第5話「我が家」

 ゾディアックがサフィリア宝城都市を訪れたのはひと月前だった。

 最強のランクを持つ彼は、さまざまなパーティに誘われ、一緒に任務を行った。


 しかし、ほんのひと月で、ゾディアックは孤立した。


 原因は彼の性格である。

 人見知りで。無口で。口下手。

 上手く喋れず引っ込み思案でネガティブな性格。

 指示やアドバイスはワンテンポ遅れ、上手く伝わらないことばかり。


 それに加えてゾディアックは力をセーブしていた。自分の力を頼ってばかりでは、他のガーディアンが成長しないと思ったからだ。

 だが、ガーディアンたちはその思いに気づかなかった。


「格下相手だから雑に接しているのではないか」

「嘘のランクを名乗っているのではないか」

「適当に仕事をしているのではないか」


 小さな疑いから噂話が出回り、尾鰭おびれ背鰭せびれが付きまくり、いつしか冷たい視線が注がれ、暴言まで吐かれるようになってしまった。


「他の者たちにチヤホヤされたくて、こんな小国で適当に活動を続けている」

「ちょっとの名声が欲しいだけで戦っているガーディアンの恥晒はじさらし」


 それがこの国における、ゾディアックの評価だった。




★★★




 セントラルを出ると猛ダッシュで逃げるように離れる。曲がり角を曲がり、街の喧騒を尻目に人通りの少ない路地へ移動する。

 心臓の音が大きく聞こえてくる。路地裏に入り、壁に背をつけ、息を大きく吐き出しながらズルズルと下がっていく。


「き、緊張したぁあああああ……」


 喉奥につかえていた物を吐き出すように言った。完全に膝を折り、縮こまる。

 重厚な鎧を身につけた大男が、両膝を抱えながら安堵のため息を吐く。


「初対面なのに……挨拶できなかったなぁ」


 ゾディアックは自分を恥じた。しっかりと自分の言葉を吐き出していれば、あんなことにはならなかったのに。

 しかし、どうしても人と話すとき────特に初対面の相手や異性と話すとなると────どう頑張っても”あがって”しまう。


 モンスターを相手にするより、普通の人間と喋る方が緊張するし怖い。


「……帰ろう」


 自分に嫌悪感を抱きつつも立ち上がり、重い鎧を引きずりながら帰路に着いた。

 帰っている途中、レミィの顔が浮かんできた。

 美人な女性だった。見事な赤毛にスタイルのいい身体、特徴的な猫耳。きっと男のガーディアンからはモテモテなのだろう。


 しかし、まさかシャーレロス族の半獣だったとは。エミーリォが身内については何も話さなかったのも頷ける。

 亜人は、この世界で生きていくには辛すぎる運命を背負っているからだ。


「怖かったなぁ。あの子」


 小声でレミィへの評価を口に出したところで、自宅が見えてきた。


 サフィリア宝城都市の国としての形は円形状であり、東西南北で地域が分けられ、それぞれで違う特色を見せている。

 北側は社会的地位が高い者やセレブが住む、高級住宅街が並ぶ地域。

 東側は一般人やガーディアンが多く住む地域。

 南側はメイン・ストリートとセントラルがある地域。

 西側は夜の街とも言われ、一般人やガーディアンから敬遠される地域。


 ゾディアックの家は、その西側に存在する。西側には、ゾディアック以外の一般人やガーディアン達はほとんど住んでいない。


 亜人街あじんがいがあるからだ。


 ”デミ・ストリート”と呼ばれるその街には亜人種あじんしゅが多く住み、内半分は素性を知らない者たちで溢れかえっている。朝は薄暗いスラム、夜はどの地域よりも明るくなり怪しい光がきらめく。

 西地区に来るのは、亜人街で遊ぶ物好きなガーディアンや、キャラバンの連中ばかりである。


 ゾディアックが住んでいる家の場所は、その亜人街近くに建てられており、見た目は平凡な2階建て住宅だ。

 周囲には空き家が点々と並んでおり、寂れた空気が漂っている。こんな辺鄙へんぴな地に、凄腕の暗黒騎士が住んでいることを知っている者は少ない。


 扉の前に立ちドアノブに手をかけると魔力ヴェーナを流し込む。鍵が開く音が鳴った。

 中に入ると、食欲をそそるいい匂いが鼻孔をくすぐった。


「ただいま」


 大きな声でそう言った。

 廊下の先にあるリビングへ繋がる扉が開き、夕陽を彷彿とさせるオレンジ髪が躍り出た。


 黒いゴシックドレスを身に纏った可愛らしい少女が、ひょっこりと顔を出す。

 一瞬呆けたようにこちらを見ていたその顔が、くしゃりと笑う。


「おかえりなさいませ! ゾディアック様!!」


 ロゼは元気よくそう言った。


 愛しい同居人の笑顔。

 ゾディアックは兜の下で笑みを浮かべ、安心感に包まれた。

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