第25話「刻」

 ゾディアックは大剣を構え、大地を蹴った。

 同時に天を仰いでいたドラゴンの顔がゾディアックに向けられ、山ほどの大きさの火球が口から放たれた。


 轟音を立てながら迫りくる巨大な火球。相当の高熱であるせいか、周囲の景色が歪んでいる。

 それでも足を止めない。火球の光で目が眩む。


 そして間合いに入った瞬間、一歩踏み込み、大剣を振り下ろした。

 刀身が接触すると火球に込められた魔力ヴェーナが爆発し、巨大な火柱が天空へと昇った。


 天を支えるようにそびえ立つ、巨大な青い火柱は、徐々に横に広がっていき、オーロラのようなカーテンを作り上げた。


 夜の世界が、鮮やかな青に照らされる。

 隻眼のラミエルは黒煙を吐き出しながら、立ち昇る火柱を見据える。


【やはりな】


 譫言うわごとのように呟いた。

 立ち昇る炎の壁が霧散する。最初からなにもなかったように火が消え失せ、世界が再び暗闇に閉ざされていく。


 隻眼に、剣を振り下ろした状態で静止しているゾディアックが映った。

 夜の世界でも一際目立つ漆黒の姿。


 まるで死神の様であった。


 ゾディアックは大剣を振ると、荒い呼吸を繰り返しながらゆっくり歩き、ラミエルに近づく。


 ラミエルは咆哮を放つ力もなかった。魔力、魂、誇り、全てを捧げた、全身全霊の至極の獄炎は、打ち負けた。


 大口を開けるが、掠れた声しか出てこない。魔力ヴェーナが無くとも火を吐けるよう、腹に溜めていた燃料も底をついていたことに今気づく。

 すると、突如力が抜けた。巨躯がかしぎ視界が下がり、顔が地面に近づき、轟音と共に地に伏した。


 口からは弱々しい呼吸音と、細々とした黒煙が出続けている。命の灯火が、消えかけているようだった。


 死のときが近い。確信すると、ラミエルは浅い呼吸を繰り返す。

 ゾディアックがようやく、ラミエルに触れられる距離に来た。


「待って!!」


 視線を声のする方に向けると、少女がこちらに向かって走ってきていた。

 少女はゾディアックとラミエルの間に入り、両手を広げ、騎士を睨む。


「殺さないで!! 私の、大切な友達を、殺さないで!」


 涙を溜め、それでも力強くこちらを射抜くその目に気圧された。

 少女は両手を下げ、ラミエルに近づこうとする。


「ラミ……」

「待ちな!!!」


 足が止まる。その声は聞き覚えのある声だった。

 全員の視線が向けられる。


「……ウェイグ」


 そこには、粘着質な笑みを浮かべて立っているウェイグがいた。


「おいおい。マジかよコイツ」


 ベルは銃を構えようとする。その腕をラズィが掴んだ。


「落ち着いてください。撃っては駄目です。”作戦通りに動きましょう”」

「……わぁったよ」


 ラズィは口元に小さな笑みを浮かべ、アンバーシェルを取り出した。


「本物のドラゴンを討伐するなんて……さすが、としか言いようがありません」


 ロバートが槍に手をかけながらも、ラミエルを見て感嘆の声を上げた。


「うえぇ。気持ち悪ぅ。さっさとこのトカゲバラバラにして、素材売っちゃおうよ。それか綺麗なアクセサリーにしちゃうとか」


 杖を構えているメーシェルはキンキンとした声を出した。

 ウェイグは両手をパンパンと叩き、満面の笑みをゾディアックに向ける。


「いやぁ、流石だぜ。ゾディアック。正直見直したわ。たったひとりでこんなドラゴンを倒しちまうなんてよ」


 ゾディアックは沈黙を貫く。が、呼吸音までは誤魔化せなかった。


満身創痍まんしんそういか? まぁ無理もねぇか。ああ、そうそう。ワイバーン使ってお前をつけたせいで金欠になってよ。でも……」


 背負っていたバトルアックスを手に取り、ラミエルを指す。


「このドラゴンの素材で、金は解決ってわけだ」

「なにを、言っているんだ……お前」

「殺気立つな。別に名誉なんていらねぇ。このドラゴンの討伐勲章はお前らにやる」


 ウェイグは口角を上げる。


「けど、素材は奪って……いや、お裾分けを頂いてくぜ?」

「……」

寄生職パラサイトって罵るか? それともハイエナ行為ってか? なんとでも言え。隙見せる方が悪いんだよ」


 ウェイグの顔が大きく歪む。


「もう体もボロボロだろ? ゾディアックさんよぉ。あとのことは俺らに任せて休んでな。このクソドラゴン解体すっから」


 ウェイグは背負っていたバトルアックスを手に取った。


「黙ってれば助けてやる。でも邪魔するなら、この斧でお前の頭カチ割るぞ」

「ふざけないで!!」


 ビオレが大声を上げた。


「私の友達を、傷つけるな!!」


 ウェイグは額に青筋を浮かべた。


「あぁ!? うるせぇんだよクソ亜人が!! お前らみたいなゴミを見てるとイライラすんだよ!! 自分達じゃ何もできないくせに人間俺らの真似事ばっかしやがって!」


 ウェイグはドラゴンを斧で叩き不快な笑い声をあげる。


「こいつには感謝してるぜ。ゴミをいっぱい燃やしてくれてよ」

「……ゴミなんかじゃない」


 少女の目に涙が溜まった。


「私たちは、ゴミなんかじゃない!! 誇り高き自然の民だ!!」


 その思いに答えるように、ラミエルが目を開けた。最初に気づいたのはメーシェルだった。


「生きて――」


 ラミエルは咆哮を上げた。次いで口を開け、ウェイグに向かう。

 ウェイグたちが全員悲鳴を上げて尻餅をついた。


「ひぃっ!!?」


 口がウェイグを飲み込む寸前、ゾディアックが間に入る。ウェイグを抱え、噛みつきを避ける。

 メーシェルとロバートは悲鳴を上げながら逃げ出した。


「な、なんで」


 ウェイグは動揺の視線を向けた。


「……逃げろ」


 ゾディアックはウェイグを離し、睨んだ。


「行け!! これ以上ふざけたこと言ってるなら、あいつの餌にするぞ!!」

 

 再びドラゴンが吠える

 ウェイグはガタガタと奥歯を揺らし、


「く、くそ……ふざけんな、クソが!!!」


 苦し紛れの捨て台詞を吐いて去っていった。

 邪魔者がいなくなり武器を収めた。先ほどの咆哮に、もう敵意はなかったからだ。

 ラミエルを見ると苦しそうに呼吸を繰り返していた。

 

「ラミエル!! ラミエル!!」


 少女が必死に呼びかける。


【……ああ。ビオレ。生きていたのだな】

「ラミエル……!!」


 いつもと変わらない、優しい友の声を聞いて、ビオレの目から涙が零れ落ちる。


【済まぬ、ビオレ】

「え?」

【我は……道をたがえた……】


 ラミエルは口を開けた。


【――我を、殺してくれ】

 

 その口元は笑っているように見えた。

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