第24話「覚悟の一撃」

 『流星群メテオ・フォール』。


 魔法で疑似的に作成した隕石を上空から降らせ、地上の敵をなぎ払う”絶級ぜっきゅう魔法"。

 最上級の習得難易度を誇る魔法だ。


 疑似とはいえ威力は絶大。地上にクレーターができあがる。人の身で食らえば欠片も残らない。


 それが今、ゾディアックの目の前で発動されようとしている。山ひとつを覆いつくす流星の雲が、騎士を見下ろしていた。

 いくらなんでもこれを連続で食らえば、無事では済まないだろう。


 それでも勝てると信じている。

 己の力を、ゾディアックは信じている。


 半身になって大剣を構える。漆黒の刀身が白銀になり、黒いもやがかかり始めた。

 同時に、炎を纏いし無数の岩石が雲の中から姿を見せた。

 ラミエルは降り注ぐため、最後の咆哮を放とうとした。


 その隙を狙っていた。

 ゾディアックは大剣を思いっきり振る。

 それはありえない動作だった。地上で横薙ぎに剣を振ろうと、上空にいる竜には寸分も届かない。


 だが、次の瞬間。

 紫色に輝く剣の軌跡きせきが空に射出された。

 予想外の遠距離攻撃にラミエルは回避行動を取ろうとする。

 

 だがそれよりも速く到達した軌跡は、ラミエルの左翼を切り飛ばした。根元から綺麗に切られた翼は胴体から離れ吹き飛んでいく。


 片翼になり自重を支えきれず、もがきながら竜が地上に落ちてゆく。そして、ゾディアックの目の前に着地した。粉塵ふんじんを散らしながら、まだ三つ足で踏ん張っていた。


 隻眼せきがんが動く。その巨大な瞳は死んでいない。

 ラミエルは大口を開けてゾディアックに噛みつこうとした。

 城壁を甘菓子のように噛み砕く、巨大な牙が迫りくる。


 ゾディアックは大剣を振ってラミエルの牙をし折る。衝撃で、まるで殴られたようにラミエルの顔が横を向く。

 剣を振り続け、顔を断つ。回り込み、体を。裂く。鱗を砕き、力任せに切り刻んでいく。

 ラミエルが体を激しく動かす。溢れ出す滝のような血が、ゾディアックを赤に染め上げていく。


 ラミエルは腕を上げ、巨大な爪を振り下ろした。それが攻撃中のゾディアックに当たった。彼は小枝の如く飛ばされ、木に叩きつけられた。


「ぐっ、うっ!!」


 ゾディアックは呻き声を出し、両膝をついてしまう。

 それを好機と見たか、素早い動作で火噴ブレスを放った。避けきれず、炎の渦にゾディアックは飲み込まれる。


 熱い。先ほどよりも温度が上がっている。

 大剣を振って炎を消し飛ばす。


 が、音速のテイルウィップが迫っていた。


 防御の姿勢も取れず、ゾディアックの体に、赤い尻尾が減り込んだ。まともに攻撃を受け再び吹き飛ばされる。鎧は壊れなかったが、肉体が悲鳴を上げ、呼吸をすることが困難になった。


 ラミエルは知りえないが、この時、ゾディアックは一瞬だけ、完全に意識を失っていた。


「グハッ……」


 受け身もとれず、背中から地面に叩きつけられた。口から血を吐き出す。兜の中に、鉄の匂いが充満する。

 ゾディアックは体を起こし片膝をつく。ラミエルを見据え、確信する。


 こちらが有利だと。口で大きく呼吸を繰り返しながらそう思った。

 

 これで何度目かもわからない咆哮がラミエルから放たれる。

 ゾディアックは微塵も恐怖を感じていなかった。

 これが、最後の咆哮になることを知っていたからだ。


 咆哮が止む。ラミエルの口から、夕陽のように赤い、高温度の炎が涎のように零れ落ちている。

 ゾディアックはいったん視線を天に向ける。黒い雲が空を覆いつくしていた。


 時間帯的にはもう夜だ。雲の奥に月も星もいるだろう。今日は綺麗な満月が見えると、天気予報では言っていた。

 ロゼのためにも、そして、今隠れてこちらを見守っている仲間たちのためにも、この陰鬱いんうつとした雲を晴らさなければならない。


 決意を固め、大剣を力強く握りしめる。


【おのれ……たかが人間ヒューダ如きが、我と互角に戦うか……!】


 初めてラミエルが喋った。苦し気に吐き出されたその声は、兜を突き抜けてゾディアックの耳に届く。

 その声は動揺を隠せていない。国ひとつに匹敵する力を持っているにも関わらず、たったひとりの人間に追い詰められているからか。

 

 ラミエルの姿は、無残だった。

 片目を潰され、左翼は付け根から飛ばされ、右前脚は欠損間近にされ。

 全身に纏う、宝石の如く光り輝いていた、立派な紅蓮の鱗は切り刻まれている。

 巨大で優美なドラゴンの姿は見る影もない。


 ゾディアックの心に、悲しみの感情が沸き起こる。力と知、そして勇を兼ね備えた偉大な生物が、なぜ山と自然の民を殺したのか。

 ゾディアックは答えを聞きたかった。

 だが、喋る間もなく戦闘が始まってしまった。


 故にわかったことがある。相手は決死の覚悟を決めている。殺される覚悟をしているのだ。


【舐めるなよ、黒騎士! 貴様のような矮小わいしょうな存在、何千何万と屠ってきたわ!!】


 血と炎を撒き散らしながら竜が吠える。

 気を引き締めて、相手を見据える。


【神をも灰燼かいじんに帰す、我が獄炎を味わうがいい!!】


 そう吠えると同時に、天に向かって大口を開ける。その口元に灼熱の炎が集まっていき、それは徐々に、巨大な火球になっていく。


 火球は、鮮やかな紅蓮から、見事な青色に変化した。周囲に熱波を放ち始めている。


 これは『流星群メテオ・フォール』だ。簡易版という言い方はおかしいが、巨大な隕石をひとつだけ作り上げ、それを放とうとしているのだ。


 これが相手の、最強の一撃となるだろう。

 であれば、こちらも最高の一撃で迎え撃たなければならない。


 ゾディアックは両手で握りしめている大剣に力を込める。

 一撃を放つために、刀身に魔力ヴェーナ収斂しゅうれんさせる。


「────覚悟はいいな」


 呼応するように、刀身の輝きが、鈍い銀から変化する。


 漆黒の姿を照らす、美しい黄昏色へと。

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