第18話「ハンズアップ」

 セントラルが見えて来た時だった。中からみすぼらしい格好をした女の子が出て来るのが見えた。微かに見えた長い耳からグレイス族だろうかと察する。

 だがなぜ、ガーディアンでもなさそうな亜人が出て来たのか。ゾディアックは首を傾げながら中に入る。


 すると、大歓声がゾディアックを出迎えた。

 が、その歓声は彼に向けられたものではない。別の人物に対してだった。


「すげぇ!! ウェイグ!! お前すげぇよ!!」

「ランク・ダイヤモンドも夢じゃないな! いや、それ以上になれるんじゃ」

「メ―シェルとロバートもお疲れ様!!」


 全ガーディアンが中央に集まっていた。

 そこでゾディアックは気づく。

 床に、デカい何かが置かれていることに。


 それは腕だった。深紅の鱗がついた、太く、巨大なドラゴンの左腕。あともう2、3本あればフロアの床全域を埋め尽くすのではないかという大きさ。

 いったい誰がこんなことを。疑問に思っていると答えが耳に届く。


「苦労したが、ドラゴンなんざ雑魚だよ! 雑魚! 俺の敵じゃなかったわけだ!」


 ウェイグが、ビールが入った大ジョッキを掲げながら声高に叫んでいた。そこからどういう攻撃をして、どうやって切り落としたかまで詳細に語り始める。隣にいるメ―シェルもまた色々と喋っていた。

 周囲のガーディアンは目を輝かせてその言葉を聞いていた。


 だが、ゾディアックは違った。傾聴しているのはドラゴン何かと戦ったこともない、低ランクのガーディアンたちだ。証拠に、一部の者たちは疑いの目を向けている。

 そしてロバートだ。一人だけ顔色が悪い。笑顔を浮かべて騒いでいるが、後ろめたさを隠せていない。


 何かがおかしいと思いながら近づくと、ウェイグがゾディアックに気づいた。


「よぉ! 根暗黒光り野郎! お前がサボっている間にドラゴン軽く倒してきたぜ! お前そのランク持ってる資格ねぇよ」


 周囲からゾディアックを馬鹿にする声も同時にあがる。だが、今はそんなことどうでもよかった。


「ウェイグ」

「あ? なんだよ。気安いぞ。ウェイグさんだろうが」

「お前、これどうした?」

「お前じゃねぇよ!!」


 ウェイグがジョッキを投げた。ゾディアックの兜に当たり、ジョッキが砕けビールが鎧にかかる。


「何もしないガーディアンが調子に乗るな。お前、そんな口が利ける立場かよ。恥とかねぇのかクソ野郎」

「ドラゴンを追い払ったのか?」

「おう。聞きてぇか? でもお前に聞かせても無意味だから喋らねぇけど。いつも通り、隅っこで寝たフリしながら話聞いてな」

「子供みたいな煽り言葉を止めろ。鬱陶しい」

「……あ?」


 ゾディアックがウェイグに詰め寄る。


「この腕、どうやって手に入れた。ドラゴンと戦ったのか?」

「あ……あたりめぇだろ! 俺の魔法とスキルでぶった切ってやったんだ! ドラゴンは泣いて逃げてったぜ」


 ゾディアックは席に乱雑においてあったウェイグのハンドアクスを手に取る。


「あ、お前何しやがる!!」


 声を無視して腕に近づくと、ゾディアックは思いっきり鱗に向かって斧を振り下ろした。

 甲高い音が鳴り、砕け散った破片が周囲に散らばる。


 砕けたのは、斧の方だった。ウェイグが顔を引きつらせる。


「ドラゴンスケイル《竜の鱗》はこの程度の武器じゃ砕けない」

「ス、スキルと魔法で強化したんだよ」

「じゃあ今すぐやれ。斧を借りて、行うんだ。できるわけがない。ルビー程度の実力でドラゴンは追い払えない。真実を言え、ウェイグ」


 ゾディアックの真剣な声色に対し、ウェイグは鼻で笑った。周囲からも笑い声が上がる。


「なに? 急にベラベラ喋り始めやがって。気持ちワリィな。やっぱり喋りができねぇのは演技だったわけ? キャラ設定か」

「……」

「そんな真剣になって馬鹿じゃねぇの? ちょっとでも自分の地位が脅かされそうになったら必死だな」


 ゾディアックが折れた斧の残骸を投げ捨てる。


「ふざけている場合か!! ドラゴンがいて、まだ生きているということは、近隣の国が襲われるかもしれないんだぞ!! お前のふざけた行動で警備が遅れたらどうする!! 責任が取れるのか!!」


 誰も聞いたことがないゾディアックの恫喝に、セントラルが静まり返る。ウェイグですら目を皿にしていた。


 ゾディアックは奥の受付に向かう。レミィがいた。


「何でこんなことになってる?」

「……ああ、えっとな」


 レミィはゾディアックがいない時のことを話した。デルタ山脈から来たグレイス族の少女が、友人であるドラゴンを助けて欲しいと言ったことを。


「……まさか、さっき出て行った子か。どこに行くつもりだ!?」

「報告にあったデルタ山脈近くの森林だ」

「報酬はもうねぇぞ! 俺が受け取ったからな」


 ウェイグのヘラヘラとした声が聞こえた。


「俺が討伐任務を受ける。発注してくれ」

「いや、それは構わねぇけどよ……3人パーティじゃねぇと受注できねぇぞ。規約違反になる」


 重要な任務や危険なモンスターの討伐任務の場合、ガーディアンは複数人で向かわなければならない。

 ゾディアックは歯噛みして後ろを向いた。誰もが視線を逸らした。


「……た、頼む。誰か一緒に……」


 沈黙が広がる。ウェイグが声高に笑った。


「無理だろ! 誰が味方殺しの疑いがあるお前についていく!? 実力が本当かどうか怪しいお前についていくわけねぇだろ!!」


 ゲラゲラという笑い声と共に、ガーディアンたちはゾディアックから距離を取った。

 自分のコミュニケーション能力の無さのせいで、こんなことになるとは。


「ゾディアック……」


 かくなる上は。ゾディアックは自分のガーディアンの証を取り出そうとした。

 その時だった。


「あの~」


 気の抜けるような女性の声だった。全員の視線が向けられる。

 「よいしょ、よいしょ」といいながら、集団の合間を縫うように出てきたのは。


「私でよろしければ~、一緒に行きましょうか~」

 

 ぐちゃぐちゃのとんがり帽子に、ピンク色のパーマヘア。汚れが目立つ群青色のローブを羽織った女性の魔術師マジシャンだった。








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