第19話「スリーマンセル」
毛先をクルクルと巻いた、桃色髪の女性が、持っていた杖の先端をウェイグに向けた。
「嘘吐きはちょっと黙っててくださいね~」
「あ、あぁ!? なんだこのアマ────」
「黙らないと虚偽の報告を行ったとして~ガーディアンの権利、剥奪されちゃいますよー? 熱くなるのは心だけにして、頭は常に冷やしましょー」
気の抜けるような、のほほんとした言い方だったが、権利剥奪という言葉を聞いてウェイはが押し黙った。
女性がゾディアックに近づく。糸目で、それでいてとても美麗な顔立ちだった。鼻が高く薄い色の唇が妖艶でもある。
女性は人差し指を唇に押し当てる。
「私でよろしいでしょうか~」
「え、あ……えっと、あの……」
マズい。さっきまでは必死な感情で喋れていたが。
ゾディアックがドギマギしているとレミィが口を挟んだ。
「構わねぇ。あとひとりだ。探せゾディアック」
ゾディアックが目を右往左往させていると、新たな声が届いた。
「俺でよければ」
出てきた人物を見て、ゾディアックは目を見開いた。
「ベル!!!?」
「おおう。いいリアクションだ。ちゃんと声出してけよ、ゾディアック」
「な、なんであなたが……」
キャラバンじゃ、と言いかけたところで、ベルが人差し指を立てた。
「合わせろ馬鹿」
小さな声だった。ゾディアックは口角を上げ、ほっと息を吐く。
理由はどうあれ、この場を乗り切れればいい。振り返りレミィに視線を向ける。
「依頼書、頼む」
「……緑髪のオッサン」
「はいはいオッサンです」
「見ねぇ顔だが、ランクは」
「パールでござんす」
真珠の指輪を見せびらかした。色がくすんでいた。
「長年ガーディアンやってるんですけど鳴かず飛ばず。ここら辺で一発逆転したいんすわ」
「……ドラゴン相手だと死ぬぞ」
「なんとかなりますって~。ね、魔法使いさんもね?」
女性はスンと鼻を鳴らしネックレスを見せた。ルビーの宝石があった。
「ランク・ルビーなので、頑張ります~」
「……わぁったよ。この三人でいいんだな」
ゾディアックが頷くとレミィは即席の受注書を作った。
次いで手でテーブルを示す。
「手を置け」
全員テーブルに手を置く。瞬間、テーブルが一瞬だけ紫色の光を放った。手の平が熱を帯びる。ゾディアックはテーブルから手を離した。
手の平には紫色の文字が浮かんでいた。
魔法の呪文。契約成立の証だ。
「……ありがとう」
「お、いいじゃん。今度はしっかりお礼言えたな」
屈託のない笑みを浮かべ、レミィは立ち上がり、姿勢を正す。
「それでは、確かに依頼を受注致しました。『デルタ山脈調査任務』並びに『危険指定
パーティメンバー。
ゾディアック=ヴォルクス様。
ベルクート=テリバランス様。
ラズィ=キルベル様。
どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
レミィは頭を下げた。普段の粗暴な態度からは想像もできないほど綺麗な所作しょさであったため、ゾディアックは少しだけ驚いた。
「……行ってくる。レミィ、さん」
「よっしゃ。行きながら作戦会議だな」
「頑張りましょ~、お~」
ゾディアックはウェイグに視線を向けた。顔が赤くなっていた。
「テメェなんざ燃やされて殺されちまえ。おい! そこの取り巻き連中! お前ら泣いて帰ってきてもこの場所に居場所があると思うんじゃねぇぞ!!!」
ウェイグは周囲を見る。誰も何も言わなかった。
ゾディアックはため息をつく。
「嘘を吐いたことに対する弁明を考えた方がいいぞ」
「は!? 誰が嘘を吐いた!? "追い払った"っていう事実が嘘だって証拠でもあんのか!?」
「お前の弱さが証拠になる」
その言葉を聞いたウェイグの頭の中で、何かが切れた。近場に置いてあった剣を手に取る。
「上等だよテメェ……」
「ちょ、ちょっと待った!!」
ベルがふたりの間に割り込む。
「落ち着け。ガーディアン同士で喧嘩する意味がない」
「そうですよ~、冷静になるべきです」
ベルは両手をウェイグに向けて制止を
ラズィ、という名の
「もし攻撃したらー、犯罪者ですね~。ついカッとなって暴れると~損しかしませんよ~?」
ウェイグが歯を剥き出しにする。その隙にゾディアックは出口へ向かった。
「いやぁ、お騒がせして申し訳ない。ま、チャチャっと帰ってきますわ! それじゃ!」
ベルは早口で言ってラズィと共に、ゾディアックの背中を追いかけた。
★★★
店から黒い騎士が出ていった後、店は少し活気を取り戻していた。
だがもう、誰もウェイグを見ようとはしなかった。
「畜生! あのクソ騎士。ぶっ殺してやりてぇわ」
顔に泥を塗られた。苛立ちながらテーブルに足を乗せる。
黙っていたメーシェルは柳眉を逆立てた。
「聞いてるだけでムカついたわ~。どうせ焼かれて死ぬよ、あんなの」
ロバートだけは苦笑いを浮かべる。
「ただ……ドラゴン。もし、討伐出来たら、いいですね」
「あ?」
「ドラゴンの素材って高値で取引されているらしいです。まぁ、知ったところでもう」
ウェイグは、一瞬思案顔になり、薄ら笑いを浮かべた。
「おい、耳貸せ」
ふたりはウェイグに近づく。ウェイグは、小声でふたりに何かを告げた。
「……それって最高だね」
メーシェルがクスクスと笑う。
「ウェイグ、それは……こちらも危険なのでは」
「あ? ビビってんのかロバート」
「……いえ。失礼しました」
ウェイグの視線はロバートから、通りかかったメイドに向き、その尻を叩いた。
「キャア!!」
「おっとわりぃ。”当たっちまった”」
メイドがウェイグを睨みつける。それを無視してウェイグは受付に向かう。
レミィが睨み上げる。
「……何か?」
「いやぁ? 随分と生意気な態度とってるなと思ってさ。
プッ、とウェイグがカウンターに唾を吐いた。
「拭いとけ、クソ猫。半獣如きが
そう言って、受付を離れていく。レミィは奥歯を噛み締め、テーブルの下で拳を握りしめた。
あんな奴がガーディアンだと。ふざけるな。
弱きを助け強きを挫く。どんな強敵が立ち塞がろうと己の力で道を切り開く。
それがガーディアンだ。
レミィの脳裏に、ゾディアックの姿が思い浮かんだ。
「ドラゴン討伐……か」
レミィの脳裏に、グレイス族の少女の泣き顔が思い浮かぶ。
『助けて。私の友達を』
胸中に、少しだけ不安を感じながら、レミィはウェイグの依頼完了書類で唾を拭き取った。
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