第12話 たぶん世界の平和より大事なこと







「まず僕に不利になる行動、言動の禁止。命の危険なんかの緊急時を除いて他者を傷付ける行為の禁止。僕の言葉に一切嘘をつかないこと……を、命じる」


 こんな感じでいいのかな。

 リリアの手の甲を見ると、隷属紋が薄っすらと発光していた。

 僕の中でも確かに感覚があった。どうやら成功したらしい。


「この城にいる魔族側の存在は何人いる?」


「……私一人です」


 リリアはどこかフワフワしたような状態で答える。


「君と通じている魔族が居るはずだ。そいつは今どこに?」


「分かりません。今までは伝心と呼ばれるスキルで私に指示を出していました」


「なら追加の命令だ。そいつに今起きた出来事を話すことを禁じる。具体的には僕が君を魔族だと見抜いたところから、今に至るまで。毒殺の失敗に関しては偶然手をつけられなかったとかで上手く誤魔化しておいてね」


「伝心は一方的なスキルなので誤魔化しは不要だとは思いますが……分かりました。もしも連絡を取れた場合はその通りにします」


 やけに聞き分けがいいな。隷属の強制命令権は効果を発揮しているのが分かるけど、まったく抵抗がないというのも気味が悪かった。


「何か隠し事してる?」


「ッ!」


 びくっと震えるリリア。その顔は内心を見抜かれた怒りからか、ほんのりと朱色に染まっている。


「嘘は許さないよ。全部教えてね」


 グッ、と何かを堪えるように口を噤む。

 だけど、スキルに逆らえるはずもない。彼女はやがてゆっくりと口を開いた。

 観念したらしい。顔を真っ赤に染めて言ってくる。


「ぐっ、い、意外と、良い人だったなって……思ってただけですよ」


「?」


「いえ……少しとはいえ、や、優しくされたのが初めてだったので……」


 思わず言葉に詰まった。聞かなくていい部分まで聞き出してしまったらしい。

 こちらに不利益にならないなら、これ以上はいいだろう。というか照れ臭い。

 さっきまでの張りつめた空気は霧散して今や微妙な感じになってしまう。

 咳払いをして切り替えた。


「ところでこれからの君の処遇なんだけど……」


 途端に重苦しくなる空気。

 さっきは勝手に生きればいいと言ったけど……さすがにここで誰にも言わないという選択肢は存在しなかった。

 色々理由はあるけど、魔族が人族側の本拠地に潜りこんでいたなんて状況は、ハッキリ言って僕の手に余るからだ。

 そうなると彼女も無事では済まない。この世界でどういう扱いになるかは分からないけど、ロクなことにはならないと思う。


「……覚悟は出来ています。先ほどはみっともなく喚き散らしましたが……殺そうとした以上は殺されても文句は言えません」


 決意を固めていた。

 その姿を見て僕は――


「うーん……」



◇◇◇



「ということなんだけどどうしたらいいと思う?」


 僕は割り振られた自室で勇者の皆にこれまでのことを話した。

 夕食は遅れたことに小言を言われたけどつつがなく終了。リリアのことを王国サイドに話す事になるにしても、まず皆の意見も聞いてみたらどうだろうという考えだった。

 僕の隣にリリアが座り。その対面側に姫木さん、栗田さん、秋山さんが座っている。


「ちょっ、ちょっと待ってください……なんか色々ありすぎて頭が追いつかないんですけど……」


 後輩の栗田さんが眉間に手を当てていた。

 ちょこんと女の子座りをしながら、必死に現状を整理している。


「まず言いたいことは色々あるんですが……」


「うん、何でも聞いてよ」


「スキルが9個という話ですが……」


「あー」


 そこから来るか……どうしよう。正直気まずい。

 ある意味背徳行為だ。僕は皆を騙していたわけだし、批判を受けても仕方ないと思う。

 次いで秋山さんが「orz」こんな体勢で落ち込んでいた。どうしたんだろう。


「こんなの……こんなのって……完全に佐山さんが主人公じゃないですかぁぁ!」


 どうやら彼女は主人公に憧れていたらしい。

 これに関してはノーコメントだ。僕からは何も言えないので、苦笑を返しておいた。

