第6話「ディアブロ」

 肩まで伸びた髪をなびかせながら、ロゼはゾディアックに抱きついた。

 鎧の上からであるため体温は感じられない。それでも、心は温かくなった。

 優しく抱きしめ返す。


「ただいま。ロゼ」

「はい。ご無事で何よりです、ゾディアック様」


 ロゼ、と呼ばれた少女は、ゾディアックの顔を見上げた。宝石を思わせる赤い瞳が瞬いた、かと思うと、顔を赤くして視線を落とす。


「ご、ごめんなさい。私ったら、はしたない」


 恥ずかしそうに言って距離を取る。ゾディアックは行き場のない両手を使って兜を外す。


 兜の下から青紫色の髪と浅黒い肌が外気に晒される。

 切れ上がりの目には力があり、女性のように長い睫毛まつげがより目力を上げている。

 鼻筋が通っておりシャープな顎のラインのおかげか、優しい印象を与える顔をしている。


 雑誌の表紙を飾るような美青年、映画で主役を務める役者と言っても過言ではない美貌びぼうを持つゾディアックは、開放感から微笑みを浮かべる。

 それだけで女性の心を射止める破壊力を持っていることを、ゾディアックは自覚していない。


「汗だくですね。もうすぐ料理が出来上がるので、お風呂に入ってきてください」

「わかった」


 兜をロゼに預け、手慣れた動作で小手を外すと家にあがった。

 装備部屋に行き、装備を全部しまう。ロゼは白い肌の小さな手を動かしながら手伝った。

 

 するとゾディアックの背中に回り込み、大きく背伸びをして鎖帷子(くさりかたびら)を外そうとする。


「よいしょっと」


 届かない。ゾディアックは口角を上げ、自分で防具を外す。均整の取れた、筋骨隆々な上半身が露になる。


「むぅ。ゾディアック様は大きくてズルいです」


 背伸びして両腕を上げていたロゼは、不機嫌そうに頬を膨らませる。まるで抱っこを拒まれてねる子供のようだった。


「足の裏削ってください。ゾディアック様」


 両手を腰に当てて言った。


「いやだ」

「じゃあ私に30センチください」

「ロゼは小さい方がいい」

「うわぁ。ロリコンですかぁ~。ゾディアック様。まぁ構いませんけど」


 口元に笑みを浮かべ、ロゼは言った。可愛らしい少女に癒されながら、雑談を続けて数分後、ようやく風呂に入った。


 風呂に入ってからも「お背中お流ししましょうか」と言ってロゼがからかってきた。


「流して欲しいな!」

「え!? あ、えぇ、でも、料理の準備が……もう! 今度! 今度一緒にお風呂入りましょう!」

「うん。楽しみにしとく」


 ゾディアックは笑みを浮かべ、ゆっくりと体の疲れを癒した。




★★★




 白いシャツに灰色のルームパンツに着替えたゾディアックがリビングに入ると、ロゼが黒のフリルスカートを躍らせながら、料理が盛られた皿を運んでいた。


「今日は唐揚げにしてみました!」

鎌鳥かまどりの肉か」


 ゾディアックが席に着くと、瞬く間にさまざまな料理がテーブルを彩った。

 唐揚げの他、キングサーモンのソテー、爆牛ガウズのホワイトシチュー、好物のオーロラベジタブル。

 最後に、麦のパンが入った浅型のバスケットをロゼは持ってきた。

 料理の準備が整い、ふたりは向かい合うように席に座る。


「どうぞ! お召し上がりください!」

「いただきます」


 ゾディアックはフォークを使って唐揚げを頬張る。肉厚で、こってりとした油が口内を蹂躙じゅうりんする。

 朝、昼と、エネルギー補給食しか口に入れてなかったため、味に飢えていた。


「美味しい」


 短い言葉だが、本心から沸き起こった言葉を口に出す。

 ロゼは「ふふん」と言って自慢気な顔をする。


「当然です。愛情をいっぱい注いでますから。どんどん食べてください!」


 ロゼと一緒にいると、疲れも嫌な出来事も、すべて吹き飛んでしまう。我ながら単純な思考回路だと思うが、嫌いではなかった。


 幸せだから、まぁいいか。


 それでいい。それがいい。




★★★




 二人はヴィレオンに映し出された映像を見ていた。画面に映し出されているのはバラエティ番組。

 噂のデザート特集と左上には書かれてあり、画面下の字幕に「パンケーキ」なる文字列が表示される。


「美味いのかな?」

「わかりません。私も聞いたことがなくて」


 映像内ではヤギの角を生やした女性レポーターが、赤いテーブルクロスが引かれたテーブル席に座っていた。

 その前に皿が運ばれてきた。

 乗せられていたのは表面が小麦色に焼けた、低い円柱型のパンのような食べ物だった。


『こちらは”風の国”、ラフト国にある喫茶店なのですが、店内はすごい盛り上がりを見せております! なぜこれほどまでに盛況なのかと言うと』


 レポーターは明るい声で喋り続けながら、テーブルに置かれた皿を両手で差す。


『この”パンケーキ”と呼ばれるデザートが大ブームになっている模様です! さっそく、私も食べてみたいと思います!!』』


 レポーターはパンケーキにハチミツを大量にかけて口に頬張る。


『おふ! おうふぃ!!! ふわっふわ!』


 はしゃぎながらレポートしていると男性店員が皿を運んできた。


『こちらはラムネスライムの素材を使用して作られた、特製シロップでございます。酸味を加えているため、違う味が楽しめます』


 営業スマイルを顔に張り付けながら、皿を手で示して言った。

 レポーターはパンケーキにシロップを絡めて口に運ぶ。


『あ、美味しい! 甘い炭酸が、絶妙に合いますね』


 見ているだけで口の中に甘みが広がる映像だった。


「いいなぁ」


 ロゼが真剣な顔で呟いた。


「……食べたいのか?」

「はい。食べてみたいです」


 言ってから、オレンジの頭をゾディアックの肩に当てた。


「ごめんなさい、無理ですよね」


 切なそうに言った。ゾディアックはロゼの肩を抱いた。


 じゃあ旅行がてら、ラフトに行くか、と提案したい。

 だが、どう頑張っても行けない。なぜか。


 


 ロゼが族だからだ。

 ロゼは、俗に”ヴァンパイア”と称される、人々から忌み嫌われているモンスターだからだ。


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