第26話「誇り高き友」

【村を焼いたのは、我の意思だ……】


 息も絶え絶えで、ラミエルは喋り始めた。


【ビオレに、日々幸せに生きるグレイス族に感化され、我は力を求めた。その結果が、これだ。……ドラ・グノア族の……本能に抗えず、ただ愚直に力を求める、哀れな存在と化してしまった】

「力……」


 ビオレは譫言うわごとのように呟いた。


【だから、守るべき村を、存在を、燃やしてしまった】


 ビオレは、口元をきつく結ぶ。


【恨んでくれ、ビオレ。我はお前の敵だ】

「でも、でも、こんな、こんな姿に、なるまで……」

【これで、いい。ただのモンスター、なのだから。こうでなければ……ならんのだ……】


 ラミエルは視線をゾディアックに向ける。


【すまん……。手をわずらわせた。黒い騎士よ】


 ゾディアックは頭を振った。


【たったひとりで、我を……倒すとは……見事だ】


 ラミエルが放った言葉は賞賛だった。声が弱まっている。限界なのだろう。

 ビオレはラミエルの顔に手を触れる。金色の瞳が少女を捉える。

 その目は優しかった。闘争心も殺意もない、慈愛に満ちた瞳だった。


【時間がない……頼みがある】


 ラミエルは血を吹き出しながらも、体を起こした。


【近くに、我の羽が落ちている……持っていけ】


 次いで、ラミエルは千切れかけている左の前脚を見た。


【残していける】


 そう言って、ラミエルは自身の口を使い、右前脚を噛みちぎった。

 ビオレが悲鳴を上げる。傷口から血潮がほとばしり、地面を濡らしていく。


「ラミエル! もうやめて……!」


 腕を落とし、ラミエルはビオレを見た。


【使い方は……あの騎士に、聞くがいい】


 ラミエルの顔がゾディアックの方を向いた。


【騎士よ。名は、なんという】

「ゾディアック・ヴォルクス」

【ゾディアック。どうか、この子を、頼む……】


 必死な声だった。ゾディアックは頷いた。


【ビオレ……私の最後の頼みだ】

「……いやだ」


 ラミエルがビオレを見た。

 頼みの内容を察したビオレは、首を横に振った。


【我を殺せ。お前が、我を、仕留めるのだ】

「やだ、やだよ」

【我を狩ったという武勲……きっと守護者として、名を上げることができる】

「やだ、いやだ!! ねぇ、まだ大丈夫だよ。傷を治して、また一緒に……」

【……ビオレ】


 言葉に、微かに怒気が混じった。


【なるのだろう? ガーディアンに】

「……」

【お前の父のように、皆を守る、誇り高い、守護者になるのだろう?】


 ラミエルは目を細めた。


【最後に、見せてくれ。我を倒す、誇り高い、守護者の顔を】


 ビオレの瞳が潤む。

 だが、涙を流さなかった。

 潤む瞳を腕で拭い、覚悟を決めたようにラミエルを見上げる。


 ゾディアックはビオレに近づき、補助武器である銀の短剣を抜き、柄を向けた。

 ドラゴンの急所を守る鱗は、砕かれている。きっと突き刺せるだろう。非常に、酷ではあるが。


「……脳天に、突き刺せ。それでドラゴン……いや、ラミエルは死ぬ」


 ビオレは震える手でそれを受け取り、一度大きく深呼吸するとラミエルに近づく。

 小さな守護者がちゃんと仕留められるよう、竜は頭を下げた。


「ラミエル。私はあなたを絶対に怨まない」


 ビオレはぎこちない笑顔を作る。


「だって、あなたが力を求めたのは、私達を守るためでしょう?」

【……】

「あなたはずっと、私達を守ってくれた。結界を作って、自然を傷つけないよう、炎も吐かず」

【……】

「忘れないよ、ラミエル」


 剣を両手で、逆手に持ち、振り被る。


【……誇るがいい。我を、倒したことを】

「うん、誇るよ」

【……悔いはない。我は、幸せだった】

「うん……私も……幸せだった」


 一陣の風が吹いた。

 この瞬間だけビオレの視界に、緑豊かな風景と、真紅に輝く美しいラミエルの姿が見えた。


「大好きだよ、ラミエル」


 ラミエルは、ただじっと、隻眼でビオレの姿を見ていた。




 誇り高き友の姿を見つめ続けた。




 ビオレは、銀色に光る刃を、静かに振り下ろした。

 頭部に突き刺さる。なんとも矮小な一撃。それが止めの一撃だった。


【────ああ。よい風が、吹いているな】


 満足そうに、深紅の竜が呟いた。


 直後、ガラスが割れるような音と共にラミエルの巨躯が


 ドラゴンが死ぬと死体というものが残らない。身体が結晶化して、砕け散るのだ。砕けた結晶は周囲に散らばり、白く輝き続けている。

 結晶の中身は魔力ヴェーナが込められているため、ミスリル鉱石のように素材として重宝され、高値で取引される。


 だが、ゾディアックは結晶を拾おうとは思わなかった。このまま放置しておけば土へと還り、結晶にこめられた魔力ヴェーナが解放され、荒れ果てた大地に力を与えることを知っていたからだ。


 ベルとラズィは、黙ってその光景に見とれていた。

 ドラゴンの、ラミエルの討伐は完了した。ゾディアックはそのまま周囲に気を配る。何の気配もない。

 肩の力を抜く。緊張を解いて空を見上げる。

 曇天の空が、円を描くようにかき消されていた。

 円の中心には、大きな満月が姿を見せている。


「月、綺麗だな」


 ゾディアックは月光を浴びる。

 ビオレは月を見上げると、弓を落とし、大声で泣き始めた。


 太陽の光よりも明るい月光が、暗黒の騎士と、少女と、空に舞う白い結晶を照らし続けた。

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