第15話 模擬戦
この世界に来てから1週間。
ここ最近は主に座学を中心に日常を過ごしている。
隣り合って歩くリリアと雑談をしながら長い廊下を進んでいく。
勇者が体を壊しては元も子もないからなのか、体力訓練とかは比較的軽めだ。
ステータスとスキルがあるからそう感じるだけかもしれないけどね。昨日なんて秋山さんと栗田さんは軽く死にかけていた。
それでも数日おきに休みが貰えるようで、今日は自由日だ。各々が好きなことをして過ごす日。
まあそれはさておき――
「そういえば王子様とかお姫様っていないの?」
一度も見たことないけど。
「いますよ? この時間は寝室でお昼寝をされている頃だと思います」
「お昼寝?」
「大きな声では言えませんが、この国では長年王位を継承する御子息が生まれなかったようなんです。そのことで国王陛下は御心を痛められていたとか」
ってことはまだ子供ってことか。
勇者召喚と言えば、可愛いお姫様とか、イケメン王子様とか出てくるイメージがあった。
僕の勝手なイメージだったわけだけどちょっと残念。
お姫様とのラブコメもテンプレな王道だろうし。けど王位継承する人間が居ないって問題だったんじゃないのかな?
血筋どうので面倒な政治問題とかありそう。
リリアが続ける。
王様には何人も兄妹がいて、今の王様に子供が生まれなかったらその人達の子供が王位を継ぐという噂があったらしい。
噂と言うか、実際そうなってたんじゃないかな。王様に子供が生まれないなんて王位継承を狙う野心家がいたら付け入る隙にしか見えないだろう。
暗殺、という言葉も浮かんだけど触らぬ神に祟りなしだ。触れないようにしよう……
さぞ大事に育てられているんだろうな……ああ、そうか。それで一度も会えていないのか。
言い方は悪いけど、いくら勇者でも僕たちは召喚されたばかりの部外者だ。まだ信用を勝ち取れていないんだろう。
「お、中庭使われてる。あの人達は?」
「騎士団の方々ですね」
引き締まった体の人たちが掛け声と共に木剣を振っている。
その度に飛び散る汗が陽光に反射して煌めいていた。
「女の人は少ないんだね」
居ないこともないけどほとんどが男性だった。
「治安の維持や荒事の解決が主な仕事ですからね」
ですが――と、リリアが続ける。
「騎士団の団長は女性の方ですよ」
「団長が女の人って……凄いね。強いのかな?」
勿論です。と、リリアが頷く。
不意に顔を寄せてきた。吐息が掛かるほどの至近距離だったのでビックリした。
(私がここに潜入していたのに、大きく動くことが出来なかったのはその女が関係しています)
そうなんだ……でも小声とはいえこんな人のいるところで話すことじゃないよ。
注意するとリリアは少し慌てたように「そ、そうですね。気が緩んでいました」と、頭を下げてくる。
「どんな人なの?」
「一言で言えば狂っています。厄介なスキルも所有していますしね」
狂ってるって……戦闘狂とか? なにそれ怖いな。
あの中には居ないんだろうか。
大勢の列を成している屈強な人達の中で、それらしい女性は居なかった。
唯一全員の前に出て指示を出しているのは、見た目40ほどの男性だ。
しばらく見学していると、その人は「そこまで!」と、大きな声をあげていた。それに合わせて全員がピタリと精密機械のように動きを止めた。
日頃の訓練の賜物なのか、動きに乱れは見当たらない。
「ところでユウト様。あそこに居られるのはヒメキ様ではないでしょうか?」
「え、ああ。ほんとだね。何してるんだろう?」
いや見たら分かるか。騎士団の人たちが動きを止めても彼女は邪魔にならない隅で延々と素振りをしていた。
自主練だと思う。頑張ってるな。一方的に嫌われてることに対して思うことがないわけじゃないけど、努力する姿勢は好感が持てた。
頑張ってる人は応援したくなる。
僕たちが近づくと最初に騎士団の中で指示を出していた男の人がこちらに気付く。
「おや、勇者様じゃないですか」
「どうも。えーと」
「申し遅れました。アルテミス王国騎士団の副団長を務めさせて頂いているゼンです」
この人が副団長なのか。
額の汗を拭い笑いかけてくる。年齢を感じさせない軽快な動きで歩み寄ってきた。
こっそり【神眼】で鑑定してみた。
――――――
