第30話 無力
魔族が城内に侵入したことは当然大問題になった。
あの事件から10日。その後の顛末を話そうと思う。
僕はあの後、やってきた騎士の人達に事情を聴取された。
顛末は全部話した。勇者の皆にも全て伝えた。
――勇者は魔王軍のスパイだった。
そんな噂が流れるまで時間は掛からなかった。
一時的に僕たちは拘束された。
城内へ紛れ込んだ魔族を匿い、更にはその他の魔族の侵入を許したのだから当然の措置だろう。
勇者がどれだけ強力で貴重な存在でも……いや、そんな存在だからこそ国の中枢に置くことに反対する人が出ているんだ。
偉い人達の意見はいくつかに別れているらしい。
勇者を全員処断するべきだ。なんて過激なものもあったようだけど、今回の襲撃で当事者である僕が魔族を殺した事実が大きく働いているらしい。
王都を混乱に陥れようとした疑惑はあるものの、人族の死者が出ていないこともそれを助長しているんだとか。
そんな経緯で疑惑はすぐに晴れたけど、今でも城内の侍女やすれ違う貴族たちに疑念の目を向けられることがあった。
セラさんは重傷。副団長のゼンさんは意識のない状態で発見されている。
衰弱していたものの命に別状はないそうだ。
どうやら殺されなかったのは城内で殺害した痕跡を残さないためだったらしい。成り代わってる間だけは、迂闊な行動は取れなかったんだろう。
ゼンさんが魔族の男カルラから直接聞いたとか。
あの魔槍は厳重に保管されることになった。人族には使える物ではなかったらしいけど、使えたとしても生命力を大きく削るなんて物騒な武器は、ほとんどの人は使いたがらないだろう。
「…………」
酷く心が沈んでいた。
少しでも紛らわせたくて城内を歩いた。
ひそひそと陰口が聞こえる。
色んな人の間に僕たちの噂は広まっているようだ。
リリアと特に仲の良かった秋山さんはしばらく塞ぎ込んでいたけど……今では少しずつ話せる程度にはなっていた。
泣いていた秋山さんに、何か声を掛けるべきか悩んだけど……そんな資格は僕にはないだろう。
今回の件に関して皆は僕に何も言わなかった。
リリアの死に衝撃を受けていたけど、それでも僕を責めるようなことはしなかった。
皆は優しいから、きっと気を遣ってくれているのかもしれない。
……だけど、今は誰かに怒ってほしかった。
お前のせいだって言ってほしかった。
僕が馬鹿だったから。
僕がリリアのことを隠していたから。
僕が安易なことを考えたから。
僕が――弱かったから。
リリアが死んだのは全部お前のせいだって……責めてほしかった。
僕にはその通りだとしか思えなかったから。
なんでもいいから怒ってほしかったんだ。
今日は訓練は休みだ。
それなのに中庭へと足を運ぶと姫木さんが素振りをしていた。
一段落したのを見計らってタオルを渡す。
「お疲れ様」
「佐山さん……」
姫木さんがタオルを受け取りお礼を言う。
汗を拭いながら謝ってきた。
「……ごめんなさい」
姫木さんは頭を下げた。
その言葉に、何が? とは言わない。姫木さんの事だから気にしなくてもいいことを気にしているんだろう。
「強くなろうよ。僕も強くなる」
僕がもっと強ければリリアは死ななかった。
「……そうですね」
それから他愛ない話をした。
最近どう? とか、今日は天気悪いね。とか。
「体の具合はどうですか?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと動かしにくいけど」
そう言って全身に巻いた包帯を見せた。
ほとんど形だけだ。【治癒】スキルがある僕の体の回復は早い。
僕たちは数日前に王命を受けた。荷物をまとめて王都を旅立て、とのことだ。
魔王討伐のための資金援助はしてくれるらしいけど……政治的な理由なのか、他の理由でもあるのか……僕にはよく分からない。
何にせよ、上の人達の判断は疑惑の勇者を追放する方向に動いているらしい。
勇者を追いだしたら魔王はどうするの? なんて思ったけど、何も出来なかった僕にそれを口にする権利はないと思った。
抑え込んでくれようとしてる人もいるらしいけど、それも少数派だ。今回の事件をきっかけに周囲からの不信感は強まった。
風が吹き抜けて曇りだった空から雨がぽつり、ぽつりと降り始める。
「僕、魔王倒すよ」
僕は勇者だ。
だからだったのだろう。
以前はそんな使命感に突き動かされていた。
だけど、今回は違う。
僕が自分自身で今決めた。
「私も、手伝います」
「……ありがと」
もうリリアのような人は二度と出さない。
世界が平和になれば、あんな不幸なことはなくなる。
少しでも同じような人を減らしたかった。馬鹿な子供みたいな決意だけど……
自戒する様に呟いた。
だけど、それを否定したのは姫木さんだった。
「それは違います」
「違わないよ。僕のせいでリリアは不幸な最期を――」
「違いますッ!!」
姫木さんの大声に驚いた。
こんな声出すんだ……と、彼女の方を見る。
泣きそうな顔をしていた。
「詳細は聞きました」
「なら分かるでしょ?」
「ええ、分かります。リリアさんは幸せだったんだと」
僕は何も言えなかった。
だって、もうリリアはいないんだから。
それを知ることはできないし、確かめることもできない。
それでも……と姫木さんは僕を否定した。
「……リリアは、幸せだったのかな」
「はい」
即答だった。
真っ直ぐにこっちを見てくる姫木さんが眩しくて、僕は目を逸らした。
「そうだといいんだけどね」
「そんな不確かなものじゃありません。断言します。私がリリアさんだったならそう思いました」
「そう……なのかな」
その言葉に救われた。
心が軽くなった気がした。
空模様が変わり、雨が激しさを増していく。
「そろそろ、戻ろうか……今日寒いから風邪引いちゃうよ」
「……そうですね」
姫木さんが背を向ける。
そのままその背中に向けて僕は言った。
「リリアはさ……嘘だって言ってた。嘘だから……ごめん、って」
「………」
「嘘だったならさ、なんでこんなやつ庇ったんだろうね……」
分かってる。本当は全部分かってる。
”あ……愛して……おります……ユウト、様……”
僕はリリアのあの時の言葉を思い返した。
振り絞った最期の一言。
何度も何度も思い返した。
姫木さんの言うように彼女は……リリアは、少しでも満足して逝けたんだろうか。
僕は無力だったけど、そのことだけは信じたかった。
そして、こんな情けない僕をきっと皆は心配してくれている。
だから、さ――と、僕は……
「僕……リリアのこと、ほんとに何とも思ってなかったよ……い、いちいち、くっついてくるしさ……鬱陶しかったんだよね……」
僕は背を向けたままの姫木さんに言う。
一方的に
堪えようと思っても嗚咽混じりの涙が止まらない。
姫木さんはその言葉を背を向けたまま聞いていた。
「だから、僕……意外と平気なんだ……姫木さん達、み、皆、優しいからさ……心配、してくれてるみたいだけど……ほんとに、平気だから……」
「……分かっています」
せめて心配を掛けたくなくて、精一杯強がった。
酷く格好悪い嘘をついた。
そんな見え透いた嘘をつく僕に姫木さんはずっと背を向けていた。
全部分かった上で、何も言わないでいてくれた。
その事があの時どうすることも出来なかった無力な僕には何よりも嬉しかった。
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