「私は偽装スキルを持っていますからね。それにこの国で行われる鑑定はついでのようなものです」


 ああ、言われてみれば確かに。鑑定で分かるのは表面的な情報までで心の内で何を思っているかは分からない。

 魔王サイドで人族の子供を一から育ててスパイにしたら見抜けないもんね。

 あるいは人族の裏切り者という可能性だって捨て切れない。


「この国には嘘を見抜く強力な魔導具があります。その魔導具で調べられました。その時はまだ害意の類は無かったので雇われることに成功したんです。念のため種族などは偽装しましたけど、国の情勢も全く知りませんでしたしね」


「それ下手したらその時点で死んでたんじゃ?」


「そうでもないですよ。多種族の集まる亜人国家なんて国もあるくらいですから、死にはしなかったと思います。まあ出生を調べられたらロクな事にもならなかったでしょうけど」


 いやいや、それでも馬鹿げてるよ。

 10人? 100人? それとももっと?

 下手な鉄砲でも数を打てば……ってことだと思うけど、そのたびに消費されるのは魔族の命だ。

 才能のある命があっさりと使い潰される。

 死生観が違い過ぎて眩暈がした。

 成功しない確率の方が高い気もするけど、結果論で言うなら成功してるし……

 というより魔王がそんな暴君だと反乱起きるんじゃないのかな。そもそもいくら戦えなくても、そんな簡単に国民を捨てて魔王の統治する国は平気なんだろうか。

 ……駄目だな。魔族側の常識がほとんど分からないし、判断材料が少なすぎる。

 相手側が何を考えてるかなんてどう考察したところで無駄か……召喚されたばかりだし分かるとも思えない。

 思考を切り換えて、目の前の少女に視線を戻した。


「勇者を殺すため、だよね?」


「そうです。それに加えて各国の要人などもでしょうかね。勇者も魔王様にとって脅威になります。さすがに国王の警備は厳重でしたが、勇者の食事への細工程度ならちょっと危険を冒すだけで可能でしたね」 


 そのちょっとの危険が問題だと思うんだけどね……


「うーん、色々言いたいことは多いけど、諸々の作戦がちょっと雑過ぎないかな?」


「結果として侵入を許しているのなら、それは負け惜しみにしかなりませんよ」


 ……ごもっとも。

 だけどそれは理屈の上でという話だ。

 作戦を実行する人間の感情や倫理をまるで無視している。


「だから助かるかも不確かな場所に捨てられたの? 君はそれで納得できるの?」


「できませんよ」


 あっさりと答えた彼女に僕は一瞬呑まれた。

 その顔が、声が、姿が。

 あまりにも当然だと言わんばかりの墳怒を宿していたから。


「あなたに分かりますか? 私がこれまでにどれほどの」


 僕は慌てて彼女を止めた。


「ああ、待って待って。そこからは長くなりそうだしいいや」


 ビキリッ……。

 血管が音を立てた気がした。

 さすがに無遠慮だった。とはいえあまり時間はかけられない。

 心の中で謝りつつ、僕は話題を逸らす。


「けど、こんなにぽろぽろ教えちゃってよかったの? 僕勇者なんだけど」


 聞いた限りではその作戦はこちら側が知らないことが前提になっている気がする。

 というか今までよくバレなかったよね。

 いずれ露呈すると思うけど。

 そんな僕の疑問に彼女は青筋を立てながら答えた。


「ああ、それは問題ありませんよ」


 僕が疑問を感じると彼女は何の表情も浮かべることなくあっさりと言い放った。


「バレたことで私には後で、自害が命じられるでしょうからね」


 えぇ……

 絶句した。

 本気で何て言っていいのか分からなくなった。

 言わなきゃバレない……とかそういうことでもないんだろうなあ……

 気合入りすぎなんだけど……たまに見る展開で魔王側に召喚されるってのもあるけど、それじゃなくて本当に良かった。

 僕は微妙な顔でもう一つ質問する。


「どうせ死ぬから僕の質問にあっさり答えたの?」


「正解です。半分だけですけど」


 半分という言葉の意味が分からなかった。

 何のことなのかと聞き返すと、彼女はぞっとするような笑みを浮かべた。


「死ぬのは間違いありません。但し――あなたも、ですけどね」


 魔族の少女リリアはこちらを真っ直ぐに見据える。

 不思議とずっと見ていたくなるような綺麗な目だった。

 吸い寄せられるような……まるで底のない穴の中にずっと落ちていくような錯覚を覚える。


「鑑定スキルを持ってるなら知ってると思いましたけどね……あははっ! おバカさんですねぇ!」


 なるほど――【魅了】か。


「これでも4つ持ち。私かなり強いんですよ?」


 僕を心底見下すように薄暗い笑みを浮かべていた。

 リリアが近付いてくる。

 あまりにも無防備にこちらへ向かってくる。だけど僕は指一本動かさない。


「あなたに、分かりますか……?」


 リリアは泣いていた。

 その赤い瞳から涙の雫が零れ落ちる。


「飢えを凌ぐ為に土下座をしたことも、泥水の味も、敵である人族に囲まれて生きてきた恐怖も、見たことすらない家族を一目見ることの代償に暗殺を命じられることも、なにもかも! あなたは知らないでしょう!?」


 リリアは感情のままに言葉を吐き出す。

 怒りのままに、涙を流し悲しみを僕へとぶつけてくる。 

 そして、彼女は自嘲気味に笑った。


「……ふっ、ですがそんな日々ももう終わりです。あなたを殺して私も死にます。ついでにあの勇者たちも何人か殺していきます。あの世で悔やむといいですよ。あなたが――……」


「ほい、『魅了』っと」


「え」


 この距離なら外さない。

 いくら僕が【魅了】のスキルに不慣れだったとしても。

 

「……………………ッ!?!??」


 彼女はパクパクと喋れなくなった口を動かす。

 体を動かそうともがいているがそれも無意味。

 何が起こったのかまるで理解できていない。

 リリアの困惑が強く伝わってくる。


「おバカさんはそっちの方だったみたいだね」


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