ゼン(人族)
45歳
Lv28
生命 310
攻撃 111
防御 150
魔力 72
俊敏 140
幸運 40
スキル【剣術】【戦士】【気力】
―――――――
副団長でこの数値なのか。スキルは多いみたいだけど、ステータスの方は思ったほどでもなかった。
っと、あんまり見てるのも失礼だな。鑑定した時点で今更ではあるけどさ。
「どうも。佐山悠斗です」
差し出された手を握り返した。
「サヤマ殿は、自主訓練ですか?」
家名を持っているのは貴族や王族だけなのだそうだ。
細かいことだけど、僕たちのような勇者のいた日本の国とこの世界では名前と家名が逆になっていることは常識レベルで認知されているらしい。
だからゼンさんが僕を『サヤマ殿』と呼んだのは、別に急に距離を縮めてきたとかではなく召喚された勇者の家名がサヤマとユウトのどちらかを知っているからなんだ。
勇者召喚を行う国ならではの気遣いだね。正直混乱しなくていいからありがたい。
「いえ、僕たちは偶々通りかかっただけで……」
チラリと姫木さんを見る
ゼンさんは、「ははは」と、どこか悔しそうに笑った。
「我々が来た時には既にああしていました。自分も研鑚は重ねてきましたが、あの年の頃にあそこまでの愚直さはありませんでした」
「ゼンさんたちはいつから?」
「早朝からですね」
え、マジか。姫木さんそんなに早くから動いてたの?
素振りって意外と体力使うからそんなに長時間は出来ないと思うけど……この世界に来た時に得たステータスの恩恵。だけじゃないんだろうな。
きっと前の世界でも日課として繰り返してきたんだ。
「サヤマ殿もどうですか? 我々と一緒に汗を流しませんか?」
「それもいいですね。あ、でもその前にちょっと声かけてきます」
隅っこで同じ動作を繰り返す仲間に手を振った。
視線が交わる
「…………」
「いや、無視は酷くない?」
すると姫木さんは木剣を止めて、こちらを見てきた。見てきたっていうか睨みつけられた。
「何の用ですか?」
「僕も混ぜてもらってもいい? 一緒に運動しようよ」
「……佐山悠斗」
姫木さんが静かに息を整えると、そのまま疑問を投げかけてきた。
「遊びか何かだと思っていませんか?」
「ん?」
「本気で使命を果たす気があるのかと聞いているんです」
相変わらず喧嘩腰の姫木さん。
隣にいたリリアがタオルを手に持ったまま、何か言いたそうにしているけど、それを止めた。
「逆に聞くけどさ、姫木さんにはあるの?」
「ありますよ。皆や人々を守るために私はここにいます。だからこそ聞いているのです」
当然だと、真っ直ぐ僕と視線を交える。
そこに迷いはないように見えた。
僕が困っていると、姫木さんは語気を少しだけ強くして言ってくる。
「私と手合わせをしませんか?」
「姫木さんと僕が?」
「ええ、まさか逃げるとは言いませんよね?」
どうにも彼女は僕のことがとことん気に食わないようだった。
更に、スキルを使っても構いませんよ。と挑発するように言われた。
「んーいいけどさ。スキルは使わないよ」
「ならスキルはお互い使わない。武器は木剣で、どちらかが降参するまで続ける。ということでいいですか?」
「それ意味ある?」
僕の言葉の意味が分からなかったらしく、眉をひそめた。
「……? 意味?」
「降参もいいけど、どうせなら実戦に近い形でやろうよ。骨折くらいなら治せると思うから大丈夫だよ」
僕には【治癒】スキルがある。
このスキルは時間はかかるけど、骨折程度の怪我なら癒せる力があった。
試運転はまだだけど、授業で習った情報を信じるなら大丈夫なはずだ。
「実戦形式。致命傷になる攻撃以外はなんでもありってことで」
ああ、そうだそうだ。と事のついでのように付け加えた。
「ハンデあげるよ。僕はスキルを使わないけど姫木さんは使ってもいいよ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔。今の姫木さんの顔を言葉にするならそんなところだろう。
軽く屈伸を繰り返す。
「一応聞くけど、僕が勝ってもいいんだよね?」
空気が凍った気がした。
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