第32話 その勇者は、破滅を選ぶだろう






「いよいよですね」


 僕たちは今までお世話になったアルテミス王都に別れを告げるところだった。

 巨大な西側の門。

 姫木さんが王都の外壁を見上げる。

 今ここにいるのは僕、姫木さん、栗田さん、秋山さん。

 道中の護衛に雇われた冒険者の人達。

 見送りに来てくれたらしい王城で世話になった少人数だった。

 勇者の見送りにしては、寂しい気はするけど……


「勇者様方の事は、国王陛下も気に病まれておられました」


 どうやら国王様は最後まで貴族たちを抑え込むように動いてくれていたらしい。

 反勇者派の人を説得してくれたり……

 いきなりやってきた異世界の部外者を良くないと思っていた人は、僕たちが思っていたよりも大勢いたんだとか。


「……寂しくなりますね」


 ゼンさんも見送りに来てくれた。

 まだ本調子じゃないみたいで、包帯を巻いているけど……それでも彼は寂し気に笑いかけてくれた。


「……お元気で」


「ええ」


 皆が握手を交わしていく。

 僕も手を握り返し今までのことを思い返した。

 一緒に訓練をした騎士団員。落とし物を届けてくれた新人のメイドさん。

 教育係のサーシャさんは、涙もろいのか少し涙ぐんでいた。

 これでお別れ……また会えることもあるだろうけど……それでもやっぱり名残惜しい。

 初めて見る王都の外は広大な大地が広がっていた。遠くには実戦訓練の予定地だった森が見える。


「セラさんは来てないんですか?」


「はい、騎士団長はやることがあるらしいので」


 苦笑を浮かべながらも、あの人なら仕方ないな……なんて思う。

 怖い人だったけど、最後に会えないのはちょっと寂しい。

 この世界に来てからずっと暮らしていた王都を離れることに、少しばかりの寂寥感が胸を締め付けた。


「あの人らしいですね」


 知り合って少ししか経ってないけど、何となくそう思った。

 ははは、と乾いた笑い。

 そのやり取りにみんなの顔に笑みが浮かんだ。

 僕たちはこれから南西にある冒険者の街【グラントニオ】へと向かう。

 少しでも強い仲間を集めるためだ。

 多くの冒険者で賑わっているその街はパーティーの仲間を探すには丁度いい場所らしい。

 王命を受けた後に街の領主とギルドマスターへの紹介状も渡されていた。


「佐山先輩、御者の人の準備ができたらしいです」


 栗田さんが僕を呼ぶ。

 どうやら馬車の準備が整ったようだ。

 保存食、いくつかの着替えに、それぞれの武器類。

 荷物を積み込み、皆と馬車に乗り込んだ。


「行きましょうか」


 馬車から顔を出し、皆へと手を振った。

 その中に、いつか僕を好きだと言ってくれた魔族の少女が居ないことに胸が締め付けられた。

 込み上げる胸の痛みをグッと堪える。せめて最後くらいは笑って旅立とう。


「うん。皆さん、またどこかで――」


 その時だった。

 揺れるような衝撃と共に何かが門をこじ開けた。

 セラさんだった。

 巨大な西門は僅かに歪み、勢いのせいで金具部分が破壊されていた。

 この人は普通に登場できないのだろうか?

 それとも僕たちにお別れを言うためにわざわざ急いでくれたとか……何にしても来てくれたことは嬉しい。

 やっぱりここで何も言えないまま行くのは心残りだったから。

 門番の人は顔を引き攣らせていた。修復は大変そうだ……

 セラさんは、僕たちを見ると凄い勢いで近づいてきた。


「もしかして見送りに」


 僕の言葉には答えずにセラさんは一冊の本を出す。

 そのまま投げ渡してきた。


「これを信じるかどうかはお前次第だ」


 その書物はかなり古い物だということが分かった。色がくすんだようになっていて、あちこちが虫食い状態。

 訳が分からずセラさんを見た。すると一言――


「死者の蘇生だ」


 驚愕が広がる。

 皆が言葉を失い、僕も頭が真っ白になった。


「き、騎士団長! それはっ、その書物は……まさか禁書庫から!?」


「そうだ」


 その慌てようからタダ事じゃないのは分かった。

 セラさんは禁書庫からこの本を探して持ってきたんだ。

 恐らくは――無断で。

 皆が言葉を失う中、僕はセラさんを見た。


「……これにその方法が書いてあるんですか?」


 セラさんが頷く。

 どう考えても大問題。死んだ人間の蘇生……明らかに禁忌の力だ。

 色々言いたいことはある。

 だけど今だけはこちらの方が気になった。

 初めて見た本。

 だけど、名前の筆跡は見たことのある文字だった。日本語だ。

 あの人の――


「『この力は……世界を破滅させることが出来る力だ……俺はこの力が恐ろしい』」


 そのボロボロの手記の表紙には、確かに記されていた。

 佐山士道――僕の父の名前が。

 損傷が酷く中身の大部分は読めなかったけど、それでも何とか読める部分には、こう書かれていた。


「『そして、この力は――恐らく死者の蘇生さえも叶えることが出来る』」


 姫木さんが「ち、ちょっと待ってください!」と、声をあげた。


「そんなことが本当に出来るんですか!?」


「分からない。だが、可能性はある」


 色々言いたいことはある。

 正直半信半疑だ。

 だけど、その可能性があるなら僕は……


「サヤマ・ユウト」


 するとセラさんが僕に目を向けてきた。射貫くような真剣な表情に僕は気圧された。


「未来視のことは覚えているか?」


「セラさんの未来が視えるスキル……ですよね?」


 セラさんが頷く。

 また何か未来が視えたらしい。


「断片的にだが……未来が視えた。お前はそう遠くない未来に選択を迫られることになる」


「選択……?」


 続く言葉を待った。

 けど、珍しく少し悩んだような間が空いた。

 やがて言い淀んだセラさんが口にするその未来は――


「お前は恐らく……勇者としての使命を――世界を救うことを選ばない」


 セラさんは更に続けた。そして、と――


「天秤が世界に傾くことはない。例えその決断が、仲間も世界も……全てを裏切り破滅させることになるとしても――お前はたった一人の少女を選択するだろう」




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