第29話「我が家」

 ロゼは、を見て目を丸くした。

 いつも通り笑顔で「おかえりなさいませ」を言って、ゾディアックに抱きつこうと思ってスタンバイしていたら、現れたのはボロボロのゾディアックと少女だった。


「あらあら」


 片手で口元を隠し、紫髪の子を見つめ、


「まぁまぁ」


 次いでゾディアックを見る。


「あの、ロゼ……?」

「ゾディアック様」

「は、はい」


 ロゼは後ろで手を組み、にっこりと笑った。


「誘拐は、犯罪ですよ?」

「違う!!」

「自首しましょ?」

「だから違う!」

「このロリコン」


 ロゼはジト目になって、ゾディアックを睨む。


「ちが、違うんだってだから!」

「どうしてこんな可愛らしい子を連れてきたんですか? 当てつけですか。私に嫉妬させる作戦ですか。見事に作戦成功ですね。おめでとうございます」

「いや、その、相談したくて……」

「はぁ。初めての来客が女性だなんて。ぶっ飛ばしますよ、本当。なんで傷だらけなんですか」


 ギャアギャアと騒ぐふたりを、ビオレは困惑する眼で見つめるしかなかった。

 ロゼはハッとしてビオレの目線に合うよう膝を折ると、ふわりと微笑む。


「お名前は?」


 優し気な声に、ビオレはびくりと肩を上げ、恐る恐るロゼに視線を向ける。


「……ビオレ・ミラージュです」

「初めまして、ビオレさん……さて」


 ロゼはビオレを少し見つめると、コクリと頷き、手を差し伸べた。


「どうぞ、あがってください。疲れたでしょう」


 導かれるように家の中に通された。

 リビングに行くとロゼはテキパキとした動作でゾディアックの装備を外した。

 全身が青痣だらけだった。特に、体の前は痛々しいほどに、


「てい」


 ロゼが、その痣を人差し指で突く。


「いったぁ!!!?」

「もう!! なんですぐ治療しないんですか!」

「いや、その……鎧脱ぐの、恥ずかしかったから」

「馬鹿なんですかあなたは。またはアホですか」

「……おっしゃる通りです」

「もう!!」


 怒気が混じる声を出しながらも、ロゼは優しく痣の部分を撫でる。そして、その手の平に、緑色の光が点る。

 蛍火ほどの小さな光は、ゾディアックの痣を消していく。


「まったく。あなたが死んだら、私はどうすればいいんですか」


 ロゼの目尻に涙が浮かぶ。


「ロゼ、大丈夫だよ。俺は死なないし」

「死ななくても、大好きな人の傷だらけの姿なんて……見たくないです」


 唇を尖らせるロゼを見て、ゾディアックは小さく頭を下げた。


「ごめん、ロゼ」

「……はぁ」

 

 治療を終えた所で、ビオレが口を開いた。


「カッコイイ……」

「へ?」

「え?」

「あ! えっと」


 ビオレが手を振る。ロゼは納得した。ゾディアックの美形な素顔に面食らったらしい。

 ロゼは二っと笑ってビオレの手を掴む。


「では、ビオレさん?」

「は、はい」

「お風呂行きましょう! お風呂!」


 相手の返事を待つことなく浴場に行ったロゼはシャワーを出す。


「使い方、わかりますか?」


 温度を確かめながらビオレに問う。ビオレは初めて見る風呂場を、物珍しげに見ている。


「わからなくて大丈夫です。自然の心地いい香りが漂っているので。穢れを知らない、グレイス族特有のいい匂いです」

「あ、あなたも、グレイス族なの?」


 問いかけてから、ロゼの耳元を見る。尖ってはいなかった。


「残念ながら。私は違う種族です。じゃあ体洗っちゃいましょう。汚れてますし、魔力(ヴェーナ)が不安定です。休まないと死んでしまいます」

「え、あ、あのえっと」


 水が温まったため、ロゼはビオレを手招きする。


「服は脱いでくださいね」

「……一緒に入るの?」


 ロゼは一度目を丸くし、ニコリと笑みを浮かべた。




★★★



『かわいい~!』


 リビングでくつろいでいたゾディアックの耳に、ロゼの楽しそうな声が届く。

 ゾディアックは苦笑いを浮かべる。グレイス族は風呂など入らず、川の水や魔法で体を清める。ヒューダ族用の浴室では苦戦するだろう。

 それからしばらくして、ロゼとビオレが姿を見せた。


「ただいま戻りました!!」

「おかえり」

 

 ビオレはピンクのフリルスウェットに黒チェックのフリルスカートに着替えていた。


「どうですか、ゾディアック様! 可愛いでしょ!」

「ああ。さっぱりしたようでなによりだ」

「可愛いでしょ!」

「え、ああ。似合ってるんじゃないか?」

「……もう。ダメな反応ですね」


 ビオレはスカートの裾を握りしめながら、赤らんだ顔を地面に向けた。


「あ、あの……」


 ビオレは焦ったようにロゼに視線を向ける。スカートを履きなれていないせいか、手で生地を掴み、もじもじと動かしている。


「ふ、服のお金は」

「大丈夫ですよ、そんなこと気にしなくて。私の古着ですからちょっと大きいかもですけど」


 ロゼは両手をパンと叩いた。


「それじゃあ料理にしましょう。ゾディアック様、手伝ってください」

「ああ」


 動き出すふたりを見て、ビオレは慌てた。


「あ、あの」

「すぐにできますので、椅子に座ってお待ちください」

「ち、ちがくて。あの」

「お腹が減っていると難しい話はできませんよ」


 それからものの数分で、テーブルの上が料理で埋め尽くされた。

 食欲をそそる匂いに釣られ、ビオレは料理に顔を近づける。思えば何も食べてなかった。


「……食べようか」


 ビオレの正面に座ったゾディアックがスプーンを差し出すと、ビオレはふんだくるようにそれを取り、シチューを頬張り始めた。

 一心不乱に料理を口に運んでいく。行儀がどうこうなどまったく意識せず、どんどんと、ただ夢中で。


「美味しいですか?」


 隣に座るロゼが、微笑んで聞いてきた。

 口の周りがベタベタに汚れ、テーブルも汚しているビオレは。

 そこでようやく、心の底から安堵した。


 ビオレの目が、じわりと潤んだ。

 ゾディアックとロゼが驚いたのは同時だった。


「ふぁぁああああああー~」


 ビオレは大口を開けて泣き叫んだ。瞑った目から涙が零れ落ち、頬を濡らし、テーブルを濡らしていく。口の中に入っていた者も零れ落ちる。


「あらあら」

「ティ、ティッシュか? いや、タオルか?」


 ゾディアックはうろたえ、ロゼはティッシュを手に取り、ビオレの涙を拭き取る。

 慰め続け、ビオレが泣き止んだのは、それから10分後だった。

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