 一番の問題は姫木さんだった。


「なぜ黙っていたのですか?」


「……ごめん、言うタイミングがなくてさ」


 僕たちが召喚された直後は、王様サイドが正しいかどうかが不明だった。

 力を隠すのはそれなりに良い手だったと思う。実際リリアはそのおかげで僕たちを殺せなかったわけだし。

 だけど、それは理屈の話。感情とは別問題だ。 


「不愉快ですね。なぜ嘘をついていたのに、そんな風にヘラヘラできるんですか?」


 僕が何も言い返せないでいると、彼女は小さくため息を吐いた。

 ほんの僅かな動作。それでもこの場の空気を重くするには十分だった。


「やっぱり……男なんて信用できません」


 やっぱり、と言う彼女の言葉が酷く虚しく聞こえた。

 一瞬だけ泣き出しそうに見えた姫木さんの表情。考えすぎだろうか……だけど、姫木さんの言はいくらなんでも極論だ。

 じゃあどうすればよかったって言うんだ。姫木さんがそんな風に突っ掛かってくるから言い辛かったんじゃないか。

 それに言わなかったことで僕たちは事実助かったことになるわけだし。

 ……とは、言えないよね。

 栗田さんが空気を読んでくれたのか、慌てて話題転換。


「リリアさん、でしたっけ?」


 すると、それまで黙っていたリリアが佇まいを直した。


「は、はい! リリアです!」


 簡単に名乗って、僕が引き継ぐように続けた。


「リリアはどうしたい?」


 すると横からストップがかかる。姫木さんだった。


「待ってください。余計なことはせず彼女の事を報告するべきです」


「今はリリアに聞いてたんだけど……」


「無意味です。ここで個人の意思を聞く必要はありません」


「あるよ。少なくとも彼女に敵対の意思は無いんだ。味方になってくれるかもしれない」


「佐山悠斗。貴方には勇者としての自覚はないんですか?」


 剣呑な空気。ぴりりと肌を刺すような威圧が全身を襲う。

 でも――神様程じゃない。リリアみたいな本物の殺意もない。

 子供の駄々にしか思えない。

 けど、姫木さんは反応しない僕を見てどう思ったのか、不愉快そうに眉をひそめた。

 不意にオロオロしている栗田さんと秋山さんの二人が視界に入った……ちょっとだけ冷静になれた。


「分かった。ごめん。喧嘩がしたいわけじゃないんだ」


 圧が弱まった気がした。

 姫木さんも怒りを抑えてくれる。


「……いえ。私の方も言い過ぎました」


「それでも伝えるタイミングはもう少し様子を見るべきだと思う」


 そこまで言うからには理由があるんだろうなと睨まれる。

 僕は自分の考えを伝える。

 リリアに指示を出していた魔族はおそらく一人でここにはいない。

 さっきリリアに聞いたんだけど、過去の指令内容はいくつかの状況に分けたものを一方的に伝えるものだったからだ。


「また同じようなことを起こさないためにも伝えるべきだと思いますが?」


「言ったらどうなると思う? 城内大混乱だよ?」


 む、と姫木さんが押し黙った。一理はあると思ってくれたんだろう。

 続けて畳みかける。


「それに同じようなことが起こる可能性があるなら尚更伝えるべきじゃないよ」


「どうしてですか?」


 皆が疑問を抱いたようだ。秋山さんの言葉に一拍置いて答えた。


「他に魔族が居るのに誰か分からないなら、喉元にナイフ突きつけられてるみたいなものだと思う。 知らないふりをしたまま城の人を全員確認するのが確実じゃないかな」


 こちらの現時点での優位性は、僕たちが知っていることを、相手が知らないことだ。

 手段があるなら確認してからでも遅くはない。

 何よりもリリアは【隷属】スキルで僕に従っている状態だ。過信し過ぎるのも良くないけど、【神眼】があるから嘘はほぼ確実にあり得ない。


「そういえば神眼、でしたっけ。鑑定できるスキルがあるんですよね」


「うん。アルテミスの王城に住み込みで働いてる人達なんかの名簿はリリアにリストアップしてもらってる。もう少し待ってよ。明日か、遅くても明後日くらいには全員確認するからさ」


