第28話 死の未来






 頭部を砕かれた、魔族の死体。

 レベルが上がったようで少しだけ体が軽くなった。

 カルラの死体がゆっくりと黒い霧状に変化していく。それに背を向けた。

 いつかこの世界で教わったことを思い出す。

 人を殺したか否かが戦闘においては絶対的な優劣を決する、か。

 それでもこの男の死に僕の心が動くことはなかった。今はまだ……だけど。


「…………」


 目の周りを腫らしたリリアに笑いかける。

 激痛が走った。

 血を流し過ぎた。致命傷ではない……と思うけど、このままでは出血多量で死ぬんじゃないかってくらいの大怪我。

 だけど、いつものようにへらへらと笑った。

 僕は大丈夫だぞ、って。


「ユウト様……」


「ぶっ飛ばしてきた」


 青黒い血の付着した拳を突き出した。

 ぶっ飛ばしたというにはちょっと過激な感じだけど。

 それでも約束を守れたことに安堵する。

 僕がリリアに言葉をかけようとする。

 いつもみたいに気楽に……


「痛っ……」


 傷が多過ぎて治癒が追いついていない。

 初めて人殺しをした反動もやってきた。

 【魅了】によって抑えていた精神的な苦痛が込み上がってくる。

 逆流しそうになる胃液を無理矢理呑み込んだ。

 と、そこでセラさんが呻いた。

 どうやら意識が戻ったらしい。

 怖い人だけど、セラさんが無事だったことを今は素直に喜ぶ。

 何かに気付いたようにこちらを視界に映して大きく目を見開いた。


「セラさん……倒しましたよ」


 ふらふらな状態で手を振った。

 けど、セラさんの言葉は無事を喜ぶものでも、僕の有様を心配するものでもなかった。


「逃げろッ!!」


 険しい表情で叫んだセラさん。

 瞬間、カチャリ――と。

 先ほど倒したはずの魔族の方から音が聞こえた。


「え?」


 振り返る。

 男の肩に乗っていた西洋人形だった。

 咄嗟に【神眼】を使用した。



――――――――



 カムチャ(人形族)


 66歳


 Lv11


 生命 10

 

 攻撃 0


 防御 30


 魔力 400


 俊敏 0


 幸運 0


 スキル【念動】



―――――――




 短剣を操っていたのはあの魔族じゃなかった。

 人形はケタケタと耳障りな嗤い声を発する。

 あの人形は生きていた。その事実を理解した瞬間――主を失ったはずのグングニルがゆっくりと浮遊した。


「――――ッ!」


 魔槍が浮遊した瞬間、集中力が極限まで研ぎ澄まされる。

 世界がスローになると同時に、思考が今までにない速度で回転する。

 避けきれないと判断した僕は人形に【魅了】を使用した。

 精神の深層をコントロールするスキル。

 僕を狙うことをやめさせる。


 だけど――失敗した。


 あの人形……もしかして【魅了】が効かないのか!?

 いや、今更考察しても意味はない。

 何を考えたところで、遅い……遅すぎる。

 グングニルがこちらを向いたと同時にセラさんが駆け出していた。

 無理だ……今はダメージを負っている。

 それに、間に合ったところでこの音速のような魔槍をどう防ぐ?

 手元には武器さえもない。

 絶対に不可能だ。

 僕は理解した――無理だ。

 ここまで状況が揃ってしまえば、もう……


 魔槍グングニルは僕へと狙いを定め――その瞬間、僕は死の未来がやってきたことを悟った。




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