第20話「最速」

 ゾディアックはセントラルを出て、路地を進んでいた。

 いっぱいいっぱいだった。背中に緊張の汗が噴き出て歩調が早まる。


「おい、ゾディアック!! 待てって!!」


 立ち止まって振り返ると、ベルが息を切らして肩を掴んだ。


「歩くのはえぇよ。やっぱ高身長だからか? 歩幅が全然違うわ」

「……悪かった、ベル」

「気にすんなよ。ったく、ガーディアンってのはあんなんばっかか?」


 そうでもない、とは言い切れない。守護者、などと呼ばれているが暴れたいだけの者だって大勢いる。

 ふと、ゾディアックは気になっていたことを聞いた。


「ベルはガーディアンだったの?」

「あ? ああ、いや。指輪はガーディアン辞めてキャラバンになった知人から貰った奴でさ」


 ヘラヘラと答えた。


「サフィリア宝城都市ってガーディアン登録に関して緩いじゃん? 貿易都市だから人の入れ替え激しいし、全員分の顔と名前管理がおざなりだと思ってよ」

「……ん? いや、でも、おかしくない? ベルクート=テリバランスってレミィが言ってたけど」

「……あれ、たしかに……。なんであの嬢ちゃん、俺の名前知ってたんだ? つうか知ってんなら俺がキャラバンだってバレてんのに」

「知ってて行かせたんじゃないんですか~?」


 気の抜けるような声がかかった。ラズィ=キルベルと呼ばれた女性の魔術師マジシャンだ。


「おお! 嬢ちゃん、さっきはどうもな。ほら、ゾディアックも礼言っとけ」

「いえいえ~。遅かれ早かれ、名乗り出ようと思ってましたしー」


 女性は帽子を取った。ゆるくパーマがかかった髪をふわりと浮く。


「タンザナイトのゾディアックさんですよね~?」

「おい、返事しろって」

「……あ、ああ」

「ふ~ん」


 女性は値踏みするように全身を見ると、一度頷く。


「さきほどの行動、かっこよかったですよ~。ちょっと見直しましたー」

「……見直す?」

「はい~。「冷たくて極悪非道な、嘘つきガーディアン」っていう噂がセントラルで流れていたので、ちょっと軽蔑してんですけどー、やっぱり噂でしたかね~?」


 ゾディアックは肩を落とし視線を地面に向け、ベルは苦笑いを浮かべた。


「さて、ではドラゴンの件~。早速行きますか~?」


 少しだけ目が開いた。喋り方は緩やかだが瞳の力強さはガーディアンのそれである。


「ああ」

「ただ~あそこまで必死になった理由が知りたいです~。ドラゴンと戦えるから、ですか~?」

「……危険だから、討伐する。それと」

「それとー?」

「……亜人の子。友達なんだろ。なら、助けたい」

「亜人が好きなんですか~? それとも差別されている存在だから哀れんでるとでもー?」


 ゾディアックは頭を振った。


「俺がガーディアンだからだ。人々を、亜人を、国を……サンクティーレを守る。それが仕事で、俺の誇りだから」


 いつものたどたどしい言葉ではなく、力強く言い放たれた言葉に対し、ベルは口笛を吹く。

 女性は表情を一瞬消し、頬を緩めた。


「素敵ですー。前からあなたとは組みたいと思ってました~。タンザナイトの強さも、見てみたいですしね~」


 そう言って、ベルに目を向ける。


は、どうするんですかー?」


 ベルが「げっ」と言って、頬を引きらせた。


「お、俺だって戦うぜ?」

「どうやって~?」


 ベルは瞳を逡巡しゅんじゅんさせたがコートを広げた。

 内側にかかっていたものを見て、ゾディアックとラズィが息を呑む。


「銃か」

、だけどよ。力になれるだろ? 今更おいてくなよ?」


 ラズィはクスリと笑った。


「面白いパーティですね~。楽しくなりそうです~」


 ゾディアックは頷くしかなかった。とにかく今は、早く亜人の女の子を見つけることだ。


「それじゃ、まずはどこに行く?」

「ここからデルタ山脈に行くには~馬だと時間がかかりますね~」

「……友達のドラゴンの安否を早く確認したいなら、ワイバーン乗り場だ」

「もう乗ってるかもしれませんね~」

「俺たちも乗ろう」

「金は? 裕福層セレブだって、二時間借りるだけで100万近くかかるぞ」

「大丈夫」


 ゾディアックは親指を立てた。


「一番速い奴を、借りよう。金払いも、俺は最強だから」


 渾身のギャグであった。

 が、ベルは呆れ顔で、ラズィは空を見上げた。


「ただの嫌味にしか聞こえないからやめとけ」


 ゾディアックは肩を落とした。




★★★




「うそ……うそ……うそだ……」


 ビオレは泣きながら走っていた。脳裏を過ぎるのは、運ばれてきたラミエルの腕。

 あれは彼の腕だ。間違いない。だとしたら彼はやられたのか。あの頭の悪そうな人間ヒューダに。


 嘘だ。ありえない。ラミエルがあんな雑魚に負けるわけがない。

 息が苦しい。セントラルに待機している間、水も食事も提供されたが、毒が入っているかもと思って接種してなかった。腹も頭も痛くなってくる。


 ワイバーン乗り場、というのが見えて来た。これに乗ればデルタ山脈にまた行けるだろう。

 だが、乗るための金がない。


「あれ、お嬢さんは」


 立ち往生するビオレは振り返った。そこにいたのは、ビオレをここまで運んでくれたワイバーンの若い乗り手、竜騎士ドラグナーだった。


「到着と同時にいなくなっちゃったから心配してたよ。セントラルには行けたのかい?」

「あ、あの!! わ、私をデルタ山脈に連れて行ってください!!」


 藁にも縋る思いだった。頭を下げる。


「お金……お金は……」


 あの金髪に全部取られた。袋も、中に入っていた宝石も、父の指輪も全部取られた。

 グッと下唇を噛む。


「わ、私を奴隷にしていいです! だからお願いします! 連れて行ってください!」

「ええ!? うーん、えっと」


 腕を組んで唸る青年は、ボロボロで泣いているビオレをジッと見て頷いた。


「縁、って奴かな。キミにはたくさんの事情がありそうだ。なら、ガーディアンとして動かないと」


 顔を上げると相手は笑みを浮かべていた。


「もう一度だけ運んであげよう。乗り掛かった舟だ。報酬に関してはキミの目的が達成されてからでいいよ」

「は、はい! ありがとうございます! あの、えっと、あと、は、速く行けると、嬉しい……です」


 青年は一度面食らったあと、笑った。


「ならご安心を。僕は、全ワイバーン乗りの中で最速の騎手だからね」

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