 どうやらそれで納得してくれたらしい。

 全員が頷いたのを確認してホッと一安心だ。


「それでは任せますが……だからと言って、それを理由に明日からの訓練で足を引っ張らないで下さいよ?」


「訓練? なにそれ?」


「明日からこの世界のことや戦闘に関して学んでいくという話だったじゃないですか。忘れたんですか?」


 いや、ごめん。僕たぶんその時はリリアと中庭にいたと思う。


「勇者として人々を守る覚悟がないなら邪魔なので引っ込んでいてください」


 うーん、言いたいことは分からないでもないけど……

 姫木さんはそう言って腰を上げた。


「それだけです。時間は厳守でお願いしますね」


 と、こんな感じで姫木さんが言いたいだけ言って自分の個室へと戻っていった。

 慌てて秋山さんもついていく。


「佐山先輩、なにかしたんですか? なんかもう尋常じゃない嫌われっぷりですけど……」


「うーん、覚えがないんだけどな……」


「明日からはもうちょっと仲良くしてくださいよ? 二人を見てると胃が痛くなりそうなので……」


「善処する」


 後輩にそんなことを言われれば頷く他ない。

 そう言って栗田さんも立ち上がる。


「それじゃあ佐山先輩、おやすみなさい。夜更かしは駄目ですよ?」


「うん、おやすみ」


 手を振って彼女を見送った。

 僕はと言うと緊張の糸が解けたようだ。一気に脱力感がやってきた。


「リリアもごめんね? なんかよく分かんないけど嫌われててさ」


 女の子は難しい。

 あはは、と笑いそちらを見た。

 何故かリリアは丁寧な仕草で頭を下げていた。


「……どしたの?」


「いえ、これでも私、場の流れと言うか空気には敏いと思っているんですよね」


「ふむ?」


 顔を上げて微笑みかけてくれる。


「不和を覚悟で庇って頂けたこと感謝致します。理由は……たぶん後付けですよね?」


「それは、まあ……うん」


 どうやらバレバレだったらしい。

 そりゃ同じくらいの年頃の女の子を差し出して良かったと安堵出来るほど非情になんてなりきれない。

 自分では上手いことやれたと思ってたんだけど……

 ここに来て否定するのも、何か意識してるみたいで恥ずかしかったから素直に認めておいた。


「何故そこまでして私を気遣ってくれたんですか?」


 あー……と、頬を掻く。

 言わないと駄目なのかな。リリアを見ると聞かせてくれと顔を寄せてきた。


「……大した理由じゃないよ」


 僕の家は父子家庭だった。

 男手一つで育ててくれた父親のことを思い出す。


「いつも言うんだ。口癖みたいにさ、立派な男になれって」


 ある日、姿を消して蒸発した父の姿。あの人の異世界好きが僕のオタク趣味の原因だろう。


「やっぱり子供は親に影響を受けるんだろうね。あの人はいつも一緒にラノベ読んでこんな男になれよ。なんて言ってくるんだ」


 彼らは、どんな困難も武勇や知恵で乗り越えるんだ。

 だから僕もそんな主人公を見て憧れた。

 父さんは僕を捨ててどこかへ行ってしまったけど……今でもあの人が楽しそうに口にした言葉を僕は覚えてる。

 だから――


「たぶん格好良いと思ったからかな」


 そう思ったんだ。

 ここで保身に走ってリリアを見捨てたら最高に格好悪いぞって。

 ちっぽけな見栄だ。

 だけど、僕にとっては世界の平和なんかよりも大事なことなんだと思う。

 主人公なら泣いてる女の子を見捨てるなんてしないはずだから。


「……ごめん。何か熱くなっちゃった。忘れてよ」


 気付けばリリアの瞳がジッと僕を見つめていた。

 気恥ずかしくなり咄嗟に目を逸らした。


「ユウト様」


 彼女は言う。


「ありがとうございます。私は魔族ですし、境遇に納得はできていませんが……貴方に会えたことは素直に嬉しく思います」


 こういう時、気の利いた言葉の一つでも言えたら良かったんだけど……生憎と何も浮かばなかった。

 それでも、女の子にそこまで言ってもらえたから――


「そっか。よかった」


 僕も素直にそう思っておくことにした。




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