第23話「火竜ラミエル」(後)

 仰向けに倒れたゾディアックは、体に異常が無いことを確認する。

 両手両足、共に動く。鎧も健在。だが、マントは消し炭にされてた。

 立ち上がると、ラミエルがたけり立った。


 大地が揺れ動いている。地震では、ない。

 目の前にいる竜の咆哮が、大地を無理やり動かしているのだ。


 両足に力を入れて咆哮を耐える。海を挟んだ先にある大陸まで轟く、と言われている雄叫びは恐ろしかった。悠久の時を生き、生物の長とも呼ばれている存在の姿は、大地も大気も恐れさせ、震え上がらせていた。


 兜の隙間から見つめているだけでも、敵意と殺意が向けられているのがわかる。

 ほどよい緊張感がみなぎり、ゾディアックは大剣を構えた。

 ラミエルは咆哮を止め体を動かす。下半身を横に向ける。


 ────テイルウィップ。


 距離を詰めるには遅かった。ゾディアックは体を右に向け、剣を構え防御の姿勢を取る。


 刹那、赤く野太い尻尾が強襲した。尻尾は周囲の木々を吹き飛ばし、地面を吹っ飛ばした。


 城門を破る破城槌はじょうついの如き一撃を、ゾディアックは大剣の腹でなんとか耐える。

 次いで衝撃波ソニックブームと共に、木々が吹き飛ぶ音と、尻尾を止めた音が耳に飛び込んできた。

 

 音が後から来て、衝撃波が発生。

 それはつまり鞭のように振った尻尾の速度が音速を軽く超えていることを示していた。


 普通の装備では死んでいただろう。だが漆黒の鎧は健在。


 ────勝てる。


 攻撃をやり過ごしたゾディアックは尻尾を弾き飛ばし、武器を構えて突進する。

 ラミエルが再び口を開け、喉奥を光らせる。


 ゾディアックは魔力ヴェーナを活性化。足に風の力を纏い跳躍する。

 『ハイジャンプ』を使ってラミエルの頭上を取ると、大剣を逆手に持ち、切先を下に向ける。

 ラミエルは相手を逃さまいと顔を上に向けた。


 そして、火噴(ブレス)が放たれるよりも早く、大剣がラミエルの右目に突き刺さった。


 ラミエルが叫び首を激しく動かした。剣を引き抜き、自分から降りる。

 地面に着地すると、再び前足めがけて大剣を振りかぶった。


 鱗を砕くためには、素の力では足りない。

 ゾディアックは両手で柄を力強く握りしめ、魔力ヴェーナを大剣に注ぎ込む。熱を帯びるように、漆黒の刀身が銀色に染め上げられていき、剣の周りに至極色しごくいろの光が揺らめく。まるで紫煙を纏っているかのように。 


 大剣を振り下ろす。今度こそ真紅の鱗を砕いた。大剣が前足に減り込む。


「うぉおっ!!」

 

 気合の声と共に、大剣を振り抜く。

 ラミエルの右前足は骨まで砕け、皮一枚繋がっている状態となった。切り飛ばすまでは行かなかったが、切断寸前までは持って行けたらしい。

 ラミエルは低く唸った。


 痛みによる声ではない。怨念(おんねん)をこめた音だった。


 ラミエルは両翼を動かし、上空へと飛び立つ。徐々に高度を上げていき、真紅のドラゴンが夕陽に照らされる。

 命懸けで戦っているというのに、ゾディアックは見惚れてしまった。芸術に疎くとも、この光景は美しいと素直に思ってしまう。


 上空に暗雲が立ち込め黄昏時の空を灰に染めていく。暗雲は周辺の山々を覆いつくすまで広がっていく。

 大きく翼を広げ、ラミエルが咆えた。灰色の雲がところどころ、赤く光る。


 今にも雨が降りそうな暗雲。そこから降り注ぐのは、雨水でもなければ、雹(ひょう)でもなく、稲妻(いなづま)でもない。


 こちらの存在を燃やしつくさんとする、炎の岩石。


 『流星群(メテオ・フォール)』が、ゾディアックを穿たんと迫り来ていた。

 



★★★




「ねぇ、もう帰ろうよ!!」


 メーシェルが悲鳴に似た声を上げた。


「さっきから大きな音ばっかり聞こえるし! 空はおかしなことになってるし!!」

「あぁ!! うるせぇ!!」


 文句を絶え間なく言ってくるメーシェルに苛立ち、ウェイグが罵声を飛ばす。


「大枚はたいてもう一回来たんだ!」

「でもぉ」

「さっきから声がするだろ! ゾディアックが戦ってんだよ! なぁ、ロバート! お前もそう思うよな!?」


 ウェイグはメーシェルの後ろにいたロバートに声をかけた。

 だが、当の本人は、空を見上げていた。


「あ? おい。どうした」

「……あ、あれ」


 震える指先で、ロバートは天を指さす。

 つられるように視線を指が示す方へ向ける。


 そこに浮かんでいたのは────。

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