第8話 魔族

 




「あの」


 給仕係に伝えようとして止める。

 判別が難しいため偶然混ざっていたのだと考えた。

 僕はすぐに日和った考えを振り払う。

 魔族領の一部で栽培されている食材がそんな都合よく混ざるのか?

 更に言うなら僕たち勇者の食事に……果たしてこれを偶然で片づけていいのだろうか。


「? どうかしましたか?」


「いや、なんでもないよ」


 可愛らしく首を傾げる秋山さんを尻目に全ての食材に【神眼】による鑑定をかけていく。

 見た限り毒物はこの1つだけだった。


「勇者様方、この度は――」


 堅苦しい挨拶を聞き流しながら必死に頭を回す。

 まずこの毒は遅効性だ。

 誰かが故意に混入させたものだとして……なぜ即効性のものではないのか。

 たぶん毒を体内に入れたのを確認した後に逃げる時間を稼ぐためではないだろうか?

 毒だと断定できなければ犯人探しもすぐには始まらないだろう。

 なら……この城の人間の中に敵対関係の人間がいる。


 更に毒味を回避出来たなら、ここに運ばれる直前、または運ばれてから料理の中に混ぜたはずだ。

 それなら近くにまだ残っているはず。

 順番に一人ずつ見ていく。

 逃がすわけにはいかない。

 なぜならその存在が1人だという保証がないからだ。

 毒を混ぜた存在を排除出来たとして他にもいたらいずれ僕たちは死ぬ。

 勇者の食事に毒物を混ぜれるというのはあり得ないことだと思う。

 それが可能なのだとしたら、その気になったら国の中枢を一瞬で落とされる。

 捕まえて聞くのが最善手だ。

 最悪の場合は僕のスキルを明かす必要がある。

 というかたぶんそれが一番安全だ。

 後で怒られたり問題は起きるだろうけど、命以上に大事な物はないのだから。

 だけどそこで僕の思考は止まる。

 僕たちをここに案内したメイドの少女の情報を見た瞬間確信を得られたからだ。


「……見つけた」


―――



 リリア(淫魔族) 


 Lv8


 15歳


 生命 700

 

 攻撃 45


 防御 20


 魔力 50


 俊敏 10


 幸運 90


 スキル【変装】【偽装】【魅了】【変換】


 加護【魔王の加護】



―――


 僕はメイドの少女を手招きで呼ぶ。


「どうされました?」


 可愛らしい顔が近づいてくる。

 【神眼】がなければ絶対に分からなかっただろう。

 近付いてきた彼女の手にソッと触れる。

 

「ゆ、勇者様……?」


 動揺している……ように見える。

 だけど【神眼】で見たところその動揺は嘘だと分かる。

 どうやら【神眼】は、表裏でハッキリ分かるものではなく、昔の嘘発見器みたいに感情の揺らぎを感知するものらしい。

 この子はまるで動揺していない。

 うーん、ラノベとかだとこういうので照れられたりするんだけどね。

 ほら、笑いかけたり撫でたりするだけで惚れられるニコポとかナデポみたいな。

 現実はそこまで甘くないよね。

 僕はメイドを装った魔族にだけ聞こえるほどの小さな声で囁く。


「キミ魔族だよね?」


「はい?」


 とぼけた様にきょとんとした顔をつくる。

 これが演技だというのだから凄いよね。

 だけど僕の【神眼】スキルは、微かな動揺を間違いなく感じ取っていた。


「遅効性の毒なんて回りくどい方法を取ったのは逃げるための時間稼ぎだよね?」


「……勇者様? 何を……」


「もしかして結構警備厳重だったから人の目があって殺せなかった?」


「あの、ほんとになんのことですか……?」


 傍から見れば手洗いの場所でもこっそり聞こうとしているように見えるのかな?

 まあそれなら好都合。

 僕はさらに声量を下げて少女に質問を繰り返す。

 少女は本気で疑問に感じているようだった。

 少なくとも僕にはそう見える。

 これが演技なのだとしたら僕には女性というものを信じることが出来る日は来ないかもしれない。

 だけど僕はそんな彼女に「じゃあさ」と、不敵に笑い言ってやった。


「なんで重心後ろに下げたの?」


「……それで、何が目的ですか?」


 ついに少女は否定することをやめた。

 つまりそれは僕を警戒していたと認めたのだ。

 重心に関しては完全にブラフだったんだけどどうやら信じてくれたらしい。

 平和な日本育ち、しかも格闘技の経験0の僕にそんな重心がどうとかなんて分かるはずもない。

 しかもこの子はメイド服なので尚更分かりにくい。

 重心に関してもなんか格好良いよね、くらいしか知らない。

 だけど……どうやら嵌ってくれたらしい。


「人のいないところにいかない? その方がお互い都合がいいと思うんだけど?」


 少女は油断なくこちらを見据えている。

 僕は手を上げて周囲に聞こえるように大声で言った。


「すいませーん! トイレ行ってきます!」


 同郷の皆の視線が痛かったのは言うまでもないだろう。



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